なんとなく、靖国神社は戦死した
人のお墓のようなもので、そこへ
参拝するというのは墓参のような
もの、と以前は思っていましたが。

昨今の騒動で色々と新聞記事を
見たりして、それが大きな間違い
だということがわかりました。

戦死した人を神様として祀っている
のが靖国神社。

私は別に敬虔な仏教徒というわけでは
ありません。でも仏教式の葬儀にしか
参列したことがないし、毎年盆と正月
にはお坊さんがお経を上げにきて
くれるし、3回忌とか7回忌とかも
お坊さんが来るので、
「死んだらみんな仏様」の方に
馴染んでいて、「死んだら神様」と
いうのは「あれ?」って感じです。

神様と仏様はどう違うんだろう、と
考えるともう迷宮入りですが、
「死んだ人全員」ではなくて
「誰と誰を神様にする」を人間が
決めてお祀りする、というのは
かなりすごい宗教ではないかと
思ったりします。

学問の神様“天神さん”は菅原道真
ですが、あれはもともとは道真の
祟りを怖れて神様にした、という
ことらしいです。
左遷されて失意のうちに死んだ道真
の霊を慰めるため、という。

なんとなく、それなら“戦死者を
神様にする”はわかるような気も
するんだけど。

平安時代には位を退いた天皇が
出家して“法皇”になる、は
当たり前にありました。
一旦法皇になってからまた天皇に
なって、神仏混淆で大嘗祭を執り
行った孝謙天皇という方もいらっ
しゃいます。

日本の神様は何でもありだな、と
言う他はありません。

もう一回橋本治さんの
『権力の日本人』をよく読んでみよう。
(この中には“若い天皇が「自分の寺」
をほしがる”という章もあります)