2018年2月10日土曜日

『魔術師を探せ!』(新訳版)/ランドル・ギャレット



クイーンの『ドラゴンの歯』の感想記事でもちらっと触れた早川書房の「櫻井孝宏×早川書房 ミステリフェア」で取り上げられている一冊です。

こんなフェアされたら買わないわけに行かないので……と言ってもお財布と置き場所の問題でとりあえずこの一冊しか購入できてませんが(^^;)



近所でフェアやってると思えなかったので紀伊國屋グランフロント店で買いました。通販だと櫻井帯付いてないかもしれないから、こういう「新しく帯を付けてフェア」は“書店で買う”いい動機付けになりますね。まぁ田舎では結局書店では買えないことも多いですけど。

櫻井さんによるこの本の推薦コメントは「言語矛盾ですが魔術による科学捜査なんです」ということで。

科学ではなく魔術が発達した架空の20世紀が舞台。
史実では40歳そこそこで死んでしまった獅子心王リチャードが一命を取り留め、見事な統治能力を発揮、そこから続くプランタジネット朝による「英仏帝国」が800年にわたりヨーロッパに君臨しています。

産業革命は起こらず、作品が書かれたと同じ“1964年”頃を舞台としながらも、雰囲気はまったくの中世。

「科学的魔術」が発達して、「懐中電灯」も魔術で実現されています。

それは、帝国政府の秘密に属する、奇妙な装置だった。この種の魔力の唯一の動力源として知られる、ひと組の亜鉛の小片が、鋼鉄のワイヤを途方もない高温に熱する。すると、細いワイヤが白熱して(中略)秘密は、その鋼鉄フィラメントの魔術的処理にあった。 (P146)

戸締まりなんかも、「鍵」に魔術師が封印を施すことでセキュリティアップ、冷蔵庫のような「中に入れたものが腐らない箱」も魔術によって開発されているそう。

ロンドンのマスター・サイモンが、食物を腐敗から守るための新たな基本理論を考案しましてね。個々の食品に(中略)呪文をかけるのではなく、特別な構成の呪文をかけて、そのなかにおさめられたものを腐敗から守るというやりかたを創出したのです。 (P258)

新製品というか“新魔術”なのでその「防腐箱」はまだまだお高い……なんて話を聞くと、この世界の魔術が現代の「科学技術」とほぼ同じ立場にあるということがわかるし、もっぱら理論を研究する「理論魔術師」がいるというのも面白い。

ひとの心には妙なゆがみがあり、それがために、恐れをいだいた者は、許可を持つ立派な魔術師や〈教会〉公認の聖職者ではなく、その対極にある、見るからに怪しげで、ひねくれた“魔法使い”のもとをこっそり訪れるほうを好む。大多数の者が心の奥底に、悪は善より強力なのではないか、悪に対抗できるのはより強力な悪ではないかという疑念を、ひそかにいだいていた。 (P112)

という記述も、「科学」と「エセ科学」の関係を思わせます。

なので、「中世風世界」なのに「魔術」によって「科学的捜査」ができるという、なかなか面白いミステリになっています。

「SFミステリとして高く評価されている」とカバーに書いてありますが、ファンタジィミステリと言う方がしっくり来るような。

で。

探偵役は、国王の弟ノルマンディー公リチャード直属の特別捜査官ダーシー卿。彼自身は魔術師ではなく、「助手」というか「鑑識役」として法魔術師マスター・ショーンが付き従います。

マスター・ショーンが集めた手がかりをもとにダーシー卿が推理&行動し、見事真犯人を突きとめる。歴史ファンタジイでもありバディ物風味もあり。

この本には中編3篇が収められていて、最初の『その眼は見た(The Eyes Have It)』では、清水玲子さんの『秘密』に出てくるMRI捜査のように、魔術によって「その人が死ぬ瞬間に見ていた映像」を取り出します。

そんなことができるんなら地道な捜査なんか要らないじゃん、と思ってしまいそうですが、そこに至るまでのダーシー卿の推理があってこその「眼に映っていた犯人の顔」だし、実のところそれは「決定的証拠」にならないんですよね。

主観的現実が客観的な画像として表現されるとき、そこにはつねに歪曲が生じます。(中略)言い換えるならば、美というのは、それを見る者の眼のなかにあるということです。 (P91)

『秘密』のMRIは「眼」ではなく「脳」の情報を取り出すもので、「脳が処理した外界」は、必ずしも「客観的世界」ではなく、その人の主観によって「そう見えた」世界。魔術によって再現された映像も同じで、「歪曲が生じる」ため、「法廷において客観的な証拠として採用されることはない(P91)のです。

この辺の設定心憎いし、「真犯人を断罪することだけが正義ではない」という決着のつけ方も、「中世風パラレル世界」ならではです。その辺り、修道士が探偵役を務めるカドフェルシリーズを彷彿とさせるところがありますね。

続く『シェルブールの呪い(A Case Of Identity)』ではポーランドが敵国として出てきます。工作員を使って噂を流し、英仏帝国の海運に打撃を与えようとするポーランド。その秘密工作員たちの動静を探っていたシェルブール侯が行方不明になり、ダーシーが捜査に当たることになる。

シェルブール侯の私的秘書として登場するシーガー卿という人物の造型が興味深かったです。ハンサムだけど無表情で、どこか近寄りがたい、シェルブール侯夫人に「生きもののようにはとても見えない」と評されるシーガー卿。

ネタバレになってしまいますが、彼は生まれつきいわゆる「サイコパス」で、魔術により「周囲に危険を及ぼさないよう」矯正されていたのです。だから、「無表情」。自我を完全に奪われているわけではないけど、

おのれの意志のみに基づいて他人を殺すことはできず、自己防衛すらできないようにされていた。 (P217)

この「自己防衛もできない」っていうところがなんとも哀れで、そしてリアル。良心を持ちあわせないサイコパス、ただ言葉で侮辱されただけでも「自己防衛」として相手を殺してしまうかもしれない。だから「自己防衛もできず」、ただ誰かの命令によってのみ発動する「剣」として利用されていた。シェルブール候夫人が看破したとおり、彼はある意味「生きもの」ではなく、「道具」としてしか存在を赦されていなかったのです。

一生を檻に閉じこめられて過ごすよりは、外で「国王のために」働ける方が「いい人生」かもしれないけど、そういう技術(魔術だけど)が確立したとして、実際にそれを行うのは倫理的にどうなのか。アニメ『PSYCHO-PASS』の「犯罪係数により隔離・処分するのは正義か?」という問いを思い出します。

3作目『青い死体(The Muddle of the Woad)』には「聖古代アルビオン協会」という秘密結社が出てきて、その活動を探るため「二重スパイ」となっている理論魔術師がダーシーの捜査に協力します。アルビオン協会はダーシーにしてみれば「国家の敵」なのですが、

「彼らは国家のためにならないとお考えにならないように。彼らは国家のためと思っているのです」
「彼らは王のため、国家のためと思っている――ただし、その方法は、あなたやわたしが考えるのとはいささか異なっているのです」 (P264)

と、その魔術師は説明します。
『その眼は見た』の客観的事実と主観的事実の話もそうですが、

「人間の行動は、なにがほんとうに真実なのかではなく、その個人がなにを信じているのかをもとに判断しなくてはいけないでしょう」 (P262)

という作者のスタンスがいいです。

ミステリとしての謎解き部分もきちんとしているし、魔術による「鑑識」の技も楽しく、さすが櫻井さん推薦のことだけはありました。

ダーシー卿&マスター・ショーンのシリーズには『魔術師が多すぎる』という長編もあり、1977年に邦訳が出版されています。早川さん、こちらの新訳復刊のご予定は……?



