2017年8月19日土曜日

『タングステンおじさん~化学と過ごした私の少年時代』/オリヴァー・サックス



(※単行本と文庫版、双方のリンクを貼りましたが私が読んだのは単行本。引用箇所のページ表記はすべて単行本のページです)

「ファウンデーション」シリーズの続きも気になりつつ、寄り道を続けています(^^;)

『レナードの朝』等でおなじみのオリヴァー・サックス氏が少年時代を回想したエッセイです。タイトルの「タングステンおじさん」というのは、著者のおじ・デイヴのこと。

おじのデイヴは、私に物心がつくころにはもうタングステンおじさんと呼ばれていた。 (P16)

それは彼がタングステンをフィラメントにした電球を作っていて、その経営する会社の名前もずばり「タングスタライト」、タングステンを「俺の金属」と呼んで、

「(タングステンは)金属のなかじゃ一番融点が高くて、鋼鉄より丈夫で、高温でも強さを失わない。理想的な金属なんだ!」  (P53)

と常々語っていたからなんですね。

オリヴァー・サックス氏は長じて脳神経科医として活躍されるわけですが、子どもの頃は「タングステンおじさん」や他のおじさんの手ほどきもあって、化学に夢中だったそう。

著者自身の「化学遍歴」と、「化学の発展の歴史」が実にうまく組み合わされて、単なる自伝的エッセイにとどまらず、「化学読み物」としても十二分に楽しめる内容になっています。

おおむね14歳までの「化学と過ごした少年時代」が描かれているんですが……なんか、すごいです。

ご両親ともに医者、というだけでなく、デイヴおじさん始め親戚一同みんな理数系で色々なことに詳しい。

私には、書庫や図書館の代わりになるおじやおばやいとこが大勢いた。しかも、問題に応じて違う相談相手がいた。 (P268)

たとえばお母様は、

ダイヤモンドで簡単にガラスに傷がつくことを示してから、唇に当ててごらんなさい、と言った。やってみると、不思議なことに、びっくりするほど冷たかった。 (P13)

と教えてくれたり、ダイヤモンドが石炭と同じ炭素でできているのだ、と教えてくれたりする。

まだ幼い著者にフィボナッチ数列を教えてくれるおばさんがいたり、とにかく環境がすごいです。すごすぎて、お母様、まだ14歳の著者に「そろそろ人体解剖を」と「同じ14歳の少女の解剖をさせたり」するんですけど……。ちょっと、想像がつかない家庭環境です。

フレーヴィア(『パイは小さな秘密を運ぶ』他の主人公)同様、自分の「実験室」を持っていて、そこで色々な実験をしたり、自分で写真の現像をしたりするのもすごい。

ヴィクトリア朝時代には、人々が化学に熱烈な興味を抱いた。多くの家庭には、シダやステレオスコープと同じように、自前の実験室もあった。グリフィンの『趣味の化学』は一八三〇年ごろに初版が刊行されたが、大変な人気を呼び、次々と改訂されて新しい版が出た。 (P92)

ということらしいんですけど……「多くの家庭に自前の実験室があった」って、「あなたの知らない世界」すぎる!

フレーヴィアは1950年に11歳。オリヴァー・サックス氏は1933年生まれで1950年には17歳。フレーヴィアの実験室も「おじさん」のものでしたし、その時代の裕福な家庭には「実験室」があったのか……。

で、その『趣味の化学』という本の中では猛毒物質の使用が平然と勧められていたそうで、著者も近所の薬局で普通に青酸カリを入手できたそうな。殺虫剤として使われていたそうで……うーん、毒殺し放題ではないか。

著者の場合、ご両親が医者なので医療で使われる薬剤は簡単に手に入ったのだろうし、タングステンおじさんの工場などからも鉱物や化合物を色々入手できたよう。

わずか二、三年のあいだに私が集めた種々の化学物質は、通り一帯を中毒させたり吹っ飛ばしたりできるぐらいあった。 (P106)

大きなナトリウムの塊を手に入れて、その反応を見るために池に放りこんで「辺り一面を黄色い炎の海にした」ってくだりには、唖然とするしか(^^;)

昔の子ども、すごすぎない!?

もちろん、いくら家に実験室があったとしたって、全員が全員それを有効に活用していたとは限らないけれども。

そんな、子どもでも薬局で簡単に青酸カリが買えたり、ナトリウムが手に入ったりしたらあかんやろ、危なすぎやろ、と思ってしまうけど、「注釈」で触れられているノーベル賞受賞者ライナス・ポーリングの自伝の一節、

さて現在ではどうだろう。化学に興味を持った少年少女は、化学実験セットを手に入れる。だが、そのセットにはシアン化カリウムがない。硫酸銅などの面白い物質までない。それらの面白い物質は、どれも危険物と見なされているからだ。それゆえ、こうした化学者の卵たちは、化学実験セットで何かに夢中になるような機会に恵まれていない。 (P113)

という文章には、ちょっと考えさせられてしまいます。

「安全」なものばかり、大人たちがあらかじめ危険なものをすべて排除してしまったのでは、子どもの好奇心はたいして刺激されないだろうなぁ、と。

子どもの頃大好きだった学研の「科学」と「学習」の付録が息子ちゃんの頃にはずいぶんつまらないものになっていたけど、あれも「○○は危険」みたいなことの積み重ねで「当たり障りのないもの」にならざるを得なかったからなのかも。

まぁ青酸カリがお手軽に買える時代にはもう戻らないだろうし、戻るべきでもないとは思うけど、著者が過ごした「実験三昧」の少年時代、なんとも羨ましいです。

息子ちゃんが小さい時にちょっと化学の講義をしたり、周期表ポスターを貼ったりしましたが(現在も貼ってある)、そんなのでは生ぬるかったのだ。

実験室を作ってやらないと!

いや、無理だよね。うん、無理だ。

そんなふうに、化学者の卵としての環境にめちゃくちゃ恵まれていた著者、でも実はその「化学への熱中」の背後には、つらい事情も隠されていました。

1933年生まれの著者は、戦争中、疎開先のブレイフィールドでとてもつらい目に遭います。学校の校長がやたらと子どもに鞭をふるうような人間だったようで、一緒に疎開していた5歳上の兄マイケルは、その後、心を病んでしまったほどなのです。

疎開先でも、その後に通ったカレッジでもひどいいじめにあったマイケル。15歳くらいで「発狂」し、

自分は「鞭打ちの大好きな神様のお気に入り」で、「サディスティックな神様」から特別に目をかけられていると言って、ことさらにそう信じだした。 (P224)

自分が痛めつけられるのは、長く待ち望まれたメシアだから(あるいはその可能性があるから)だろうと考えたのである。 (P224)

というふうになってしまったそう。

自分にも同じつらい記憶があり、自分も兄と同じように狂ってしまうのではないか?と怯えていたわずか10歳の著者。

科学に集中することで、混乱を目の前にして自分がめちゃめちゃになってしまわないようにしたのだ。 (P225)

