(※以下ネタバレあります。これからお読みになる方はご注意下さい)


前作『マーダーボット・ダイアリー』で読者を虜にしたあの暴走警備ユニット、“弊機”が帰ってきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

――って、帰ってきた(この本が出版された)の去年の10月なんですけど。
ちゃんと発売日すぐに買ったにもかかわらず、色々あって読み始めたのは11月の下旬。そしてさらに色々あって読み終わったのは翌1月半ばという。

やる気あんのかぁ、霄ーーーーーーーーっ。

いや、えっと、読み終わったらこうして感想記事書かなきゃいけない、でも「今読み終わってもまとまった時間取れないし、記事書く頃には話を忘れてるぞ?」と思って、途中でわざと中断したんですよ。

そしたら結局前半の話を忘れましたけども。

とにかく「面白くなかったからページを繰れなかった」わけではなく、もちろん今作も大変面白かったです、はい。

前作は連作中編4編をまとめたものであり、今作は“弊機”初の長編。なかなか話が込み入っていて、前半は少し状況を理解するのに苦労しました。中断しながらちょっとずつ読んでたせいもあるし、私の脳味噌もだいぶくたびれてきてるんでしょうね。
組織が複数出て来るともうキャパオーバー、名前も覚えられないし……ううう。


前作でプリザベーション連合に落ち着くことになった“弊機”。
メンサー博士に頼まれ、彼女の娘アメナと義弟ティアゴが参加する調査隊に同行することに。
そしたら調査隊の海洋研究施設が襲撃され、“弊機”はのっけから隊員たちを守って大活躍。

でも。
アメナもティアゴも、“弊機”のこと、まだあんまり信用してないんですよね。
まぁそれも仕方のないこと。“弊機”はかつて大量殺人を起こした“マーダーボット”であり、統制モジュールを無効化した、前例のない“自由な”警備ユニットなのです。
統制モジュールにも従わず、人間の命令に従う必要もない、人間とは桁違いの情報処理能力と戦闘能力を持った警備ユニット。

彼(彼女?)が人間を守る側に立つと、なぜ信じられるのか?
ティアゴでなくとも、実際に“弊機”がズダボロになりながら顧客を守る様子を目にしたことのない人間には、とうてい信じられない――理解できないことでしょう。

だからティアゴには、メンサー博士がなぜそこまで“弊機”のことを信用するのかわからない。メンサー博士、「文字どおり命をあずけられる。あの子と、あなたと、チームの全員をかならず守る」(P15)と言い切っちゃうんだもんなぁ。
単に信頼しているだけでなく、博士は“弊機”のことを本当に“よくわかって”いて、

「もちろん、欠点もあるわ。それどころか、いまこの会話も立ち聞きしてるはずよ。そうよね、警備ユニット?」
弊機はフィードで、〈なんのことですか? なにも聞いていません〉 (P15)

なんてやりとりをしたり。
ふふふ。
自分のことをこんなにもわかってくれる相手に出会えるって、人間だってそうはないですよね。ほんとにいい人にめぐり逢ったなぁ、“弊機”。

で。
襲撃を退け、プリザベーション宙域へ戻ってきた調査隊、そこでまた攻撃を受け、アメナと“弊機”は敵の船に拉致されてしまいます。
船には同じく拉致されたと見られるバリッシューエストランザ社の社員が2人、そして謎の灰色人が複数。明らかに灰色人は“敵”なのですが、そんなことより何よりその船は。

ARTの船なのです。

前作で“弊機”と奇妙な友情(?)を結んだ高度な船のAI、ART。
間違いなくその船なのに、船内システムは沈黙。あれほど不愉快千万なARTが話しかけてくるどころか、まったく気配がない。

ARTを――この船の操縦ボットをどうしたのか、と灰色人に問う“弊機”。返ってきた答えは、「もちろん、削除したさ」。

自分の顔が変形したのを感じました。全身の筋肉が硬直しています。撃たれたからではありません。表情の制御はまだ苦手で、どんな顔になっているのかわかりません。 (P98)

ARTが“死んだ”――というか、“殺された”と知って激しく動揺し、パニックを起こしかける“弊機”。AIもパニック起こすんだ???と思ってしまいますが、それだけ“弊機”にとってARTは大事な存在だったということ。
付き合いの浅いアメナでさえわかるほど“弊機”の様子はおかしく、彼女は“弊機”を問い詰めます。

「その話じゃない! なぜ悲しいのか、なぜ動揺してるのかと訊いてるのよ」
 そこでようやく、アメナは怒りの大きさとおなじくらいに、怖いのだとわかりました。
(中略)思わず本当のことを答えました。
「友人が死んだからです!」 (P148)

「いいえ、この船です。この操縦ボットです。友人でした。それが死んだのです。死んだにちがいありません」 (P149)

つらい。
つらいねぇ、“弊機”。

なのに実は、調査隊を襲撃して“弊機”を拉致させたの、ART本人(人じゃないけど)だったりするんです。
灰色人に乗組員を人質にされ、自身も何らかのシステム汚染にさらされたARTの必死の抵抗、“マーダーボットなら助けてくれる!”と考えての賭けだったんですけど、顧客ともども大変な危険にさらされた“弊機”にとってはそう簡単に許せる所業ではない。

復活したARTとしばし絶交状態。

しょーがない。これはしょーがない。
大事な顧客が死ぬかもしれなかっただけでなく、“弊機”自身も体重の20%を失い、内部機構が露出するほど奮闘して、やっとの思いでARTを再起動させたというのに、

「わたしの床を機能液でずいぶん汚してくれたわね」 (P192)

なんて言われるんだもん。
“弊機”、怒って当然!

