2013年12月17日火曜日

『SPEC~結~爻ノ篇』妄想的感想2~世界と人間~

※以下ネタバレあります!これからご覧になる方はご注意ください!!!

(セリフ等記憶違いも多々あると思われます。また、タイトル通り感想というよりほぼ妄想です。ご承知おきの上お読みください。ちなみに「漸ノ篇」の感想はこちら 「爻ノ篇感想1~当麻と瀬文さん~」はこちら


続きというか、主役2人以外の部分について。

当麻を助けるためにSPECホルダーの皆さん全員集合!ということになるわけですが、全員ではなかったな。古戸久子さんとか「林実」事件のヒビキイチロー(ってそれは『あまちゃん』での役名だ)とかは出て来ない。

「当麻に味方するSPECホルダーの皆さん」集合!なんだよね。

だから地居くんまで出てくるわけで。

当麻に邪険に扱われるのはお約束(笑)。

うん、あのスペックホルダー集合シーン、緊迫した場面に「ギャグ」として挟まれてたよね。TVシリーズではあんなにシリアスだった美鈴ちゃんも、瀬文さんと同じくどんどん壊されちゃって……。

「お兄ちゃんのためにも美大でがんばって、絵で食べて行けるように」って話してたのにスペックのおかげでせっかく入った美大も辞めざるを得なくなって、最後は殺されちゃうんだから、美鈴ちゃんってかなり気の毒なキャラだった。

サトリ、冷泉さん、マダム陰&陽、ニノマエ(陽太)、海野先生、地居、そしてナンシー。

スペックホルダーじゃない「こおっち」は出てこられないのが残念。あと津田さんにもお目にかかれなかった。宗家津田はスペックホルダーじゃなかったんかな。たとえそうでも「当麻の味方」という出方はしないか。

もう一度津田さんに会いたかった。

餃子ロボは出て来るのに。

全員集合シーンではないけど、「鏡」として使うために当麻が呼び出せたということは餃子ロボもスペックホルダーだったということなのか。

まぁ、普通の人間じゃないことは確かだけど(笑)。

歴代スペックホルダーということでは、「ゲッツ!」も再登場。忘れてたよ、彼の存在(爆)。「爻」見る前に『翔』もおさらいしておこうと思いながらできてなかったから。

意外に強力なスペックだった、ゲッツ。

バナナ医者渡辺いっけいさんはバナナで人形(?)作り。細かいよね、あーゆーところ。CGスペクタルな「爻ノ篇」の、貴重な和み(笑)。

「漸」ほどの見せ場はなかったとはいえ、フリーズドライ吉川も引き続き「和み」に貢献。屋上で「セカイ」に「こいつ中二病や」って突っ込んだり、潤の「レツゴー三匹」ネタに絡んだり。

レツゴー三匹って、若い人わかんないでしょ。

潤はああ見えて何億年も生きてる「先人類」だからそりゃ古い芸人さんも知ってるだろうけど。

「使いますよ、スペック」って当麻が言うあの病室のシーンでも、吉川さんいい表情してるんだよね~。パンフにも「“ワシにはこの二人の間には入れんわ”という表情」って書いてある。目と目で通じ合う二人のシリアスなシーンで「ワシどないしたらええねん」って感じの吉川さん、和むわ~~~。

漸で全身火傷を負って瀕死の重傷だったはずのエンケンさんは予想通り元気に活躍。エンケンさんがただ「お父さんの昔話」するためだけに出て来るとは考えられないもんね、キャスト的に(笑)。

「湯田」と書いて「とうだ」というのは嘘で実は「ユダ」=裏切り者だった、という。「そのまんまじゃねぇか!」と瀬文さんも言ってましたが。

んーと、でもあの人は最初から「セカイ」の仲間だったわけじゃないのかなぁ。スペックホルダーとして、また科学者として「世界御前会議」に協力してて、で、途中で裏切ったのか。当麻のお父さんのアルバムにちゃんと写っているのは実際に「友人」だったのか、後に「友人」の体を借りたのか。

「耳栓して鼻つまんで水に潜る」ポーズで他人(死体のみ?)の体の中に入り込めるユダ。漸で野々村係長の中に入ってたのもジョジョ姉さんではなくユダだったってことよね。

ジョジョ姉さんは「表舞台に出るのが待ち遠しい」と言ってたし、プロフェッサーJではなかろうと思ってはいたけど。

でもユダが裏切り者なら――そして「シンプルプラン」のウイルスがただのインフルエンザなら、あんな大層なことしてばらまいたり奪い返そうとしたりする必要もなかったよね?

