2016年6月16日木曜日

『喪服のランデヴー』/コーネル・ウールリッチ


はい、引き続き『喪服のランデヴー』を読みました。

『黒衣の花嫁』の見事な男版です。

挙式の最中に殺された夫の復讐のため、容疑者とおぼしき男たちを次々と手にかけていった『黒衣の花嫁』。

近いうちに結婚するはずだった最愛の恋人を殺され、容疑者とおぼしき男たちの「最愛の女」を次々と亡きものにしていくのがこの『喪服のランデヴー』。ターゲットの数が5というのも同じ。

復讐者が男の方がよりおセンチになっているのがすごいと思うのですが、それは男女の差というよりは書かれた時期の違いの方が大きいのかもしれません。

『黒衣の花嫁』は1940年の作品で初めてのミステリ長編。『喪服のランデヴー』は1948年の作。1950年代に入るとウールリッチはもう「衰えた」とか言われてしまうので、絶頂期後期の作品ではあるわけです。(絶頂期の長編としてはもしかして最後の作?)

『黒衣の花嫁』が比較的淡々としていたのはまだ「泣きのウールリッチ節」が完成していなかっただけかもしれず、『喪服』における「泣き」の過剰さは絶頂期のサービス精神かもしれず。

でも、恋人の死を受け入れられず忠犬ハチ公のように毎晩待ち合わせの場所に立ち尽くす主人公ジョニーの姿はやっぱり「男」だからかなぁ、と思わないでもない。

『黒衣の花嫁』のヒロインがすぐに復讐を決意するの早すぎる!って思ったけど、ある意味女は切り替えが早いのかもしれないなぁ。

ジョニーの方は無残な恋人の姿を受け入れられず、死体を確認しても「人違いです」って言うし、いつも8時に会う約束をしていたから時計を壊してずっと8時数分前を指すようにしてしまうし、「死を受け入れなさすぎ」。

「ウールリッチの書く女おかしい」のみならず、「ウールリッチの書く男もやっぱりおかしい」的な。

まぁ、殺人を重ねる役なんだから、おかしくて当たり前なんだけども。

最初と最後がジョニーの話で、間の五つは「殺される側」の話。

これ、むしろ「殺される側」の話なのかなぁ、って思った。たまたまジョニーという連続殺人鬼によって「つながった話」になってるけど、思いがけず「愛する者」を喪うことになる五者五様を描く方がメインなのかも、と。

『黒衣の花嫁』は直接的に容疑者本人を殺していくんだけど、『喪服』の方は「自分と同じ“愛する者を理不尽に喪う苦しみ”を味わわせてやる!」っていう復讐で、言ってみればこっちの方が「たちが悪い」。

殺される本人には何の罪もないわけだから。

『黒衣の花嫁』読んだ時に、「これヒロインが美女じゃなかったら成り立たないんじゃ?」って思ったけど、ジョニーがイケメンかどうかはよくわからない。特にハンサムという記述はなかったと思うんだけど、それでも2人ものターゲットを虜にしちゃってる。

自分の恋人を殺した可能性のある男たち。その「愛する女」を奪う。最終的には「殺す」んだけど、その前段階としてジョニーは女たちの心を奪ってもいる。

夫が徴兵され、寂しくて嘆き悲しんでいる若い人妻をジョニーは籠絡するし、他に恋人がいた娘を自分に夢中にさせて、まんまと「死の床」へ誘い出してる。

そんなにモテるんだったら死んだ恋人のこといつまでも思ってないで新しい人生を……と思っちゃうけど、恋人を忘れられないからこそ、その寂しさと、人殺しとしての狂気を「暗い影」としてまとわりつかせているからこそ、女たちはジョニーにまいっちゃうんだろうなぁ。

『黒衣の花嫁』と同じく、一見無関係に見えた事件の繋がりに警察は気づいて、4件目からは被害者に警告が発せられている。

でも。

恋に目がくらんだ女の子は家族の目も警察の目もかいくぐって、自分からジョニーのもとへ駆けていっちゃうんだなぁ。待っているのは「死」なのに。

「最近新しく知り合った男はいないか?」「その男はあなたの命を狙っているんだ」と刑事に警告されても、まさかジョニーが「その男」だとは思わない。まぁ警察もジョニーの人相風体を知っているわけじゃなくて、ただ被害者同士の繋がりに気づいて「残り二人のもとへも何らかの形で現れるはず」と思っているだけだから、「危険人物がどんな男なのか」はっきり言うことができない。