……マイケルも著者も可哀想すぎて……。

戦争は、戦前の――5歳くらいまでの著者の身の回りにあったものを色々と破壊してしまいます。家にあった柵が、疎開から戻ってきた時にはなくなっていたり、近所の劇場や大時計が消えてしまっていたり。

著者は化学実験と同じように写真にものめり込みますが、それは写真が時間を切り取って、永遠にその瞬間をとどめておいてくれるからでした。

そんなふうに記録に残す欲求に駆られた一因は、戦争にあった。戦争が、それまで永久不変に見えたものを、片っ端から破壊したりなくしたりしてしまったからだ。 (P167)

なくなってしまった柵や劇場。もしかしてそんなものは最初からなかったのでは? 自分の記憶の方が間違っているのかも……。

なんか、わかります。

私も「記憶フェチ」なので。今目にしているものもいずれは消えていく。自分以外には誰も覚えていない、自分さえ忘れてしまうかもしれない。

確かに存在したはずなのに。

そんな疑念と恐怖が、自分で乳剤を作り自分で現像する方向へ向かう著者、すごいですが。私はただ、過去のがらくたを捨てられずに積み上げるだけだからなぁ……。


化学に夢中だったオリヴァー少年、でも医者であるご両親は当然著者も医者になるものと思っていて、著者が13歳ぐらいになるとあまり化学の話をしていると「やめなさい!」と怒られてしまったそう。14歳で人体解剖させられるぐらいだもんね。いくら「私たちの子どもは医者になるのが当然」と考えていたからって……。

産婦人科医のお母様はいわゆる奇形児の赤子を時折家に持ち帰って、著者に解剖して見せ、「自分でもやってみなさい」と言っていたそうな。その時著者11歳。

お母さん……。

私は、(中略)このような早すぎた体験のせいで医学が苦手になり、感情をもたない植物、いや、さらには鉱物・結晶・元素へと逃げたくなった。 (P291)

さもありなん。

でも結局著者はいつの間にか実験室に足を踏み入れなくなり、化学者ではなく医者になるのです。それは一つには量子力学のせいで。

私をとりこにした化学は、一九世紀の、具体的で、博物学的で、観察にもとづく記述的な化学であって、量子の時代の新しい化学ではなかった。 (P371)

少年時代の著者が化学の知識を増やしていくのに合わせ、周期表やレントゲンや放射性物質の発見といった「化学の発展の歴史」も合わせてうまく語っていくこの本。量子力学が登場したところで、著者の「化学と過ごした時代」も終わります。


化学なんて苦手、という人にも読みやすくておすすめです。

2017年8月16日水曜日

AtermWG1800HP2の不調とその解決

2014年の12月に買ったルーター、AtermWG1800HP2。(買った時の記事はこちら

ずっと快適に使えていたのですが、先日突然おかしくなり。

PCもスマホもネットワークオーディオも、接続がぶちぶち切れる。1時間に1回ぐらいの割でWi-Fi接続が切れ、PCからAtermがそもそも見えなくなり、1分ほどするとまた繋がる。

切れっぱなしではなくまたすぐに繋がるのでまぁblog書いたりする分にはさほど問題はなかったんですが、やはり気にはなる。

なので電源を入れ直してみたり、ファームウェアをアップデートしたり。

それでも症状が変わらないのでさすがにこの猛暑で「熱暴走」してるのか?と、半日ほど電源切って冷ますもやはりダメ。

なんか涼しい日は切れる頻度が少ない気がしたけど、数時間に1回切れるのは変わらない。

ググって出て来た「Wi-Fiのチャンネル自動選択機能をOFFる」もやってみたけど効果なし。

Wi-Fiがおかしいだけでなく、ケーブルで有線接続してもやっぱり切れてしまう。うーん、ルーターの寿命? まだ丸3年経ってないのに……。


一週間ほど経ったある日。

ネットワークオーディオでルーターに繋いだUSBからDLNAで音楽を聞こうとして。
(WG1800HP2の簡易メディアサーバー機能に触れた記事、こちらこちら

すごく、重い

サーバーにアクセスするのにやたら時間がかかって、やっとアーティスト一覧とかが出てきても、そこから進まない。

実はその数日前にも一度チャレンジしたんだけど、あまりにレスポンスが悪いので諦めてネットラジオ聞こうとしたら入力切り替えもできなくて、電源もすぐには切れないことがあったんですよね。

なんか、サーバーにアクセスしたことでネットワークオーディオがフリーズしてしまった感じ。

接続が切れがちとはいえネットラジオには普通に繋がるし、CDを聞いたり他の機能には問題がないので、おかしいのはネットワークオーディオではなくサーバー。

ここで、ピンと来ました。

そういえば、ルーターがおかしくなった日、サーバー(ただのUSBメモリですが)に十曲ほどデータを追加したんですよね。

あれからおかしくなった。

なので簡易メディアサーバーにしてたUSBメモリをひっこ抜いたらあっさりルーターは絶好調になりました

あららぁ~。

よくわかんないけど、データを追加したことで読み込みに問題が起こり、延々ループか何かしてルーターが過負荷になり、そのたび勝手に再起動するみたいになっていたのでは……。

あああ、もっと早く気づいていれば。最初にネットワークオーディオで「あれ?」と思った時にUSBはずしておけば!!!

無駄にルーターの寿命を縮めてしまった……。

WG1800HP2の簡易メディアサーバー機能には「1000ファイルまで」という制限があるんだけど、最後に追加したやつ入れても1000にはなってないはずなんだよね。フォルダも入れて1000なのかな……。それでも超えてないはずなんだけど。

うーむ。

ルーターが元通り快適になったのでもう一度USBメモリを挿すのを躊躇してしまうんだけど、メディアサーバー機能が使えないとちょっと不便。

サーバーからのDLNAだとアーティストごと、アルバムごと、全曲シャッフル、といったことができるけど、USB直挿しだとフォルダ単位でしか聞けないので。

アルバム単位でフォルダを作るとアーティストでシャッフルができず、アーティスト単位でフォルダを作ると今度はアルバムごとに聞きたい時に困る。


ともあれルーターそのものが壊れてなかったことにはホッとしました。まだあと3年ぐらいはがんばってほしい。

2017年8月15日火曜日

劇場版『仮面ライダーエグゼイド~トゥルー・エンディング』見てきました!