あの攻防は何だったんだろう……単なる攪乱目的だったの???

そもそも「ジャッジメント・デイ」が核爆弾の連鎖による人類の消滅&地球のリセットを意味するものなら――セカイがそうするつもりだったのなら、ちまちまインフルエンザでスペックホルダーを殺す必要もないし(どうせみんな死ぬ)、「世界御前会議」の命令に従ってるふりをする必要もなかったような。

スペックホルダーを殺して「八咫烏(=霊体)」にしてどーのこーの、という説明があったので、「核爆弾で全人類消去」の前にスペックホルダーだけ選んで「霊体隔離」みたいなことをしなきゃいけなかったのかなぁ。

どっちにしても、シンプルプラン発動とジャッジメント・デイの間の時間差はあまりないから、「肉体を殺すことによって救えた」スペックホルダーはそんなに多くないような。

すでに死んでるスペックホルダーだけでも十分霊界は満員って気がするし。

「スペックを使え~!」って当麻に迫っていた、左手に集う悪霊どもが全部そうでしょ?

当麻は「霊界と現世を繋ぐゲート」だったらしく、セカイでさえ「リセット」をやり過ごすために当麻の中に入ろうとするんだけど……。うーん、もしそれが実行されてたら当麻自身はどうなってたんだろ。当麻はゲートなだけで生まれ変われなかったのかな。

漸で潤が「当麻はもうすぐ死ぬはずだよね」って言ってて、でも「ゲート」としての――「ソロモンの鍵」としての当麻が必要なら、生きてないと困ったんじゃ???

当麻は生きてないと困るのであの時ウイルス取り返そうとしたとか? ジョジョ姉さんは御前会議から派遣されてるんだろうからユダとは別目的だろうし。ジョジョ姉さん殺したのはユダってことでいいのかな。

うーむ。

まぁ、必ずしも辻褄が合ってる必要はないと思うけども。

「ゲート」で「ソロモンの鍵」だったらしい当麻。自分の意志とは関係なくそんなふうに生まれついて、宿命を背負わされ、世界の命運を背負わされた。

『天』の時かな。野々村係長が「君のSPECは天使にも悪魔にもなれる。だからこそ君自身の資質が問われる」みたいなことを言ってたけれど。

そして今回は、「だったらあたしの“人間としての心”を消しとけば良かったのに」って当麻が言う。道具として使いたいなら、「道具」としてだけ存在するのなら、なぜ人は、「心」を持ってしまうのか。なぜ神は――ガイアは、人に「心」を与えたのか。

「君を手助けするのはガイアの意志ではない」と卑弥呼は言った。そして、「自分のスペックを信じろ。左手ではなく右手のスペックを」と。

なんか、右手のスペックについて「時空を飛び越える云々」とかって説明してたような気がするんだけど、ちゃんと聞き取れなかった……。

この間『天』の地上波放送があった時に、最後のシーンで当麻が右手を掲げてニヤリとしてた、みたいなツイートがあった(私にはそこまでわからなかった)けど、当麻は「右手にも何かある」ことを知っていたのかしら。

私的には、「右手のスペック」というのは要するに「人としての力」ってことなんじゃないかと思ったんだけど。先人類だの何だのという「スペック」ではなく、一人の人間として、当麻紗綾としての「力」を――自分自身を信じなさい、という話だったと。

今、「紗綾」って打って思ったけど、どっちも「織物」にまつわる字で、当麻って名前からしてそういう存在だったんだね。人々の想いを紡いで、歴史というタペストリを織り上げる……。

じゃあ瀬文さんの焚流は……火を焚いて流れる存在!? デカ魂が燃えさかってるとか。


ずーっと「この声誰だっけ」と思ってた卑弥呼は、北大路欣也さんだった。顔が出てこないところ(ほとんどずっと能面つけてる)もちゃんとご自分で演じてらしたのかなぁ。声だけじゃなくて。