解説によると他に中短篇が7篇あるそうですが、単行本にはなっていないらしく。



講談社文庫『SFミステリ傑作選』に『重力の問題』という一篇が(アシモフのダニール&ベイリ物も入ってます!)、そして新潮文庫の『SF九つの犯罪』(編者はアシモフ!)に『イプスウィッチの瓶』という作品が収録されているそう。



図書館で借りてみようかな。(しかしSFミステリ傑作選の方は県立にもないもよう。残念)

2018年1月31日水曜日

『ドラゴンの歯』/エラリー・クイーン



2か月ぶりくらいでクイーン作品です。地道に長編制覇をもくろんでおります。

『悪魔の報酬』『ハートの4』というハリウッドもの2作の後に書かれたこの作品、エラリーはニューヨークに戻り、ボー・ラムメルという若者と探偵事務所を立ち上げることになります。

エラリーの父親クイーン警視と懇意にしていた、同じく警察官のボーの父親が亡くなり、警視はなんとかボーの面倒を見てやりたいと思っていたんですね。「警察官にするには落ち着きがない。本人は私立探偵をやりたがっている」ということで、エラリーは渋々共同経営することになるのです。

「なぜぼくがお付合いするのかな?」とクイーン氏は困った顔をした。
「それはあんたが有名だからさ」 (P15)

というわけで、エラリーの名声に惹かれ、大富豪キャドマス・コールが仕事の依頼をしに現れます。

しかしその依頼がちょっと奇妙。「今すぐ」ではなく、「将来の事件のために今契約しておきたい」と言うのです。不審に思いながらも小切手を受け取ったボーとエラリー。しばらくしてキャドマス・コールが亡くなり、その莫大な遺産を相続すべき姪2人を探すように、というのがその「将来の事件」だった、ということになるのですが。

虫垂炎にかかってしまったエラリー。現場に赴くことができず、ボーがエラリー・クイーンを名乗って姪を探しにかかります。

無事探し出した姪の一人、ケリイに一目惚れしてしまったボー。ケリイの方も彼に恋をして、なんとボーは「エラリー・クイーン」を名乗ったまま彼女と結婚。その新婚の夜に殺人事件が起こって、駆けつけたクイーン警視は容疑者が「クイーン夫人」だと知って唖然。

「あなたが最後にエラリイ君に会ったのはいつですか?」
「今朝だ。そのときは結婚の話など全然出なかった。それにしても不可解な行動だ」警視は口ひげを噛んだ。「わしの顔に泥をぬりおった。おい、急いでくれ!」 (P187)

そんなわけで、事件に首を突っこんで色々調べたり“当事者”になってしまうのはボーの役目。最後の謎解きではもちろんエラリーが大いに手腕を発揮しますが、途中まではボーから報告を受け、指示を出すだけ、という感じ。

「私はエラリーの活躍が見たいのよ!!!」という人には少々物足りないお話かもしれませんが、エラリーではなくボーを中心に据えたことで、エラリーならしないようなこと(結婚とか)をしたり、理屈より感情で動いてしまったり、いつもの「エラリー・クイーンもの」とはひと味違った雰囲気になっています。

(あー、でも『ハートの4』ではエラリーもポーラに一目惚れしちゃってましたよね。さすがに結婚までは行かなかったけど。今回ポーラは影も形も出てこなくて安心(^^;) やはり女性読者のウケが良くなかったのじゃないかしら。それでエラリーではなく別の人間がエラリーを名乗って結婚するなんてアイディアを思いついたのでは……)

うん、なかなか事件も手が込んでいて、「こうかな?ああかな?あれ、違った?」と楽しめます。知らない間に「クイーン夫人」なんてものが存在していてパニクる警視、可愛いし、

「もしお前がこの犯罪のいきさつを明確に説明しつくせたら(中略)わしはマジソン・スクエア・ガーデンのまん中で、お前の帽子にケチャップとマヨネーズをつけて食ってみせる」 (P271)

とか言っちゃう警視ほんと可愛い。

エラリー、ちゃんと謎解きしちゃったけど、警視は帽子にケチャップとマヨネーズつけて食べたのかな?

この作品の次はいよいよ『災厄の町』
クイーンの最高傑作とも言われ、現在開催中の「櫻井孝宏×早川書房ミステリフェア」で声優櫻井さんイチオシミステリーの一冊ともなっています。
おお、そうと知ってたら買わずに待って櫻井帯の方を購入しましたのに……。

謎解き中心の国名シリーズから人間模様を描くライツヴィルシリーズへ。エラリーを遠景に置いて別の青年を中心に据えるという今作は、その変遷の過程でのクイーンの模索なのかもしれません。


(訳者の違う創元推理文庫はKindle版ですぐ読めます)


2018年1月18日木曜日

『クオーレ』(新潮文庫版)/アミーチス



突然の『クオーレ』です。

以前、『こんな本を読んできた:小学生篇その1』でちょこっと紹介していますが、かつて家にあった講談社版少年少女世界文学全集で読んで以来、ン十年ぶりに読みました。

ずっと「完訳版を読み返してみたいな」と思っていたのですよね。でも『こんな本を~』という記事を書いた時には完訳版を見つけられず、図書館の児童書の棚にあるのはボロボロの古いもので……。

ところが先日、一般書の外国文学の文庫棚にこの『母をたずねて三千里』カバーのものがあるのを見つけ、「おおっ!」と思い借りてきました。

1999年に『MARCO 母をたずねて三千里』というタイトルで公開された映画にあわせ、昭和30年以来の全訳版として、新訳で出版されたそう。


解説で訳者の和田忠彦さんが

むかしぼくが小学生のころ、講談社版の少年少女世界文学全集のなかで「母をたずねて三千里」のアマゾンの密林の描写がこわくてたまらなかったのも(後略) (P503-504)

と書いてらして、「わぁ、訳者さんも同じものを!」とちょっと嬉しかったです。ふふ。

で。

思いっきり『母をたずねて三千里』なカバーなんですが(表紙のみならず、見返し部分にもアニメ画像がカラーで収録されてる)、『クオーレ』は10歳だか12歳だかの男の子が書いた“日記”風の小説で、『母をたずねて~』は学校の先生が「今月のお話」として紹介してくれる挿話として挟まれているにすぎません。

全部で9篇ある「今月のお話」の中では一番長いとはいえ、60ページ程度。本編480ページくらいあるうちの60ページなので……よくこれを一年間52話のアニメにしたよなぁ、と今さらながら感心してしまいます。

子どもの頃、エンリーコの「日記」の方に感動した覚えのある身としてはあまりにマルコな表紙にムズムズしますが、しかしマルコの映画化があったからこそ昭和30年以来(つまり44年ぶり?)の全訳本が出たわけで。

映画公開ありがとう。
新訳での全訳出版ありがとう。


昔読んだ『文学全集』では確か『クオレ~愛の学校~』という邦題だったと思います。「クオレ(CUORE)」というのはイタリア語で「心」の意味だそう。

この本は、とくに九歳から十三歳の小学校の子どもたちに献げられています。ですからタイトルを、『ある三年生の男子生徒の書いたイタリアの公立小学校の一年間の物語』としたっていいかもしれません。 (P11)

という前書きがついていて、解説では「日本の四年生にあたる」「十歳の少年の言葉」と書かれているのですが、本文ではときどき「4年間」みたいに出てきたり、両親に対して「十二年間の感謝」みたいな言葉が出てきたり、主人公エンリーコは結局何歳で何年生なのかがよくわかりません(^^;)

「一年上級」という言葉が出て来るので、「一年生」は「上級下級」の二年間で、だから「三年生」だけど学校は「四年目」なのかな?とも思います。また、同級生の中には病気で学校に上がるのが遅れた14歳のガッローネという少年がいたり、エンリーコより「小さい」子もいるようなので、現在の日本の学制をあてはめても仕方ないのかも。

何しろこの『クオーレ』が出版されたのは1886年。明治の19年です。

日本で小学校令が出されたのがちょうど明治19年。これからやっと近代的な学校教育が始まる、という時期だと思いますし、文芸の世界でも1885年に坪内逍遙『小説神髄』、1886年二葉亭四迷『小説総論』、1887年同じく二葉亭四迷の『浮雲』……と近代小説が誕生する頃合い。

イタリアでは三年前に『ピノキオ』が出版されていたのだとか。

そしてイタリアが「イタリア王国」として統一されたのが1861年。『クオーレ』が世に出たのはその25年後ということになります。

なのでこの『クオーレ』、今読むとかなり「愛国的」な色彩が強くて、毎月の「先生のお話」にも「ロンバルディーアの少年監視兵」「サルデーニャの少年鼓手」といった、“お国のために”戦って傷ついたり死んだりした子どもたちが出てきます。

勇敢な子どもたちと、彼らの犠牲に感謝と賞賛を捧げる大人たち。美談だけど、「子どもがこんな目に遭っちゃいけないんだよ。そんな犠牲を褒めちゃいけないんだ…」という気にもなります(^^;)

新学年が始まってすぐ、担任の先生が

「イタリアの子は、イタリアのなかなら、どこの学校に行っても兄弟に会えるのだということを、わからせてあげてください」 (P24)

「そんなことができるのも、わたしたちの国が五十年間のたたかいで、三万人のイタリア人を亡くしたおかげなんだ。だからきみたちには、たがいに敬い、なかよくしていく義務がある。けれどもしも、きみたちのなかに、わたしたちの同級生がこの地方の生まれでないからといって、いじめるようななかまがいるとしたら、そのひとは、三色旗がとおるときに、二度と目を上げてみつめる資格などありません」 (P25)

