ルパン全集25巻まで読んで、また1巻へ戻ってきて、1巻目と2巻目は思ったよりわくわくできなかったのですが。

この3巻目は面白かった!

1巻目は短編集だったし、2巻目はホームズに遠慮してる感じがルパンファンにはしたし、やっとこの3巻目で本領発揮!って感じ。

でもこれ、もともとお芝居用に書かれたものだそうで。

ルブランさんと劇作家のクロワセットさんという方の共作でお芝居が作られ、それがまた大変な評判を取って、改めて小説化したのがこの作品。

後の長編の「これでもか!」という手に汗握る展開、ページを繰る手が止まらないワクワク感は、お芝居から始まったのかしら。

もとがお芝居だからか、生き生きとしたセリフの応酬、最後のゲルシャールとルパンの対決も「言葉」での対決になってて、すごく面白い。心理戦というか、言葉で追い詰め、言葉で裏をかき、はったりをかまし、相手より優位に立とうとする。

たまりません♪

ルパンの宿敵とされる「ガニマール警部」の名前が、「ガリマール」という有名出版社の社長の抗議により使えなかったために、「ゲルシャール」という名前に変更して登場している、と解説に書いてあるのですが。

作中にはガニマールの名も出てきます。

「(ルパンは)フランスでもっとも風変わりで、もっとも大胆で、そしてもっとも天才的な泥棒よ。この十年間警察をきりきりまいさせ、ガニマール刑事やイギリスの偉大な探偵シャーロック・ホームズや、フランスが生んだ、ビドック以来の最高の名探偵といわれるゲルシャール警視正のうらをかいてきたのよ」 (P49)

ガニマールとゲルシャールは別人という書き方ですよね。

ずっとルパンのことを追いかけてきて、予審判事に「ルパンのこととなると誰のいうこともきかない、強迫観念にとりつかれている」などと言われるその人となりは確かに他の作品でのガニマールと同じなのですが。

名前の変更といえば、前作「ルパン対ホームズ」でコナン=ドイルの抗議により「エルロック・ショルメス」となっていたホームズ、やっぱりワトソンも「ウィルソン」に変えられていたそうです。

ルパン全集では普通に「ホームズとワトソン」と訳されているのですけどね。

あと、このお話でビクトワールが初登場。

「まだほんの7歳なのに、もういっぱしのいたずらぼうやでしたよ」 (P323)

6歳の時、初めて盗みを働いたルパン。『怪盗紳士ルパン』に収められたその「女王の首飾り」事件の後、母子ともにそれまで厄介になっていた屋敷を追い出された、ということになっていましたから、追い出された先でビクトワールが「乳母」として雇われたんでしょうか。

この作品では「中年の女性」と表現されているんだけど……「中年」って何歳なんだろう……。

ちなみにルパンはこの時28歳らしい。ビクトワールが「あの年では良かったのです、小さな泥棒なんてかわいらしいですから。でも28歳になった今では…」と嘆いてる。

んんんー、となるとゲルシャール警視正はルパンが18歳の時から追っかけてることになるけど、ルパンの公式デビューってそんなに早かったんだっけ? 『カリオストロ伯爵夫人』の時のルパン何歳だった???

Wikiによると初めてアルセーヌ=ルパンを名乗ったのが「アンベール夫人の金庫」(『怪盗紳士ルパン』所収)で、19歳の時ってなってるから大体10年で合ってるのか。

でもWikiではこの『ルパンの冒険』は31歳の時になってる……。

必ずしも毎回作中に年齢やその時の西暦が出てくるわけじゃないから、まぁ幅があって当然なのだろうけど、ビクトワールがしっかり「28歳」って言ってるのになぁ。

ともあれ。

お話は大変面白かった♪ 満足満足。



はい、ついに『ルパン全集』最後の巻です。

って、4巻目じゃないか!(笑)

何度もくどいですが、私は「ルパン全集読破作戦」を5巻目の『813』から始めたのですね。そもそもの発端が集英社文庫版『奇巌城』を手に取ったことで、その続きから全集を読み始めた。

