『高慢と偏見』本編を読み終わったので、続いて『高慢と偏見、そして殺人』です。ミステリの巨匠P.D.ジェイムズ氏が『高慢と偏見』の続編をミステリ仕立てで!ということで大いに期待して読み始めたのですが。

うーむ。

後日譚としてはまぁ楽しめたけど、ミステリとしてはそれほどでもなかったなぁ。

なんか、あんまり「ページを繰らずにいられない」という感じではなく、別に誰が犯人でもいいや、みたいな。

犯人と疑われ、裁判にかけられる男の無実を作中人物達は信じて期待しているけど、読んでる方としてはむしろ「おまえが犯人でいいよ」と思ってしまうからなぁ。

そう、もちろん厄介事を持ち込んでくるのは本編でも「頭痛の種」だったウィッカムとリディア。この本の原題は「DEATH COMES TO PEMBERLEY」ですが、その「DEATH」を連れてくるのはあの二人なのです。

舞台は本編から6年後、すでに二人の男の子の親となったダーシーとエリザベスが幸せに暮らすペンバリー館。その敷地内の森でデニー大尉の死体が発見され、その傍らには血塗れのウィッカムが……。

お話の流れからしてウィッカムは真犯人じゃないんだけど(彼がそのまま真犯人ならミステリにならない)、さんざんダーシーに迷惑をかけてきたウィッカムが絞首刑になってもこっちは痛くも痒くもないので(笑)。

あんまり裁判にドキドキしない。

もちろん、万一ウィッカムが殺人罪で絞首刑なんてことになったら、姻戚になってしまっているダーシーとエリザベスの立場は大いに悪くなるわけで、二人の立場に立てば「なんとしても彼の無実を証明せねば!」になるのですが。

特に探偵として活躍するわけではないのですよねぇ、ダーシーもエリザベスも。

ダーシー自身治安判事なんだけど、自分の家の敷地内で起こった事件であり、容疑者も近親だから他の治安判事に事件を委ねざるを得ず、表立って動くことはできない。

しかもなぜか、「凶器その他の物証にも乏しいし、ウィッカムは有罪にはなるまい」と思っていたりする。ウィッカムは詐欺師同然の迷惑な奴だけど、決して暴力的な人間ではなく、「あの男に人が殺せるとは思えない」と考えている。

いやいや、でも陪審の連中が同じように思ってくれる保証は何もないわけで、真犯人に繋がる手がかりをもっと真剣に探してほしいのですけど。

真犯人はものすごく呆気なく、思いがけず、明らかにされてしまうし、そこに至るまでの「事件の真相」は裁判が終わってから個人的に話される。

時代が時代とはいえ(事件が起こるのは1803年の秋)、「裁判って何?」と思ってしまいました。それならいっそウィッカム絞首刑でいいじゃないか(おい)。

そういうわけで、ミステリとしては私はあまり楽しめなかったのですが。

エリザベス達『高慢と偏見』の登場人物達の「その後」は興味深かったです。

冒頭の「プロローグ」部分で『高慢と偏見』本編がおさらいされるので、本編を読んでいなくても一応大ざっぱな人間関係が掴めるようになっています。でもやっぱり、ここだけではわかりにくいのじゃないかなぁ。たったの12ページであの長編を要約するわけですからどうしても駆け足になるし、原文のせいなのか翻訳のせいなのか、文章そのものがわかりにくい気がする。たとえばエリザベスの性格について説明した

また冷笑的だとも非難されていたが、その言葉自体にはあいまいなところがあるにしても、女性にとって望ましい資質ではなく、とりわけ紳士が嫌悪するものであることはまちがいなかった。 (P22)

とか、「ん?」ってなっちゃう。一文が長いものが多くて、文意が掴みにくい……。

とはいえ本編を読んでいるものとしては、このプロローグの「ジェイムズ視点」はなかなか面白かった。

本編の方はもちろん「エリザベス目線」で書かれていたから、彼女とダーシーの結婚が周囲(家族以外の近所の人々)にどう思われたか、というようなことはあまり記述されていませんでした。でもこの「プロローグ」ではそれが書かれてるんですよね。エリザベスは最初からダーシーを狙っていたのだとか、湖水地方への旅が変更になってペンバリー館の方へ行ったのも計画的だったんだろうと近所の人には思われていたと。

周囲の人々にとってエリザベスは「才気煥発すぎて他人を見下している」女だったし、一方のダーシーは金持ちだけど高慢で、そんな二人の結婚が幸福なものになるはずがない、とみんな思っていた。もちろん、やっかみ半分で。

こういう皮肉まじりのおさらいは面白い。

皮肉と言えば「プロローグ」の後、本題に入ってからも

これが小説だったら、もっとも才能ある作家ですら、そんなに短期間に高慢が抑えこまれ、偏見が克服されたことを説得力をもって描けただろうか? (P66)

って記述があって思わずにやり。

『高慢と偏見』本編の中でダーシーの態度がころっと変わったことを皮肉ってるんですよね、これ。いや、素直にオースティン氏の手腕を褒めてるのかしら。

プロローグの最後で「6年後」のベネット家の姉妹についてざっと言及されるのですが。

メアリーが無事結婚しているんですよ!!!!!

ジェインとエリザベスの結婚から2年と経たないうちにメアリーも結婚したことになってるんです。良かった、本当に良かった!!!

お相手は35歳の牧師さん。ということはメアリーより15歳は年上だと思うけど(本編でエリザベスが20歳ならメアリーは18歳ぐらいでしょう。しかし本編途中で16歳になっていたリディアとの間にキティがいることを考えるとメアリーとエリザベスは年子かもしれない?)、「仲むつまじく暮らしていた」と書かれている。あー、ホントに良かった。きっとジェイムズさんも本編のメアリーの扱いを見て不憫に思っていたに違いありません。

だって5人姉妹の中で「一人だけ不器量」で、ピアノや文芸に打ち込むものの才能はなく、姉妹の中に仲良しもいない。ジェインとエリザベス、キティとリディアはそれぞれ仲が良かったけど、メアリーは一人。母親も父親もあまり彼女に関心を寄せているとは思えなかったし、よくそれでグレずに生きてたよねぇ、メアリー。

ただし、結婚式のときに明らかになったが、世間はこの結婚(※メアリーの結婚のこと)にろくすっぽ関心を示さなかった。 (P25)

いいじゃないの幸せならば!

残念ながらプロローグの後のミステリ部分にはメアリーは出てこないんですが、まぁエリザベスと仲が良かったわけじゃないからしょうがないですね。ずっと仲悪いまんまのリディアは登場して、最後までエリザベスとは相容れないですが、安易に仲直りさせたりしないジェイムズさん素敵だと思いました。

ウィッカムも、実にウィッカムだし。

ヤング夫人の扱いだけがちょっと「えー?」だったけど。


うん、まぁ、「後日譚」としてはそれなりに楽しみました。「おさらい」がついてるから人間関係の把握は一応できるけど、本編読まずにこれだけ読むのは、あんまり面白くなさそうな気がします。