紀子様が無事男児をご出産なさったと
いうことで。

おめでとうございます。

それはそれで、もちろんおめでたい
とは思うのだけど、しかし雅子様の
お気持ちはいかに。

むしろホッとなさったかなぁ。

なんか、皇太子様が「皇位継承は
弟に譲って、ぼくは雅子と愛子の
ために普通の人になります」とか
言ってくれたらカッコイイと思うん
だけど、まぁそういうわけにも
いかんのだろう。

これで「女帝論議」はしばらく
お預けになるんだろうなぁ。
天皇は男でなきゃいけないか、
女でもいいか、という議論の前に、
“なぜ天皇が必要か”、
“国民の象徴としての天皇は
どうあるべきか”という議論が
本当は必要なんじゃないだろうか。

システムとしての“天皇”が必要
だとしても、それを“誰が務めるか”
というのは本来別の話で、理論的
には国民の中から5年に1度抽選で
“天皇になる人”を決める、という
ことだってありのはずである。

当たった人はいい迷惑だろうけど。

大人だと「品格」とか色々あるだろう
から、12歳ぐらいの子供にしてしまって、
「わたしたちの未来が明るいものに
なるようにがんばってください」と
言って総理大臣を任命してもらう。

いっそ赤ちゃんでもいいなぁ。
「わたしたちの将来はあなた方に
かかっているのよ!」って脅して
もらう(笑)。

子供の時、「天皇というのは国民の
象徴で」ということを習った時、
具体的にどういうものか全然わからない
と思ったが、しかしあの時はやっぱり
「激動の昭和の“象徴”」である
昭和天皇が現実にいらっしゃったので、
「よくわからないが普通の人では
ないんだな」と子供なりに納得した
(ような気がする)。

あの人は“人間”じゃないんだなぁ、と。

なにものかの“象徴”として生きる
人生というのはどういうものだろう。
今日産声を上げた男の子は、
いずれそういう人生を歩むのだろうか。
彼自身の意志にはかかわりなく。