(※以下ネタバレあります。これからお読みになる方はご注意下さい。)

『マーダーボット・ダイアリー』『ネットワーク・エフェクト』に続く“弊機”シリーズ第3弾です。

2作目『ネットワーク・エフェクト』は昨年の10月に刊行されたばかり。わずか半年で次の作品が出るって、翻訳物としては驚異的なスピードですよね。そもそも2作目以降が出版されないことも多いのに。

それだけ読者の支持が厚い、売れている証拠。
だって面白いもんな~~~~~。面白いし、読みやすい。

収録されているのは中編『逃亡テレメトリー』と短編2本。上下巻だった1作目や、530ページの大ボリュームだった2作目と比べるとかなり薄く、解説込みで244ページしかありません。なので、最近読書スピードが落ちている私もサクッと読み終わることができました。

まずは『逃亡テレメトリー』
プリザベーション連合の「警備コンサルタント」として、“弊機”が殺人事件の謎を解く、よくできたSFミステリーです。

何しろ“弊機”は人間よりもはるかに高速な情報処理が可能な警備ユニット。人間の鑑識員が死亡推定時刻を出すより早く――ほぼ死体を見た瞬間に――弾き出すことができますし、大量の監視カメラ映像を素早くチェックして被害者の行動記録を割り出すのもお手の物。

こんな最強の探偵役はいない!と言いたいところですが。

もちろん人間たちは、“弊機”が事件の捜査に加わることにいい顔はしません。メンサー博士率いる調査隊の面々は“弊機”の人格と有能さを理解していますが、彼の活躍を直に目にしたことのない多くの人間にとって、彼は“過去に大量殺人を犯した、極めて危険な暴走警備ユニット”なのです。

プリザベーションの上級警備局員インダーは、それでも渋々“弊機”の参加を認めます。プリザベーション・ステーションで殺人事件が起こる確率は極めて低く、警備局がその手の捜査に慣れていないこと、また、この事件がグレイクリス社(メンサー博士を付け狙う仇敵)と関係があるのかどうか、見きわめる必要があるのがその理由。

“弊機”を信用していないインダーが、最後には彼を認め、「また難事件が起きたら手伝ってくれ」と申し出るのがなんとも嬉しい。
それに対する“弊機”の反応もいいのですよね、ふふ。

普段、“弊機”はステーションのシステムに許可なくアクセスできないのですが、その権限を得るため、「侵入デモ」をしてみせます。
警備局員のベストについたボディカメラを使って別室の映像をドーンと表示、「あなたがたは自分達のシステムが強固で、侵入されればすぐわかると思ってるのでしょうが、こんなことお安いご用なんですよ?」と、自分にハッキングの有無を調査させるよう迫る。

いやぁ、すごいなぁ、弊機。敵に回したくない(笑)。

捜査の初期段階では、勝手に監視カメラ映像等にアクセスできないため、地道にホテルの雑用ボットに被害者のことを尋ねたりしています。
その際雑用ボットが「当該人物のIDがわからないと部屋を答えられない」と返してきて、すぐに「〈問い:客室+目標の廊下=使用中+宿泊者不在+目標の時間〉 (P54)」と質問を変える弊機、頭いい!

っていうか、こういうボットや「フィードでの情報交換」が当たり前になった世界で、人間ではない警備ユニットが事件の捜査を行うとしたらどういう捜査方法になるのか、その様子を見事に現出させてしまうマーサ・ウェルズさんの手腕がほんとにすごい。

被害者が乗船してきた船を特定するのも、弊機が船の操縦ボットに尋ねて回るんだもんね。これまでの2作で「ART」というとんでもない船(の操縦ボット)の存在を知らされているとはいえ、「なるほど船に直接聞いちゃうのか!」と。
人間の捜査官だとまず記録をチェックして…ってなりそうだし、ボットに聞く場合もボットにデータを出させてそれを「読む」形になるのでは。

ホテルのボットは最後に「渡航者記録は調べないの?」という意味のことを言ってくるし、ジョリーベイビーと呼ばれる貨物ボットは顔文字付きのピンをよこして、「〈前回のメッセージ=冗談〉」とか言うし。

レベルの差はあれ、“人格”を持っているのは“弊機”だけじゃない!

最後、犯人を確保するのにもジョリーベイビーたちボットが見事な働きを見せてくれますし、「ボットの、ボットによる、ボットのためのミステリー」みたいな。

メンサー博士はもちろん、調査隊の他のメンバー、ラッティやグラシンも登場し、弊機に協力してくれます。

残るのは、問題をかかえた船に弊機が突入しようとしている現場になにをおいても駆けつけてくれそうな人間と、問題をかかえた船に弊機が突入しようとしている現場になにをおいても駆けつけて、そんなことはやめろと反対しそうな人間です。 (P64)

前者がラッティで、後者がグラシンということだと思いますが、2人とも弊機に協力するだけでなく、弊機が他の人間たちからひどい扱いを受けると憤慨してくれるし、ほんとにいい仲間たち。
こういう旧知のメンバーがちょこちょこ顔を出してくれるの、シリーズ物を読む楽しさですよね。

