憂鬱なライツヴィルを離れ、コネティカット州の海辺で夏を過ごすリチャード・クイーン警視のお話を読みましょう。

ニューヨーク市警の敏腕警視も寄る年波には勝てず、ついに定年退職。エラリーはヨーロッパへ旅行、寂しい警視は旧知のトーガス警察署長エイブ・パールの別荘で夏を過ごしていました。

人には現在が必要なのだ。なにかすることが必要なのだ。 (P28)

と、仕事のない日々をもてあましていた警視(本当は“元警視”だけどめんどくさいので“警視”のまま行きます。本文でも「クイーン警視」となってますし)の前に、一人の女と事件が現れます。

別荘のある海岸から見えるお金持ち達の私有地ネアー島。そこのお屋敷の一つ、ハンフリイ家で赤ちゃんが亡くなり、保母を務めていた看護婦ジェシイが「事故死ではなく殺人だ!」と訴えるのですが、彼女が確かに見たという犯人の手形のついた枕カバーは見つからず、検死審問でも「事故死」として処理されます。

事件の前にたまたまジェシイと言葉を交わして好感を抱いていたクイーン警視、「わたしはあんたを信じる」と事件の真相を調べ始めるのです。もちろん、ジェシイと二人で。

63歳だけれども55歳に見えるらしい警視と、もうすぐ50歳だけど40歳くらいに見えるジェシイ。ずいぶん前に妻(エラリーの母親)を亡くして以来やもめ暮らしの警視と、戦争で婚約者を亡くして独身で過ごしてきたジェシイ。二人は言わば一目惚れ。運命の赤い糸!

クイーン作品ですから事件の顛末もなかなか面白いのですが、やはり二人のロマンスが楽しい。自分の年齢を気にして積極的になれない警視がなんとも可愛いのです。ジェシイの方も警視に恋を期待しつつそんな自分を戒めたり、がっかりしたり。

揺れる二人の恋心がけっこう丁寧に描かれていて、なんとも温かい気持ちになります。「がんばれ、警視!」と。

二人の恋と捜査を応援するパール署長とその妻ベッキイもとても素敵な人たちだし、警視の招集に応じて容疑者の尾行や張り込みを嬉々として行う退職警官たちも楽しい。まだまだ十分“現役”として働けるのに、周りからは邪魔な年寄り扱い。暇と自負をもてあましていた彼らにとって、警視からの“お呼び”は願ってもない福音だったのです。「少年探偵団」ならぬ「老人探偵団」と言っては怒られるでしょうが、なんだか微笑ましい。

私ももうジェシイと同年代ですからねぇ。こういう「年輩の方々の冒険」を「年寄りの冷や水」などと思わず応援しながら読めるようになりました(笑)。

まぁ、言うても警視まだ63歳ですし、超高齢化社会の今の日本ではまだ「お年寄り」の部類じゃない。角川新訳版の表紙に描かれた警視はなかなかに男前なダンディでもあります。

絶体絶命のヒロインをここぞとばかり助けに来るシーンなど、思わず「きゃー、警視格好いいー♡」と叫びたくなるヒーローっぷり。

うん、舘さん65歳だもん。「あぶない刑事」65歳だもん。全然大丈夫!(何が)

ただ。

警視とジェシイが「これは殺人だ」として捜査を始めたがゆえに、真相に繋がる情報を持った人間が二人もよぶんに殺されるんですよねぇ。エラリーのシリーズでもたびたび起こる「名探偵が捜査をしたがためによけいに人が死ぬ」パターン。もちろん一番悪いのは犯人なんだけども、赤ん坊を事故死としてそっとしておけばあの2人は死なずに済んだんだよなぁと思わなくもない。

たとえ法律で裁かれなくても、真犯人は十分に報いを受けていたと思えるお話だったし……。

あと、もう退職してるのに警視がたびたび金の記章を出すのが……いいのか!? 発覚したら「警察官なりすまし詐欺」だよね……。

最後の一文「エラリイが、なんて言うだろう」にはほんとニヤニヤさせられましたが、実は警視が退職しているのはこのお話と『真鍮の家』だけで、警視とめでたく結婚してエラリーの義母となったはずのジェシイが出て来るのも『真鍮の家』だけだそう。

ある種パラレルワールドのような作品なんでしょうね。

『真鍮の家』もぜひ読みたいです。