2012年10月27日土曜日

『橋本治という立ち止まり方』/橋本治



『橋本治という行き方』『橋本治という考え方』に続く第3弾です。

『一冊の本』という雑誌に連載されている『行雲流水録』というエッセイ(コラム?)をまとめたもの。この『立ち止まり方』には2008年の10月号から2012年4月号までの分が収められています。

つまり、橋本さんがご病気で入院なさっていた期間も入っている。

病気療養の後、初めて出た評論系の著作が先日ご紹介した『その未来はどうなの?』で、その「あとがき」で私はようやく橋本さんの詳しいご病状を知ったのですけれど。

入院することになったところから、退院、その後……とリアルタイムに綴られるエッセイはまた大変興味深いというか「うわぁ」というか。

橋本さんの文章に悲愴感はなくてむしろ淡々としているんですけど、だからこそ「すごさ」が沁みてきます。あとがきの最後の一文、「それでもまだ現実は続いて行きます。しんどいけど、歩き出すしかありません」(P242)には感嘆のため息。

「立ち止まり方」というタイトルはご病気の前から思いついていらしたらしく、タイトルの後からご病気やら大震災やら、橋本さん自身も「日本」も立ち止まらざるを得なくなった。「奇遇」というか「言霊」というか素晴らしい「直観」というか。

病気や災害で「立ち止まらざるを得ない」なんていうのは、決して「当たってほしくない予言」ではあるのですけど、起こってしまった以上「それを踏まえて歩き出すしかない」だし、「立ち止まる機会が得られた」というふうに少しでもいいように考えるしかない。

橋本さん自身はもっと淡々と、もっと厳しく「それでも現実は続いていくのだ」とおっしゃっていて、バブルが弾けて以降「失われっぱなし」の日本に必要なのはそういう「覚悟」なんだろうな、と思ったり。

「希望がないから生きて行けない」というのは贅沢な悩みで、かつては「希望があろうとなかろうと生きて行かなければならない」が当たり前だったということを遠回しに言いたいだけなのである。 (P199)

という言葉も出てくるのですよね。

「先が見えない」時代になって、というより「“先は暗い”が見えてしまった」時代になってしまって、将来に希望を見いだせない中、若者はじめ世の中どんどん内向きになっていると言われていて。

でも「そんなの甘えじゃないの?」っていう。

こういうのって、「上から目線」で「自己責任だろ、甘えんな!」みたいに言われるとむかつきますけど、難病を経験され肉体的にもしんどい上に、経済的にも逼迫してらっしゃるらしい(バブルの頃にうっかりマンションを購入してしまって借金がすごいことになった、という話をだいぶ前に読みましたがたぶんそれがずーっと継続しているのではないかと)橋本さんに淡々と言われると、「ああ、そうだなぁ」と思います。

それでも人生は続く――。

……って、なんかのっけから暗いし、もうこれで「結論」で終わっちゃいそうですけど(笑)。

全体の内容としては他の著作とかぶる部分もかなり多いのですけど、2008年の秋からということで、もう一度自民党末期や民主党初期のゴタゴタを思い出せて面白い&うんざりします。

小泉郵政解散秀吉の後には、政権を委譲された安倍淀君がいて、大坂豊臣政権ならそこで終わっているのに、自民党豊臣政権には福田康夫という「その後」もいた。 (P70)

淀君復活しちゃってますからねぇ。いやぁ、ホント、民主党もボロボロですけど、そこへ至る前の自民党だって大概ボロボロで、それがこの数年、野党だった間に多少はマシになったのか、それとももしかしてさらに悪くなっていたりしないのか、きちんと検証&見きわめた方がいいと思うなぁ。

衆院解散があったとしても、どこに投票すればいいのか。

だって、「政治家は国民が選ぶ」ということになっていて、「選ぶ」というシステムだけあって、「選ばれてしかるべき候補」が存在しないっていうのは、どういうことだろう? (P49)

ほんまどういうことやねん、責任者出て来ーい!

と言いたいけど、「責任」は我々国民にあるんでしょう。ここまでずっと「選び続けてきた結果」がこれなんでしょうから。

自民党から民主党に政権交代した時の、国民の気分というのは「政策」がどうこうというより、ただ自民党に「いやけがさした」ということで、なんで「いやけがさした」かと言えば「ロクでもない大臣の続出」と、「官僚達の腐敗」であろうと橋本さんはおっしゃいます。

だからこそ民主党の「政治主導!」というスローガンもあったわけですけど。

主権者の意向を行政機関が撥ねつける――その意向を入れる際には、行政側がなんらかの見返りを得るというのは、摂関政治の平安時代には珍しくない当たり前のあり方だから、日本人は、これを受け入れることにさしたる抵抗を示さない。なにしろ、明治維新政府は王政復古によって誕生し、日本の近代は「復活した平安時代」をベースにして立ち上がるものだから。 (P75)

「日本の近代は復活した平安時代」!!!