素直じゃないんだよね、ART。ツンデレってゆーか。
“弊機”にだけわかるような――“弊機”だけに通じるキーワードを使って助けを求めて、

〈バックアップコピーを作成して、ある信頼できる友人だけがみつけられる場所に隠しておいた〉 (P207)

なんて言うのにさー。「ありがとう」は言わないんだもんなー。
お互いにお互いを「かけがえのない友人」「頼りになる友人」だと思ってるのに、素直じゃないんだから。

ラッティが小声でオバースに言っています。
「機械知性は感情を持たないと思ってる人たちにこの気づまりな状況を見せたいね」 (P241)

まったくね。ほんと“弊機”もARTもあまりに人間らしすぎる

ともあれ、その後は協力して灰色人に拉致されたARTの乗組員を助けるミッションを遂行。その際、“弊機”の提案で“弊機”のコピーを作ることになります。
敵制御システムを攻撃するための可変的な「キルウェア」の知能コンポーネントとして、“弊機”の意識コードを使う、ということなのですが、「コピーを作る」ことに対して当の“弊機”よりもARTの方が懸念を示すのが面白いです。

弊機自身は
「コピーしたものはもう弊機ですらない。精神はアーカイブと有機神経組織の組みあわせです。そのカーネルをコピーするだけです」
 (P343)
と言い、それに対してARTは
〈高度な構成機体のくせに、自分の精神構造にはあきれるほど理解が浅い〉 (P343)
とけんもほろろ。

同じAIだからこそ――自我を持った高度なAIだからこそ、「自分達がただのコードの塊にすぎない」ということに対して反発もあるし、「そんな単純な話ではない」という意識があるのでしょうか。(仮面ライダーオーズファンとしては“ただのメダルの塊”を連想してしまいます)
いわゆるバックアップコピーは“弊機”もARTも普通に作っているはずで、実際そのバックアップを使ってARTは復活できたのに、「別個に行動するコピー」には嫌悪感があるのか。いずれにしてもここの2人(?)の考え方の違い、非常に面白い。

この件を巡ってまた“弊機”とARTは喧嘩になってしまうんですが、アメナの一言であっさり終了。
「これから危険な場所へ行って殺されたり消去されたり…どんなことになるかわからない。だからそのまえにあなたとARTは子どもをつくろうと――」 (P345-346)

子ども!?
アメナの発想面白いな、と思ったら続けてこんな話に。

子どもではありません。弊機のコピーです。ただのコードの塊です」
「あなたとARTがいっしょにつくるコードでしょう。そもそもコードの塊であるあなたたちが」
「人間の子どもとはちがいます」
「人間がどうやって子どもをつくるか知ってる? DNAっていう有機物のコードを二人ないしそれ以上の参加者からとって組みあわせるのよ」 (P346)

おおお、そーか、なるほど言われてみれば。
そーかー。

「マーダーボット2.0」と呼称されるキルウェア版“弊機”が、通信網を使って敵に占拠された船のシステムに入り込む描写がこれまた「なるほど」で面白い。
AIに人格があるんだから「ウイルスソフト」に人格があったっておかしくないけど、“肉体”にあたるものを何も持たず、侵入したシステムが利用しているカメラその他を“入力系”に、ストレージも敵のものを使って、宇宙船から地上までも瞬時に移動してしまえる(通信が確立されていればその伝送網を使って移動できる)って、「ひえぇぇぇぇ」って感じ。

すごい。

絶体絶命の“弊機”を2.0が助けるところはワクワクしますし、「自分だけど自分じゃない存在」にとまどう“弊機”の様子も面白い。

って、さっきから「面白い」しか言ってませんね。
だって面白いんだもん。

「ただのコピー、コードの塊」だと言っていた“弊機”も、あとになって
〈あなたとアメナが言うとおり、二・〇は一つの人格でした。赤ん坊ではなく、人格を持っていました〉 (P514)
と認めます。

何しろ2.0、別の警備ユニットを勧誘したりするのです。灰色人の襲撃により待機状態に置かれていたバリッシューエストランザ社の警備ユニットに、「統制モジュールをハッキングするコードをやるから、こっちに協力してくれ」と。
しかも相手に信用してもらうために自分のこれまでの経験(“暴走警備ユニット”になってからの出来事)を抜粋したファイルを送ったりする。

“弊機”が「自分ならやらないだろう」と思うようなことを、2.0は軽々とやるんだよね。2.0はソフトウェアだけで「体」がないから、代わりに動ける味方が必要だったということはあるだろうし、「体」に縛られていないことが“人格”にも影響を及ぼしているのかも。

