大げさなタイトルだな。

今日で終わる事業仕分け。ちょこちょこネット中継を見て、Twitterでみんなの発言を読んだりしてるうちに、「結局『国家』ってなんなんだろ?『国家』はどこまで手を出すべきなんだろ?」という大変に根本的なことを思った。

だって、見てると「え?それも削るの?あれも?」って思っちゃうでしょ。仕分けが始まる前には「減らせるところ一杯あるはずだろ?」と漠然と思ってたけど、いざ始まってしまうと「え?それは必要なんじゃ」みたいについ思ってしまう。

「必要」だと思った人がいるからこそ予算計上されているわけで、まぁ当たり前かもしれないけど。

他の事業とかぶっているとか、地方でも同じようなことをやっているとか、そういう話もたくさん出てきて、「国」と「地方」の棲み分けって、本当に難しいな、と今更ながら思ったりした。

たとえば「教育」だと、少なくとも「義務教育」についてはやっぱり、日本中どこに住んでてもある程度の基準、質を確保してもらわないと困る、って思う。

でもすべてを国がぎちぎちに決めてしまうと、かえって非効率になる部分もある。

やっぱり地域ごとに事情が違って、子どもがどんどん減って学校の統廃合が必要になっているところもあれば、なぜか子どもが増えてプレハブ建てて凌いでるところもある。

子どもの数にはばらつきがあるし、親の職業・家庭の事情にも地域的なばらつきがある。たとえば滋賀県内だとブラジル人の子ども達に対する教育支援、その保護者に対する支援とか必要だし。

山の手と下町じゃないけど、三世代同居が多い地域と若夫婦ばかりの新興住宅地では学校の雰囲気や問題になる事柄が違ってくるんじゃないかな。

躾とか食育とかどこまで学校が面倒見るねん、「教育」の範囲はどっからどこまでやねん、というところも問題になってくるんだろうけど、でもやっぱり純粋に「教科」だけを教えて済ませるのは無理でしょう。

その他の問題に対処しなければ、「教科」を教える段階にたどりつかない、ってこともある。

……ちょっと、話がずれてきたな。

ええっと、言いたかったのは「国家が取りしきらなければいけない部分」と「地方に任せた方がいい部分」との棲み分け。そして「公がやらなければいけないこと」と「民間に任せた方がいいこと」の棲み分け。

そして「公がやらなければいけないこと」の優先順位。

この間も書いたけど、仕分け対象になってるのは概算要求「95兆円」のうちの「3兆円」程度なんでしょう? 「焼け石に水」としか思えない「3兆円」を削ろうとするだけで「それはやめて!」「あれは勘弁して!」って思っちゃうんだもんなぁ。

景気対策はしなきゃいけない、少子化対策はしなきゃいけない、国防は当然、年金問題は早急にやってくれないと困る、科学技術は振興して、自給率は上げて、CO2は大幅に削減して、医療体制は充実して……。

「それをすればこんなリターンがある」というよりも、「それをしなければこんな不都合がある」という視点も、「公」には必要だよね。

民間企業は儲からないことには手を出さないけど、だからこそ「儲からないけど必要」なことは「公」が背負わなければいけない。

農家への個別補償がどれくらい必要か、私にはよくわからないけど、農業や水産業がなくなってしまうようなことはやっぱり避けなければいけない。農業やって儲かればそりゃ一番いいんだろうけど、「儲からないから」ってほったらかしにしたらその行く末は……。

林業も、たぶん今風前の灯火ではないかと思うんだけど、何も手を打たなければどんどんと森林=国土が荒廃していくわけで。

そこにお金を投下して、すぐに目に見える成果が返ってくるわけじゃなくても、そこを削ってしまったら、どんどんと悪くなっていく分野。

うーん。


あと、「納税者が納得しない」的な議論について。

仕分け対象になっている事業に携わっている人も国民であり納税者なのに、なんか「対決構図」になってて、やたらに「納税者が」というふうに言うのもどうかと思った。

もちろん天下りの温床になってる迂回法人のようなものは「納税者=官僚ではない下々の国民」の敵、なのではありましょうが。

一口に「国民」とか「納税者」と言ったって色んな人がいて、一人の人の中に「消費者」の立場も「労働者=生産者」の立場もあるわけで、「それでは納税者が納得しない」という時の「納税者」って一体誰なんだ、みたいな。

科学者の皆さんが「これまでの国民へのアピールが足りなかった」と言ったりすると、まるで「科学者」と「国民」は別の集団のようで、その二つが対立しているようで。

「国民」という言葉は「その時仕分け対象になっている事業に携わっていない人」という意味で使われていると思うから、その時々で「国民」という言葉の指す内容がちょっとずつずれる。

だから何だ、というと、「国家とは何だろう」と同じく「国民とは何だろう」と思った、という話だ。


ああ、自分で書いててわけわかんなくなってきた。


税調の仕組みが変わって戸惑いながらもやっぱり自民党に陳情に行く業界の皆さん、というニュースを見て、「陳情に行く人」は国民ではないのかな、とか、「国民」というのはやっぱり「下々の労働者」を指しているのかな、とか。

「業界の方ばかり向いていて、国民の方を向いていない」という言い方をしたりするでしょ。

「税」に関しては、支出を3兆円ぐらい切り詰めたところで収入が少なすぎるんだから、「増税」は議論されてしかるべきだな、とも思う。

安いにこしたことはないけど、「あれもやってほしい、これもやってほしい。でも金は出さん」っていうのはな。

そこも、「国家」に何を望むか、どこまでやってもらうのか、という話に繋がるけど。

(あ~疲れた)