『双調平家物語』はじめ橋本さんの「平安時代に分け入る」著作を読むと、ホントに日本のベースってもうあの時代に全部形作られて、そこから変わっていないんだなぁ、と思います。つまりはとても根が深くて、一朝一夕に変えられるようなものではないから、「政治主導!」と言ったはいいけど「何をどうしたら」で民主党もグダグダになってしまう。

「天皇」という「名目上のリーダー」と「実際」との二つの軸、そして、

誰も「天皇に代わって日本の主権者になろう」とは考えなかった――考えたかもしれないが、起こらなかった。 (P225)

という日本の歴史の不思議。

何度も書いていることですけど、これが私は本当に不思議で、信長あたりがさっさと「第六天魔王」として天皇を排して実質上も名目上も「日本のトップ」になってしまえば良かったのになーと思ってきました。その方がめんどくさくなくてすっきりしたのにと。「誰が一番偉いのかわからない=誰も責任を取らない」「総理大臣に話をしてもしょうがない」みたいなことになっているのもその「伝統」を引いているせいじゃないかと。

なんか、結局日本人めんどくさがりなんかなーと思ったりもするのです。

天皇を廃して自分が「名目上も実質上もリーダーになる」っていうのは、すごいエネルギーが要るんだろうと。「実力」があっても、既得権益層の邪魔立てや何やらを突破して「トップ」に駆け上がり、下々にまで「その偉さ」を浸透させる、「権威」になるのはなかなかに難しい。

翻って「天皇を擁立する」は、すでに「権威」として確立されてるものを利用すればいいだけなので。

「錦の御旗」というか「大義名分」というか、「天皇」ってそういうものだったんじゃないか。

日本で最初の上皇が持統上皇で、大宝律令の制定者も実は彼女で、律令国家のその初めから上皇はいた。この上皇にとって孫の年若い天皇は「庇護さるべき存在」で、日本の天皇は一貫してこの基本ライン上にいる。天皇がそういう存在である以上、「天皇に取って代わろう」と考えることにはなんの意味もないことになってしまう。 (P227)

と、橋本さんは書いておられるけれど。

戦後、「天皇」が象徴になって、「主権者」は「国民」になって、ということは「国民」が「名目上のリーダー」ということなのかしら…???

私を含め「国民」に「主権者」という意識が希薄なのも日本の問題なのかな、と思ったり。「政治」に対して「文句」は言うんだけれども、実際に「政治を動かす」のは自分達の仕事じゃないと思ってるようなところ……。

先日石原都知事が吸収することに決まった「たちあがれ日本」結党のことを書いたと思われる「将軍達の会」というくだりも面白いし、あれこれ紹介したいところだらけでまとまらないのですが。

あと二つだけ。

幕末やら「維新の志士」というものについて。

幕末の日本の騒々しさは、本当にいやだ。口を開く連中は「明日の日本のあり方」に口角泡を飛ばして議論をするが、この議論が噛み合わない。議論が決裂するとすぐにテロリズムで、私にしてみれば、幕末の日本で展開される熱い議論の多くが、「なんでそんなことを考えるんだろう」という訳のわからなさで、「熱い議論を戦わせる人間達との一体感」というものが私にはない。 (P166)

島崎藤村の『夜明け前』を読んでびっくりした、っていう箇所に出てくるんですけど。

私も「明治維新ってそんなにいいもんだったんだろうか?」と思っていたので、「良かった、橋本さんも維新志士たちを高評価してない!」って嬉しくなっちゃいました。ははは。

「尊皇攘夷」という言葉は四文字熟語化してしまうが、なぜ「尊皇」と「攘夷」が一体化していなければならないのかということが、まともに問われることもない。 (P166)

うんうん、そうですよねぇ。

あの「尊皇」って結局、「よく考えたら幕府の上には“名目上のリーダー”の天皇がいるんだから、天皇を担げば容易に幕府に取って代われる」ってだけだったんじゃないのかな。

江戸幕府のままではいられなかったとしても、そこで何か「新しい統治形態」を生み出しても良かったのになぁ。「議論が決裂するとすぐにテロリズム」=天誅!っていうのもなぁ。

中心から遠く離れたところにいる青山半蔵を主人公にした『夜明け前』は、「日本人に議論は向いているのか? そもそも人類に議論が向いているのかどうか、よく分からないぞ」と考えさせる小説ではあります。 (P167)

