毎週月曜の午前中はヨガ教室です。

昨日は、普通のヨガ・ポーズではなく、“気”の流れを整える「にこにこマッサージ」というのと、「良いイメージを持つことが大切だ」ということを集中的にやりました。

私の通ってるヨガ教室は自力整体を組み合わせたヨガで、パワー・ヨガとかホット・ヨガのような、ハード系のヨガではありません。「他の人と比べてできる・できないを競うようなものではない」「自分の体の声を聞くことが大事だ」と、常々おっしゃっている先生なのですが。

ヨガの話なんだけど、それって人生にも通じるな、ということをよく教えてくださいます。

「良いイメージ」の話は以前から何度もしてくださってるんですが、昨日は改めて、「イメージで変わる」という実演。

2人1組になって、片方が片方を持ち上げる。

その時に、持ち上げられる方が「何も考えていない」「私は雲みたいに軽くなっている」「私は岩のように重くなっている」と3パターンのイメージを持つんです。

そうすると、「軽い」イメージの時は、持ち上げるのが本当に軽くなる。

……嘘だと思うでしょ?

まぁ、そんな、びっくりするくらい「ひょいっ!」とは上がりませんよ。

イメージで体重が減るんだったら誰も苦労しませんから(笑)。

でも「持ち上げる瞬間」の「持ち上げやすさ」に微妙な違いが出る。

「軽いイメージ」を持つ人を持ち上げる方が、「重いイメージ」を持ってる時より少し持ち上げやすいの。

持ち上げる側になって、「軽いイメージ」を浮かべてる「持ち上げられる側」の人を見てると、なんか首が伸びるというか、体が「上へ」を志向してるのが見える。逆に「重いイメージ」の時はやっぱり重心が下がって、「上へ」という感じはなくなる。

「足を踏ん張って、持ち上がってやらないぞ」と思ってる人を持ち上げる時は、「重くなる」の当然なんだけど、「自分が重くなってるイメージ」というのは別に「足に力を入れよう」と考えてるわけではないんですね。

どっかに力を入れて具体的に「体を動かそう」としているのではなく、あくまで「自分は岩だ~ガンダムだ~。ドシーンドシーン」というような、「イメージ」を思い浮かべてるだけなんだけど、結果的にその「イメージ」が「体」を動かしている。


良いイメージを持って臨むと体も良い方向に動くし、逆に「できない。わからない」というようなイメージで取り組むと、体も本当に「できない」方へ行く。

イメージや言葉というのには実現性があるんです。

これ、内田樹先生も「妄想には実現性がある」ってふうに書いておられたことだけど。

人間って、自分の発したイメージや言葉に引きずられる。

「言葉に引きずられる」というのは、こういうふうにblogを書いていても実感することで、「言葉にしていく」うちに、最初自分が考えていると思っていたことが、「あれ?」という結論になったり、なんだかすごく「偉そうなこと」を考えていたかのようになったり、「です・ます」を選ぶか「だ・である」を選ぶかでも思考のしかたに違いが出てきたりする。

頭の中ではぼやーんと「曖昧」で「未整理」なままのものを「言葉」という形にすることで、それに引っぱられてしまう。


よく、運動系の練習でも「“できない”って言うな!」って怒られたりするんだけど。

もちろん、“できる”と言ったからって、突然鉄棒でぐるぐる大車輪ができるようになったりはしないけれども、「できない」と言ってしまうと、もうそれ以上の上達は見込めない。頭が「できない」と言ったことに体が引きずられるから。

「怖いな」「失敗するんじゃないかな」と思ってると、体が緊張してホントに失敗するっていうのは、よくあることだと思う。

トップアスリートが常に「良いイメージ」を描けるよう訓練するって話も聞く。

あの人たちは、「イメージトレーニング」でホントに脳が「運動している時と同じように活動する」らしいですし。


「良いイメージを持つ」と「良い方向へ動く」。

きっと何にでも言えることなんだろうと思います。