※以下ネタバレあります!これからご覧になる方はご注意ください。



入場者特典フットバソウルメダルは「エナジーアイテム セーブ」でした。

シリーズ開始当初はゲームモチーフの戦闘場面がチカチカするというか、どうにも好きになれなくて、永夢のキャラクターにも感情移入できず、唯一共感できるな、と思っていた監察医きりやんがさっさと退場してしまって、「テキトーに流し見」する感じだったエグゼイド。

しかし新檀黎斗登場前後からとにかく社長芸に目が離せなくなり(笑)。

相変わらず永夢は好きになれないものの、きりやんが無事復活したこともあり、ついつい映画館にまで足を運ぶことになってしまいました。

「トゥルー・エンディング」というタイトルがまた、そそりますよねぇ。まさかテレビ本編ではちゃんと終わらないの?ディケイドの悪夢再び!?とか、時間を止められるクロノスがいるのでどこかの時点で時間が分岐して、複数の結末が生まれるの?とか。

まぁ映画館に行く前に(見に行ったのは8月9日)、どうもそういう「パラレルワールド」的なものではないらしい、ということは知ってしまったんですが。

うん。

映画パンフレットで脚本家高橋さんが「夢オチにもパラレルにもしなかった」と書いておられて(公式Twitterでもその旨告知されてたようです)、「正々堂々“本当のラスト”を描く」っていいなぁ、潔いなぁ、と思いました(ディケイドのあれはあれで好きですよ。ええ、好きです!)。

テレビ本編の終盤と夏映画の公開時期が重なるので映画のストーリー作りは本当に毎回大変なんだろうな、と思います。なので「本編が終わった後を描く。だからこれがエグゼイドという物語の“トゥルー・エンディング”」って、なんか、「真っ向から挑んできた!」みたいな。

とはいえ、あんまりそういうこと考えなくても見られました。

テレビ本編の時系列のどこに入るのか、ってそんなに深く考えなくても楽しめるし、「あれ?クロノスお休み中?」ぐらいの認識でも大丈夫なような。いや、きりやんが復活しててパラドが人間側、っていうだけで本編終盤の時系列ではあるんだけども。

テレビ本編でおそらくクロノスが倒されて「とりあえずめでたし」になった後の世界、だと思われます。クロノスいい加減めんどくさかったから、出てこないの単純に嬉しい(笑)。

クロノスがもういないということは仮面ライダークロニクルは絶版になったんだろうと思うけど、ライダー達はまだみんなベルトもガシャットも持ってて、CRも存続してるぽくて、バグスターウィルスの脅威はまだ健在のよう。

で、そこに謎の忍者モチーフのライダーが現れ、次々と手裏剣型武器で人々を攻撃。手裏剣にやられた人間は昏倒してその意識をVR世界に持って行かれてしまう。人間のみならず、バグスターであるポッピーやきりやんまでが同じ目に。

このVR世界、永夢が小児科研修の際に担当した難病の女の子、まどかちゃんの願いを叶える世界になっていて、小学校の運動会が開催されています(この小学校の校舎がまた、非常に昔懐かしい昭和な感じの枯れた校舎だった)。手裏剣攻撃を受けた人達は運動会のいわば「エキストラ」、そしてなぜか飛彩先生はまどかちゃんの父親役に。

「私に撮れないものはない!」と娘の活躍する姿をカメラにバッチリ収め、「私に切れないものはない!」とお弁当のピザを華麗にカット!

妙にハマってて笑えるのですが。

何と言ってもこのVR運動会の花形はピストル持って「バン!」する大我先生!

体育の先生コスで「バン!」する大我先生楽しすぎる。反則www

しかもその大我先生の前を体操服にランドセルという珍妙な格好で走って行くニコちゃん。ニコちゃん……何やらされてんの……。

まだ十代のニコちゃんとはいえ、やっぱり半ズボン体操服はヤバいよね。ランドセルまで背負ってるし。

この運動会コスの大我センセとニコちゃん見るだけで映画館行った甲斐ありました。

謎の忍者ライダーの背後にはブラザー・トムさん扮する「マキナビジョン」社長ジョニー・マキシマがいます。確か7月末くらいのテレビ本編にちらっと出てきましたよね。クロノスに「あの話はなかったことに」とか何とか言ってた。

提携だか投資だかを持ちかけていたのを「やっぱりやーめた」と。

しかし実はその後、幻夢コーポレーションのデータがハッキングされていたらしく、マキナビジョンは独自にライダーシステムというかゲームシステムを開発していた。

ということを監察医きりやんと檀黎斗神が現・幻夢コーポレーション社長の小星さんところに聞きに行くわけです。テレビ本編の割と前半に出て来た「ガシャットを作れる男」小星さん、またお会いできるとは。

で、早速きりやんがマキナビジョンに乗り込みジョニー・マキシマと対峙。「日本が好き」ということで忍者ライダーなんだけど、扇子に書いてある文字は「忍」ならぬ「葱」

あざとい。

あざといぞ、ジョニー・マキシマ!

ブラザー・トムさんが日本かぶれのいかにも怪しい社長を好演。そしてその部下で忍者ライダーに変身する男・南雲役は堂珍さん。男前だし、愁いを帯びて訳ありな感じが似合ってました。

ゲームプレイヤーにわざわざ難病のまどかちゃんを選ぶところからして、南雲が彼女の生き別れの父親ってことはたやすく想像がつきます。何しろ、ウイルスにやられた人達が送り込まれるVR世界は「元気に運動会に参加したい。徒競走で1等取りたい」という彼女の願いを叶えるものなのです。現実にはずっと病院のベッドにいるしかないまどかちゃんが、元気に駆け回れる世界。

たとえ手術が成功しても、それだけでハッピーエンドになるわけじゃない。普通の、健康な子と同じように過ごすことは、なかなかできないだろう。この先成長していく過程で、色々な困難に遭遇するはず。それならいっそVR世界で幸せに……。

仮面ライダーって、「父親の(歪んだ)想い」っていうの、よく出てきますよね。「平成ライダーvs昭和ライダー 仮面ライダー大戦」の時の板尾創路とか、「ウィザード」の白い魔法使いも娘を生き返らせたい一心で他の人間を犠牲にしていた。仮面ライダーWの敵もフィリップの父親で、仮面ライダーエターナルを生み出したのは父親ではなく母親だったけど、やっぱり「死んだ息子をなんとか」という想いだった。

今回はまだまどかちゃんは生きてる。「死んだものはそんなこと望んでない」ってよく言うけど、死んだ人間の本当の想いなんてわからなくて、でもまどかちゃんは生きてるから、彼女の「本当の願い」はわかるんだ。

もちろん運動会で1等賞も取りたいけど、でも彼女の一番の願いは――。

「子どもの命を、子どもの笑顔を守るのは、僕たち大人の義務じゃないか!」っていう永夢のセリフ。永夢嫌いだけどこのセリフにはグッと来ました。特撮ヒーローらしいメッセージだよね。大きいお友だちとしては我が身を振り返らざるをえません。自分は“大人”としてどうなの?って……。

最後、ゲムデウスマキナに変身したジョニー・マキシマが「人間ごときに運命を変えられるか」みたいなことを言って、永夢が「人が生きるということ、それこそが運命を変えることだ!」とかなんとか言うのもいいセリフでした。「いいな」と思った割に正確なところ忘れちゃってるけど(^^;)

キュウレンジャー映画と共通だと思った「未来への希望」云々のセリフもどんなだったか思い出せない。あれ? ほんとにそんなセリフあったっけ???

