2015年3月11日水曜日

『ローマ帽子の秘密』/エラリー・クイーン(角川文庫版)

子どもの頃、学校の図書室や市立図書館のミステリの棚を読みあさっていた私。

でもクイーンは『Xの悲劇』『Yの悲劇』ぐらいしか読んだ記憶がなく、しかも内容はほとんど覚えていません。

好きも嫌いもなく、「有名なミステリ作家」という印象しかなかったエラリー・クイーンなのですが。

先日書店でこんなラノベみたいな表紙のクイーン本を見つけてしまって。



「今回の翻訳は、私の知る限りでは、最高の訳文なのですから」という解説のオススメにも背中を押され、ついお買い上げしてしまいました。

何これ。

面白い!

『Xの悲劇』等の探偵レーンのシリーズはもともとは「バーナビー・ロス」名義で発表されたもの。

そしてこの『ローマ帽子の秘密』はエラリー・クイーン名義での最初の作品、デビュー作なのですね。

著者もエラリー・クイーン、出て来る探偵の名もエラリー・クイーン。

推理作家であるエラリーが実際に体験した事件を小説としてまとめたもの、という体裁を取っているのです。

エラリーが探偵ではない『~の悲劇』シリーズが別の名前での発表になったのは著者にとってごく自然なことだったのかもしれません。

で、さて。

いとこ同士の二人が「エラリー・クイーン」というペンネームで書き上げ、とあるミステリ・コンテストに応募し、世に出ることになった処女作『ローマ帽子の秘密』。

「ローマ帽子」というのはシルクハットのこと。というか、作中で事件の鍵になるのがシルクハットなので、「ローマ帽子=シルクハット」なのでしょう。

満員の劇場で起きた殺人事件。見当たらない被害者のシルクハット。「夜会服を着ているならシルクハットがないとおかしい」っていうの、日本人にはあんまりピンと来ませんけど、劇場内にいたはずの殺人犯がそのシルクハットを怪しまれずに持ち出すには、「自分のかぶってきたシルクハットを代わりに置いていかなきゃならない」っていうのが重要な手がかりになるんですよねぇ。

捜査を手がけるのはニューヨーク市警の敏腕警視リチャード・クイーン。そしてその息子であるエラリー・クイーン。

二人とも正確な年齢は出てきませんが、父親リチャードの方は「白髪の老紳士」、息子エラリーは長身痩躯で鼻眼鏡をかけた、天才肌でディレッタントな青年というふうに描かれています。(2作目でエラリーは「30歳くらいに見える。もう少し若いかも」と表現されています)

部下の信頼も厚く有能なリチャード警視、息子のことが大好きで、お話の最後でエラリーが旅行に出かけてしまうと「いつ帰ってくるのかね。とてつもなく寂しいよ」なんて手紙に書いちゃう。息子の推理の才能も高く買っていて、「この事件でほんとうに賢明な働きをしたのはエラリーだけだ」と事件解決の栄誉も喜んで息子に譲っちゃう。

エラリーはエラリーで父親に敬意を払い、愛していて、旅行に出かける直前に「やっぱり事件が解決するまで父さんのそばにいるよ」と言い張ってくれたりする。でも父親の方は息子がどれだけその休暇を楽しみにしていたかよくよく知っているから、せっかくの申し出を退け、息子を旅行へ送りだすんですよね。

そして送りだしてしまった後で、「エラリーがそばにいないと手放しで喜べなくて。ここにいてくれたらいいのに!」なんて泣き言言ってる。

警視として十分有能で立派な人なのに、すごく可愛い(笑)。

処女作ということもあってか、多少冗長に感じる部分もあり、「謎解き」に興味の無い人には延々と続く事情聴取の描写が退屈かもしれません。犯人側の心理や行動が別途描かれたりすることはなく、徹頭徹尾、「クイーン父子による捜査」の過程が描かれるだけ。そして二人が知ることのできた手がかりを踏まえ、「読者への挑戦状」が差し挟まれるのです。

「ここまでに提示した情報だけでエラリーは事件の真相に辿り着いた。さて、読者諸氏はいかが?」と。

「う~ん、一番怪しいのはこいつかな?」と思ったのが一応合ってましたが、手がかりから論理的に導いたというよりは「ただの勘」(笑)。

一緒に推理するのも面白かったし、何よりクイーン父子のやりとりが良くて、脳内で『PSYCHO-PASS』の宜野座さんと征陸さんに変換して楽しんでました。

うん、もしもシビュラシステムがなくて、征陸さんがそのまま「腕利きの刑事」として仕事をしていたら、きっとこんな親子になってたと思うんですよ。ギノさんも変に心を鎖してしまったりせず、公安に入ったりもせず、ちょっぴり皮肉屋の作家になって、時に憎まれ口を叩きながら父親の捜査に協力していたんじゃないかな。

そもそもこの表紙のエラリー、ギノさんに似てない!?(笑)

エラリーがまだ幼い頃に母親は亡くなったようで、父と子の男所帯。家政を切り盛りするのはエラリーが大学の寮に入っていた時代に父クイーン警視が「さびしくて」引き取ったロマ系の少年ジューナ。またこの子がクイーン警視の崇拝者で、警視の方も彼を可愛がってて、自分の膝に頭をもたせかけてくるジューナの髪をいとおしそうに撫でたりするんですよねぇ。

「ジューナ、大人になっても警察官にだけはなってはいけないぞ」
「ぼくはあなたのようになります」

作中で「19歳」と説明されていますが、セリフや立ち居振る舞いはもうちょっと幼いイメージですねぇ。

有能だけど親バカな警視と天才肌の息子、そしてその息子に「新世代の万能執事」と呼ばれる孤児の少年。

なんという完璧な布陣!

昔からのエラリーファンにはこの「ラノベ」っぽい表紙や、作中のエラリーのくだけた物言いが「こんなの俺のエラリーじゃない!」と癇に障るかもしれませんが、初めて読む人間にとっては「1929年の作品なのになんて今ドキっぽいキャラ設定なの!」と感嘆せずにはいられません。

この国名シリーズ、角川文庫と相前後して創元推理文庫でも新訳が出ていますが、正直この表紙だと私は手に取らなかっただろうなと(^^;)



こちらの訳の方がエラリーの口調等、昔読んで好きだった人には違和感がないのかもしれません。クイーン警視の一人称が「わたし」なのもこの角川文庫版だけで、他の訳では「わし」らしいですし。(このあたりの訳の違いについては2冊目の解説を参考にしています)

日本語では一人称にどれを採択するかでずいぶん人物像が変わってきますからねぇ。英語の原文では若者だろうと年寄りだろうとみんな「I」なのに。

翻訳物を読む時にはどの訳で読むかがやはり重要になってきますね。ミステリとしての面白さは変わらないかもしれないけど、登場人物に対する好き嫌いが……。


タイトルに国の名を冠したエラリーの国名シリーズは全部で9作あるらしく、早速2冊目の『フランス白粉の秘密』も買ってもう読み終わりそうな勢いです。

角川さん、この表紙で出してくれてありがとう!(笑)

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