『カラマーゾフの兄弟』、『罪と罰』、『地下室の手記』、『悪霊』と来て、ドストエフスキーシリーズ第5弾、『白痴』、やっと読めました。

読み始めたのは確か6月の中頃。
……1か月以上かかっちゃった……。

正直、すごい読みにくかった[E:sweat02]

Amazonのレビューとか見てると、『悪霊』より『白痴』の方が読みやすそうというか、わかりやすいんだろうと思っていたのに。

わかんなかった。
いや、全然わかんなかったわけじゃないけど。

お話自体はわかるけど、登場人物の言ってることがわからない。

訳の問題なのかな? セリフの論旨がわかんないとこが多くて、地の文も、よくよく注意して、何度か確認しないと「彼」が誰を指すのか、「この公爵はどっちの公爵なのか」とかいうことがわからない。
もしかすると、「何を言っているかわからない」というのはドストエフスキーの高度な技かもしれないんだけど。

この物語の主人公ムイシュキン公爵は、病気治療のためずっとスイスの療養所に暮らしていて、26歳ぐらいになってようやくロシアに戻ってきたという設定。

もともと、病気のせいで知的・精神的に問題があったようなことになっているけれど、何よりロシアの社交界のしきたりやら常識やらを知らず、人との交わりも少なかったために、いざロシアに戻ってなんとか将軍やらなんとか公爵やらと付き合うと、まったく「空気が読めない」。

その純朴で、正直すぎる反応が、周囲には「白痴(ばか)」と写るのだ。

でも読んでいる私にとって、公爵はちっとも「ばか」ではない。
他の登場人物からもしばしば、「あの人は決してみんなが言うような“ばか”ではないのだ」という言い方をされている。

公爵は、現在の日本に生きる私にとってはごくまともな精神の持ち主で、周りのなんたら将軍とかかんとか夫人とかなんとか公爵の方がよほどわけがわかんなくてヒステリーで「ばか」に見える。

もうホントに、「一体このセリフは何? この人はなぜこーゆーことを言うの? 何が言いたいの? わかんなーい」なんだもん。
スイスからロシアに帰ってきて、でも祖国ロシアの風習・常識がわかんなくてとまどうムイシュキン公爵の気持ちが、変に追体験できてしまう。

まぁ、『悪霊』もやたらにほのめかしばっかりの話だったけど、あれはどんどんと読み進めたのよ。
今回はホント、読むのが辛くて……。

最初と最後は面白かったんだけど、途中が長い。
すごく余分な気がする。

この『白痴』には、文学史上稀に見る女性像とも言われている、ナスターシャという女性が登場する。
彼女は『源氏物語』の若紫のように、よるべない身の上のところをさる金持ちの男に引き取られて養育され、教養を与えられ、美女に育ったところでその金持ちに陵辱されて愛人にされる。
その金持ちの男は光源氏と同じく好色な浮気男で、でも光源氏のように美しくはなく、あまり頭も良くなくて、ナスターシャは「紫の上」にはならずに男に復讐しようとする。

男を誰とも結婚させない、結婚話には横やりを入れ、かといって「じゃあしょうがないからおまえと結婚しようか」という申し入れにもNOと言う。
そんなこんなで男がまた、なんとか将軍と組んで誰それとナスターシャを結婚させて自分は将軍の娘を嫁にもらおうと画策しているところへムイシュキン公爵が来合わせて、二人は運命の出逢いを果たしてしまうのだ。

素晴らしい美貌と、頭の良さ。誇り高く、時に奇矯な振る舞いで周囲を慌てさせ、男に対する仕打ちその他で「大変な悪女」とも思われているナスターシャ。
しかし公爵は一目で――彼女の写真を見ただけで、彼女の中の苦悩を見破ってしまう。

初めて自分を理解してくれた公爵に、ナスターシャも強く惹かれるのだけど。
でも自分のような女と一緒になっても、公爵は不幸になるだけだと思って、彼女は自分の心を偽る。公爵の前から逃げようとする。

ここまでは、面白いんだ。

「どうなるんだろう?」と思うのに、なんか全然違う話ばかり延々と続く。
いや、もちろん、まったく無関係な話が続くわけでもないし、そこに描かれるいくつかのエピソード、ドストエフスキーらしい興味深い脇役の数々が、まったく面白くないわけでもない。

でも。

長すぎる。

早くナスターシャ出してよぉ。
最後の最後まで出てこないんだもん。

ナスターシャとアグラーヤの「女の対決」シーンはすごく面白いし、最後の公爵とロゴージン「二人だけの通夜」のシーンも、「この結末が書きたかったがためにこの小説を書いたと言ってもいい」とドストエフスキー自身が言っているくらい、確かに素晴らしい。

でも「面白かった!」と手放しでは言えない……。
最後、結末は哀しすぎるし。

純朴で正直で、「完全に美しい人間」である公爵が、その美しさゆえに幸福にはならないであろうということがずっと予感されているだけに、よけい読み進むの辛いのよね。

最初の方で出てくる、公爵のスイス時代の子ども達のエピソードを読むと、公爵は『カラマーゾフ』のアリョーシャの原型なのかな、という気もする。アリョーシャも、もし『カラマーゾフ』の続編が書かれていたら、相当苦難の道を歩かされたみたいだけど……。

あと、ナスターシャの心理というものはほとんど書かれていなくて、登場シーンもそんなに多くない。

ナスターシャの側から語り直した『白痴』というのを読んでみたいな。
彼女の心の葛藤というのは、ホントに面白いだろうから。

そして彼女にとっては、あの結末はむしろ救いだったのかもしれないと……。ロゴージンは彼女を独り占めしたいとか、彼女に振り回されるのはもう沢山だとか思って彼女を殺したのではなく、彼女の分身として、彼女の希望を叶えるために、彼女を殺したのかもしれない。

「彼女の希望を叶える」「受け皿になる」というのが、常にロゴージンの役回りだったんだから。


『白痴』の後、『悪霊』があって、『未成年』『カラマーゾフ』と続く。
『未成年』は読みやすいかなぁ。どうだろ。
とりあえず、先に『新しい太陽の書』の方を読もう。