VR世界の嘘の幸せで笑顔になるんじゃなく、困難の多い現実世界でも、人は未来に希望があれば笑えるんだ、みたいな流れだったかな……。うう、記憶力……。


医療とゲームをモチーフにしたエグゼイドの「トゥルー・エンディング」として、実によくできたお話でした。VRなゲーム世界。そして天才外科医飛彩さんによるまどかちゃんの手術。患者さんの命を守り、笑顔を守る、未来に希望をつなげる「ドクターにしてライダー」の4人。

途中ゲムデウスマキナにパラドと檀黎斗神が吸収(?)され、飛彩さんと永夢の二人はまどかちゃんの手術、ニコちゃんに「おまえはあの子のそばについていてやれ」と言って一人出て行く大我先生。その行き先を知りながら「気をつけて」(だったかな)とだけ言葉をかけるニコちゃん。

エンディングでも大我先生とニコちゃん超ラブラブやったけど、そもそもなんでニコちゃんが大我先生んとこに来たのか思い出せないくらい、最初からイチャイチャしていた気がするよね(笑)。

一人ゲムデウスマキナのもとへ向かう大我先生に合流し、覚悟を問われて「どうせ一度は死んだ身だ」と答えるきりやん。きりやん(というかレーザー)のキックアクション、好きですわ♪

一度死んで、バグスターとして蘇ったきりやん。CRに復帰して、エンディングでも論文書いてたぽいきりやん。

でも、バグスターやん?

バグスターって、きっと年とか取らないよね? ご飯食べたりトイレ行ったりも必要ないんだろうし。

パンフのインタビューでポッピー役のるかちゃんも

バグスターにとっては、生き残ることも辛いかもしれないんですよね。きっと歳もとらないんだろうし、最終的には、バグスター同士で生きていくしかないのかなって。

と言ってるんだけど、神になって普段はゲーム世界に閉じこめられてる檀黎斗神はともかくとして、きりやん、ポッピー、パラドのこの先の“人生”ってどうなるのかな。パラドはなんか、いつでも好きに永夢の体の中に入ったり出たりできるっぽかったけど。

永夢がじーちゃんになっても、パラドはあのまま永夢と共存するのかな……。

エンディングで大我先生んとこの医院に「ゲーム病ならお任せ!」みたいなポスター(ニコちゃん作)が貼ってあったし、クロノスが倒され、ゲムデウスマキナが倒されてもライダーの需要はあるみたいなんだけど。


無事お話が終わって、それぞれの“その後”みたいなエンディングも流れ、「あれ?そう言えば新ライダー出てこなかった」と思っていたら、いきなりとってつけたような仮面ライダービルドパート。

マイティブラザーズな永夢とパラドの前に現れた仮面ライダービルド、「ゴリラ!ダイヤモンド!ベストマッチ!」とゴリラモンドフォームに変身、なんかよくわかんないけど「エグゼイド成分」をボトルに回収して去って行く。

えっ、エグゼイド成分って、分離回収できるんだ……。

エグゼイドボトルは当然冬映画で使われてマックス大変身ベストマッチ!とかになるのかな。

冬映画の予告でバーンと「平成が終わる――!」って出た時は、うわぁと思っちゃいました。そうか、ビルドの次のライダーは(ビルドもその次も放送が1年あるとして)平成と次の元号とをまたぐことになるのか、うわぁ。

昭和世代としては感慨深いを通り越してもはや怖ろしいです。いつまで仮面ライダーを見続けるんだ、俺。

でもどういうお話になるのかなぁ、冬映画。今回のさらにその後、だよね、たぶん。途中で檀黎斗神のライフが1になっちゃってたから、もう次は戦えないよ、檀黎斗神。その神の才能を発揮するだけにとどめないと。

「バグスターとして生きるということは」に焦点が当たると面白いな、と思うけど、主人公はあくまで永夢だからなー。

ほぼタイトル告知だけの予告を見ながら「冬も映画館来なきゃ」と思ったひゅうがでした。だからいつまで仮面ライダー見るのよ……。


(パンフに載ってた「檀黎斗“芯”」、映画館に売ってなくて大変残念でした。)

2017年8月11日金曜日

劇場版『宇宙戦隊キュウレンジャー~ゲース・インダベーの逆襲』観てきました

※以下ネタバレあります!これからご覧になる方はご注意ください。

2年ぶりに夏映画見てまいりました。

去年の「ジュウオウジャー」&「ゴースト」は見に行かなかったんですよねぇ。ジュウオウジャーはけっこう楽しんでいたんだけど、ゴーストが全然好みじゃなかったので。

冬の「エグゼイド&ゴースト」も春の「超スーパーヒーロー大戦」も見ず、「そろそろ私もニチアサ卒業か……」と思っていたのに。

つい。

つい見に行ってしまった。


入場者特典、キュウレンジャーライセンスはツルギでした。これ、12種類の中からランダムかと思ったらツルギかラッキーの2種しかないのね(^^;) まぁ予算的に12枚作るの大変だろうけど、せめてショウ司令入れて3種からランダムだったら……。ショウ司令が良かった(笑)

で、お話はいきなりそのショウ・ロンポー司令がゲース・インダベーにやられるところから始まります。ゲース・インダベーの放った銃弾(というかレーザー?)で胸を貫かれ、その衝撃で宇宙空間へ放り出されてしまったショウ司令。

「まさか!」
「司令ーーーっ!」

オリオン号の中で悲嘆に暮れるキュウレンジャー達。でも悲しんでばかりはいられない。巨大彗星兵器ゲース・スターが地球に迫り、ゲース・インダベーはさらに破壊神ケルベロスを手に入れようとしている。

破壊神ケルベロスを封印した3つのケルベロスストーンを探して、キュウレンジャー達もケルベロス座に向かうのですが――。

なんせそのままでは人数が多すぎるキュウレンジャー、3組に分かれてケルベロスストーンを探しに行き、行った先でゲース・インダベーとその部下に遭遇、それぞれに戦う、という構成はよく考えられています。

ギョシャキュータマでガルがバイクになってラッキーを乗せるとこ、エグゼイドの仮面ライダーレーザーを彷彿とさせすぎでした。ラッキーに乗られて嬉しそうなガル(笑)。

チャンプが突然宇宙プロレスのリングに召喚されて戦うシーンでは、クールなスティガーさんがハミィと一緒に熱い声援を送るのがちょっと新鮮。チャンプって、ロボレスリングの元チャンピオンという設定だったんですね。TV本編をいい加減にしか見ていないので、パンフレット読んで「そうだったんだ」と思いました(^^;)

結果的にケルベロスストーンは3枚のうち2枚をゲース・インダベー側に取られてしまうんだけど……なんでゲース・インダベー、もっと早くケルベロスストーンをGetしておかなかったんだろ? キュウレンジャーに嗅ぎつけられる前にさっさと取りに行っとけば、3枚ともあっさり入手できてたと思うんですけども。

なんせケルベロス座周辺は「ヤバすぎて誰も近づかない星域」だそうなので、キュウレンジャーさえいなければ邪魔される可能性はまずない。

いつでも余裕で破壊神ケルベロスを手中に収められたのでは……。

まぁ、ゲース・インダベーにも色々都合があったんでしょうけどね。

ゲース・スターの衝突を回避し、さらに破壊神ケルベロスもなんとかしなければいけないキュウレンジャー達。けれどゲース・インダベーにぼっこぼこにされ、絶体絶命。

そこへひらりとマントをなびかせて現れるショウ司令!

