(上巻の感想はこちら

下巻、一気に読みました。

と言ってもまだ、最後の「知的探索」のところは読んでないんだけど。

「エピローグ」の後、「知的探索-オオカミ・トーテムについての講座と対話」というのが5つあるんだけど、そこへ行く前に少し感想を書いておきたい。大長編で、本当に色々なことを感じさせられるから。

下巻は本当に、読み進むのがつらかった。

せつなかった。

上巻でオオカミと草原の魅力に引き込まれれば引き込まれるほど、下巻はつらくなる。

草原にも兵団を作るということで、内地からどんどんと農耕民族の出稼ぎ労働者がやってくる。草原の掟を知らない彼らは平気でオオカミを殺し、他の動物たちも殺戮していく。

草原の遊牧民はオオカミと激しい戦いを繰り広げながら、決してオオカミを滅ぼすようなことはしない。タルバガンや黄羊といった他の動物たちだって、メスや子どもは残して、必要以上に狩りすぎない。

天(タンゴル)が作り出した絶妙な生態系。それを壊すことは、草原を破壊し、自分達の命さえも危うくすること。

そんな遊牧民の考えは、よそ者には理解されない。よそから入ってきた人間達は、火薬や銃やジープといった「近代的武器」であっという間に「害獣」であるオオカミを殲滅し、草原を破壊していく。

上巻の最後、「白鳥の湖」が出てきたあたりから、だんだんと「草原を待ち受ける未来」が見えてきて、頁を繰るのが哀しくなった。

遊牧民は白鳥を食べない。

出稼ぎ労働者達は腹を満たすために野ガモだろうと白鳥だろうと、なんでも殺して食べる。卵までとってくる。

美しいから、食べてはいけないというわけじゃない。

豚や牛は醜くて頭が悪いから食べてもよくて、白鳥は美しいから、鯨やイルカは賢いから、だから食べてはいけないなんて、そんなの人間の勝手でしかない。

どんな生きものも、他の生きものの命を支えるもので、食べたり食べられたりということは自然の摂理だ。

でも必要以上に、後のことを考えず根こそぎ食べてしまうのは人間だけ。

オオカミは餌となる動物を決して捕りすぎない。全部食べてしまったら、次の年の餌がなくなる。

それはもちろん、「生態系」というものの絶妙なバランスで、オオカミが「根こそぎ食べよう」と思ってもそううまくはいかないようになっているんだけども、オオカミもタルバガンも黄羊も、そして野ネズミや野ウサギも、それぞれに「害獣」の側面と「益獣」の側面を持って、うまく絡み合いながら「草原」という「大きな命」として生きている。

エピローグ近くで、タルバガンを「殺戮」する出稼ぎ労働者達に、ビリグじいさんがかんかんになって怒る。

すっかり「草原の民」の心情で読んでいる私は、ビリグじいさんと一緒になって怒り、涙を流してしまう。

タルバガンはオオカミが冬を越すための重要な餌になる。だからオオカミを狩るのと同時に、タルバガンも狩るように「上」から命令が出ている。

タルバガンは多すぎれば草原を壊すけれど、遊牧民にとっても貴重な食料であり、その油も欠かせない。タルバガンの巣穴は彼らの「財産」で、決して子どもやメスを捕ることはない。

オオカミでさえ、小さいタルバガンは狩らないというのに。

「こんなにたくさん捕ってしまって、来年はどうするのか」と聞く陳陣に、労働者達は答える。

「おれたちは出稼ぎ労働者っていわれてるだろ。出稼ぎとは、あちこちへ出かけて金稼ぎに行くことでさ。来年のことなんか知るもんか。食い物のあるところをさがして、そのときそのときのことだけを考えればいいんだ」

嗚呼!

人間はこうして地球を食いつぶしていくのだ……。

頭の中で、聖飢魔Ⅱの『害獣達(けものたち)の墓場』が鳴り響く。♪理想(ゆめ)を振りふりかざすだけ むなしくからまわり すべて食いものにした罪深き知的生物(けもの)♪

地球上で一番の害獣は人間ではないのか。

どうして天は人間なんか生み出したんだろう。何のために人間は存在するのか。

もしも人間がいなかったら、地球はどんなふうだったろう……。

「来年はどうするのか」

来年はない。

オオカミのいなくなった草原は、文字通り「草原」ではなくなっていく。

生態系が壊れ、草は家畜や野ネズミに食べ尽くされ、あっという間に砂漠になる。

そしてその黄色い砂が、日本にも飛んでくる。

日本人だってオオカミやトキを絶滅させてしまったし、田んぼや畑はどんどんレオパレスになるし、護岸工事で水辺の生態系をたくさん壊したし。

本を読んでいくら草原やオオカミに憧れたって、私に遊牧生活ができるわけもない。

蛇口をひねれば水の出る生活。苦労して狩りをしなくても、すぐに食料が手に入る生活。衛生的で、テレビがあって、車があって。

よそから来た軍人が言う。

「オオカミは野ウサギも野ネズミも黄羊もタルバガンも獲って、たしかに草原によいこともたくさんしている。けれども、それはもう原始的なやり方だ。いまは人工衛星も打ち上げる時代で、われわれは科学的な方法で草原を守ることができる。兵団には“アントノフⅡ”型のプロペラ機をだして、毒薬と毒入りの餌を草原に撒いて野ネズミ害を徹底的になくす計画もある……」

人間って、進歩してるんだろうか。

人間が進歩するのは、「いいこと」なんだろうか。

いったん砂漠になってしまったら、草原に戻すのは容易ではない。いったん絶滅した生きものは、取り返しがつかない。

いったん便利で快適な暮らしを手に入れてしまった人間は、もう……。


ビリグじいさんとともに「草原の死」に涙する私も、「草原を殺す」よそ者の一人。