って言うの、感動的でうるうるするし、時々はさまれるエンリーコの両親の言葉も素晴らしくて、「こんな大人ばかりだったら子どもたちは幸せだろうに」と思わされます。

きみの本がきみの武器、きみのクラスがきみの部隊、そして戦場はこの世界全体なのだから、人間の文明こそが勝利というわけだ。ひきょうな兵隊さんになってはだめだよ、エンリーコ。 (P39-40 とうさんより)

あなたたち子どもが、この日に、心から思いをささげなければならないのは、どんなひとたちなのかしら? それは、あなたたち子どもや、赤ちゃんのために亡くなったひとたちなの。 (P47)
だって、その子のために、若さのたのしみや、心静かな老後や、愛情や知恵やいのちを犠牲にしたのですもの。(中略)それくらい、あなたたち子どもは愛されているの! (P48-49 かあさんより)

今読むと「あまりに説教臭い」というか、「道徳的読み物すぎる」と思う部分もあるんですが、子どもの頃の自分がエンリーコの学校生活やお父さんたちのあたたかい眼差しに感動したのも事実で。

エンリーコの通う教室には、「同じ学年」でも年齢の違う子、色々な家庭の子がいて、とても貧しい子や片腕のきかない子、親にいつもぶたれている子なんかも出てきます。

そもそも「学校に行っていない子」「行かせてもらえない子」もいるし、エンリーコとたいして変わらない年の子どもが「昼間は働いて夜学ぶ」夜学の描写もあったりする。

三年がおわればきみは中学にいくし、友だちは働きはじめるだろう。 (P333 とうさんより)

という言葉もあります。
エンリーコが10歳だか12歳だかわからないけど、それぐらいで働き始めるのが当たり前の時代。

これからさきこんな友情を手に入れることはとてもむずかしいだろう。つまり、きみが属している社会以外の人間との友情だ。きみが一つの階級しか知らずに、その社会階級だけで生活する大人になったなら、それは本しか読まない学者といっしょだ。 (P334 とうさんより)

エンリーコはいいとこの子っぽいです。働かずに中学に行くってだけでも当時では「恵まれた」環境だったでしょう。

色んな背景を持った級友たちとの日々の触れあい、厳しくも優しい先生たち、そして愛情深く教育熱心な両親。

あまりに理想的にすぎるし、今の子ども達には「異世界」に映るかも(^^;)
でも、

かわいそうな先生たち! おまけに文句をいいにやってくるおかあさんたちがいる。 (P59)

って箇所で挙げられてる「おかあさんたちの文句」は今とほとんど変わりません。
「うちの子はどうして勉強しないんでしょう?」「どうしてうちの子は優等賞がもらえないの?」「なんで釘を抜いとかないんです?うちの子がズボンひっかけたじゃありませんか」

どうして勉強しないのか……先生の方がお母さんに訊きたいでしょうね。

10月から始まったお話は7月の進級試験で終わり、小学生といえども落第すると進級できないようです。試験に取り組む様子を描写しながらエンリーコは

問題がとけないのは、その子たちのせいだけじゃない。勉強する時間のない子や、かわいそうに、親にかまってもらえない子もいるんだから。 (P483)

と言っています。
「うんうん、ぼくのせいじゃない!」とうなずきながら読んだ子も多かったかも……。

解説によるとこの『クオーレ』、新学年の始まる日にあわせて書店に並び、わずか二か月半の間に40回も版を重ねたそう。子ども自身の目線で綴られた「学校生活の物語」って、当時は画期的だったのでは。

しかも「先生のお話」として学校とは無関係な、でも自分達と同じ「子どもが主人公の物語」も挿入されていて、一粒で二度美味しいみたいな(笑)。

出版からン十年経って、時代も環境も違う日本の子どもだった私も、とても楽しくページを繰ったものなぁ(しみじみ)。


ところで。
『母をたずねて三千里』、久しぶりに読みましたが、行く先々で「ここにはいない」と言われまくる展開、技師のメキネスさん(マルコの母が住み込みで働いている家)は引っ越し魔なんかい!?とツッコミたくなるほどでした。

アニメではかなり幼い感じのマルコ、原作では13歳となっていました。それでも一人でイタリアからアルゼンチンに渡って、「ここにはいない」と言われまくりながら旅を続けるにはまだまだ幼いですけども。


ン十年ぶりの再読、楽しかったです。

2018年1月11日木曜日

オーズ熱醒めやらず

『平ジェネFINAL』のおかげでオーズ熱が復活、テレビシリーズを見返してたんですが、先日やっと最終回まで見終わりました。

「やっと」というか、なんかもったいなくて、わざと間をあけたりしてたんですよね。最初の方はがーっと集中して楽しく見たけど、終盤にさしかかってくると色々とツラいし、「あー、もうあと8話しか残ってない」「いよいよあと4話だ」「見たら終わっちゃう!!!」みたいな。

まぁ終わったらまた最初に戻ればいいだけのことなんですが(笑)。

2011年に本放送で見て、その時に終盤4話はたぶん録画を2回ぐらいは見て、2013年に京都テレビの再放送を見て、で、今回4年ぶりぐらいでがっつり見たわけですけど、

何回見ても泣ける!!!!!

アンクがロストに吸収されてしまう40話「支配と誕生会と消えるアンク」も泣けたし、45話~47話はもうホントにボロ泣き。

魂が浄化され、血流も良くなって一時的に首凝り肩凝りも軽減されます。ありがたや。

本放送の時に「『仮面ライダーオーズ』終わっちゃった…」という記事でほぼ全部書いちゃってるんだけど、改めてカザリが死んだ後、「死んだ」という言葉を「メダルの塊です。消えただけです」って真木博士に言われるアンクちゃんがつらいし、「おまえらグリードにはわからない味だ」「まるで自分は違うみたいね」っていうメズールとのやりとり、「おまえたちと一緒にいると(自分がグリードだってことを)嫌でも思い知らされる!」って叫ぶシーン、せつない。

「人間は気にくわないが、グリードはもっと気にくわない」

「一番欲しいものを手に入れるためだ、おまえたちじゃない」ってアンクちゃんが映司くんに言うシーンがあったけど、「おまえたちを手に入れる(=一緒にいる)ためにはまず人間にならなきゃダメじゃないか」ってことだよね。

映司くんも比奈ちゃんもとっくにアンクのことを「ただのグリード=モノ」とは思ってないわけだけど、アンクちゃんにとってはそこは「越えられない壁」で――。

クスクシエに戻って、「こいつが物足りなかったなぁ」ってアイス食べて、走馬灯のように流れる思い出の場面の中に佇むアンクちゃん

鏡の自分に向かって、「おまえらグリードにはわからない味だ」。
ロストとの戦いで鳥メダルが壊れてなくても――たとえ全部揃って完全復活できてたとしても、グリードである以上、やっぱり味はわからなかったんだろうと思うと。

薄々アンクちゃんも、たとえ「メダルの器」になって完全体以上の「すごいモノ」になったとしても自分の望むような「命」は手に入らない、って気づいてたんじゃないのかなぁ。でも、暴走しなければ、正気を保てれば……万が一にも可能性があるなら、それを試すしかなかった。でなければ、グリードでいるしかないんだから。

「グリードだから」

メズールは、そう言って死んでいった。
「もっと、もっと…」という言葉に対してガメルが「どうして?」って訊いて、それで「グリードだから」って答える。

悲しいなぁ。

お菓子大好きなガメルも、実は味はわかってなくて、おもちゃか何かを「うまい!」ってバリバリ食べる描写があったけれど。

『平ジェネFINAL』の最後、映司くんが「はい、今日の分のアイス」ってアイスを渡して、それを一口二口食べてからアンクちゃんはまた消えていくわけだけど(アイスも下に落ちずに消えてたよね(^^;))、あのアンクちゃんは味がわかったのかな?