リュウコマンダーに変身した後も仮面ライダーウィザードばりにマントひらひらで格好いい司令ですが、変身前もいいよねぇ。崖の上からひらりと姿を見せるあのシーン、ヤバいですわ。

ボコボコにされて地面にへばってるキュウレンジャー達が司令の姿を認めた時の表情がまた!

特にスティンガーさんの表情に惹かれました。ここまで我慢してきた心細さがぎゅわーんと溢れて泣きそう!って感じの絶妙な表情……だった気がする。もうどんな顔だったかよく思い出せないけど(笑)。

「宇宙空間をクロールで泳いでたらもう一人の救世主に助けられた」みたいなことを言う司令に、ナーガが「絶対嘘だ」と言うんですが、まぁ、「もう一人の救世主=ツルギ」に助けられたのはいいとして、銃弾だか銃光だか思いっきり喰らったみたいに見えたのに、司令ったら大変お元気で……。

いや、元気で何よりではあるんですが。

伝説の救世主・鳳ツルギには大怪我も即座に治す力があるのかしら。

ツルギさん、その後で「これは伝説のヘルプになる」とか言って出てくるんだけど、テレビ本編ではやっと「仲間」になったばかりの彼、この映画ではどういう立ち位置なのか、いまひとつよくわからない。

テレビに出てくるより先に映画の撮影、みたいだし、演じる方もお話作る方も整合性取るの大変だとは思います。時間もないし、あえて細かく説明しない方が破綻がないのかも。

小太郎くんも前半いなくて、「出てこないのかな?」と思ってたらちゃんと出番あって良かった。

9人どころか12人にもなっているキュウレンジャー、監督さんが「ほとんど『VS映画』」とおっしゃってるくらいで、30分程度の短い尺に全員の見せ場を入れ込みつつお話をまとめる手腕、ほんとすごいなーと思います。

ツルギ以外の11人が並んでる絵面、単純に格好いいし、入れ替わり立ち替わりといった感じでのアクションはほんと「VS映画」並みの見応え。あのアクションの構図というか見せ方はさすがですよねぇ。見ててわくわくする。

ゲース・インダベー役の田村亮氏はセリフ回しがあんまり上手じゃなくてちょっとムズムズしました。正体というか中身はショウ司令と同じくリベリオンに所属していたホイ・コウローということで……リベリオンのメンバー、なんでみんなそんなネーミングなの(笑)。

あと、田村氏の顔見せ&ショウ司令に正体を明かす必要性(たぶん)とで頭部のかぶりもの脱いでるシーンがあって、「インダベーって改造じゃないんだ、着ぐるみなんだ!」と思ったり。

キュウレンジャーがメットオフで並んでるシーンもあって、「キュウレンジャーの“変身”もそのたぐいだったのか」と(笑)。

ゲース・インダベーの部下の声はレイザーラモンHGとRGのお二人。RG氏はなんかアフレコ慣れしてるように感じました。聞きやすかった。

かつてショウ司令によってリベリオンを追われたゲース・インダベー。その恨みを語るゲース・インダベーに、ラッキーが言います。

「昔の恨みを忘れられないのは、未来に希望を持てないからだ!」と。
(※うろ覚えなので細部は違うかもしれないけどこんな意味のこと)

この「未来への希望」という言葉はエグゼイド映画の方にも出てきて、この夏の共通テーマかな?と思ったんですが。

特撮ヒーロー全体に通じるテーマなのかもしれませんね。どんな困難に出会っても諦めず進んでいく、それができるのは「希望」があるから。「未来は明るい」と思えなければ――。


エンディングは「音頭」バージョンの後に普通バージョンがくっついたものでした。そういえば昔はアニメでも夏になると盆踊りバージョンになったりしたなぁ、と懐かしく楽しい「キュータマ音頭」、ついポチりたくなりましたが、配信はないのかな? カップリング曲は小太郎くんが歌ってるそうで、これも気になる!


キュータマ音頭では櫓の上でノリノリの陣さん……じゃなくて、ホシ☆ミナト、ちゃんとパンフにも登場人物の一人として紹介されていました。曰く、「宇宙ポップス界の帝王にして、宇宙一の人気アーティスト」!

いずれTV本編でホシ☆ミナトの絡む事件が描かれたりとか。ないかなー。

2017年8月2日水曜日

『エンジェル・ハート2ndシーズン』第16巻(完結)/北条司



17年に及ぶ連載もついにおしまい、『エンジェル・ハート』はこの2ndシーズン16巻でめでたく完結ということで。

うーん、そーか、そんなに長く続いてたのか。

あの『シティハンター』が復活、しかもいきなり香が死んじゃってるという衝撃展開に驚いたのももうそんなに昔のことだったとは。

連載初回、宝塚観劇から帰る途中、尼崎のブックキオスクで雑誌を立ち読みしたことを覚えてます。あの時まだ息子ちゃんたったの2歳とかそんなんやったんか……。

いい加減コミックスの置き場所にも困るのでそろそろ終わってくれてもいいよ、と思ってはいたものの、いざ「終わる」と聞くとやっぱり寂しいのが人情。発売日直後に買ったものの一週間以上読まずに寝かせていました。

覚悟を決めて頁を開いたら、「あれ?楊さんの結婚式???」。唐突だなぁと思いながら最後まで読んでしまった後で。

なんか腑に落ちず15巻を読み返そうと思って探したら、ない。14巻までしかない。

あれ?

もしかして、15巻買い忘れてる……? 飛ばして16巻読んでもうた?

まぁ楊さんの結婚の話は15巻飛ばしててもわかるし、問題はなかったんですが。

うーん。

17年の連載を締めくくる最終巻にしては面白くなかったかな……。香は着られなかったウェディングドレスを楊姐さんが着る。そしてそれを香瑩やリョウが見守るっていうのは素敵な話だとは思うけど。

二十歳になった香瑩が、「香の幻」ではなく、自分自身として大人の女性になって楊さん達を見守り、カメレオンの生き方に涙を流す。

香瑩、最初15歳だったっけ? 殺し屋として生きていくのに疲れて自殺した女の子、「殺し屋としての自分」以外には生き方を知らなかった女の子が、5年経って「自分の人生」を手に入れた。香とリョウの娘、シティハンターとして生きていく人生。自分の意志で歩いて行く道。

「香の幻」が出てこない、すべては成長した香瑩自身の感じ方なんだ、っていうのは良かったけど、でもカメレオンの話は「はぁ?」という感じでした。

外見も声も変幻自在という設定からして反則なカメ子、これまでもリョウや香瑩に異常な執着を見せていたし、今回のようなことをしでかす心理もわからなくはないけど、でもあんなことしても一過性でしかないよね?

