この間の「関西ではなぜ相手に向かって『われぇ!』と言うか」の話に、an-an様がコメントしてくれた。
それで、その返事の中に
「ぼく、どうしたの?」とは言えるけど、「あたし、どうしたの?」とは言えないなぁ、という話を書いた。

迷子の男の子を見つけたら、その子に向かって「ぼく、どうしたの?」とは言えるのだけど、迷子の女の子に「あたし、どうしたの?」とは言えない。
「お嬢ちゃん」と呼びかけるか、呼びかけなしで「どうしたの?」だけか、どっちかしかないのではなかろうか。

「ぼく」も一人称なのに、「ぼく、どうしたの?」の「ぼく」は「相手」のことである。

小さい男の子だと「ぼく、どうしたの?」だけれど、中学生ぐらいの男の子が例えば頭から血を流してふらふらしていたりしたら(そんな状況にはあまり出会わないとは思うが)「ぼく」とはもう呼びかけづらくて、かといって、「オレ、どうしたの?」とは言わないし、やっぱり「どうしたの?」だけか、「君、大丈夫?」というような感じになるだろう。

橋本さんの本で、「日本語には目の前にいる知らない人をさす言葉がない」ということが書いてあった。
「君」とか「あなた」とか「おまえ」とかいう、「目の前にいる相手」をさす言葉には「親密の度合い」による使い分けがあって、だから「どれくらい親密であるのかわからない知らない人」には、そのうちのどれを使えばいいかがわからない。

まぁ、とりあえず一番丁寧そうなところで「あなた」と言っておけば良さそうなものなんだけど、目の前の相手が幼い子どもだったら、「あら、あなた、どうしたの?」と言うのはやっぱりなんか……いや、そう呼びかけるお上品なおばさまもいらっしゃるでしょうけどねぇ。

人に、「あなた」と呼びかけることって、普段ほとんどないような気がする。
例えば目の前の人がハンカチか何か落としたとして、「もし、あなた」などと呼びかける人は、相当いいとこの人ではないかと。
もしかして関東では、普通に「あなた」って言うのかな。

関東に住んでる親戚のおばさん(知らない人ではないがめったに会わないのでそれこそ言葉遣いに悩んでしまうような人)に、「あ、あなた、ちょっと醤油持ってきてくれない?」などと言われたことがあるような。
「あなた」なんて呼びかけられると、くすぐったいよなぁ。

昔、関東出身の友達が中学のクラスメートを「君ねぇ」と「君」で呼んでいたら、担任の先生(もちろん大阪人)が「それ、エラソーやからやめた方がええで」と注意していた。

日本語はことさら主語を言わなくてもいいので、いちいち「君はどう思いますか?」とか、「あなたは明日何時に来る?」とか二人称代名詞を言うことは少ないと思う。
「どう思いますか?」「明日何時に来る?」で十分だ。

知っている人なら名前で呼びかけられるし。

知らない人はとりあえず「お兄さん」とか「お姉さん」とか「おじさん」「おばさん」「おじいさん」「おばあさん」で呼びかけられる。
「ちょっと奥さん、今日は鯖が安いで〜」とか。
(英語の場合、お店の呼び込みは「Hey,You!」なのだろうか?)
とりあえず「お姉さん」と呼んどけば、女の人はそうそう悪い気はしないだろう。
「おばあさん、大丈夫ですか?」などと呼びかけると、「私はあんたのおばあさんではない」と機嫌を悪くする方もいると思うけれど、だからって「お姉さん」って呼べないなぁ、という場合、日本語には呼びかける言葉がない。

呼びかけ言葉といえば、「お姉さん」とは呼びかけられるが「妹」とは呼びかけられない、というのもある。
もちろん、「お」と「さん」を取った「姉」だけでは呼びかけ言葉にならない。
知らない人なんだから、多少の敬意は必要で、「お」と「さん」を付けられる「お姉さん」や「おばあさん」は呼びかけ言葉にもなるが、付けられない「妹」や「弟」は使えない。
知っている、本当の自分の「妹」や「弟」にも、「ちょっと妹!」とは呼びかけられないんだなぁ。
向こうは「お姉ちゃん、テレビつけて」などと言ってくるのに。

うーん。
こーゆー話をしているとなんだか色々出てきすぎて、まとまりも何もあったもんじゃなくなるなぁ。

言霊思想で「直接名前を呼ぶ」がはばかられたために、「役職等で呼ぶ」があたりまえだった日本語。
なので知っている人はもちろん、知らない人でも、「役職」や「地位」、「属性」がわかれば呼びかけられる。
「駅長さん!」とか「看護婦さん」とか。
「お姉さん」「おばさん」というのも、親族名称から転化した「属性名称」のようなものであろう。

だから、知らない人に「おばさん」と呼びかけられても怒ってはいけないのだな(笑)。