『復員殺人事件』が読みたかったので、図書館でちくま文庫版『坂口安吾全集11』を借りてきました。

『不連続殺人事件』他、『安吾捕物帖』以外の探偵小説がほぼ全部収められているようです。『不連続』にはちゃんと安吾の懸賞「附記」がついてるし、最初からこれを借りればよかったんじゃ(笑)。

でも『風博士』『アンゴウ』未収録だし、安吾の探偵モノを何か1冊、という場合はやっぱり創元文庫版の方がいいかなぁ。ちくま版は絶版で買うのは無理みたいだし。

しかし分厚いです。


創元文庫も大概分厚かったけど、さらに分厚いちくま版。文庫だけど持ち歩く気になれません。家で読んでても持ちにくいわ……。

カバーデザインは横尾忠則さん。格好いい。

で、楽しみだった『復員殺人事件』。うーん……なんか、あんまり面白くなかった。犯人当て懸賞金付き第2弾!ということで連載を始めたものの、掲載誌が廃刊になって安吾本人は解決篇を書かずじまい。推理作家の高木彬光氏が『樹のごときもの歩く』と改題して書き継ぎ、懸賞も継続した、と。

『樹のごときもの歩く』というのは、安吾が書いた前半で謎解きのキーワードっぽく出て来た言葉で、高木氏はちゃんとその「意味」を解決篇で示してくれるんだけど。

「えーーーーーっ、そんな話なのーーーーーっ」

って感じ。

後ろについてる「解題」によると安吾が考えていた犯人と高木氏が提示した犯人はちょっと違うらしい。書き始めてしまってから安吾夫人に「夫はこんなふうに言っていた」と構想を聞いた高木氏、涙目だったとかなんとか。

もし安吾が最後まで書いてたら後半どういう展開になっていたのか……安吾が書いていても「えーっ、それはちょっと」という展開だったのかなぁ、どうだろう。『不連続殺人事件』もけっこう「何のこっちゃ」な解決篇だったもんなぁ。

裕福な家の次男坊安彦がミイラ男のような状態で復員してきて、出征前の手形と今の手形を持って「同一人かどうか鑑定してください」と弟の定夫&妹の美津子が巨勢博士のもとを訪れる。

たまたま巨勢博士のところにやってきた作家の矢代氏も一緒に事件に関わることになり、『不連続殺人事件』と同じように「語り手=矢代、探偵=巨勢博士」で話が進む。

『不連続』の時と同じように、巨勢博士は最後にならないと推理を披露してくれなくて、犯人を追い詰めるとか対決するとかはない。まぁ、懸賞小説だし、「犯人はわかっているけど決め手がない」とか「探偵vs犯人」という構図にはならない。

戦時中、昭和17年に安彦の兄とその子どもが不審死を遂げていて、安彦は「その犯人を知っている」と言わんばかりの思わせぶりな言葉を残して出征していた。

それが「樹のごときものの歩くが見ゆ」という聖書(マルコ伝)の一節。

聖書出てくるし、足の裏にタツノオトシゴの彫り物をする「龍教」という怪しい宗教も出てくるし、不審死した長男の嫁の由子は義理の弟達だけでなく義理の父親ともデキてる。

舞台設定だけでお腹いっぱいになりそうです。

ほんまにそんな一家あるの?嘘くさすぎない?って思うんだけど、解説には「戦後のある時期の精神状態と切っても切れない関係があるのかもしれない」「安吾の探偵小説が文字どおり時代の渦中に立って書かれていることは明らかであり(中略)だからこそ猥雑にして生気あふれた人物が生まれ出た」というふうに書いてある。

『不連続』は昭和22年、『復員』は昭和24年に書き始められた作品。まだまだ戦後の焼け跡も生々しい時代だったんだろう。そして日本人は今よりずっとエネルギッシュだったんだろうな。

少年犯罪なんかも実は昔の方がよっぽど多かったとか、凶悪だったとか、色々言われる。今日の米にも事欠き、それまでの秩序が大転換してしまった混乱期、人々がギラギラガツガツしていて不思議じゃない。

財産のために肉親を皆殺し、っていうのも今考えるほど無茶苦茶なことじゃないのかも。

まぁ、安吾も、そして高木氏も、犯人がそれをなすに至った心理の綾についてはほとんど筆を割いてくれていない。『安吾捕物帖』の時も思ったけど、人が罪を犯す時にその動機を「きっちりわかりやすく説明できる」なんて方が「嘘くさい」んだろうな。

でもやっぱり『復員』の結末はなんか釈然としない……。

『投手殺人事件』、これも犯人当て懸賞付きだったそうな。なんと「10万円大懸賞犯人さがし」!昭和25年の10万円ってごっつい大金じゃないですか?もちろん今でも犯人当てて10万円もらえるとかウハウハすぎるけど。

面白かったしトリックも納得できるけど、やっぱり殺人の動機が……。そりゃ300万は大金だけどもねぇ。

『屋根裏の犯人』はなんだか落語のような味わいのお話。と思ったら「西鶴名作選」という特集で発表された作品だそう。なるほど。

『UN-GO因果論』の中の「日本人街の殺人」が下敷きにしているという『南京虫殺人事件』

これはめっちゃ好みでした!名前すら出てこない「令嬢」、魅力的~~~♪ 「日本人街の殺人」とはずいぶん印象の違う話だけど、まぁそれを言ったら『復員』と『因果論』もぜーんぜん違う話で、『因果論』でいい子すぎた倉田由子、『復員』では家族全員と関係持ってるすごい嫁(笑)。

しかし女性用の腕時計を「南京虫」と呼ぶそのセンスってどーなの、昔の日本人…。

『山の神殺人事件』。途中まで面白かったけど最後があっけなかった。もうひとひねりあるのかと思った。

「正午の殺人」。おそらく出始めたばかりだろうテープレコーダーを利用したトリック(昭和28年の作品)。ふむふむ、なるほど。

巨勢博士が「真犯人を見つけることと、本当に女に惚れることとは、同じようなものらしいぜ」と言ってますがそうなんですか? 「夢中になる」ってことなの??? 

「影のない犯人」。これは面白い。誰が犯人なのかわからない。

「誰が犯人でもかまわないような変テコリンに無関心な時世が到来したらしいのである。戦争という大殺人の近づく気配が身にせまっているせいかも知れない。シリメツレツは今や全ての物についてそうであるのかも知れない」

安吾らしいですよねー(って、推理物以外読んでないけど)。

『能面の秘密』。『心霊殺人事件』で活躍した奇術師伊勢崎九太夫が探偵役。最初に「これは自殺じゃない」とピンと来て取材しだした新聞記者がそのまま探偵として事件を解決するのかと思ったら、最後で九太夫がおいしいところを持って行く。

と言っても厳密には「解決」しない。「推理」だけで「証拠」がなく、犯人は法の裁きは受けない。けれど結局破滅していく。

謎解きゲーム性重視の長編よりも短編の方がやっぱり好みです、安吾。