2014年12月28日日曜日

『MOVIE大戦2015』観てきました♪

※以下ネタバレあります!これからご覧になる方はご注意下さい!



昨年は見に行かなかったMOVIE大戦、予告を見た息子ちゃんが「これは行っとこか」と言うので見に行ってしまいました。いい加減ライダー映画からは足を洗わなければ……と思っているのになかなかやめられません。


映画の正式タイトルは「仮面ライダー×仮面ライダー ドライブ&鎧武 MOVIE大戦フルスロットル」。相変わらず長い。

まずは鎧武パート。

オーバーロードになって舞とともにどこか他の惑星で「アダムとイブ」をやっている紘汰。「過酷な環境の荒れた星」だったはずだけど、オーバーロードの力ですでにかなり緑も水も増え動物もいる美しい風景に。

そこへ突如現れた機械生命体「メガヘクス」。全ての生命を融合し「個」ではなく「全体」として生きることこそ究極の進化と思ってるらしい“彼”、紘汰たちの星も融合し、舞を捕らえ(なぜさっさと融合してしまわないのか謎)、紘汰の記憶をデータとして取り込み、地球の存在を知る。

メガヘクスにとっては未知の惑星だった地球、「よし、そいつもいっちょ融合してやるか」と地球に向かったメガヘクスを追って紘汰も再び地球へ。

しかしメガヘクスの圧倒的な力の前に紘汰あえなく敗北。

かなり早い段階で紘汰が戦闘不能というか生死不明みたいになっちゃって、あとは地球のメンバーが活躍します。ただ一人戦極ドライバーを持っているミッチと、貴虎兄さん。

うん、スタッフわかってるよね。

客が観たいのは紘汰じゃない(爆)

いや、まぁ、主役だからあとでちゃんと復活してMOVIE大戦パートでは活躍しますけど、鎧武パートは呉島兄弟を愛でる時間です(笑)。

復興工事を視察する場面で作業服+ヘルメット姿の兄さんも見られますし、手負いの兄さんも兄弟変身も見られます。ホント、呉島兄弟ファンなら見に行って損はない。兄さん格好いいよ兄さん。

兄さんとプロフェッサー・戦極リョーマとの「決着」もみどころ。

というか、私も息子ちゃんもテレビの予告編でリョーマさん復活してるのを見て「映画館行こうかな」って思ったクチなので(笑)。

テレビシリーズ最終盤の「半ズボン」リョーマさん良かったよねぇ。正直『鎧武』はテキトーにしか見てなくて、そんなに面白いとも思ってなかったけど、リョーマさんのおかげで見続けることができた。

本編で死んじゃったリョーマさん、映画ではメカです。機械の体です。よくわからないけど、紘汰の記憶を取り込んだメガヘクスがそのデータを元にメカとして再現したらしい。

あくまで「紘汰の記憶の中にあるリョーマ」のはずだけど、そこはそれ、オーバーロード紘汰の記憶は完璧なのか、マッドでブレないリョーマさんの人格、見事に再現されています。記憶も意志も、本人そのもの。

「メガヘクスに融合している」設定なので、「メガヘクスもまたヘルへイムの浸食を乗り越えた生命体」というような説明もしてくれます。ちょっとした狂言回しの役も担ってる。

うん、リョーマさんけっこう出番多くて見に行った甲斐があった(笑)。

本編中で死んだ人と言えばもう一人、仮面ライダーバロンの戒斗さん。こちらも予告で復活してて、「戒斗さんご神木から復活するの?どんなふうに?」と気になってました。

戒斗さんも、やっぱり「メガヘクスによるデータの再現」です。鎧武パート終盤になってやっと再現されるので、出番短くて寂しい……。「戒斗さん(小林豊くん)」の姿で出てくるのはほんの一瞬なんだもの。

でも性格というか「役回り」は戒斗さんらしくてすごく良かったです。リョーマさんもブレないけど戒斗さんもブレない。紘汰には「おまえはまだそんなことをしているのか」と言いつつ、「俺のやることは一つ」と、紘汰達を攻撃するために「再現」されたにも関わらずメガヘクスの方を攻撃する。

