2012年1月12日木曜日

『白痴』/坂口安吾



アニメ『UN-GO』から始まったちょっとしたマイブーム、坂口安吾。とりあえず推理ものだけ読んでみようと思ってたんだけど、有名どころもちょっとかじってみようかと青空文庫で『白痴』をダウンロード。(Webで読みたい方はこちら

IS03の画面で99ページ。『安吾捕物帖』の長いエピソードよりも短いお話です。

まったく何の予備知識もなく読み始めたので、「え、こんなに戦争の話だったんだ!」とびっくり。

主人公は新聞記者を経て文化映画の演出家になった(まだ見習いらしい)伊沢という青年。27歳。舞台は戦時中の東京で、空襲で焼け出され、逃げていくところがクライマックス。

最初の人物相関図(というか近所の人の紹介みたいな)部分をめんどくさいなーと思いつつ読んでたらいきなりけっこう激しい戦争批判、お上におもねる会社の上司への怒りの吐露になって。

“事実時代というものは只それだけの浅薄愚劣なものでもあり、日本二千年の歴史を覆すこの戦争と敗北が果して人間の真実に何の関係があったであろうか。最も内省の稀薄な意志と衆愚の妄動だけによって一国の運命が動いている。部長だの社長の前で個性だの独創だのと言い出すと顔をそむけて馬鹿な奴だという言外の表示を見せて、兵隊さんよ有難う、ああ日の丸の感激、思わず目頭が熱くなり、OK、新聞記者とはそれだけで、事実、時代そのものがそれだけだ。”

伊沢は「芸術」を目指している。「芸術」が上司や世の中に認められないことに憤り、一方で諦め情熱を失い、200円の給料のために「こんな会社とっとと辞めてやる!」の一言が言えない自分に悶々としている。

…なんか身につまされるわ…。

そんな伊沢のところに近所の白痴の女が転がり込んできて、伊沢は彼女と同居を始める。彼女を泊めたことを、かくまっていることを知られまいと想いながら、そんなふうに「世間体」を気にする自分にまたしても悶々。

“怖れているのはただ世間の見栄だけだ。その世間とはアパートの淫売婦だの妾だの姙娠した挺身隊だの家鴨のような鼻にかかった声をだして喚いているオカミサン達の行列会議だけのことだ。そのほかに世間などはどこにもありはしないのに、そのくせこの分りきった事実を俺は全然信じていない。”

……うん、わかるよ……。

理知とか「精神」というものが感じられず、ただ「肉体」として、「生き物」として存在しているように見える彼女。

空襲の夜、伊沢は彼女の姿を他の住人に見られないよう、最後に路地を出る。

置き去りにすることもできるのに、伊沢は彼女を連れて逃げる。

それは愛情というのとはちょっと違う……でもやっぱり愛情かもしれない。途中で、普段はろくな反応を返さない彼女が「こくん」とうなずいたことに狂いそうなほど感動している。

たぶん、伊沢は女に勝手に「何か」を見て、勝手に感動しているんだけど、まぁいわゆる「恋愛」というものも勝手に勘違いして感動しているんだろうし、「何を考えているのかわからない、そもそも何も考えていないように見える」白痴の女じゃなくても、自分ではない他の人間が「何を考えているか」なんてわかるものじゃない。

「明日の希望がないから女を捨てるだけの張り合いもない」なんて伊沢は言うのだけど、それも言い訳ぽいよね。

この白痴の女を捨てて明日はもっといい女を、もっといい暮らしを、という「明日の希望」は確かにないんだろう。空襲で焼け出されて、どこもかしこも廃墟で、日本が戦争に勝つとも思えない、自分も生き延びられるのかわからない、今さら「世間体」を気にして何になるのか、という気分。

と同時に、きっと、女を捨てたら、いっそうなんだかよくわからなくなるんじゃないか。その、自分が生きてるってことが。

……まぁ、読んでる時はなんか「ほわぁ」という感動だけで、「嗚呼…」って慨嘆のため息が出るだけで。

短いお話だし、あまりごちゃごちゃ分析しても野暮だよね。

昭和21年6月発行の雑誌に載った『白痴』。終戦からまだ1年経ってない。当時の読者にとってはもっともっと生々しく感じられたんだろうな…。

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