さっき歯医者で、置いてある雑誌を暇つぶしにぱらぱらめくっていた。
ファッション雑誌って、本当に読むとこないなぁ、とめくっていたら美輪明宏さんのコーナーがあったので、そこだけちゃんと読んだ。
『MORE』の「乙女の教室」。

3月号の課題は「他人とは腹六分でつきあいましょう」というものだった。
私がいつも思っていることとよく似てて、さすが美輪サマね、という感じ。

あんまり詳しく書くと著作権侵害になるし、そもそも一言一句覚えてるわけじゃないけども、家族でも恋人でも「自分ではない」他人であることに変わりはなくて、他人のプライバシーに踏み込んではいけないし、自分のプライバシーだって見せない方がいい、というような話。

私がいつも思ってるのは、「他人とは遠いものである」、ということ。
絶対に「わかる」なんてことはないということ。
自分の心だって、そうそう簡単に把握できるものじゃないんだから、他人が何を考えているかなんて、わかるはずがないと思う。
それを「わかった」ような気になったり、「相手は自分のことをわかってくれている」なんて錯覚をしたりすると、ろくなことにならない。

でも、だから誰とも付き合わなくていい、付き合っても無駄だ、ということではない。
「わからない」からこそ、「わかろう」とする努力、相手の気持ちを想像し、色々考えることが大切なんだ、ということ。
何もかも「わかる」必要はないし、何もかも「さらけだす」必要はない。
どこまで見せるか、そこの取捨選択。
そして「ここは伝えておきたい」ということに関しては、「どうすれば一番うまく、自分の気持ちに近く伝えることができるか」を考えなきゃならない。

そう簡単には伝わらない、ということを前提にして。