『大空のドロテ』を読み終わり、早速本家ルブランさんの本に戻ってきました。

やっぱりルブランさんの筆、しっくり来る~。ほっとする~(笑)。ここまで本編25冊+別巻2冊を読んできたんですから、もう「馴染みの居酒屋」状態ですよね。いや、私、下戸ですけど。

別巻3冊目『三つの眼』はルブランさん唯一の長編SF小説。

と言っても、やはりメインは謎解き(ミステリー)であり、主人公のロマンスのような。

恋がつきものなのはルパンだけでなく、ルブランさんの作品はすべてそうなのかもしれません。

主人公ビクトリアンの叔父ドルジュルーは発明家。ぱっとしない研究ばかり続けていた彼がついに成し遂げた大発明は、特殊な塗料を塗った壁に謎の「三つの眼」が浮かび上がるというもの。

奇妙に表情を持った「三つの眼」と、その後に続く歴史上の事件の映像。誰かがお芝居で再現したのではなく、どう考えてもその時その場にいて撮影したとしか思えない映像が壁に映し出される。映写機も空撮もあるはずのない時代の事件が……。

ビクトリアンがその発明について詳しく聞き出す前にドルジュルーは何者かに殺害されてしまい、「B光線…ベルジ…」というダイイングメッセージだけが残される。

B光線とは? ベルジとは、ドルジュルーのところに預けられていた娘ベランジェールの愛称ベルジュロネットのことだろうか?

ベランジェールはかつてドルジュルー家の隣に住んでいた男の娘で、母親が亡くなったあと、ドルジュルーのもとに居候しています。二十歳の美しい娘に育ったベランジェールにビクトリアンは惚れてしまっているのですが、ドルジュルー殺害事件と機を同じくして彼女は行方不明になってしまい。

ダイイングメッセージ通り、ベランジェールは事件に関わっているのか?

そして「三つの眼」と映像はどのようにして壁に映し出されているのか? ドルジュルーの発明とは一体……。

最後に明かされる「三つの眼」の真相がSF風味になっているというわけなのですが、ドルジュルーを殺したのは誰なのか、ベランジェールはどこにいるのか、そしてベランジェールへのビクトリアンの恋心は報われるのか???というのがメインの主題。

殺害犯自体はすぐに「こいつだろ」と見当がつくのですが、ドルジュルーしか知らなかった「化学式」の行方とベランジェールの不可解な出没に「どうなるの?どうなってるの???」とページを繰らずにいられない。

読者の心をぐいぐい引っ張るルブランさんの筆致。いつもながら恐れ入ります。

そんなに長くないとはいえ、またしても2日ぐらいで読んじゃいましたからねぇ。

ベランジェールが序盤で綱渡りみたいなことをやってるところではドロテを思い出して「ルブランさんよっぽどこういうお転婆が好きなの?」と思ってしまうし、謎めいた二面性のあるヒロインがほんと「ルブランさんらしい」なと。

終盤に描かれる「女性の眼の礼賛」、粋でお洒落な最後の一文。

おフランスはやはり違います。

なんというか、日本の作家じゃ最後にこうは書けまい、と思ってしまうなぁ。『バルタザール』の最後の一文も好きだったけど。

うぷぷ。

ちなみにこの作品が書かれたのは1919年。『大空のドロテ』の舞台となった年であり、『虎の牙』事件が起こっていた年です。作品としての『虎の牙』が書かれた(出版された?)のは翌1920年。

ルパンシリーズ絶好調の合間に、こんな作品まで書いていらしたんですねぇ。

第一次世界大戦直後でもあり、「三つの眼」とともに映し出される映像の中には、ランス大聖堂が破壊され、ドイツ皇帝がそれを見て笑っているというものも。

何十年も経ってから日本で読むと、「そんなにドイツを悪者に描かんでも」と思ったりもしますが、1919年。息子を戦争で亡くしたドルジュルーのように、大切な人を亡くした読者がいっぱいいたんですよね……。


「三つの眼」の真相は、実のところ「推測」という感じでしか明かされない(何せ発明したドルジュルーは死んじゃってますし)のですが、もしも本当に「三つの眼」が存在するなら。

存在して、私たち地球人を見ているのなら。

争いではなく、楽しく幸せな場面をより多く見せられるように。ルブランさんが書いた最後の一節のとおり、うらやましがらせることができるように……。

そして、ぼくらの喜びの瞬間に立ち会うとき、〈三つの眼〉はきっと、うらやましく思っているにちがいないのだ。たとえば物陰の恋人たちを盗み見るとき、愛にみちたくちびるが、そっと合わさるのを見るときなどは……。 (P294)