ちょっと、読んでみようかという気になりました、『夜明け前』。いつか、そのうち(笑)。

で、その、「日本人に議論は向いているのか?」という問題。

「絶対反対」を言う人は、「妥協点を探す」ということをしない。それをしたら「負け」だと思っているから、議論とか対話を「する」と言っても、根本のところでこれを拒絶している。なにしろ「説得される」はイコール「負け」なんだから、妥協しないように、「私の言うことを聞け!」ばかりを繰り返す。 (P206)

別に日本人に限ったことではないのかもしれないけど、すごくうなずいてしまう。

「絶対賛成」というか「推進派」の方も同じで、どちらも譲る気はないから議論はずっと平行線。

本当は双方が妥協できる「落としどころ」を見つけるのが「議論」のはずで、そうじゃないなら「議論」する必要もない。ただの「意見発表会」。

でも「説得される」=「負け」っていう感覚はホント、あるよねぇ。

「ディベート」なんて「いかに相手を負かすか」「いかに丸め込めるか」を競うものだと思うし。

それで、橋本さんは子どもの頃の「学級会」での“議論”を思い出す。「最近廊下を走る人が多いです。どーしたらいいと思いますか?」ってやつ。「学級会」とか「終わりの会」で「何か議題はありませんか?」って言われて、「○○君が花壇に入ってました。良くないと思います」とかね。

子どもの橋本さんは「一人一人が気をつけるしかないな」と思って、学級会の結論もそうだったらしいのだけど。

「一人一人が気をつければいい」は、いかにも妥当な結論のようだが、実はこれは議論そのものを無効にするものである。「一人一人が気をつければいいんだったら、別にめんどくさい議論なんかしなくたって、ただ注意するだけでいいじゃないか」ということになる。 (P209)

あはははは。確かに。

「花壇に入るな」とか「廊下を走るな」は、先生が言えばすむことで、それは論ずる必要のない「ルール」や「モラル」なのである。それを子どもに論じさせてしまったところが問題なんだ。そんなことを議論させたら、「しちゃいけない」がゆるくなる。日本の議論が成熟しなくて、いつの間にか「自明の理」が見えなくなったのは、そのせいじゃないかという気がして、「全体状況を考える」がまともに結実しないものになったのも、そのせいかと思う。 (P210)

「議論」すべき事柄、つまり「双方の利害を調整して落としどころを見つけなければいけない事柄」と、論ずる必要のない「ルール」や「モラル」。

「誰にも迷惑をかけてないじゃないか!」とモラルに異を唱える人が増えたのは、もしかして学級会でのへんてこな“議論”経験のせいなのかしら???

今でも小学校の学級会ではそういう“議論”をしているんでしょうかね。うちの子からはそんな話を聞いたことがないような。今の学校は「花壇に入る人がいます」なんて可愛い状況じゃないような気がするし。

掃除はさぼって当たり前、花壇だろうが何だろうが好き勝手に走り回って当たり前、「○○君が××ちゃんに意地悪をしていましたー」なんてチクったらボコボコ、みたいな……。

まぁそんなことは余談ですけど、「議論する」ためには「ちゃんと説明する」「ちゃんと質問する」ということが必要で。

「分からないことは質問する」ということの原則が理解されず、「質問する」の重要性が理解されていない――だから、「意見を言う」だけが一人歩きして、「意見を言うということは、それを聞く人間を説得するということであり、少なくとも“分かるように説明する”ということを必須とするのだ」ということが理解されていない。 (P106)

記者が何か質問しても相手の勉強不足をなじるだけで質問に答えない会見とか。

「政治」って利害の調整をして「一番マシな」落としどころを探るもので、「絶対反対!」言ってりゃいいもんじゃないし、反対派も賛成派もまずは「きちんと説明」して、わからないところは質問して理解して……。

そんなことしてたらいつまでも決着つかない!スピードが!!改革が!!!

でも民主主義って、時間のかかるめんどくさいものなんだ。一部の人間の思惑通りに強行採決するんなら、それは一部の「独裁」ってことで。

総理大臣がへんなヴィジョンを持っていて、それを現実に適用しようとして無理なゴリ押しをさせる人だったら、ヴィジョンなんかない方がいい。「聖徳太子はいろんな人間の訴えを同時に聞き分けることが出来た」という伝説は、勝手に考えるより、まず聞け」ということなんじゃないかと思う。であればこその峻別能力である。 (P203)

必要なのは、ヴィジョンでも新理論でもなく、混乱した現実を処理するための弥縫策で交通整理だ。 (P203)

衆院解散がいつになるのかわかりませんが、「この人ならうまく交通整理をしてくれるだろう」という候補者は出て来てくれるのでしょうか……。

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