なので彼女がこう言って怒ってしまうのも無理はないんだけど。

「だれなのかわからなくて、あたしが危害を受ける怖れがあるなんて、よくわかりますね?」 (P190)

恋に落ちていなかったとしたって普通「あなたは5月31日に殺されます。犯人は誰かわからないけどとにかく男です。最近新しく知り合った男がいたら注意してください」なんて話、信じられないよね。

そんなわけで4件目の彼女はむざむざ殺されるし、「今度こそは!」と思って警告した5件目も結局殺される。

あげく上司に完全無視されるカメロン刑事可哀想すぎ……。

5件目はね、信じてもらえるんですよ。「あなたの最愛の人が危ない!」って話自体は信じてもらえるんだけど、そう警告された男は最愛の女と一緒に逃げちゃうんだよね。警察なんかあてにしてないでさっさと国外へ出ちゃおう、って。

何しろ危ないのは5月31日だけなので(ジョニーが相手を殺すのは恋人の死んだその日と決まっているから)、その日さえやり過ごしてしまえばとりあえずあと1年は大丈夫。なので男と女は時計の針が12時を指した瞬間「やったー!生き延びたぞ!」と大喜びするんですが……。

この5件目のオチはすごいよね。

そう来たかっていうね。

4件目と5件目は「読者からすれば歴然としている“死”に向かって被害者が自分からどんどん進んでいってしまう破滅へのカウントダウン感」がすごいし、3件目はまず最初に「戦争(徴兵)」が若い夫婦を引き裂くという悲劇があって、2件目は愛人と妻のバトルというジョニーとは無関係のドラマがある。

うん、たまたまその裏にジョニーがいはするんだけど――そして「どんな気持ちかね?」っていう謎の書き置きがあったりはするんだけど――、「突然理不尽な“死”に襲われる」ことは誰にでもありえるわけで。

5人のターゲットはジョニーにとっては「復讐の相手」だけど、みんなどうして自分達が狙われるのか知ってはいない。彼らには、ジョニーの恋人を殺した自覚もない(直接的に罪があるのは5人のうちの一人だけだし)。

だから彼らにとってはただ突然身に降りかかってきた理不尽な悲劇でしかなくて。

“死”は――特に愛する者の“死”は、いつだって理不尽だ。

ウールリッチは「突然恋人や妻が消える」というテーマの短編をいくつも書いたけど、冒頭でジョニーの恋人ドロシーが命を奪われるのも、まさに「突然恋人が消える」感じで、たとえ彼女を殺した犯人が捕まってきちんと裁かれていたとしても、ジョニーの喪失感や絶望感は決して救われることはないと思える。

ドロシー、空から落ちてきた酒瓶のせいで死ぬんだけど。

飛行機(おそらくは近距離用の小さいやつ)の乗客が飲み終わった酒瓶を下に放り投げて、で、それが運悪くドロシーに当たって死ぬわけ。

「え……」って感じだよね……。

それ立派な殺人だから警察ちゃんと捜査しろよ!って思うけどたぶん何の捜査もされてなくて、ジョニーがひとりで飛行機を調べその乗客を調べて復讐を始める。

復讐したってドロシーは帰ってこないけど、でもこの「恋人の奪われ方」はたまらんよね……。空から瓶を落とした方は、下で何が起こったか知りもしないわけでさ……。

なんでよりによってその晩、その時刻、その場所だったのか。なぜ犠牲者は自分の恋人でなければならなかったのか。

色んな事故とか災害とか、銃や爆弾によるテロ事件にしても、「なぜ自分の愛する者が巻き込まれなければならなかったのか」ってことに、納得の行く答えはない。

その時その場にいてしまった。

それだけ。



カメロン刑事の奮闘むなしくジョニーは五つのターゲットすべてを仕留めて、そして、自分も警官達によって殺される。

「再会」と題された最後の章は、なんともせつない。

狂気を孕んだせつなさ。

死んだ恋人を待ち続ける最初の章からしてこう、「心が壊れてる」感じがたまらないんだけど。

晩年の短編を集めた『傑作短編集第5巻』に満ちていたと同じ狂おしさが、この作品にも流れている気がする。

第5巻は1943年以降の短編を集めたもので、この『喪服のランデヴー』は1948年の作なんだから、「そういうことか」ではあります。

(あ、そういえば図書館で借りたの昭和51年発行の初版なんだけど、いきなり冒頭の「二人は」が「二人に」になってるし、11ページの「彼女にまさに光だった」も「彼女は」の誤植だよね。Kindle版サンプルで確認したらちゃんと「二人は」「彼女は」になってた。)

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