2015年3月24日火曜日

『災厄の町』/エラリー・クイーン(早川文庫新訳版)



国名シリーズを順番に読んでいきたかったのですが、3作目の『オランダ靴の秘密』が近所に売ってなくてですね。

やむなくこちらを先に読むことになりました。クイーンの最高傑作とも言われる本書。「最高傑作」を先に読んじゃったら国名シリーズ3作目以降がつまんなくなっちゃうんじゃないの?とも思いますが、国名シリーズには国名シリーズの面白さがあり。

何より「中年のエラリーより若きエラリーの方が好みに決まってる」のです(笑)。むしろ国名シリーズを後から読んで、「やっぱり若い時の方が好きだわ~」とほくそ笑む自分の姿が想像できます。

なので安心して読みました。

エラリーのデビュー作『ローマ帽子の秘密』は1929年の作品で、お話の舞台も192X年と、1920年代の設定でした。

一方こちら『災厄の町』は1942年の作品。物語は1940年の夏から41年の初夏に起こったことになっています。

国名シリーズ2作目の『フランス白粉の秘密』で、「エラリーは30歳か、もう少し若く見える」というふうに描写されていました。1920年代に20代後半とすると、1940年には40歳くらいでしょうか。

こちらのサイトによるとエラリーは1905年生まれということになっていますね。この設定でいくと、この『災厄の町』ではエラリーは35~36歳。国名シリーズの時は20代前半という計算になります。

うん、まぁ、国名シリーズのエラリーはそういう感じですよね。角川文庫版の表紙イラストも25歳くらいの青年だし。「フランス白粉」では老けて見られたってことでしょうか(笑)。

それはともかく、この『災厄の町』はライツヴィルシリーズと呼ばれる作品群の1作目。本業は探偵ではなく推理作家のエラリーが、小説のネタを求めてライツヴィルという田舎町に降り立つところからお話が始まります。

エラリーはそこで、町の人々から「災厄の家」と呼ばれている家を借りることになります。銀行家であり町の名士でもあるライト家の邸宅のそばに建てられた小さな家。ライト家の次女夫婦の新居としてしつらえられたその家は、結婚式直前に婿が失踪したことにより誰も住むことがないまま3年間空き家になっていました。

ところがエラリーがその家を借りてすぐ、次女ノーラの失踪した婚約者ジムが突然ライツヴィルに帰ってきます。(借りたのが8月6日、ジムが戻ってきたのが8月25日。3週間も経っていません)

二人はよりを戻し、8月31日にはめでたく結婚式を挙げ、エラリーはせっかく借りた家を追い出されます。もっとも、おかげでライト家の大邸宅の方に「自室」を得ることになるのですが。

「災厄の家」が「喜びの家」になるかと思われた10月、ジムの本を整理していたノーラ達は「砒素」の項目に線が引かれた「毒物学」の本と、そこに挟まれた3通の手紙を発見してしまいます。

姉に宛てたその手紙には11月28日、12月25日、1月1日の日付があり、それぞれ、「妻が病気になった」「妻は重篤だ」「妻は死んだ」と書かれていました。

ジムは妻の――ノーラの殺害を企てているのか? それも、砒素による毒殺を?


この作品、実は『配達されない三通の手紙』というタイトルで映画化されています。

タイトルには聞き覚えがあったけど、日本の映画だったのですねぇ。てっきり洋画だと……(たぶん『郵便配達は二度ベルを鳴らす』と混同している(^^;))。

ジムが片岡孝夫(現仁左衛門様)、ノーラが栗原小巻という豪華キャスト。ちなみにエラリー役は蟇目良という方が演じたそうです。エラリーは男前でなくっちゃ!という私の勝手な妄想通り、日本とロシアのハーフの彫りの深い方のよう。


さて、それで。

国名シリーズでは最初に殺人事件があり、それをクイーン警視とエラリーが捜査、色々な手がかりを集め、エラリーが「わかったぞ!」となったところで「読者への挑戦状」が入り、最後にエラリーによる推理が披露される、という形式でした。

いわゆるパズルミステリーで、物語がどうこうよりも「謎解きを楽しみましょう!」という傾向が強かった。

なので『フランス白粉』の時には「人間が描けていない!」という書評も出たようです。

でもその後エラリーのパズルミステリーは大ヒットしちゃって、逆に毛色の違うこの『災厄の町』はそれまでの出版社から刊行を拒否されてしまったのだとか。

作者クイーン自身が「これまで書いた中で最高と自負する作品」と評する本作、刊行にこぎつけるのが大変だったそうです。「人間が描けてない」と酷評した書評家は何だったんだ、って感じですが。