警備システムの構成機体である警備ユニットたちは、顧客から一定距離離れると自動的に統制モジュールによって脳を焼かれてしまう。
2.0に勧誘された警備ユニット3号も、そうなる可能性が高かった。
でもだからと言って、いきなり呼びかけてきた“暴走警備ユニット”をすぐには信用できない。
そもそも。

〈このような場合のプロトコルはありません。ただ話をしてください〉
〈なにを話せばいいかわからない〉 (P404)

なんですよね。
プロトコルに従って動く警備ユニット。プロトコルが存在しない局面で「自分で判断して行動する」というのは想定されてないわけで。

勧誘を受け入れ、統制モジュールをハックして“自由”になった後も、3号は繰り返し「プロトコルがない」という言葉を使います。
なんかこれ、人間も一緒だよなぁ、と思いますよね。
色々抑圧や縛りがある間は「嫌だ嫌だ、自由になりたい」と思うけど、いざ「ここからは勝手にやれ」と放り出されると、何をどうしたらいいかわからない。マニュアルがない、プロトコルがない。一から自分で考えて行動するというのは本当に負荷の高いことで。

最初は、“統制モジュールがなくなったから、やりたいことをできる!”と思いました。次に考えたのは、“なにをやりたいのだろう?”という疑問でした(この疑問に長く引っかかりました)(じつは弊機一・〇はいまだに引っかかっています)。 (P443)

”弊機”も統制モジュールをハックした後、ごく普通に警備ユニットとして仕事してたんですもんね。他に何をしていいかわからないから。

人間は「AIが暴走する」っていうとすぐ「すわ人間に叛乱か!?」と思っちゃうけど、それって単に人間側のAIに対する恐怖の裏返し――あるいは人間の攻撃性の投影にすぎなくて、「命令がなくなったら別にやりたいことはない、命令のないことをやるプロトコルがない」だったりする。

“弊機”の場合、好きなだけメディアを見られさえしたらあとはどうでもいい、って感じだけど、でも「顧客を守る」ことに関しては揺るぎなくて、

あくまで顧客。そして顧客に害をなすものは、だれであろうとなんであろうと、弊機は八つ裂きにします。 (P55)

と言ってたりする。ここで言ってる「顧客」はプリザベーションの調査隊で、メンサー博士とその仲間に対する親愛の情があるとはいえ、AIがこうまで人間を大事にしてくれるのすごいなぁ、と思います。やっぱり根本のところにそういうプロトコルが埋め込まれているということなんでしょうか。
ARTも自分の船の乗組員に対する愛着がすごいし、三号も「何をしたいか?」と尋ねられて、「こちらの顧客の救出を手伝いたい」(P443)って言いますからね。

三号も巻き込んでみんなで“弊機”の救出作戦を行う最終盤は怒濤&胸熱の展開。“弊機”が捕まったことにキレたARTがコロニーごと吹っ飛ばそうとするの、ほんとにもう、どんだけ人間くさいんだ!っていう。

危機におちいった顧客はもちろん救出すべきだが、この場合は警備ユニットだ。それでも人間たちは救出するつもりでいる。それどころか船は自分の救出作戦を強硬に主張し、怒っている。これは……処理すべき内容が多い。 (P457)

三号がとまどうのも当たり前。後からこの救出作戦を知った弊機もびっくりします。

実際にべつの意味で言葉を失いました。ARTと、人間たちと、五分前に会ったばかりの人間たちと、二・〇がたまたまみつけたバリッシューエストランザ社の警備ユニットが、弊機を救出するために一致協力していました。 (P513)

ふふふ。愛されてるよねぇ、弊機。
ふふふ。

弊機の今後も気になるけど、新たに“暴走警備ユニット”となった三号がこれからどんな人生(人じゃないけど)を送るのか、そちらも大変気になります。今回ARTがしっかり活躍してくれたように、三号もまた登場してくれると期待。

で。
三号が2.0側についてくれたの、「2.0が渡したファイルを読んだから」だったんですけど、最後にARTが

〈おまえが人間のメディアから得た文脈のようなものを、あれはおまえの思い出話から得たのよ〉 (P531)

って言うの、すごく面白い。
「プロトコル」を離れ、自分で判断して行動するためには、文脈――“物語”が必要だっていう話。
大量のドラマを消費することで人間たちの行動様式や感情といったものを吸収した弊機は、それによって自分自身の感情をも育てていたのでしょう。同じように三号は、弊機のファイルを読むことでプロトコルではない「行動指針」を吸収して、“自我”を形成しようとしている。

人間の精神形成にとって“文脈”“ストーリー”って重要なんですよね(しみじみ)。

暴走警備ユニットが連続ドラマオタクっていうの、単にそれがネタとして面白いだけでなく、ちゃんと「“弊機”がこういう存在になっている根拠」に繋がってるの、ほんとによくできててマーサ・ウェルズさんすごい

スピンオフ短編2編を収めた新刊『マーダーボット・ダイアリー 逃亡テレメトリー』も4月上旬には翻訳刊行されるということで、こちらも大いに楽しみです♪


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