戸惑ったような、奇妙な表情でアイスを舐めたように見えたのは、「味がわからない(のが怖い)」って意味だったんだろうか。
財団Xの偽のメダルで一時的に復活したアンクちゃんの体は、「偽」といえどグリードなのだろうから、食べ物の味もきっとわからなくて、でも、そんなこととは無関係にそのアイスは――映司くんからご褒美に渡されたアイスはきっと、懐かしい“思い出の味”がして――。

だから、なんとも言えないせつない表情で、またアンクちゃんは消えていった。
(※個人の妄想です)

『MOVIE大戦』で「いつかの明日」からやってきたアンクちゃんは、味、わかってたのかな。映司くんの姿にも擬態できるあのアンクちゃんは、やっぱり人間ではなくてグリードのはずだけど、そして、おそらく、だからと言ってもう自分を「モノ」だと卑下することはなくなっているだろうけど、でも、「世界を確かに味わえる」五感を手に入れられたかどうかは。

ファンにとっては――そしてもちろん映司くんにとっても、もう一度(どころか二度も)アンクちゃんに逢えたのはたまらなく嬉しいことだけれど、「死ぬことによって命を得た」アンクちゃんを復活させるのは、いいことなのかどうか。

人間は死んだら終わり、「いつか、もう一度」はない。

だから、『MOVIE大戦』の復活の仕方が「いつかの明日」、「そんな未来もあるかもしれない」っていう「可能性」「希望」で、とてもよくできてるなぁ、と思ったんだ。

『エグゼイド』のポッピーがバグスターで、ポッピー役るかちゃんが映画のパンフに「バグスターにとっては生き残ることも辛いかもしれない。年も取らないんだろうし」って書いてたけど、人間じゃない存在が人間と一緒に生きていくのは簡単じゃないな、って。

人間は簡単に、そばにいてほしいとか、「人間の味方でいろ」とか言うけど……。


しかし本当に、クスクシエに戻ってきたアンクちゃんに「この体よこせ!」「だめ、あげられない」って答えた後泣き崩れる比奈ちゃんたまらないし、その後カンドロイドにアンクちゃんを探させて、メダルのヒビのこと聞いて「死んじゃうの?」「俺が死ぬと思うのか?」「そう言ったじゃない」ってやりとりするとこもすごく好き。

比奈ちゃんが見つけてくれる前にもう、「さっきからずっと満足してる」って言ってたアンクちゃんだけど、比奈ちゃんに「死んじゃうの?」って言われて、比奈ちゃんが自分をそういうふうに思っててくれることを知って、いっそう満足して、覚悟決めて映司くんのとこに戻れたんだろうなぁ、って。

「俺がいないと相当ヤバいだろ、あの使えるバカは」

真木博士……じゃなくて完全体ウヴァと戦ってるところだっけ、アンクちゃんが駆けつけたの。オーズに放たれた攻撃を、飛来したアンクちゃんがその翼ではねのける、みたいな。

よくぞ鳥属性にしたよね。
天使にしか見えない(爆)。

で、映司くんに「アンク、どうして」って言われて、本当に満足げに、「今日の分のアイスよこせ」って言うアンクちゃん。

これ、海辺で映司くんと激しくやりあった後、意識の混濁した映司くんが「アンク、どうして。ああ、そうか、約束だった、一年分のアイス。はい、これ、今日の分」ってパンツと小銭出して意識失うあのやり取りの、やり直しなんだよね。
映司くんとしてはきっと覚えてない場面で、「アイスよこせ」って言われて「ええっ?おまえ…」って困惑するんだけど(そしてその困惑する映司くんがアンクちゃん的にきっととても嬉しい)。

靖子にゃんほんま天才。
脚本もカメラワークも、もちろん全員のお芝居も完璧すぎる。
「困惑する映司くん」って書いたけど、困惑してるのオーズだから、高岩さんなんだもんなぁ。素晴らしい……。



YouTubeでの最終話特別配信、いつまで見られるのかわかりませんが、見られるうちに何度でも見ておきましょうね。AmazonPrime特典からもいつライダー消えるかわからん…(おねがいAmazonさん、いつまでもそのままでいて)。

夜の海辺で映司くん、比奈ちゃん、アンクちゃんの3人が手を繋ぐシーンもとてもいいよね。「メダルのヒビのことは映司には話すな」って釘を刺されて、映司くんが何も知らず「ほんとに良かった」って喜ぶのを、ただ黙って見てるしかない比奈ちゃん。

アンクのことだけでなく、「それだけが気がかりだったんだ」と言う映司くんが「戻れない」覚悟をしていることもわかって、でも、何もできない。

ただ、二人の手を繋ぐ――。


はぁ。


最終回、Wバースが奮闘してるところに「ビジネスですから」とちゃんと加勢に来る里中ちゃんも素敵で。

いいよねー、里中ちゃんのあのキャラ。
もし誰かの役をやれるとしたら里中ちゃんをやりたい(笑)。

後藤さんは最初バースバスター撃てなくてひっくり返ってたのに、里中ちゃんフツーに撃ってたよね? 里中ちゃんが撃ってるのはバースバスターとは違って衝撃が弱いのかもしれないけど、生身でフツーに戦えちゃってるのは確かで。

そういえば「公式キャラクターブックVol2」引っ張り出してきて読んでたら、里中ちゃん役有末さんは当時19歳(放送開始時は18歳)。
ひゅおおおおおおおお。
映司役秀くんも放送終了後にやっと二十歳の誕生日を迎えているわけで。

今の息子ちゃんと同じ年だったのかと思うと……みんなすごいな……。



(持ってないVol1、まだ在庫あってびっくり。ポチれってことか?ポチれってことかよ!?)


(オーズのサントラは本当にいい。とにかくいい)


(これだけ音源持ってないわ。そしてバースチームのスピンオフ、まだ待ってるよ…)

2018年1月6日土曜日

『書架の探偵』/ジーン・ウルフ



『新しい太陽の書』『デス博士の島その他の物語』で有名なジーン・ウルフの最新作ということで。

手に取ってみたのですが。

うーん。

あんまり面白くなかった……。

「生前の作家の脳をスキャンして、その記憶や感情を備えた“複生体”(リクローン)」が図書館に“蔵書”ならぬ“蔵者”として存在する近未来。その“蔵者”の一人、E・A・スミスのもとにコレット・コールドブルックという若い女性が現れ、「協力してほしい」と彼を借り出す。

なので原題は「A Borrowed Man」(借りられた男)です。

ミステリ作家だったオリジナルのE・A・スミスの知識や推理力を駆使して、“蔵者”であるスミスがコレットの抱える謎を捜査・解決していく。“蔵者”は図書館の書架に住んでいることから「書架の探偵」という邦題になるわけなんですが。

うーん。

設定は面白いんだけど、正直設定倒れというか、主人公(語り手もスミス)が“複生体”であることに、あんまり意味がないような。

コレットがスミスと話をしに来たのは、コレットの兄が殺される前にスミスの著書『火星の殺人』を彼女に託したから。もともとは父親の金庫の中に入っていたというその本。すでに亡くなっている父親は謎の多い人物で、富豪なんだけどそのお金をどうやって得ていたのか、家族も知らなかった。

金庫に隠されていた『火星の殺人』には父の金儲けの秘密が隠されているはず。そして兄が殺されたのもきっとその秘密のせい。

で、実際その本は「秘密の鍵」ではあったんだけど、「そこに書かれた物語」が謎を解く鍵、というわけではなかったので、「書いた人の記憶」とか、関係ないんだよね。別に、探偵役がその作者(のコピー)である必要はないし、スミスの捜査の仕方はごく普通のもので、「“複生体”ならでは」みたいなことはあんまり感じられない。

彼らは「純正な人間」じゃなく「モノ」で、誰にも借りられない、人気のない“蔵者”はゴミと同じく「焼却処分」になるし、捜査の途中で万一“敵”に殺されたとしても、それは「殺人」にはならず、せいぜい「器物損壊罪」にしかならない。

つまり、スミスを“複生体”だと知ってる人間は彼を“殺す”ことにさほど罪悪感も躊躇も覚えないだろう、ってことで、それはスミスにとってはもちろん大きなことだけれど、そのことが話の展開を大きく左右するわけでもない。

うーん。

「図書館所有の“モノ”」でしかないからお金もケータイも持ってなくて、コレットとはぐれて一人で街をさまようとなったら大変なはずなんだけど、そこはそれ、すごく有能な協力者が現れたり、気前良くお金くれる人がいたり。

たまたまバスに乗り合わせただけであんなに協力してくれるジョルジュとマハーラはちょっと都合が良すぎるんじゃ、と思ったし、なんかラストも呆気ない感じが。

ミステリとしてそれなりに楽しめたし、『新しい太陽の書』のあの「こんがらがり感」とは別人のような読みやすさで、「何か軽いものを読みたい」時には悪くないと思うけど、でもあの「なんだかよくわからない!わからないけど面白かった!」っていうのが良かったわけで、なんというか、「普通」でした……。

本――紙に印刷された、オンデマンドではない、本物の本。それはわたしが属していた文化全体の神髄であり、魂にほかならない。文化は人間と同じだ。文化は老いて死んでいく。ときどきは、たいして老いてもいないのに死んでしまうこともある。 (P25)

「あなたがた純正な人間は、すでにわたしたちの著書を持っています。そして、わたしたちが書いた本は、わたしたち蔵者よりもすぐれている。本以上のものには、わたしたちにはなれません」 (P67)

