続きです。(【その1:“奇童”北村透谷】はこちら

北村透谷絡みのお話が半分以上というこの3巻目ですが、透谷の前と後には漱石先生のことが語られています。

まずは『坊ちゃん』。

国語の教科書に載っていた一部分と、子ども向けにリライトされたものをちらっと読んだことしかありませんが、まぁあらすじは知っています。西城秀樹が坊ちゃんの声をやったアニメ版も見たと思う。

江戸っ子の「坊ちゃん」が教師として地方の学校に赴任して、田舎まるだしのヤな先生達とぶつかり、生徒ともぶつかり、マドンナには淡い恋をしてドタバタ……という認識だったのですが。

江戸っ子至上主義でそれに対する反省なんかかけらもない、地方蔑視であるような『坊ちゃん』は、「全国民必読」であるような国民文学になってしまっている。 (P16)

言われてみれば。

ちゃんと読んでないので「坊ちゃん」本人がどんな言葉で田舎を罵倒してるのかわかりませんが、構造としては「都会の人間が田舎に行ってそのカルチャーギャップでドタバタが起こる」で、「坊ちゃん」に「これだから田舎もんは」という気持ちがあるのはたぶん間違いがない。

これが「学を修めた近代エリート」が「無教養な田舎の前近代な体質」と戦う、だとまたちょっと毛色が変わってくるのかもしれないけど、「坊ちゃん」は東京育ちというだけで特にエリートではない。勉強も好きじゃなくて、文化や教養にさして興味があるとも思えず、「教師にでもなるか」で教師になった、いわゆる「デモシカ先生」。

むしろ赤シャツとかの方が「知識を鼻にかけエラソーにする」キャラクターで、坊ちゃんの方が中身としては「無教養な田舎もん」ぽい。

漱石自身は英語教師として地方の学校に赴任しており、英国留学もしている「文系近代エリート」なのだけど、赤シャツを初めとする「文系近代人」は『坊ちゃん』という作品の中でこてんぱんにされている。

つまり、「近代」を受け入れようとする前近代の国に色々と面倒なことをもたらして、前近代と近代の間に断絶を作り出してしまうものは、《語学とか文学とか云う》文化系の学問なのだ。 (P19)

『坊っちゃん』という作品は、「近代」というへんな時代に生きるしかなくなっている主人公が、(中略)彼の根本をなす「前近代」という揺り籠でもあるような女と彼女のいた時代への愛情を語った物語なのである。だから、登場する文系の近代人はみんなへんで、「坊っちゃん」にぶん殴られるためだけに存在するような存在なのだ。 (P24)

言ってみれば漱石は自身を揶揄するような小説を書いていたわけだけど、「文系近代人」である自分と周囲の「前近代」との亀裂をひしひしと感じていたのでしょうねぇ。

もともと漢文学が好きで、でもそれじゃ喰えない、っていうんで英文学に転向した漱石。英国留学も、現在の私たちからすれば「すげーなー、エリートだったんだなー」ですが、漱石自身は「楽しい思い出」どころか大いに傷ついて帰ってきた、みたいな話を聞いた覚えがあります。

そもそも『坊っちゃん』というタイトルがすごい。

やんちゃで直情なイメージのあるあの主人公が「坊っちゃん」なんですよ。

当時の「坊っちゃん」という言葉のニュアンスが今と同じとは限らないけど、田舎の似非近代人と一見戦ってるふうに見える主人公を「坊やだからさ」と斬って捨てる感。

ラストシーンは主人公を慈しみ育ててくれたばあやの墓前なので、そのばあやから見た「坊っちゃん」という意味ではあるのでしょうけど、それだけではない漱石の皮肉を勘ぐりたくなってしまいます。

『坊っちゃん』と『吾輩は猫である』で「文系近代人」をシニカルにおちょくっていた漱石は、その後『こころ』他の「人間を描いた暗めの小説群」を書くようになるわけですが。