1冊目の『怪盗紳士ルパン』は数年前にハヤカワ文庫版で読み返していたし、ルパンvsホームズも子どもの頃読んでるし、まぁ続きからでいいか、と。

でもやっぱりそれじゃ「偕成社版全集を読破した!」とは言い難いですし、何よりルパンと別れがたく、5巻目から25巻まで読んだあとに1巻へ戻ってついに「最終巻」へとたどり着いたわけです。

集英社文庫版『奇巌城』を読んだのが昨年の夏ですから、おおよそ8か月かかっての読破。

いやー、これで終わりだなんてねぇ。また『813』読もうかしら(笑)。

8か月前に読んだばかりでトリックも展開も覚えているにも関わらず、さくさくページを繰れた『奇岩城』。ルブランの原作が素晴らしいのはもちろん、偕成社版は訳がとても読みやすいです。

集英社版は訳が古いんですよね。

最初の屋敷での事件の描写、すごく大事なところなのに何か状況がうまく頭に入ってこない。初めて読むなら私は断然偕成社の方をおすすめします。

このルパン全集は発表順に作品が並んでいるのですが、よく考えたらこれがルパン物初の長編なんじゃないでしょうか?

『ルパンの冒険』がもともとお芝居だったこと、『ルパン対ホームズ』が連作中編2つといった構造になっていることを考えると、最初から「小説」で「長編」なのはこの『奇岩城』が最初では。(あ、そういえば集英社文庫は『奇巌城』、全集は『奇岩城』と、「岩」の字が違います)

最初なのにいきなり高校生がお相手。

ルパンの天敵はガニマール、ということになっているけど、ここまで3作でガニマールは意外と活躍してない…気がする。1作目は短編集だし、2作目はもちろんホームズとの対決。3作目『ルパンの冒険』ではこの記事前半で書いたように「ガニマール」の名前が使えなくてゲルシャールになってる。

ゲルシャールはルパンとかなり頑張って対決してたけど、まぁ、もとがお芝居だから。

前にも書いてますが、高校生探偵ボートルレ君はめちゃくちゃ優秀です。ルパンファンとしては「何よ、ガキのくせに!」と思っちゃうくらいルパンを追い詰めてくれます。

ボートルレ:「事実が、ぼくの目の前に姿を見せはじめた事件の全体像と合致するかどうか、確かめにいきます。」
予審判事:「もし、合致しなかったら?」
ボートルレ:「その場合には、予審判事さん、事実のほうがまちがっているということになりますね。そのときには、もっとぼくのいうことをきく事実を捜しますよ」
 (P90)

工藤新一くんみたいですねぇ(笑)。若いからこそ言えるうぬぼれたセリフ。

ルブランさんのこーゆー巧みなセリフ回し、大好きですわ。

しかしこれが集英社文庫版だとだいぶイメージが違いまして。

ボートルレ:「ぼくはこれから、自分で見当のつきはじめた概念に、事実が適合するかどうかを見に行くんです」
予審判事:「もしも、うまく適合しなかったら?」
ボートルレ:「なあに、判事さん!それは事実がまちがってるからですよ。そうしたら、もっと御しやすい事実を探しますよ」
 (P78)

もちろん「意味」としては同じことを言ってるわけですが…そしてどちらがより原文に近いのか私にはわかりませんが。

偕成社版の方が読みやすいし、ちょっと小生意気な高校生の雰囲気がよく出ている気がしません?

ストーリーについては前にもちょろっと触れているので割愛しますが、読み進むうちになんだかどんどん物悲しい気持ちになってきちゃいました。ルパン物の代表作に数えられる『奇岩城』、確かに謎解きや秘密の砦、「クライマックスが3回」というこれでもかの展開で面白いけど、なんというか、「好き」とは言い難い。