ちなみにこれらのことは角川新訳版と同じくクイーン研究家の飯城勇三氏が懇切丁寧に解説してくださっています。訳者さんも角川新訳版と同じ越前敏弥さん。なので安心して読めます。角川では「エラリー」だったのが、こちらでは「エラリイ」表記になっていますが、エラリーのちょっと格好つけた気障なセリフ回しはおんなじで、「うぷぷ」とニヤニヤしながら読めます。

うん、初登場時から10年近く経って、エラリーも10歳くらい年を取って、「ディレッタントで生意気な青年」から「余裕のある男」に育ってるんですけど、なんか、女ったらしなんですよ! ノーラの妹パットとあっという間に懇意になって、パットの恋人カーターをめちゃくちゃやきもきさせるんです。パットにキスして「美味しい口紅だった」とか言うんですよ!!! 「ぼくはその茶目っ気のある顔に一生惚れっぱなしだろうな」なんてしゃらっと言ってのけるんです!!!

たまりません(笑)。

正直、事件の真相の3分の2くらいは早い段階で予想がついちゃったんですが、それでも、「謎の三通の手紙」を発見してから実際に殺人が起きるまでの「今か今か」という緊張感、容疑者となったジムが頑なに何かを隠す中、進行する裁判、名士と崇めていたライト家に掌を返したように辛辣になる町の人々……面白くてどんどんページを繰ってしまいます。

タイトルが「災厄の家」ではなく「災厄の町」になっているところがミソなんですよねぇ。善良な一般市民が、ひとたび獲物を見つければどれほど残酷になるか。頭からジムを犯人と決めてかかり、そんな犯罪者を婿にしてしまったライト家を悪意なく追い詰める。

圧倒的に不利な立場に置かれながら固く口を鎖すジムの姿は、ちょっと『カラマーゾフ』のミーチャの裁判を思い出させます。自分が死刑になるかどうかよりも優先する、守らなければならない何か。

いやー、ほんとこれ、悲劇だよね……。まぁ、元はと言えば結婚式直前になって逃げちゃったジムが悪いし、「どの面下げて」状態にも関わらず帰ってきちゃったジムが悪いんだけど、何も語らず甘んじて死刑になろうとしたジムは……決して悪人ではなかったし、ノーラのこと愛してたんだよね……。

「真犯人がわかってめでたしめでたし」という風にはならないんだけど、最後には少し希望もあって、「今日は母の日だ!」っていうエラリーの締めのセリフは、なんとも秀逸。


まぁ、現代の感覚からすれば、「え、こんなの関係者の身元をきっちり洗ってさえいればすぐに真相わかるんじゃ」という事件ではあったりするんだけど(^^;) 当時のアメリカって戸籍とかテキトーだったのかしら。

エラリーも途中まで「エラリイ・スミス」と偽名を使ってて、そのまま裁判で証言しちゃってるもんね。証言した後、検察側が「こいつ怪しいぞ!」って調べて「あの有名なエラリイ・クイーンだったのか!」ってことになる。

名前が“クイーン”だからと言って、殺人罪を免れるという理屈はないが、実際問題としては、名前が明らかになれば、それほどの有名人が犯罪にかかわったという疑念は陪審員の頭から消え去るだろう。 (P376)

と言うくらいエラリーの名は全米に轟いてたそうだ。

舞台がニューヨークではないので愛しのパパ(クイーン警視)もその有能な部下達も出てきませんが、一箇所だけ警視の名が出て来る箇所があります。

ニューヨークの新聞でこの事件の記事を読み、エラリイ・スミスとは何者かと案じているにちがいない父クイーン警視は、“スミス”氏の正体と、この青くさく大げさな行為を知ったらなんと言うだろうか。 (P370)

パパの心配をするエラリー可愛いです。国名シリーズとかライツヴィルシリーズとかよく知らずに読んでたら、年齢も違うし鼻眼鏡も振り回してない、「このエラリーってあのエラリーとは別の、言わばパラレルワールドのエラリーなのかな?」って思っちゃいそうだけど、この箇所で「あ、やっぱりクイーン警視の息子のあのエラリーなんだ」ってホッとしました。

別に、「名前はおんなじだけど特にキャラクターに一貫性はない。エラリー・クイーンは名探偵を表すただの記号」だったとしても十分面白く読めるとは思うけど。

エラリー言うところの「この青くさく大げさな行為」も「うぷぷ」と思いますしね。うん、なんで「そのこと」に誰も言及しないのか、ってずっと思ってたんですよ。まだかな、まだかな、って思ってたらエラリー自らが証言台で言ってのけてくれる。

まさに「キタ━(゚∀゚)━!!!」って感じ(笑)。


この後国名シリーズに戻る予定ですが、他のライツヴィルシリーズもちょっと読んでみたくなりました。これらの作品群も新訳されないのかな。ねぇ、ハヤカワさん。

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