だってすぐに香瑩が駆けつけるのは目に見えてる。

むしろ香瑩を急がせて、少しでも早く着くように自分で仕向けてる。

まぁ、カメ子ちゃんに理屈を求めてもあれだし、香瑩にも「見せつけたい」「見てもらいたい」だったんだろうけど、お話としてあんまり面白くなかったなぁ……と。

最後、セリフなしで「みんなのその後」が描かれる数ページ。これまでずっと信宏の片思いっぽかったのがちょっと進展したらしいのは良かった♪

これまでだってもちろん香瑩は信宏のこと大事に思ってたわけだけど、その想いは家族や仲間に向けるものとは少し違うんだ、って自覚したのかな。そういう意味でも香瑩、成長したってことなのかな。


巻末にはこれまでコミックス未収録だった新宿鮫とのコラボ作品。香ってどんだけ色んな人と知り合ってんの、しかもことごとく愛されてんの、って思いました。もう香の「いい人伝説」はお腹いっぱいだよ、みたいな(^^;)


ともあれ17年。
楽しませていただきました。毎回泣かせていただきましたよ、ほんと。


さて15巻、どうしようかな……。


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2017年8月1日火曜日

『エドウィン・ドルードの謎』/チャールズ・ディケンズ



宝塚観劇の道中のお供に文庫本が欲しかったので、『ファウンデーション』シリーズをお休みしてこれを借りてきました。

文豪ディケンズが最晩年に書いたミステリ小説。

宝塚で上演された『大いなる遺産』をきっかけに一時期ディケンズにはまって『オリヴァ・ツウィスト』『荒涼館』『マーティン・チャズルウィット』などけっこう読みあさったのですが、この『エドウィン・ドルードの謎』は未読。

創元推理文庫から訳書が出ているなんて、ホントに「推理小説」扱いなんですよねぇ。裏表紙には「完全なフーダニット形式で書かれた長編」って書いてありますし。

フーダニット。誰が犯人なのか?

タイトルでも、扉に書かれているあらすじからも「エドウィン・ドルードが行方不明になる」というのをわかっていて読み始めたんですが、これがなかなかいなくならない。

事件が起こるまでが長いんですよね。

本編431ページで、エドウィンが失踪するのがやっと269ページあたり。それまで「いつこの人いなくなるの?どういう経緯で?まだ?」とずーっとドキドキ(&ちょっとイライラ)しながら読んでて……。

すごく丁寧に「それまでの人間関係」が描かれていて、その丁寧さがあってこそ事件の謎解きが面白いとは思うんだけど、やっぱりちょっと退屈に感じられる部分もあって、なかなか読み進められなかったんですが。

事件が起こったとたん俄然面白くなる!

面白くなるのに……終わってしまう。

そう、この作品、「だが不幸なことに作者の死をもって未完のまま残されてしまった」(裏表紙)のです。途中で終わっちゃってる。

これからがおもろいやん!ってところで。

殺生やで、ディケンズはん……。

舞台はクロイスタラムというイギリスの街。登場人物がロンドンと行き来することから、さほどロンドンから離れていないように思えます。そこの大聖堂で聖歌隊長を務めるジャスパー。その甥が、タイトルになっているエドウィン・ドルード。

エドウィンには親が決めた許婚、ローズがいて、実は叔父であるジャスパーも彼女にぞっこん。ジャスパーとエドウィンは叔父と甥と言ってもほとんど年は離れていないらしく、まだ20代のよう。

ジャスパーはローズの音楽教師も務めているんだけど、ローズは彼の自分を見る目つきに気づいていて。

「あの目つきでわたしを奴隷にしてしまったの。彼がひと言も口に出して言わなくても、彼の気持をわかるようにさせてしまったの。ひと言も脅かしの言葉を口にしなくても、わたしは黙っていなくてはいけないようにさせてしまったの」 (P114)

と、友だちのヘレナに告白しています。

友人にはそんなふうにジャスパーのことを言えても、肝心の許婚エドウィンには話せない。表面上、ジャスパーはとても「いい叔父」で、後見人でもあるジャスパーのことをエドウィンは何の屈託もなく信用しているんですよね。

のっけからジャスパーがアヘンに耽溺しているシーンだし、読者にはジャスパーが「怪しい」というのが提示されているんだけど、クロイスタラムの街では彼は「甥っ子想いの聖歌隊長」であり、まったく怪しまれてないのよねぇ。

エドウィンが行方知れずになった時に容疑者扱いされるのはヘレナの双子の兄、ネヴィル。初めてエドウィンに会った時にいきなりエドウィンと派手に喧嘩してしまって、それがすっかり街の評判になっていたんですね。で、クリスマスイブに仲直りしようとジャスパーのところでエドウィンと会う約束をしていて、その夜にエドウィンが姿を消す。

「甥がいなくなった!」と血相変えて訴えに来るのはジャスパーで……。街の人々は当然のようにネヴィルを疑う。ネヴィルとヘレナの兄妹はセイロン島育ちのよそ者で、喧嘩の件もあって「激しやすい野蛮人」という偏見を持たれてしまっている。

これ、読者にはジャスパーがそんなネヴィルを利用したっていうのが丸わかりで、いきなり容疑者として捕まえられちゃうネヴィルがほんと可哀想。

うん、さすがディケンズ、巧いです。それ以前のジャスパーの行動、エドウィンとローズの会話、ローズとヘレナの会話。じわじわと読者にはジャスパーの闇を提示しておく。その描写がとてもうまい。

「わたしは、祝福がありますように、と言ったのですがね」前者がふり向きながら言った。
「わたしは、お慈悲がありますように、と言ったのですよ」後者が答えた。「どこか違うところがありますか」 (P157)

「後者」というのはジャスパーのことなんですが、こういうさりげないセリフでジャスパーの性格を表すのさすがだなぁ、って。

ネヴィルが疑われた後、ただ一人彼の潔白を信じるクリスパークル氏(聖堂小参事会員で、ネヴィルの教育を任された“先生”でもある)と、博愛協会会長ハニーサンダー氏のやりとりもすごく面白い。

「わたしは自分の聖職を、困っている者、苦しんでいる者、悲しんでいる者、虐げられている者のために真っ先に尽すべきだと、こう教えてくれる見地から眺めております。しかしわたしは、大言壮語をするのがわたしの仕事の一部でないことに大いに満足していますから、これ以上は申しません」 (P305)

これはクリスパークル氏のセリフ。クリスパークル氏、すごくいい人で感動する。

一方「博愛協会会長」であり、ネヴィルの後見人でもあるハニーサンダー氏ははなからネヴィルを疑い、「殺人者の味方をするとはなんたることだ!」とクリスパークル氏を糾弾するのです。

この章のタイトルが「博愛行為のプロとアマ」っていうのも皮肉が効いてて面白い。博愛のプロ、博愛協会会長はまったく博愛精神も公正なものの見方も持ち合わせてない。

エドウィンは「いなくなった」だけで、その死体は見つかりません。ただ、彼の時計とシャツ・ピンだけが見つかって、ジャスパーは「殺されたんだ!」「必ず犯人に復讐するぞ!」と息巻いて、ネヴィルの行動を監視する。

そしてローズに愛の告白をするのですが、これがまたすごく怖い。

そして私を心から憎んでもいいから、わたしを受け容れてくれ! (P349)