といったくだりは本好きには楽しいけど(後者はディケンズの話が続くし)、「本以上のものにはなれない」から、「文章を書くことを禁じられている」“複生体”、えーっ?この時代の人はじゃあ何のために作家の“複生体”なんか作ってんの?と思わざるを得ず。

人口がぐんと減って、資源や活力が減ってしまった時代みたいだけど、「書けない」作家を図書館の書架に並べて、ただ少し会話するために彼らを“閲覧”したり“借り出し”たりするって……。

もしもディケンズの“複生体”がいたら

「『エドウィン・ドルードの謎』をどうおわらせるつもりだったのかについてもです。それはわたしもぜひ知りたい」 (P67)

未完の作品の結末について聞けるかもしれないし、テストでおなじみ「ここで作者は何を言いたかったのか」と直接聞けるけれども、そんなの聞いてどうするんだ、って思うし。

“複生体”は普通に食べたり飲んだりするし、シャワーも浴びるし、セックスだってできる。スミスはオリジナルのスミスの妻だった詩人のアラベラの“複生体”と寝ますからね。アラベラはいくつかの図書館に複数いたりするんですけども。

あ、スミスも複数いて、その複数のスミスが鉢合わせしたり、協力して敵を翻弄したりしたら面白かったかな。ウルフさんは続編を書く予定だそうだから、その時にはもしかしたらもう一人のスミスが出てくるかも。

まぁ、続編の主人公がスミスだとは限らなくて、別の“蔵者”という可能性もありますが。

“複生体”は何も作家に限らず、死んだ家族の脳をスキャンして“複生体”を作るということもできるようで、それってどうなのかな、と思いますよね。死んだ人を取り戻したい、もう一度会いたいと思うのは自然な感情だけど、やっぱりそれは“本人”じゃないわけで。

作家の“複生体”はある種の娯楽として作られているんだろうけど、あまり利用されなければ睡眠薬飲ませて焼却処分にする、そんな存在を、セックスまでできる“生きもの”として作ってしまうっていうのは――この時代の人は何を考えているんだろう。

オリジナルの記憶と知識を持ってはいても、自分が「コピー」だってことは知ってるし、「焼却処分」のことも知って、「作家」としての自我を備えているのに新たに作品を書くことは禁じられ、誰かが自分を閲覧しに来てくれるまで書架でだらだらしているしかないんだもんなぁ。

AIやロボットでさえ“自我”云々で「殺してもいいのか?」みたいな話になるのに、「ほぼ人間」だけど「モノ」なんて存在、作っちゃいけないと思うよ……。
(『仮面ライダーオーズ』見返してグリードたちの末路に涙しているのでよけいそういうとこばかり気になってしまった)


【2018/01/07追記】

アラベラの“複生体”の一人が実際にこんなことを言っていました。

「どうして図書館はこんなことをするの? なぜあたしをリクローンするの? なんにも書かせてくれないくせに」 (P117)

この問いにスミスは

「なにも書かせてくれないのは、書かせる意味がないからです。きみが書く詩を評価する者はほとんどいません。君が新たに書く詩は――あす書いたとして――一世紀前にきみが書いた妙詩の価値を下げてしまうだけでしかないのです」 (P118)

と答え、アラベラは「でも、焼却されちゃう! だれも借り出してくれなかったら、あたし、焼却されちゃうのよ」 (P118)と言って涙を流します。

コピーが書いた作品を評価する人間はいない。だから図書館は彼らに何も書かせない。ならなぜ「あたしをリクローンするの?」

本当になぁ。
彼らを養っておくには食費もいるし、そもそも彼らを生み出すのだってけっこうなお金がかかるはずなのに、人間はなんでわざわざそんなものを作るのか。紙の本を読む人が減って、おそらくは「文筆家」という人種も減って、絶滅した動物の剥製を展示するように、かつての作家の「コピー」を展示している、ってことなんだろうけど。

2018年1月5日金曜日

2018お年賀



本年もどうぞよろしくお願いいたします

皆様の2018年が実り多きものとなりますように







つい勢いでライダー年賀画像を作ってしまいました。はい、平ジェネFINALのおかげでオーズ熱が復活し、12月後半からずっとテレビシリーズを振り返って、これを書いてる1月5日には最終盤45&46話を見て泣いてました。

あうう、アンクちゃん可哀想。メズールもガメルも、カザリだって……(え?ウヴァさん?ウヴァさんはそんなに可哀想でもないかな(笑))。

昨夏から苦しめられている首や肩のひどい凝り、ついでに顎関節症も、仮面ライダー見てると緩和されるような気がいたします。ストレス解消には好きなことするのが一番ですからねっ!

「自分で自分の機嫌を取れることが大事」と聞きますが、仮面ライダー見てればご機嫌さんとか、我ながらめっちゃお手軽だと思います、はい。

今年はアマゾンズの映画化もあり、エグゼイド・トリロジーもあり。



トリロジー、1作目公開までもう1か月切ったんですよね。だいぶ先の話だと思ってたのにもう「来月」。トリロジー3作を楽しんだ後、春映画としてアマゾンズが来ると。

うわぁ、忙しいじゃん、俺。

トリロジーは滋賀では上映がなく、劇場で見ようと思うと遠出しなきゃならない。アマゾンズは滋賀でもやるかな……やってほしいな……。



などと平和に仮面ライダーやアニメを楽しんでいられる2018年でありますように。

2017年12月23日土曜日

『仮面ライダー 平成ジェネレーションズFINAL』観てきました!!!

(※以下ネタバレあります。これからご覧になる方はご注意下さい!また、セリフ等記憶違いも多々あると思いますがご容赦を)



仮面ライダー 平成ジェネレーションズFINAL ビルド&エグゼイドwithレジェンドライダー』観てきましたぁぁぁぁぁぁ! (相変わらずタイトル長っ!)

公開3日目、12月11日に見に行ったのにもうパンフレット完売!
それを危惧して3日目に行ったのにどーゆーことやねん、在庫少なすぎやろ、田舎だからってふざけんな!くそ!!! と観る前にどっと凹んだんですが。

映画は「最っ高かよっ、天っ才かよっ!!!」という見事な出来。ぐぉぉぉぉぉ、アンクちゃあああん!

正直「他のライダーファンの人たち、そもそもオーズ見たことない人大丈夫?」ってぐらいオーズパート長くて特別扱いされてた気がしたんですけど。なんかそこだけ世界が違うっていうかもう、映司くんとアンクちゃん二人の愛の世界……(笑)。

ああ、ほんと最っ高かよ、天っ才かよ。

オーズパート以外も、映画全体としてもすごく良くできてたしなぁ。
夏映画の最後でビルドがエグゼイドの成分を抜き取った、あのボトルから話が始まるのからしてもうすごい。

夏映画の感想

「エグゼイドボトルは当然冬映画で使われてマックス大変身ベストマッチ!とかになるのかな。」

って書いておいたんですけど、本当にちゃんと使われるとは。それもただボトルが使われるだけでなく、「エグゼイドの成分を抜き取っておくことにしかるべき意味があった」んですよね。今回のお話の重要な「前段」になってる。

エグゼイドと戦っている映像、そしてその成分を抜き取ったことを「夢」に見ていた戦兎が目を覚ますと、そのボトル、すでに美空が浄化してくれちゃっている。ボトルを握ったまま寝ていた戦兎の手から美空が勝手に抜き取ってたんですが、浄化して2本になってます。

「ゲーム」ボトルと「ドクター」ボトル。

おお、そう来たか! もちろん後で「ゲーム!ドクター!ベストマッチ!!!」でビルドがエグゼイドに変身。「ゲーム」と「ドクター」がベストマッチってほんま! できすぎやん!