さすが戒斗さんやで。

メガヘクスは紘汰の記憶から、リョーマや戒斗さんを「紘汰の敵」と判断して再現したんだろうけど、戒斗さんのあの複雑な心情は機械生命体には理解できなかったんだろうねぇ。

いや、私も本編見てる時あんまりよくわかってなかったけど(笑)。

バロンに変身して地球のために戦っていた戒斗さん、メガヘクスが倒されると他のメガヘクスの分身メカ達と一緒にガクッと動きを止めてしまうのがせつなかった。

生き返ったのではない、あくまで「再現された偽物」でしかない戒斗さん。

死んだ者は、やっぱり死んだまま。

一瞬のカットだったんだけどね、バロンがガクッと機能停止するの。あのカットを入れると入れないじゃ違うよなぁ。まぁ、あのカットがないと「戒斗さんどうなったの?」ってなっちゃうけど。

最後、紘汰と舞がご神木のところにいる時にまた霊体として戒斗さん出てくるんじゃないかとちょっと期待したんだけどそれもなくて、やっぱり「死んだ者は死んだ者」。

戒斗さん……(・_・、)

で。

いきなり「メガヘクスが倒されると」と結末まで行っちゃったけど、鎧武パートではまだメガヘクスは倒されません。

メガヘクスと紘汰達の戦いは一旦中断して、ドライブパート。

怪盗アルティメットルパンが仮面ライダールパンに変身し、「仮面ライダー」の名を賭けてドライブと戦うという。

うん、まぁ、それなりに面白かったけど。

ドライブにはまだ思い入れがないので、「ふーん」という感じでした。ルパン役のピース綾部くんはなかなかうまかったけど、特に思い入れがない(笑)。仮面ライダールパン強すぎてチェイサーも負けてたから「おいおい」と思ったぐらい。

ベルトさんと進ノ介の絆がさらに深まる、という熱いドラマもあるんだけど、それなりに感動的なんだけど。

「撮影現場ではクリス・ペプラーさんの声入ってなくて一人で演技してるんだよな、すごいなー」とか醒めた目で見ちゃったりして。

なんだろ、手アンクほど愛せない(笑)。

テレビ本編でもまだ敵方のハートやブレンにそれほど見せ場がなくて、愛着も思い入れも湧いてないから、映画に出てきても「アンクちゃんキタ━(゚∀゚)━!!!」みたいに全然ならない。

この先好きになったりするかなー。チェイスの正体というか過去というかは気になるし、彼の「人間じゃないけどロイミュードにもなりきれない」感じのキャラクターはなかなかいいと思ってはいるんだけど。

あ、ドライブパート、富山で撮影したというカーチェイスは迫力だったな。

映画だから爆発も派手でその辺は見応えがある。

ドライブパート終わって、進ノ介やロイミュードの皆さんもメガヘクスと戦うべく沢芽市に集結するんですが、ドライブの舞台と沢芽市ってそんなに近所なのかと(笑)。

鎧武の世界観は独特だったから、「刑事ドラマ」をベースにしてる比較的現実的なドライブとはまったく次元が違う気がするんだけど、地続きどころかすぐ駆けつけられる程度の距離で。

MOVIE大戦にそんな「つじつま」を求めるのは野暮とわかってはいるけど、思わず「沢芽市近っ!」とつぶやいてしまいました。しかしヘルへイムには浸食されるわロイミュードは出てくるわ、日本もホント大変ですね。メガヘクスまで降ってくるし。

MOVIE大戦パートでは紘汰と進ノ介の掛け合いがなかなか楽しかったです。「ベルトが喋るのか!?」とか、お約束(笑)。

鎧武とドライブ、二人の力を分け合って……ということで鎧武はドライブアームズになりドライブはタイプフルーツになり。

オレンジのてっぺん部分が編み笠になったタイプフルーツ、インパクトでかい。容積もでかい(笑)。「よし、トライドロンは二人乗りだ!」で二人で乗り込もうとするんだけど、タイプフルーツもドライブアームズも容積でかくてでっぱり多すぎて乗れない(笑)。