わたしからは逃げられないんだよ。誰もぼくたちの邪魔をさせないから。わたしはあなたを死ぬまで追いかけるから。 (P350)

ひいぃぃぃぃぃ((((;゜Д゜)))

こんな迫られ方をするローザ、可哀想すぎる。「私の求愛を無視したら、その時はあなたの大事な友だちが酷い目に会う」みたいなことまで言われるの。

ローザの脳裡には「もしかしてこの人がエドウィンを殺したのでは」という疑念も浮かび、ロンドンにいる後見人グルージャス氏のところに向かいます。

ジャスパーの抱える闇がグルージャス氏やクリスパークル氏にも知られるようになり、また、クロイスタラムにはこの先探偵役となりそうな謎の老紳士ダチェリーが現れ、本当に「さぁ、これから!」というところで。

おしまい。

最後まで書いてほしかったなぁ。ここまでが面白いだけに――特にジャスパーの造型が非常に興味深いだけに、未完なのがもったいない。

巻末の解説に、「この後どうなるのか」「ディケンズはどう構想していたのか」ということが書かれていますが、やっぱり「真の結末」はディケンズの頭の中にしかなかったわけで。

エドウィンが「殺された」のか「ただ行方不明」なだけなのか、ダチェリーは何者なのか。また、この創元推理文庫の表紙としても使われている当時の(生前のディケンズが指示して描かせたらしい)表紙絵の意味は。

それを推理するのもまた面白いとはいえ、みんながどうやってジャスパーを追い詰めるのかその緊迫の展開を読みたかったし、獄中のジャスパーの告白も読みたかった。

ローズのことだけでなく、おそらくは色々な面で甥であるエドウィンを妬んでいたのであろうジャスパー。それでいて――あるいはそれだからこそ、エドウィンに奇妙な執着を見せていたジャスパー。

ジャスパーの顔がそちらを向いている時、いつも、この時もその時以後のいつでも、激しい熱情の眼差し――飢えたような、押しつけがましい、警戒心にあふれた、しかし献身的な愛情のこもった眼差し――が、彼の顔に見られるのだ。 (P24)

「そちら」というのはエドウィンのことで、エドウィンを見つめる時はいつもそんな眼差しだった、と描写されているんですね。

何か事件が起こった時――とりわけ殺人事件が起こった時に、私たちはすぐ「わかりやすい動機」を求めるけれども、実際にはそんなに簡単に説明できるものでもないような気がするし、整然と説明できるぐらい当人にとって感情が整理されているなら「殺人」なんて犯さないのかもしれない。

ネヴィルという「格好の容疑者」が現れなければジャスパーも現実に実行しなかったかもしれないし、ネヴィルを犯人に仕立て上げようと監視する中で、彼の中では「本当にネヴィルが犯人」という「記憶のすり替え」だって起こったかもしれない。

その辺のジャスパーの心理をディケンズがどう描いたのか、読みたかったなぁ。


『荒涼館』も読み返したくなったし、解説で触れられている『バーナビー・ラッジ』や『追いつめられて』といった作品も読みたくなりました。図書館にあるかしら……。


2017年7月28日金曜日

星組公演『オーム・シャンティ・オーム』観てきました♪

※以下ネタバレあります!これからご覧になる方はご注意ください!

梅田芸術劇場で上演中の星組公演、『オーム・シャンティ・オーム』を観てまいりました。
今年の1月に東京国際フォーラムで上演されたこのミュージカル、ボリウッド映画の宝塚化ということで気になってました。

なんで東京だけ?と思ってたんですよね。めでたく関西でも上演され、観劇することができました。


貧乏なので3階席。下手の端でしたが、思ったよりキャストが近く見えて良かったです。

平日の昼間ということで満席にはなってなかったんですが、他の日もまだけっこうチケットあるみたいで、特製チケットフォルダー付きリピーターチケットとやらの宣伝がくり返し流れていました。

価格もお得らしいリピーターチケット、もうちょっと梅田に近いところに住んでたらねぇ……。


で。
ボリウッド映画『オーム・シャンティ・オーム』のミュージカル化、使われている楽曲も映画のものが多いようです。


1幕目は、売れないエキストラ俳優オーム・マキージャーが主人公。人気女優シャンティに憧れる彼は、そのポスターに語りかけながら、「いつか自分も有名になって彼女と共演するんだ!」と夢を追う毎日。

自身も売れない女優だったらしい母親のベス、そして見習い脚本家のバップーがオームを見守ります。

オームの家には売れない俳優だった父親の写真が飾ってあるんですが……それがハッチさん(夏美よう)の写真なのがウケます。「父ちゃんみたいに売れないまま終わるよ!」みたいに母親が言うところがなんとも。

ハッチさんのようなベテランスターさんを捕まえて「売れない」とは!

回想シーンとかでご本人の出番あるのかと思ったら写真だけでした。ハッチさん、お逢いしたかったわ。

努力しても報われず売れないままのオームなんだけど、ある日スタジオが火事になり、炎に巻かれたシャンティを助けたことから彼女と“友だち”になり、彼女の秘密を知ることに。

敏腕プロデューサー・ムケーシュと秘密裡に結婚していたシャンティ。女優としての成功よりも、彼の妻としての幸せを望むシャンティを“自分の野心の邪魔”として疎ましく思ったムケーシュは、彼女を亡きものにしようとします。

虫の知らせで現場に駆けつけたオーム。けれどもシャンティを助けることはできず、それどころかオーム自身も命を落とす羽目に……。


1幕目は、ちょっと展開がたるく感じました。1幕目が1時間10分、2幕目がアンコール入れて1時間15分。なんか、1幕目は長く感じたなぁ。やっぱりオームが「冴えない」からかな? 頑張ってるけど空回り、的な感じが見ていて少しツラいというか(^^;)

でもこの1幕目の「冴えない空回り」があってこその2幕目なんですよねぇ。

オームが命を落としたその同じ夜に生を受けた男の子。同じように“オーム”と名づけられたその子は30年後、スター俳優になっている。とある賞を受賞して、かつて「エキストラ俳優だったオーム」が大スターを夢見て練習したのと同じスピーチを語る場面で、うるっと来てしまいました……。

生まれ変わって夢を叶えたオーム。

でも。

見ている方としては複雑な気分ではあるのですよねぇ。だって生まれ変わった新しいオームがスターになっているのは「家柄」のせいなんだもの。

1幕目で、「売れない親の子どもはやっぱり売れないまま」「スターの子どもは大根でも何でもとにかくスター」という話があって、「そんな名前(姓)じゃ売れない!改名した方がいい!」ってバップーに言われたりしてたんです。

母親に「何言ってんの!?あんたは私と父さんの子なのに!」って言われ、オームは本名のままエキストラ俳優を続けてたんだけど、それが両親ともスターのところに転生して、「生まれながらのスター」として30年我がまま気ままに育つわけですよ。