で、実は夏映画でエグゼイドの成分がビルドに抜き取られた時、ビルドを追ってパラドはビルド世界に来てしまっていたんですよね。そしてなんと2年もビルドを――ボトルの行方を探してさまよっていたという……。

ええっ、2年も一人で、ってなんと可哀想な。

代わりに(というわけでもないでしょうが)、ビルド世界からは万丈がエグゼイド世界に飛ばされる。今回の敵キャラ、大槻ケンヂ扮する最上魁星の作った「並行世界移動装置」エニグマによって。

早い段階で万丈が飛ばされちゃって、以後、ビルド世界の戦兎&パラド、エグゼイド世界の万丈&永夢たちの話が並行して語られます。

最上やエニグマや、出没中のバグスターについてわざわざ説明に来てくれるのがマスター。ビルドのテレビ本編第14話でスタークだったことが判明し、戦兎と決裂したマスターが「俺たちも今のこの状況は嬉しくないのでおまえ頑張って」と色々話してくれる。
映画は時系列的に本編14話と15話の間に入るエピソードらしい)

14話で「ナイトローグの正体はこいつ」とバラされた幻徳さんも親切に教えてくれ。

曰く、

・最上は10年前、スカイウォールから検出したバグスターウィルスから並行世界の存在を確信し、移動装置の開発に取り組んでいた。
・葛城巧も最上と一緒に研究開発していた。
・葛城巧が“死んだ”1年前より以前に、最上は姿をくらましていた。

ちょっと詳しいことは忘れちゃったけど、とにかくその「並行世界移動装置」エニグマは完成して、ビルド世界とエグゼイド世界、それぞれに存在しています。最上もあっちとこっちに一人ずついて、エグゼイド世界の方が「ファンキー!」でノリがいい(笑)。

で、その二つのエニグマを起動して二つの世界をぶっつけ、二人の最上が融合すると「私は不老不死となり永遠の命を手に入れるのだ!」ということになるらしく、突如「あと24時間で世界は終わりだ!」ってことになる。

接近を始めるエグゼイドの地球とビルドの地球。日本列島にスカイウォールがある方がビルド世界。うん、わかりやすい。

しかしこの、複数の地球が「ヤバい、衝突する!」ってなってるこの絵面、あれじゃないですか。
\おのれディケイド!/

なんだぁ、つかさ君悪くなかったんじゃないですか、全部最上魁星のせいだったんですよ、エニグマですよ。
てか、「キャー」って逃げ惑う人々の中にぜひ空を見あげて「おのれディケイド!」って言ってる鳴滝さん入れて欲しかったなー。



で。
えーと、ビルド世界に飛ばされたパラドは健気に一人で2年もエグゼイドボトルを追っていたわけですが、エグゼイド世界に飛ばされた万丈は「なんだよ?スカイウォールがないってどうなってんだよ!?」とパニクります。

エグゼイド世界でもバグスターが暴れていて、しかもそれはネビュラガスとバグスターウィルスが融合した「ネビュラバグスター」というやつなので、飛彩さん&大我先生&きりやんが颯爽と変身して戦っても倒すことができない。

いちいち蹴り入れてから変身するきりやん格好いいし、変身後に「うわぁ、予想外に高かったぁ!」とか言いながら跳び降りていくのも楽しい♪

ビルドに成分を抜き取られた上、パラドも行方不明の永夢は、最初から変身できないんですが、最上の力かネビュラバグスターの力か何かで飛彩さん達もすぐ変身できなくなってしまいます。

しかぁし!

エグゼイド世界には神がいるぞ!
「貴重なライフを削ってあのときビルドの戦闘データを収集しておいたのだ!」と、檀黎斗神はちゃあんと対応ガシャットを開発していました。さすが神!
(そういえば夏映画で黎斗神もビルドに遭遇してた。ほんま神やな、スタッフ)

ポッピー「黎斗!」
神「檀黎斗神だっ!」
ポッピー「はいはい、黎斗神

ってやりとり良かった。ウププ。

副作用が強くて長時間は戦えないものの、ネビュラバグスターに対して確かに有効な新ガシャット、「じゃあこのガシャットを量産して」と言うポッピー。しかし黎斗神は「私が唯一神だ!」と取り合わない。

そこへ御成です。

このシーンの前にタケル殿と御成、すでに登場していて。
「拙僧にお任せあれ」と黎斗神を道端に座らせ、「はい、いい子ですね~」という感じで話しかけつつ「神の恵みをどうか下々に」などとうまいこと言って見事黎斗神懐柔に成功。

「すごい、黎斗を手なずけてる……!」

いやぁ、御成いい仕事するわ(笑)。タケル殿以上に役に立ってる(爆)。

さて、ビルド世界に飛ばされてしまったパラド。
「ドクターボトル」を耳元でシャカシャカすることでエグゼイド世界の永夢と交信することができます。
(「できるよ」と教えてくれたのはマスターなんですが、なんでマスターそんなことまで知ってるの)

ビルド世界を2年もさまよっていたパラド、しかしビルド世界とエグゼイド世界の時間はずれていて、永夢は「パラド、一週間もどこ行ってたの?」

え。

い っ し ゅ う か ん (´・ω・`)

ちょっとそれ、ひどくない? パラドは2年も一人でがんばってたのに、永夢にとってはまだたったの一週間。「そういやパラドどこ行っちゃったのかな」ぐらいの不在。

パラド可哀想すぎやん。

ともあれパラドの無事と、ビルド世界でも同じことが起こっていると知った永夢。万丈とともにエグゼイド世界の「エニグマ」を探しに行きます。

最上とエニグマのことを聞いた永夢、万丈とともにエグゼイド世界の「エニグマ」を探しに行きます。

途中、地面の亀裂に落っこちそうになる万丈。永夢が必死にその腕を掴んで助けようとします。
「離せ!おまえまで落ちる!」
もちろん永夢は離そうとしないけど、万丈を引っ張り上げることはできず、腕の力ももう限界……!

「これは、映司くん登場のフラグっ!!!」

予想どおり、永夢の手が離れそうになったその時、万丈の腕を掴んだもう一本の腕。

映司くんキタ━━━(゚∀゚)━━━!!!

「腕を掴む」ったら映司くんだよねぇ。いやぁ、もう、やってくれるなぁ、スタッフ。

ネビュラバグスター等の怪現象を独自に調べていたらしい映司くん、最上と財団Xのことを知っていて、二人を財団Xの研究塔へ案内します。

そういえばアンクちゃんが束の間の復活を果たした『MOVIE大戦 MEGA MAX』も財団X絡みだったもんね。
最近どうしてるんだろと思ってたけど、財団X健在で何より。

で、映司くんと永夢と一緒に塔まで来た万丈、ふと立ち止まって二人に尋ねます。
「世界がヤバいのはわかる。けど、なんでそこまでできるんだ? 見ず知らずの他人のために、なんで命を張れるんだよ」

ここまで来る間にも、万丈は永夢の姿を見て「なんでそこまで。変身もできないのに」って言ってたんですよね。「おまえも戦兎と同じなのかよ」とか。

「みんなの笑顔を守りたい」と信念を述べる永夢。映司くんは「君にもいつかわかる時が来るよ」って言って万丈の肩を叩く。

でも映司くんはさー、最初っから「人のために戦える」人だったじゃない? 躊躇なくオーズに変身して、かなり早い段階でアンク脅して「俺が変身したい時は変身させろ!」つって戦って、伊達さんに「(お金とかそういう理由が)何もないのに戦える方が気持ち悪い」って言われてたぐらい。

女の子を救えなかった、というトラウマがあったとはいえ、そもそもその女の子と知り合ったのも「戦火に苦しむ人々の力になりたい」みたいな活動をしていたからじゃなかったっけ……。

万丈の目を通して「仮面ライダーはなぜ戦うのか」を問うのが今回の映画の大きなテーマで、すごく「FINAL」だな、原点にして「集大成」、素晴らしいなと思うんだけど、考えたら万丈の反応の方が「普通」だよね。

映画の冒頭で、戦兎に「まだおまえには仮面ライダーとしての覚悟が足りない」とか言われてた万丈。でも、記憶もないのに「愛と平和」のためにサクッとライダーになっちゃえる戦兎の方が「変わってる」わけで。
記憶がないから「無私」になれる、どんな無茶ぶりであれそれに縋るしか「居場所」がなかった、ってことはあるんだろうけど。

パラドに向かって、戦兎くん、「自分の居るべき場所があるっていうのは最高だな」って言ってる。
「居場所」を与えてくれたマスターに、「嘘だった」と言われてしまった戦兎くん。
14話で、「美空にボトルを浄化させるため、おまえに正義の味方を演じさせた。おまえは仮面ライダーごっこをしてただけ」と言われて。

「俺もこいつも、誰かの役に立ちたくて、誰かを守るためにこれまでも戦ってきた。俺は、俺の信じる正義のために戦う!

そう答えた戦兎くん。

この映画でレジェンドライダーたちのそれぞれの「戦う理由」を目にした万丈も、「俺は俺の信じるもののために戦う。俺を信じてくれたもののために戦う!」って決意も新たに仮面ライダークローズに変身する。

万丈は永夢を見て「戦兎と同じかよ」って言うし、パラドは戦兎を見て「永夢と同じか」って言う。

仮面ライダーはなぜ戦うのか。
“仮面ライダー”という“力”があるから戦うのか。
たとえ変身できなくても、永夢は人々を守ろうとするし、映司くんも財団Xを突きとめる。

『フォーゼ』のJKと大杉先生も、早い段階から画面に出てきて、JKは調査結果を戻ってきた弦ちゃんに報告するし、大杉先生も逃げ遅れた生徒の手を取り奮闘。
大杉先生の出番、予想以上に多くてびっくりしたけど、生徒を助けようとする大杉先生の姿、すごい重要だなぁ、と思った。

世界を救うため、人々を守るため、仮面ライダーは戦うけど、でもライダーじゃない普通の人間だって、自分のできる範囲で戦って、自分のできる範囲で誰かを守ろうとしてる。

ただの人間以上の“力”を手に入れた万丈。それをおまえはどう使うのか?