前近代になって突然やって来た異質な近代が載っかって、分裂しかねない異質な二つが平然と同居しているのが「日本の近代」で、今から百年前に、近代化を進める日本社会が生み出す「分裂」と「人の孤立」を、夏目漱石は明確に把握している。 (P229-230)

これは『こころ』の中で、近代人である「私」の父親が言うセリフに対しての説明です。

「学問をさせると人間兎角理屈っぽくなっていけない」「子どもに学問をさせるのも良し悪しだね」っていうセリフなんですけど。

こういうことって割と最近まで言われてたような気がしなくもない。「頭のいい奴は理屈っぽくて」とか。

漱石自身が周りから言われていたのかなぁ。

漱石は、いわゆる「私小説系」の作家達から「これは拵えものだ」という批判を受けていたらしくて、漱石の書くものは決して「自伝的」でも「私小説」でもないのだけど。

しかし「これは拵えものだ」という非難が成り立つってすごいですよね。ドキュメンタリーや自叙伝じゃないんだから、小説が「拵えもの=フィクション」であることは現代の私たちにしてみればしごく当たり前のことなのに。

むしろ「あんたらどんだけ自分のことだけ書いてるの」ってびっくりしてしまう。

リアリティのあるフィクションによって「人間を描く」っていうの、もしかしたら漱石先生が元祖なのでしょうか。

233ページからP234ページあたりの『夢十夜』の解題はホントに良くて、じーんと来ちゃいます。近代なんか好きじゃないけど、それでも近代に生きるしかない、この現実を生きるしかないと自覚して、つらい「拵えもの」の小説を書き続ける夏目漱石。

漱石先生ってホントに深い人だったんだな……。

 

本編終わって「あとがき」部分でもじーんとさせられました。

まず、「いつかいることになるかもしれない」と思って百巻セットの「明治文学全集」を買ったというお話に驚き。

いや、本職の作家さんは参考資料をバンバン買うのが当たり前なのでしょうけど、100巻ですよ。75万7500円+税ですよ。

金額はまだしも「どこへ置こう」ですし、その時明治の文献が必要だったというのでなく、「いつかいるかも」で買っておく。

さすがだなぁと思うし、羨ましいなぁ、でもあります。

そうして。

明治初期の人々の、「新しい文学を生み出そう!」という気概。

透谷にしても尾崎紅葉にしても幸田露伴にしても、みんな若かった。20代前半でプロデビューした彼ら。つまりは「海のものとも山のものともわからない20代前半の彼らを世に出してやろうとする出版者・書店主」がいたということ。

「本」って、著者だけじゃ形にならないんですものねぇ。「同人誌」ではなく、商業流通するためにはそれを「出版してくれる人」がいなくちゃならない。

「読本(よみほん)」という形での文学の流通は江戸時代からあるとはいえ、新しい文体だの新しい文学だのが読み手に受け入れられるのかどうかさっぱりわからない中、若い書き手達を後押ししてくれた人々がいた。

その「進む先」がなんであるかがまだロクに分からないにもかかわらず、小説に対して「それは必要だ」と思って期待をしてくれた人達が大勢いたのだ。 (P241)

これから生まれる「新しい文学」に対して、みんなが期待をしていたということだと思う。近代日本文学の初めにあって、その後に失われてしまったものは「人の期待」だったのかと思うと、私は言葉を失ってしまう。 (P241)

「近代が来てどんないいことがあると思っていたのだろうか」

自我や自由とともにめんどくさい責任を連れてきた「近代」。それでも、「新しい何か」に対してワクワクすることは素敵なことで、その「ワクワク」が、若い書き手達を世に送りだした。

そんな時代が、確かにあったということ。

 

なかなか北村透谷や幸田露伴を手に取ってみようという気にはなれませんが、「そんな時代」にもがいてくれた人達がいたからこそ、こうして「言文一致体」でblogを書いて、色々な文学を日本語で楽しむことができてるわけですよねぇ。

シリーズ3冊、本当に面白かったです。