すごくいいお声で、もしかして声優さんかなぁとか思ってた。さすがですね。

近づいてきた刺客を一刀のもとに斬り捨てるシーンあったけど、そこはまだ欣也さんだと思って見てなくて、太刀さばきがどうだったか覚えてない……。ご本人が演じられたのなら当然素晴らしかったに違いないと思うのだけど。

声優さんと言えば。

ナレーションぽい「謎の男女」の声が井上真樹夫さんと田島令子さんで、パンフに「ハーロックとクイーン・エメラルダス」って紹介されてた。

私的には五ェ門とオスカル様だなぁ。もちろんハーロックとエメラルダスもよぉく知ってますけど。

漸を見てオスカル様だとすぐ気づかなかった自分が悔しいです。

最後、女の声が「行きましょう、朝倉」って言うんだけど、『ケイゾク』見てなかったからわかんないわ、朝倉……。見てなかった人間にとってはそこで固有名詞を出す必要はなかったんじゃないかと。あの男女の声が誰でも構わないと思うんだけどな。セカイや卑弥呼のような「先人類」とはまた別の、超越した存在がいてもおかしくないから。

で。

卑弥呼をずっと「兄者」と呼んでいた「セカイ」。「先人類」にも「兄弟」という概念はあるのか、潤と二人との関係はどういうものだったのか。

「宇宙からアミノ酸が飛来して人類が云々」とユダが言ってたけど、彼らはもともと肉体を持たない「霊体」だけの存在だったのかなぁ。「霊体」が滅ぶというのはどういうことなのか、「霊体」なのに当麻の「ゲート」に隠れて「浄化期間」をやり過ごさなければならないというのは……。

「セカイ」が言っていた、「人間を救う価値はあるか」という話。これはSFその他で何度も繰り返されている問いだよね。「人間は地球を害するだけだ。滅ぼさなくてはならない」っていうの、決して間違ってはいない気がする……。

「セカイ」が引き起こそうとした核爆発の連鎖。その気になればもっと別の方法でも「世界の終わり」を招来できたと思うんだけど、そういう「終わり方」を演出するっていうのは、「全部自業自得だ、バーカバーカ!」っていうことだったのかもしれない。

当麻と瀬文さんの犠牲によって人間は滅びずに済んだけど、それもいつまでもつか。「セカイ」の干渉がなくても、スペックホルダー云々の戦いがなくても、やっぱり遠からず人間は自分達同士で殺し合って、滅亡してしまうんじゃないか。

どこまで歴史が戻ったかわからないし、スペックホルダーが「先人類への先祖返り」だったとしたら、そして先人類の霊体がすべて当麻と一緒に地獄へ墜ちたのだとしたら、もうスペックホルダーは生まれてこないのかもしれない。

どうなんだろう。

ニノマエ君やサトリ達「当麻に味方するスペックホルダーの霊体」達は、単なる「先祖返り」とか「生まれ変わり」じゃなくて、「彼ら自身」だった気もするのだけど。

「セカイ」の思惑とは関係なく、やっぱり「進化」した――「可能性を開花させた人間」だったのかも。

そして「生まれ変わる」ことよりも「人間である」ことを優先した彼らは、本来の意味で「解脱」していたのかもしれない。

「もう生まれ変わらない!」と輪廻転生から抜け出すこと。そのことによって、「自分の人生は自分のもの」とすること。

潤の死に方も、そういうものだったと思うんだよなぁ。


「人間の可能性を信じる者と、それを鎖そうとする者」との戦いだって、野々村係長が言ってた。それは最初、スペックホルダーと、彼らを抹殺しようとする権力者達の戦いのように見えていた。でも『結』でそれは、人間そのものを滅ぼそうとする「セカイ」と、「確かに人間はろくなもんじゃない、でも」と言って人間を救おうとする当麻達の戦いになった。

超能力とかそういうことではない、「より良い未来を作り出せるかもしれない人間の可能性」を当麻は信じたし、守ろうとした。

守り通した。

そんな当麻と瀬文さんの犠牲は、報われるんだろうか――。

SPECの物語は、もちろん「物語」で、フィクションだけれども、でも私たちは知らないうちにそうやって、何度も救われてるのかもしれないんだ。世界の終わりから。

1999年に降ってこなかった恐怖の大王は、「降ってこなかった」んじゃなくて、阻止されたのかもしれないよね。

たとえば、当麻や瀬文さんのような人たちに。

応えられるのかな、私たちは――。


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