クレジットロールの後、最後の最後に謎のライダーが出てきて「このボトルは回収させてもらうぞ。北都のものだからな」とか言って、「またすぐに会えるさ、戦場で」って言うんですよね。

『仮面ライダービルド』において「ライダーシステム」はそもそもは「兵器」で、でも戦兎はこれから「科学もライダーも、それ自体が“兵器”なんじゃない、人間がどう使うかなんだ」っていう戦いをしていくんだと思うけど、強大な“力”を手にした時、人はそれをどう使うのか。

ショッカーの改造人間として誕生した仮面ライダー。
いわばショッカーの「兵器」だったわけで。

「兵器」が、それを生み出したものたちに反旗を翻すのが仮面ライダーという物語。
ビルドって王道だよなぁ。



ええっと。
話が一気に「クレジットロールの後」まで飛んでしまいましたが。
映司くんに連れられ財団Xの研究塔を登っていくとこでしたよね。

最上階っぽいところで、ご丁寧にエグゼイド世界の最上が待ち構えてくれています。研究室というにはいかにも怪しげな内装の部屋で。吊り下げられた鮭がめっちゃ気になった(笑)。

「W」のガイアメモリやNEVER研究に資金提供していた財団X、「我々にはメダルやスイッチの技術もある!」と最上がファッサーっと覆いを取り払うとそこには複製コアメダルが!!!

アンクちゃんクル━━━(゚∀゚)━━━!?

いやが上にも期待が高まる中、まずはカザリ、ガメル、メズール、ウヴァが複製コアメダルから復活! メズールがガメルの肩に乗って登場するのとか細かい演出がニクい。
そして満を持して「おっと、君の相手はやはり彼がいいかね」、と鳥コアからアンクちゃん(怪人態)を出してくれる最上魁星。

ありがとう最上、ありがとう財団X!!!!
いやほんま、この後の展開、財団X様々すぎて。
感謝してもし足りない(笑)。

怪人態アンクちゃんに攻撃され、押される映司くん。
「偽物とわかっていても、やはり攻撃できないか!」
あああ、萌えるシチュエーションすぎるっ。

首を絞められ、映司くんは壁に開いた穴に追い詰められます。
割れたタカメダルを握りしめながら「アンクっ!」、映司くんの脳裡にはアンクとの数々の思い出が蘇り(なんというファンサービス!)、割れたメダルが光を放つ。
偽物であるはずの怪人態が頭を抱えて苦しみ始め、穴から落っこちていってしまう。

うん、ちょっと、記憶が定かじゃないけど、二人もつれて落っこちたんじゃなくて、怪人態アンクが落ちたから、映司くんも思わず助けようとして身を投げ出した、だった気がする。

「たとえ偽物でも、俺は―――!」

手を伸ばす映司くん。偽アンクもその手を掴もうとして。
繋がる二つの手。
その時、光る割れたタカコアメダルが偽アンクの中に入り込み―――。

ふわり。

翼の生えた天使が映司くんの手を掴み、その体を地上に降ろす。
ぎゃああああああああああああ、何この絵面!!!!!!!
アンクちゃんマジ天使!!!!!!
翼あるものヤバいっ!!!!!!!!!!!!!

「キャプチャ、ここキャプチャ!」って心の中で叫んでましたよ、もう。声出てたかもしれん(爆)。

いやー、もう、なんなん、この完璧な復活エピソード。なんなん。ファン心理わかりすぎですやん。

さらに追い打ちで
アンクちゃん「相変わらずボロボロだな、映司」
映司くん「おまえのせいだろ」
アンクちゃん「知るか」
という萌える掛け合い。
最高かよ、天才かよ!
映司くん泣きそうだし。

私も泣くぅぅぅぅぅ!(うるさい)

「今日この日だったんだな、おまえがいる、いつかの明日は」
『MOVIE大戦 MEGA MAX』でのセリフを踏まえた映司くんの言葉。はぁ、ほんとにもう、スタッフ……。

しかしこうして夫婦が感動の再会を果たしている間にも塔の上では永夢と万丈が偽グリード達に(^^;)

アンクちゃんの翼で最上階にひとっ飛びしたのか(記憶が曖昧)、偽グリードからガサッとコアメダルを抜き取るアンクちゃん。
それを見て「行くよ、アンク!」とオーズドライバーを掲げる映司くん。息ぴったり♡

「ちゃんと今日の分のアイスよこせ」
ああ、もう、いちいち泣けるわ。もう一度こうして二人のコンビネーションを見られる日が来るとは。

「人生、腹の立つこともあるけれど、アンクちゃんが戻ってくることもある」
(『あぶない刑事リターンズ』のキャッチコピーもじり(笑)。この時あぶ刑事も7年ぶりの復活だった)

しかしホント、財団X様々よねぇ。アンクちゃんはもちろん、他のメダルも複製してくれてたからこそのオーズ変身。これからもしつこく暗躍していつでも歴代ライダーが復活できるよう頼むわ。

あと、これは完全に余談だけど、あの天使アンクちゃんが映司くんの手を掴んでる絵面、『SPEC~結~爻ノ篇』のラストも思いだしちゃいました。
“にじみ”となった当麻の手を、牢獄の瀬文さんがハシっと掴むあの絵。
世界を救って、でも自分はもう“にじみ”としてしか存在できない。誰も彼女のことを知らず、彼女に救われたことも知らず。
それでも、瀬文さんだけは、見えない当麻の手を、掴んでくれる。

世界を救って“死んで”しまったグリードのアンクちゃん。
関わった人たち以外は、彼がいたことを知らないし、“ただのメダルの塊”に救われたことも知らず生きていて。
でも映司くんは、たとえそれが“偽物”でも、手を伸ばしてくれる。

アンクへの想いが、割れたメダルと“偽物”とを結び合わせた。
そしてきっと、アンクちゃん自身の映司くんへの想いが、“偽物”の体を借りて映司くんを助けた。
あのまま落ちてたら、映司くん死んでるもんね。
そんなこと、アンクちゃんの魂が許すはずがない。

互いが互いの手を掴もうとしたからこその、奇跡。

うわぁぁぁん、アンクちゃあああああああああああん。



二人の再会にあまりに胸が一杯でその後何がどうなったのか、どうなっててもいいや、って感じですが(笑)。

次に出てきたの、弦ちゃんだっけ?
『MOVIE大戦アルティメイタム』でフォーゼドライバーを捨ててしまう弦ちゃんですが、たぶんこの映画は「捨てる前」。「弦太郎さんが教師として戻ってきたら」とJKが言っているので、まだ教師になってないぽい。

映画の冒頭ではユウキちゃんの宇宙への出発を見送りにロシアへ行ってるとかで。
ユウキちゃん……。賢吾くんももう出演できないもんね。
ストライプのスーツは『アルティメイタム』の時と同じ衣裳っぽかった(違ったらすいません)。

エグゼイド世界のエニグマは、天高にあるんですよね。宇宙のエネルギーがなんたらかんたら。財団Xによる複製ゾディアーツの皆さんも登場。

ああ、弦ちゃんに思い入れが何もない(笑)。

永夢と万丈は無事エニグマにたどり着き、ビルド世界でも戦兎くんとパラドが向こうのエニグマにたどり着いてる。
向こうに出てくるレジェンドライダーは紘汰さんのみ。
どうもビルドだけ「別の地球の話」っぽいよね。映司くんやタケル殿は普通にエグゼイド世界で生活してるみたいだから。

紘汰さんは神様だからどこの地球であっても出没できるのでしょう、きっと。
そしてヘルヘイムに浸食された鎧武世界とビルド世界はきっと“別物”なので、鎧武からは紘汰さんのみの出演。
なんか可哀想だったなぁ。タケル殿には御成、映司くんにはアンクちゃん、弦ちゃんにはJKと大杉先生と、それぞれ仲間がいたのに紘汰さんは一人ぼっち。出番も一番短かった気が。

