(『神なるオオカミ』本編の感想はこちらこちら

最後の『知的探索~オオカミ・トーテムについての講座と対話~』の部分をやっと読み終わりました。

下巻本編は一気に読んだのに、ここは時間がかかった。

「講座」と銘打たれているだけあって、中国の歴史を遊牧民と漢民族の相克によって読み解く、「お勉強」要素の強いものなので、一般日本人読者には難しいところがあります。

興味深くはあるけど、読んでて楽しくはない[E:sweat01]

一口に「中国四千年の歴史」と言っても、そこには様々な興亡があって、色々な民族、色々な国が栄えては滅び、滅びては栄えてきたんだなぁ、と改めて自分の無知を思い知らされる。

中国の歴史に現れる遊牧民の国と言えば真っ先にチンギスハンの「元」が思い浮かんで、それが「モンゴル族」だって知ってはいるんだけど、「中華」思想の「中国」、アジアでは古代から大国として君臨してきた中国が、多様な民族と国家の興亡により成り立ってきた、っていうの、普段はまったく意識の外にある。

「島国」日本人、「辺境」日本人の意識のなせるわざかなぁ。「多民族入り乱れて」ってゆーのがこう、そもそもピンと来ないところがあるもんね。

突厥とか匈奴とか西夏とか、名前は知ってるし、ラスト・エンペラーの「清」帝国は女真族の国、というの、知識としてはちゃんと頭にあるんだけど。

農耕民族である漢民族と、遊牧民の双方が絡み合って紡がれた歴史。

「羊性」と「狼性」。

遊牧民の不撓不屈の「狼性」、勇猛果敢な「戦士性」が持ち上げられ、これからの中国が発展するためには「狼性」が必要、という話にはちょっと、辟易とする部分もあります。少なくとも遊牧民ではない日本人としては、「そんなに農耕民族を軟弱軟弱って言わなくてもいいじゃん」って思うし、「そんなに強くなきゃいけないの?勝たなきゃいけないの?」とも思ってしまう。

もちろん著者も「狼性と羊性のバランスが大事なのだ」とおっしゃっているし、「勇猛果敢に他国を侵略しろ!」と言ってるわけではまったくないんだけど。

著者が訴えようとしているのは、これまで不当に低く見られてきた草原の遊牧民の「功績」を正当に評価することで、草原の「オオカミ・トーテム」が中国の歴史や文化に与えた影響がいかに大きく、重要か、ってことだと思うんだけどね。

でも、遊牧民族の狼性をたびたび「輸血」することによって中国は発展してきた、という歴史観に立つと、今後の中国はどうなるんだ?という気もする。

オオカミを駆逐した草原は草原でなくなり、砂漠化が進む。遊牧は成り立たなくなり、“遊牧民”も姿を消していく。

輸血すべき“血”が、なくなっていってる。
 

ちなみに日本民族について、著者はこう書いてくれています。

たとえば、日本の民族はすごいよ。稲作をする農耕民族とはいえ、本質的に日本は島国だから、むかしから海洋民族なんだ。海で魚を獲り、海上で貿易をし、倭寇のような海賊もしていた。すさまじい海狼のような民族性だ。 (P480)

日本民族が西洋に学ぶことは、民族性にとって大きな障害にならなかったばかりか、かえって海狼の天性を呼びさまし、さらに強い知識欲と進取の精神をひき起こしたため、日本は非常に速く学びとったのだ。 (P481)

……ううむ。確かに海賊もしていましたし、農耕だけでなく海での漁が日本人の生活を大いに支えてきたのは確かだと思いますが。

「海狼の天性」とか言われると、どーにもくすぐったいというかむずがゆいというか。

内田センセの『日本辺境論』読んで下さい(笑)。

日本人のこの「辺境性」は「中国」という大国、「中華思想」あってのことでもあるんですけどねー。

地理とか風土が「民族性」に与える影響の大きさ。

「海狼」かどうかはともかくとして、周囲を海に囲まれていたこと、山地が多く、四季がはっきりしていて、水に恵まれていたこと。

草原の遊牧民が「草原」という「大きな命」に育まれ、オオカミをトーテムとしてその民族性を培ってきたように、日本人もまた、日本の風土によってその民族性を培ってきた。

日本人のトーテムって何なんだろうね。

犬???

オオカミも、農作物を荒らす小動物を食べてくれるということから、神聖視されていたらしいけど。

ご神体になってる生き物といえば…蛇とか? 白い蛇は神様の使い…じゃなかったっけ???

水神としての龍もWikiを見ると「もともと日本にあった蛇神信仰と融合した」って書いてあるなぁ。

蛇がトーテム=民族の精神の依ってたつところ、なんてめっちゃイヤやけど……。

生き物でなければ「川」とか「水の流れ」とか。

「流れる」「流される」というのはなんか、日本人の精神の奥底にあるような気がするなぁ。

一枚絵の中にも時間を流してしまうわけだし。
 

龍といえば漢民族の重要なトーテムでもあって、著者はこの龍トーテムもオオカミトーテムと関わりがあるのではないか、との説を展開します。ここはなかなか面白かった。

もっとも古い龍は頭部がオオカミになっていると。

意外や意外。
 

でもやっぱり、この本の素晴らしいところは本編の「草原の魅力」「オオカミの魅力」で、かつてはきっと草原民族のみならずどんな民族も持っていたであろう「大きな命の中の自分達」という意識を思い出せてくれること。

訳者の唐さんが翻訳後記の中で書いている。

人間と自然、動物、歴史、文化を一体にさせた雄大な作品である。昨今の文学界では、ファストフード的な読み物が増え、作品はだんだん内向きになってきたと思われるなかで、爆弾が落とされたような衝撃をうけたのである。 (P506)

まさにおっしゃる通りです。

また、後記の中で、この本の子オオカミの部分を青少年向けに書き直した『小狼 小狼』という作品が2008年講談社から日本語版刊行予定、というふうに触れられているのですが。

ちょこっと検索してみた限りでは、まだ日本語版は出ていない様子。

ぜひぜひ出してほしいなぁ。

子ども達にこの素晴らしい物語を読んでほしい。

もちろん読書好きな高学年の子なら『神なるオオカミ』そのものに挑戦できるかもしれないけど、とにかく分量が多くて、大人でも尻込みする人多そうだからね。

大人の皆さんは、ページ数に負けずぜひとも手にとっていただきたいです。読み始めたら、分厚さなんか気にならなくなること請け合いですから!!!