大量殺人を犯した過去があろうとなかろうと、人間たちにとって通常「警備ユニット」というのは忌々しいもの。企業に雇われ、システムの命令に従って人間を監視する“もの”であり、感情はもちろん“人格”など備えているはずもない。
なので。
「この癪に障る警備ユニット」などと悪態をつき、反論されるとびっくりします。

「警備ユニットは口ごたえしないものなのに……」
おや、そうですか。
「貨物船の乗組員は港湾管理局の管理者を人質にとったりしないものですが、まあ、おたがいさまですね」 (P102)

ふふふ。弊機のこのしれっとした言い草、良いですね~。好き(笑)。

これまでにもしばしば「守るべき顧客から銃撃される」憂き目にあってきた弊機、今回も、たった一人で危険を冒して助け出した難民たちに背後から撃たれてしまいます。
なんて可哀想な弊機……。
でも難民たちにとってみれば、警備ユニットは自分たちを搾取してきた企業の手下であり、“敵”でしかないんですよね。少なくとも、彼らがこれまで出会ってきた警備ユニットはすべてそうだった。

作中で「企業リム」と呼ばれる星で働かされている「年季奉公契約」の労働者たちは、労働者とは名ばかりの“奴隷”。

続く短編『義務』では、そんな“奴隷”たちの監視をさせられていた頃の弊機の姿が描かれます。統制モジュールをハッキングして“内心の自由”は得ていたけれども、依然保険会社の備品として取引先に貸し出されていた弊機。

警備システムの構成機体である彼の仕事は人間を――労働者を守ることではありません。あくまでも企業側の利益を守ることです。
「労働者による会社備品の窃盗」を防ぎ、「労働者による経営陣への傷害または殺害」を防ぎ、「労働者同士の傷害行為」を防ぐ。

最後の「労働者同士の傷害行為を防ぐ」というのも、別に労働者の命が大事なわけではなく、労働者が怪我したり死んだりしたら生産性が下がるからです。

なので労働者がベルトコンベアに挟まれそうになっても、杭の底に落ちそうになっても、助けるのは弊機の仕事ではない。
もしも基幹システムの「待機」命令に背いて勝手に人間を助けたりしたら、構成機体は褒められるどころか統制モジュールによって脳を灼かれてしまうのです。

人間たちが――とりわけ労働者たちが「癪に障る警備ユニット」と思ってしまうのもしかたない……。

『義務』はたった6ページの短いお話ですが、作品世界(だけでなくきっと現実世界でも)の理不尽と、「暴走しているからこそ」の弊機の行動が胸に沁みます。

最後の『ホーム――それは居住施設、有効範囲、生態的地位、あるいは陣地』はメンサー博士視点で描かれた短編。

グレイクリス社に拉致され、命を脅かされたトラウマに苦しむメンサー。“弊機”の扱いについてプリザベーションの評議員と議論しながらも、会議室と監禁された部屋を重ね合わせて冷や汗を流している。
そんな彼女の苦しみを“弊機”は――おそらく“弊機”だけが理解していて、彼女の気をそらせるためわざとメッセージを送り続けたり、治療を受けるよう勧めたり、心理的にも物理的にも彼女を守ってくれる。

そんな弊機の存在を心強く思いながらも、「頼りすぎてはいけない」「甘えすぎてはいけない」と自制するメンサー博士。

頼られることをうとんじている相手には頼れない。(中略)アイーダの不安定な情緒のささえにするのはおたがいのためによくない。 (P236 ※アイーダというのはメンサー博士のこと)

“大人”すぎるところがメンサー博士のつらいところです。トラウマ治療のカウンセリングを受けたくない、療法士に感情を探られたくない、っていう彼女には共感しちゃうけど、でもだからこそつらい。

そうしたら、なにが問題なのか話さなくてはならない。話せないということが問題なのはわかっていた。 (P237)

この短編の中でメンサーが弊機に贈ったドローンが、『逃亡テレメトリー』でしっかり活躍するのがまた素敵。
(※作品の発表順は『義務』(2018年)→『ホーム』(2020年)→『逃亡テレメトリー』(2021年)


『逃亡テレメトリー』の原題は「Fugitive Telemetry」。辞書を引くと、Fugitiveは「逃亡者」「亡命者」、Telemetryは「遠隔測定法」と出てきます。
解説の勝山海百合さんは「テレメトリーは遠隔操作によるデータの取得のことで、逃亡は真相に近づいたと思うたびに、するりと逃げていくさまを表しているのだろう」(P241)と書いておられるのですが、これ、素直に「真犯人」のことを指しているのじゃないのかな。あるいは難民たちや、弊機自身のことも含めて「Fugitive」なのでは……。

ともあれ、著者のマーサ・ウェルズさんは出版社とさらに三冊マーダーボットシリーズを執筆する契約を交わしているということで、次回作が楽しみです。


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