紘汰さんが「オリャー!」と跳び蹴り食らわすとエニグマが可視化されるっていう。

いや、まぁ、神だからね。うん、神だから。


エニグマ内部に入った戦兎くん、同じく向こうのエニグマにたどり着いた永夢に「出力を最大に!」と指示を出すんですが。

天っ才物理学者の桐生戦兎はともかく、なんで永夢はエニグマの操作がわかるの。そんなにユーザーフレンドリーなUIが採用されてるの、エニグマ。

とにもかくにも「科学が選ぶ未来はどっちだ!」と最大出力で二つのエニグマが手を取り合い、二つの世界が繋がって戦兎とパラドはエグゼイド世界へ。あの空間をバイクで――生身で駆け下りてこられる戦兎さんスゲぇ。さすがハザードレベル3.0以上です。

戦兎からエグゼイドボトルを受け取り、変身能力を取り戻した永夢。パラドも2年ぶりに永夢と再会!(何度もしつこいけど“2年”ってほんま、よく頑張ったね、パラド)。
一方戦兎は万丈に向かって「太った?」「太ってねぇよ、って、そこかよ!」。この二人の関係性もいいよね。後で万丈、ちゃんといいタイミングでスパークリング缶(?)を渡しに来るし。

エニグマと、二人の最上が合体して変身したバイカイザーを倒すべく、レジェンドライダーも集結! 掛け声(?)が合わなくてわちゃわちゃするのも楽しい♪

ここからの6人ライダーによるバイクアクションがまたとんでもなく格好いいんですが、さっきまで「太った?」とか言われていた万丈は参加していなくて……気づいたら屋上で「なんでそんなボロボロになるまで戦うんだよ、バカだろ。でも、悪くねぇ」と自分なりの「戦う理由」を見出してるんですよね。

いつの間に、どうやって移動したんだ(笑)。

しかし本当に、上堀内監督がこだわったバイクアクションシーン、素晴らしかったです。車が巻き込まれ炎上するのも往年の刑事ドラマみたいで懐かしく。『さらばあぶない刑事』の時に、「最近はなかなかそういう撮影ができない」って話が出てたけど、仮面ライダーはやっちゃうよね。今やライダーだけがこういうアクションをやり続けていると言っても過言ではないのでは。

「溜め」とか、「下からのアングル」とか、このバイクシーンに限らないけど、とにかく「絵面」が格好良くて、どこを切っても絵になる作品だと思います。たーのしー♪
(しかし6人バイクが格好良すぎて「進兄さんここに混じれない」と思っちゃった。まぁ剛ちゃんが来てくれれば私はそれで(笑))

レジェンドライダー達はそれぞれ最強フォームでの戦いがクローズアップ。

オーズはまずガタキリバになって分身の術。メダルを交換するためには当然アンクちゃんがメダルを投げてくれなきゃいけないんだけど、バイクで「さぁ出発!」の時にはアンクちゃんいなかったんだよね。だから「アンクちゃんどうなったんだろ」と思ってたんだけど、空飛んできたのかどうしたのか、ちゃんとついてきてた。

愛か
愛だな。

ガタキリバの後、「映司、これを使え!」って自分の体から鳥コアメダル3枚出すのとか、もうホント愛。

ってゆーか、この「身をよじりつつ体からメダルを出す」カットがまた……なんかエロく見えるのは私の心が汚れているからなの。
6年の時を経て、りょん君の線が全体に優美っちゅうか、大人の色気っちゅうかこう――見てて照れました、はい。

「それがおまえのやりたいことなら」

テレビシリーズ最終回のリフレイン。「タカ・クジャク・コンドル!」の声も確かアンクちゃんのだった。ほんとにもう、いちいち泣かせにくるんだから、スタッフ。


で。
無事エニグマもバイカイザーも撃破して(むっちゃ端折った)、ビルドとクローズは自分達の世界へ(って、エニグマ壊れたんならどうやって戻ったんだろ…)。
フォーゼと懐かしの「友情の印」して、「それぞれの世界に仮面ライダーがいる。それが世界の“勝利の法則”!」と決めぜりふもバッチリ。

永夢とパラドは大我たちに出迎えられ。
飛彩先生、「癒着の切除術」の滑舌が怪しくて可愛かったw
改めて、パラドに「おかえり」という永夢。「ただいま」

大天空寺では御成が門の外でうろうろ。「もう、戻ってくればいいじゃない」とタケル殿に言われて、ここでもやっぱり「おかえり」「ただいま」

ビルドの14話(13話だったっけ?)で、「戦い終わったおまえに“おかえり”って言うのが好きだった」と言ってたマスター。でもそれは嘘で。
いなくなったマスターに代わって美空が「おかえり」って言ってくれたけど、あのテレビの流れの後に「おかえり」「ただいま」がこんな風に描かれてるの、なんか、沁みる。
「LOVE&PEACE♪」って明るく言ってる戦兎くんだけど、記憶もなく、恩人と思っていた人には裏切られ、テレビ15話ではあんな衝撃の事実を突きつけられ。
戦兎くんが心から「ただいま」を言える居場所は……。

弦ちゃんは正式に教師になったのか、登校(下校?)する生徒達に声をかけてるシーン。
そして紘汰さんはやっぱり一人で「遠く離れても見守ってるぜ、生まれ育った地球」とか言ってるんだけど、紘汰さんそれどこの地球……。最初に登場したダムっぽかったけど、そこあなたの育った地球なんだっけ???

ともあれ城乃内ぐらい出てきて、「おまえ帰ってきすぎじゃね?」とか言いながら出してくれたケーキにはちゃんと「おかえり」って書いてあるとかそーゆーシーンがあると良かったなぁ、って。


最後は、オーズチーム。
「ただいま」なんて、きっとアンクちゃんは言わないだろうけど。
そしてまだ、映司くんも言えない。本当の「おかえり」は。

映司くんの手の中で、偽のコアメダルはすぅぅと消えていく。
もうアンクちゃんもいないのかな、と思うと映司くんがふり向きながら「アぁンク♪」って言う。(この言い方がまた!小さい子に呼びかけるみたいで……(ノД`))
「はい、今日の分のアイス」
受け取って、ちょっと不思議そうな顔して、一口なめて、なんとも言えないせつない表情して、すぅぅと消えていくアンクちゃん。

ポトリと、再び割れたメダルが落ちる。

それを大事に拾い上げて、「また会おう、アンク。おまえと俺がいる、明日に」って言う映司くん。
うわぁぁぁん、アンクちゃあああん。゚(゚´Д`゚)゚。

たまらないよね。
映司くん、もうこれで三度目だよ。アンクちゃんと別れるの。
また別れるって気づいてて、でも――だからこそ、笑顔で「アぁンク♪」ってアイスを差し出す。

ああ、財団Xよ、がんばってまたコアメダルを作るのだ! おまたちならお茶の子さいさいなはずだろ。もちろん、偽物ではそう毎回奇跡は起きないだろうけど、おまえたちなら割れたメダルだって……。

『MOVIE大戦 MEGA MAX』の時の「いつかの明日」を踏まえての今回のアンクちゃん復活劇、秀くんも意見を出したらしく(途中で流れる「アンクとの思い出映像」も秀くんが選んだものらしい)最初から最後まで完璧だったけど、ふと、『MEGA MAX』でアンクちゃんが戻っていった「未来」に映司くんはいるのかな、って。

もちろん、映司くんとアンクちゃん、二人ともがいる「いつかの明日」は来るんだろうけど、その後で人間の映司くんは死んじゃって、グリードのアンクちゃんだけが残されるってこともあるわけじゃない?
「一緒に戦うの、もしかしてこれが最後?」って映司くんに訊かれて、アンクちゃん、なんて答えたんだっけ。なんとも優しい微笑を残して、未来へ戻っていった。
映司くんにとってあの出会いは「いつかの明日」への希望で、アンクちゃんにとっては「生きている映司にまた会えた」っていう出来事だったかも……。

テレビシリーズがあんまりいい終わり方すぎて、そう簡単には復活できない、するべきでもない、でも。

「いつかの明日」

はぁぁ、完璧やわ……。

登場ライダーの主題歌メドレーと名場面集を組みあわせたクレジットロールもグッと来るし、最初から最後まで素晴らしすぎてもう。

Blu-ray買う。
(言い切ったぞこいつ)

翌週もう1回見て無事パンフもGetしたし、2回目なのにやっぱり万丈が「戦う決意」をするところでうるうるしちゃったし、アンクちゃん復活以外の部分もホントにいいなぁ、って。


仮面ライダーって、本当にいいものですね。



12月23日からの入場者特典ポストカードも欲しかったなぁ。さすがに3回目見に行くのは…(その分のお金Blu-rayのために取っとくよ)。

とりあえずサントラは即ポチりました。


レジェンドライダーの戦いのバックにちゃんとそれぞれの戦闘テーマ流れてるの、ほんとアガる♪
そしてやっぱりオーズの曲が最高なのだった。