はい、国名シリーズ3冊目。(1冊目『ローマ帽子の秘密』の感想はこちら。2冊目『フランス白粉の秘密』の感想はこちら

遠くの本屋に行ったり、どうしても見つからなかったものはネット注文したりして、刊行されている角川新訳版はすべて手元に揃えました。この調子だとさっさと読み終わりすぎて、「もっとエラリーを!」病に陥るのではないかと恐ろしいぐらいです。間に別の本挟んでゆっくり読まないともったいない……。

『ローマ帽子の秘密』では事件の舞台がローマ劇場、そして手がかりが「帽子(シルクハット)」。『フランス白粉の秘密』ではフレンチ百貨店が舞台で、手がかりは口紅ではないの?と思うけど、その口紅の奥に麻薬の粉が入っていたので、「Powder」はそういう意味だったのかどうなのか。

今回の『オランダ靴の秘密』も、原題はそのまま「The Dutch Shoe Mystery」ですが、「オランダの靴」ではなくて、オランダ記念病院で起こった殺人事件の手がかりが「靴」。いわゆる「オックスフォード靴」で、別に「オランダのあの有名な木靴」とかではありません。


旧知の医者ミンチェンを訪ねてエラリーがオランダ記念病院を訪れた朝、そこでは病院のオーナーにして有名な資産家アビゲイル・ドールンの緊急手術が行われようとしていた。階段から足を踏み外し、胆嚢破裂の重傷を負ったドールン夫人。しかし腕利きの外科医ジャニー医師にかかれば、それしきの怪我はなんともないはずだった。

大手術室の見学席で、ミンチェンとともにドールン夫人の手術を見学することになったエラリー。しかし控え室から手術室に運び込まれてきたドールン夫人はすでに息をしていなかった。何者かに針金で首を絞められ、死んでいたのだ!


という、なかなか派手なオープニング。

病院で、いざ手術を始めようと思ったら患者がもう死んでる、ってなかなかセンセーショナルな事件ですよね。その現場にエラリーが居合わせるのはまぁ、「探偵小説の都合のいいお約束」としても、昏睡状態だと思ったら患者が死んでて、それを見学者ともども大勢で「発見する」。「掴みはオッケー!」な感じです。

ドールン夫人に可愛がられ、遺産相続人にもなっていた執刀医のジャニー医師。ドールン夫人の実弟で、大金持ちの姉と違って借金まみれのヘンドリック。ヘンドリックに金を貸していて、「さっさと姉を殺して遺産で借金払えよ!」と迫っていたらしいギャングの「大物マイク」。長年ドールン夫人の世話係を務めていながら口げんかが絶えず、最近はすっかり険悪な仲になっていたというセアラ・フラー。

ドールン夫人を殺す動機を持つ人間が複数いる中、犯人が使用したと思われる靴が発見されるのですが……。

最初に「もしかしてこの人かな?」と思った人が犯人だったんだけど、その後の色々な情報に攪乱されて、「あれ?この人も怪しいの?」などと思ってしまい。

『災厄の町』ではけっこう早い段階で真相の予想できたんだけど、やっぱり私は探偵には向いてないらしい(^^;)

「犯人当てパズルの最高傑作」と評される本書、節のタイトルがすべて「~TION」で終わる単語になっていたり、途中に「読者がメモを取るための余白」が設けられていたり、ミステリファン――それも「謎解き」ファンの心をくすぐる演出もあって、「クイーンさんやるなぁ」という感じ。

もっとも、晩年のクイーンさんはそういう「マニア向けの趣向」を嫌って、戦後の再刊では「余白なし」のものがほとんどだったそうです。この角川新訳版シリーズは初版本を底本に、「ある推理の問題」という副題もきっちり訳されていて、初めて読む国名シリーズがこの訳で良かったなぁと改めて思います。

『フランス白粉』に比べるとエラリーの活躍が地味な感じもするんですけど、「犯人に至る推理の過程を最後にきっちり教えてくれる」という意味では、こちらの方が親切(?)なんですよね。

『フランス白粉』は最後の一行で犯人の名前を明かす、という演出ですから、エラリーの推理の開陳は中途半端なまま。でもその分緊張感としては『フランス白粉』の方が上で、『オランダ靴』はすこぉし退屈な感じもしました。あくまでこれは私の感想で、全部ちゃんと説明されてる方が好きな人にとっては、『オランダ靴』の方が満足度が高いのかもしれません。

これ以降の作品は「犯人当て」ではなく「トリック当て」になる、と解説に書かれていて、なるほどミステリの「謎解き」ってむしろ「犯人が誰か」よりも、「どうアリバイを崩すか」「密室をどう破るか」みたいな方が多かったりしますよね。

誰が犯人かはわかってるけど、トリックが破れないという。

「ミステリ」と言っても色々なんだなぁ、と今さら思ったりして。


ところで。

今回の表紙には「クイーン家の万能執事」ジューナ君が登場しています。うーん、1冊目に「19歳の少年」って書いてあったの、やっぱり何かの間違いなんじゃ??? 髭とかまだ生えてなさそうだよね(笑)。

今作では、煮詰まったエラリーに的確な助言をしてご褒美に変装グッズをもらうジューナ君。「大人になったら何になりたい?」というエラリーの質問に「探偵になりたいです」と答えて、「じゃあこれで変装の練習をするといい」とグッズをプレゼントされるんですが。

「大人になったら~」って19歳に聞くかな……。いや、別に、そここだわらなくていいと言えばそうなんだけど。2作目以降には年齢出てこないから、クイーンさんの頭の中でどんどん若返っていった可能性もあるし(笑)。

349ページにある「エラリーの指が少年の痩せた硬いあばら骨をなぞる」という一節にはドキっとしてしまいました。もしや万能執事の「万能」とはそういう意味も…!?とつい腐女子脳が。

クイーンさん、そしてクイーンファンの皆さんごめんなさい。でもこの表紙だとエラリーとジューナの薄い本があっても(やめろ)。


次の『ギリシャ棺の秘密』ではエラリーが少し若返るようで、もっと生意気な(?)エラリーに会うのが楽しみです。


【※この他の国名シリーズ、その他クイーン作品についての感想はこちらから】