子どもの頃は好きだったように思うのだけど、全集をすべて読み終わった今となっては、『虎の牙』や、『オルヌカン城の謎』の方が好きだなぁ、と。

『オルヌカン城』なんてルパンほとんど出てこないんだけどね。

『奇岩城』はあまりに結末が悲劇的だと思う。

せっかくの秘密の砦を手放さなければならないルパン。高校生に追い詰められたからではなく、愛する女のためにそれをして、けれどその愛する女は……。

ルパンを「敵」として事件の真相を暴きながら、それでもルパンに惹かれずにいられないボートルレ。

ルパンのひきつった顔には、いかにも疲れきったような表情がうかんでいたので、ボートルレは、なんとなくあわれを感じた。この男の心のうちでは、悲しみも、ふつうの人よりふかく大きいにちがいない。よろこびも、誇りも、屈辱感も、すべて人一倍強く感じる男だから。 (P314)

読んでる私もせつなくなるんですよねぇ。

ちなみにここの集英社版はこんな訳。

ゆがんだ彼の顔に、いかにも疲れたといった様子が見えたので、ボートルレはなんとなく哀れを感じた。この男は、ほかの人以上に苦悩を深く感じるのだろう。喜びや、誇りや、屈辱感も、人一倍つよいのだ。 (P261)

『ルパンの冒険』で初登場した乳母ビクトワールは偕成社版ではルパンを「ぼっちゃん」と呼んでいて、集英社版では「坊や」と言ってます。この作品でルパンは34歳くらいらしい(Wiki参照)ので、「坊や」はさすがに気持ち悪い感じがします。「ぼっちゃん」と「坊や」、意味はほとんど同じだろうに、語感の違いが面白い。

同じく『ルパンの冒険』で重要な役割を果たしていたルパンの部下シャロレも再び顔を覗かせています。全集を順番に読む楽しみはこんなところにもありますね。

最後、すべてを悲劇にしてしまうのは実はホームズで、この作品のホームズがコナン・ドイルの本物ホームズでないのはわかっていても、「えええええーっ、ホームズひでぇーーーーーっ!」と思ってしまいます。

復讐の快感に酔って女を人質にし、挙げ句の果てに……ですよ。いくらこれまでの対決で煮え湯を飲まされ、「今度こそルパンをとっつかまえてやる!」と心に誓っていたにしても、ですよ。

父親を人質にされてなおルパンを憎めず惹かれてしまうボートルレ君がいるだけに、よけいそのひどさが目立ちます。

大体「対ボートルレ」のはずが最後突然「対ホームズ」になるんですよねぇ。いや、もちろんちょこちょこ顔は出していたけど、でも「えーっ!」って。なんでここで出てくるんだよぉ、と。

うん、まぁ、ルパンという曲がりなりにも「犯罪者」である男にそうそうハッピーエンドを用意するわけにいかない、そしてその悲劇の幕を紅顔の美少年ボートルレに引かせるわけにもいかない、無粋なイギリス人に、ってことなんだろうけど。

罪はルブランさんにあるとわかっていても許せん、ホームズ。

あと、ルパンは愛する女レーモンドのために足を洗おうとするんだけど、それってどうなんだろうと思った。

ルパンの気持ちじゃなくて、レーモンドの方の気持ち。

そりゃあ夫が「犯罪者」っていうのは嬉しくないし、愛する男が常に危険と隣り合わせでいることが耐えられないのはわかるけど、でも「冒険」をやめたらルパンがルパンでなくなってしまう。そんなルパンだからこそ愛したのだろうに、その「そんな」部分を捨てさせて、本当に「幸せ」になれるのか。

最後、ずっとレーモンドは不安そうにしてて、そして結局悲劇のヒロインになってしまう。ルパンがルパンであり続けるために、彼女とのハッピーエンドはあってはならなかった……。

『ルパンの冒険』で結ばれたソニアも「無惨な死をとげた」と今作で言及されているのですけどね。

惚れっぽくて愛情豊かで、でもその分移り気で、一つところに留まってはいられないルパン。落ち着いた暮らしなど望むべくもない――きっと本人も望みはしない冒険家。怪盗紳士。

唯一無二の彼の活躍、これで本当に、全部読んじゃいました。

全集には「別巻」としてルパンの出て来ないルブラン作品が収録されています。また後日そちらも読んでみるつもりですが。

オ・ルボアール、ルパン。

アデューなんて、言わないよ。