決戦部分はCGが多くていつもそんなに面白いと思わないんだけど、今回は二人のテンポの良い掛け合いで楽しく見られて、全体としてはけっこう出来の良い「MOVIE大戦」だったんではないでしょうか。

仮面ライダールパンが完全にはやっつけられてなくて「今後テレビ本編で再登場あるかも?」という感じで終わったのも面白かったし、「個」ではなく「一つのシステム」として生き残り進化していこうとするメガヘクス、という設定も興味深かった。

「なぜ個の肉体や意識に執着するのか」

クラークの『幼年期の終わり』でも、新しい人類は「個」ではなく「集合体」のようになってしまうし、『ガンダムUC』の最後でもニュータイプを突き詰めれば「肉体という“個”の境界を取り払って意識を共有する→集合意識になる」みたいなイメージが出て来た。

わかり合うためには不自由な、「肉体」という「個」の境界。

『PSYCHO-PASS』のシビュラシステムも「集合意識」だよねぇ。

「個」に執着するがために争いも起き、「弱さ」を抱えることになるのだろうけど、それはやっぱりもう「人類」ではないし、「私」ではない。

「集合体」として永遠を手に入れるか、「個」として有限の生を生きるか。

「私」じゃないものが永遠に生きたってしょうがないだろうと「私」は思うけれども。

というわけでメガヘクスの設定は私好みだったんだけど、「個の~」「個が~」っていうセリフは「あの」とか「その」とかいう「この」みたいだし、「子の」「子が」にも聞こえるし、一瞬「?」ってなることがあってちょっとわかりにくかった。


あ、そう言えば入場者特典でもらったドライブの「エピソード0」DVD、まだ見てないや。見なきゃ。

2 件のコメント:

  1. 今年の年の瀬の紹介はライダーでしたか。個々と全体の調和、なかなか難しい事にも今のライダーはちゃんとチャレンジしてるんですね。
    ��死んだ者は死んだ者
    何を以て蘇ったある人を〝その人そのもの〟とするか?の問題って、色々な視点から語れますよね。重要なのはその人を大事に思っていた彼らあるいは彼女らの〝その人に対して抱いた記憶〟なんじゃないのかな、とも思えます。
    いくら自分が確固としていても、覚えてくれている人がいなきゃ無意味なんじゃないかとも。
    ��ベルトが喋る
    電王以降から今のライダーに対してちょっと「ヤバイかな」と思ってた要素がそこなんです。ベルトを始めとしたライダーの武装の音声で、なんかライダーの能力そのものがキャラクターとして親しみを帯びてきてる感じがするんですよね。
    能力は頼れる友人かな?と昔を振り返ると「ファイナルベント」「エクシードチャージ」類からして「能力は無機質なシステム」で、戦闘を円滑に進めるための手段だったのでして。

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  2. ��創さん
    あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします[E:happy01]
    はい、2014年最後のエントリはライダー映画になってしまいました[E:coldsweats01]
    橋本さんの「バカになったか日本人」も買ってあるのですが、図書館で借りた本を優先していてまだ読めていません[E:sweat01]
    最近読む量も書く量も減っているので、2015年はもう少し頑張らないとと思っております。
    「重要なのはその人を大事に思っていた彼らあるいは彼女らの〝その人に対して抱いた記憶〟なんじゃないのかな」
    そうですね、そういう意味では紘汰の記憶から再現されたリョーマさんや戒斗さんが実に「彼ららしかった」のは当然なのかも。
    人間は良くも悪くも社会的な生き物ですから、他人と完全に切り離された「自分」というのは存在しえない気もします。
    「ライダーの能力そのものがキャラクターとして親しみを帯びてきてる感じ」
    昭和ライダーでは「ライダーの能力」というのは忌むべきものでしたものね。自分の意志とは関係なく悪の組織に改造されて得た力でしたから。
    今回のドライブでも敵を作った者とライダーを作った者は同じなので、そこは引き継がれていますが。

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