努力が報われないまま人知れず命を落としてしまったオームと、苦労知らずのお坊ちゃんスターである“新”オーム。

これ、「夢が叶った」って言っていいのか……。

後に“新”オームは前世のことをすべて思い出して、母親やバップーとも再会するんだけど、自分が今、“名前”のおかげでスターになってることについて、本当なら葛藤しそうだよね。目の前に「前世の仇」であるムケーシュが現れちゃったから、葛藤より何よりまず「復讐」に向かっちゃうんだけども。

で、ちょっと話が戻るけど1幕目の最後で死んじゃったオーム、“人知れず”命を落として、母親はずーっと息子のことを探し続けてるんです。彼女にとって息子は“行方不明”のまま。

30年後なので、1幕目で40そこそこだったとしてももう70歳。最後にオームに「母さんを頼む」と言われたバップーが親身に彼女の面倒を見ているんだけど、バップーだって50過ぎてるわけで。

「見習い脚本家」で、「おまえの方が心配だよ、やっていけるのか」などとオームに言われていたバップー、30年間どうやって糊口を凌いできたんだろう……。もう脚本家はやっていないのか、やっていたらスターになってる同名のオームのこと、奇妙に思わなかったのか、とか。

オームが行方不明になった日に(それは“新”オームの誕生日でもある)いつもスタジオに息子の姿を求めてやってきていた母親ベス。30年目にしてついに“新”オームの姿を見かけ、「オーム!私の息子!」と呼びかけるのですが……。よく考えたら“新”オーム、有名スターであちこちにポスター貼ってあったりするんだけど……やっぱり写真じゃなく実物を見ないと「私の息子」という確信は持てないものなのかしら。

いや、この、ベスとの再会はとってもうるうるしたんですけどね。最初はもちろん「こんな女知らない!」ってなるのが、記憶を取り戻して「母さん!」と抱き合う。息子がどうなったのかわからないまま30年探し続けてたベスにとってみれば本当にたまらないなぁ、と思うけど、逆に今の、“新”オームを育ててきた両親の立場は……と思わないこともない。

いや、まぁ、そんな細かいことはいいじゃないか、そもそも輪廻転生ってのがファンタジーなんだから――ではあります(^^;)

2幕目はあっという間に感じたし、1幕目の諸々が見事に生きて楽しかったから、それでいいんですが。

オームと同じくシャンティも転生か?と思いきや、2幕目に出てくるサンディは単なるそっくりさんらしく。かつてはオームがスター女優シャンティに憧れ、今度はスター俳優オームに地方から出てきたサンディが憧れている。

シャンティそっくりなサンディを使って“新”オームはムケーシュを罠にかけようとする。演技はまったく素人のサンディに「元女優」の母親ベスが演技指導をするシーンがあり。

ここ、爆笑でした!

ベス役の美稀千種さんがホントに最高で。

1幕目から素晴らしいな、と思ってたけど、この演技指導のところで(たぶんアドリブで公演ごとに違うことをやってるんだと思おう)もう、もう、もう!!!

笑いすぎてオペラグラス覗いてられなかったし、ご本人もちょっと笑っちゃって次へすぐ行けなかったりして。

フィナーレのダンスシーンとかもずーっと美稀さんを目で追ってしまった(笑)。歌もダンスもお芝居も素晴らしすぎる。美稀さんの怪演を観られただけでも見に来た甲斐がありました、うん。


星組公演って久しぶりで、大劇場公演は2012年に観たのが最後、バウ公演を2014年に観ているけど、スターさんは誰か誰だかさっぱりわからない。

バップー役、『アルカサル』でドン・ペドロ役だった麻央さんだったのに、観ている間まったく気がつかなかった……。この人なかなかうまいな~いい味だな~と思って観てたんだけど。

うん、『アルカサル』の時は若いなー可愛いなー、という印象だったのに今回は2幕目ではだいぶ年取ってる役だし、主人公の親友でありその母を30年間支えてきたっていうの、しっかり伝わってきた。

同じく『アルカサル』でエンリケ役だった十碧さんも映画監督の息子でそこそこスターの役で出てたけど、こちらももちろん気づかず。バップーに比べれば印象の薄い役だったこともあり、演技の印象は特にない(^^;)

今回レポーター役ですごくうまいな~と思った白妙なつさんは『アルカサル』で母マリア役をやってらして、あの時も圧巻!と思ったのでした。こういうドーンとした娘役さん、好きやわ~。

で、主役のお二人。

紅さんは1幕目の「冴えないオーム」と「スターのオーム」をきちんと演じ分けてらしてさすが。売れない、でも一生懸命で可愛い1幕目のオーム。ちょっとチャラい感じのスター、オーム。チャラいスターの方が合ってたかな(笑)。

インド人で少し黒塗りっぽいから歯がまっ白なのがすごく際立ってた。

シャンティおよびサンディ役の綺咲愛里さん。インド風のお化粧と衣裳がよく似合って可愛かった。シャンティは「秘密裡」とはいえ「人妻」ということもあり大人っぽく、サンディは一転元気な女の子。「素人」としてわざと下手にお芝居するの、かえって難しそうよね。

美稀さんの爆笑演技指導にもがんばって食らいついてて……ほんとにあのシーンは最高やった♪

仇役ムケーシュは七海ひろきさん。立ち姿が格好良かったけど……うーん、そんなに印象がない(^^;)
最後、ムケーシュどうなったのかなぁ。オームが前世の記憶を持ってることがそもまずファンタジーだから、消え失せちゃってもおかしくないとはいえ、「ん?」と思いました。

1幕目でシャンティからオームにプレゼントされたスノードームが2幕目で効果的に使われてて面白かった。30年前の同じスノードームということは普通に考えたらあり得ないけど、だからこそファンタジーだし、無念の死を遂げたシャンティの想いの象徴、シャンティとオームの“友情”のしるしなんだよね。


無事復讐が終わって、サンディを抱きしめたオームが「やっと新しい人生を始められる気がする」って言う。

うん、いくら前世の記憶があったってやっぱり今は別人で、別の両親のもとに生まれて育って、この先も別の人生を生きていくわけで。

良かったな、って思いました。

ベスやバップーとの交流はもちろん続くだろうけど、今の自分の人生をちゃんと生きなきゃね。せっかくスターになってるんだし、親の七光りだけじゃなくって、これから名実ともに大スターの道を歩んでいかなくっちゃ。

フィナーレの後、「客席も一緒に歌って踊って楽しみましょうアンコール」があります。
劇場内にこーゆー紙が貼ってあって。

この中で実際に客席も言った(言わされた?(笑))のは「ハ リッパ」だけでした。麻央さんによる振り付け指導のもとに練習→本番。(「今日の講師は~」と言っていたので、公演ごとに指導役は替わるもよう)

今ひとつテンポが掴めなくて「ハ リッパ」ってちゃんと言えなかったけど楽しかったです。

本場インドのマーケットで調達したらしい衣裳もとても綺麗だし、1幕目で主役二人が死んじゃうとはいえ最終的にはハッピーなミュージカルで、宝塚初心者にもとっつきやすい作品だと思います。公演は8月7日まで。お近くの方はぜひ♪
(公演日程等詳細は公式サイトで)