(これまでのフレーヴィアシリーズの感想はこちら↓
・1作目『パイは小さな秘密を運ぶ』
・2作目『人形遣いと絞首台』
・3作目『水晶玉は嘘をつく?』
・4作目『サンタクロースは雪のなか』
・5作目『春にはすべての謎が解ける』

11歳の化学大好き少女フレーヴィアを探偵役に据えたシリーズの6作目。5作目のあとなかなか邦訳されなくて、待ちに待った!という感じです。

その割に、買ってから読むまでに時間がかかってしまいましたけれど(だって他にも読みたいものいっぱいあるんだもの)。

イギリスの片田舎ビショップス・レーシーのバックショー荘に、父と姉二人と住んでいるフレーヴィア・ド・ルース。母親であるハリエットはフレーヴィアが1歳になるやならずの頃にチベットの山中で行方不明になり、フレーヴィアは母親の顔を知りません。

バックショー荘の持ち主は父ハヴィランドではなく母親のハリエットで、彼女が遺言も何もなく行方不明になったため、ド・ルース家の財政は危機に瀕し、いよいよバックショー荘を売りに出さなければならなくなった矢先。

「おまえたちのお母さんが見つかったんだ」

父ハヴィランドからそう告げられたところで前作が終わっていました。

この10年、ずっと行方不明だったハリエット。その不在がバックショー荘にずっと暗い影を投げていた彼女がついに発見され、帰ってくる。

もちろん、死体で。

チベット山中の氷河の中から、彼女の遺体が見つかったと言うんですね。

まだ赤ん坊のフレーヴィアを置いて、なぜ彼女はチベットなんかへ行ったのか。まずそこからして謎だったのですが、ここまでの5作でフレーヴィアのおばさんであるフェリシティが軍関係の仕事をしていたことも判明し、ハリエットも軍絡み、戦争絡みで英国を離れ、遙かな山中で命を落としたのでは、と予想していました。

あ、そうそう、言い忘れてましたがこの作品の舞台は1951年(シリーズ1作目の時点では1950年)。第二次世界大戦が終結して、まだやっと5年半ほどしか経っていません。

ハリエットの帰還の際にはチャーチル元首相も姿を見せ、やはり彼女がただ者ではなかったことが示されます。

冒頭で列車に轢かれて死ぬ男がいるものの、これまでの5作品と違って「殺人事件の謎解き」がメインではなく、ハリエットとド・ルース家にまつわる謎解き、母の葬儀を前にして揺れ動くフレーヴィアの心情がメイン。

うん、なんかね、せつない。

いくら賢くてもまだ11歳の女の子が、顔も覚えていないお母さんのお葬式に参列する。チベットからはるばる運ばれてきた遺体はもう棺の中にしっかりとしまわれて、その姿を見ることもできない(まぁ、氷河のせいで保存状態がいいと言っても、見ない方が幸せなのかもしれないけれど)。

「行方不明」という状態にはまだ一縷の望みがあった。でも「遺体が発見された」となるとその「死」が確定してしまう。

娘達にとっては近寄りがたい厳しく不器用な父親ハヴィランドも見るからに憔悴していて、「どうにかして父を慰めてあげたい」「抱きしめてあげたい」と思いながらできないフレーヴィアの気持ちがなんともせつない。

お父さん、ほんとにハリエットのこと愛してたんだなぁ、って。

これまでの作品でもそのことは滲まされていたけど、決してそれを――愛や哀しみを――表に出す人じゃないだけに、よけいにつらいんですよね。

しかも今回明かされた戦時中の出来事が本当につらい。最愛の妻の姿を目にしたのが、捕虜収容所でひどい扱いを受けていた時だったなんて。思いがけず妻を目にしても、声を掛けることはおろか顔色一つ変えることを許されなかった……。

日本軍の、捕虜収容所。

フレーヴィアの良き相談相手である庭師のドガーが日本軍から受けた仕打ちも明らかにされて、日本人として、とても申し訳ない気持ちに……。

ドガーが酷い目に遭ってきたことはこれまでにも何度も言及されていたのに、私はそれをあまり「日本軍のしわざ」と思っていなくて、なんとなく「対ドイツ戦」のように思っていたんですよね。自分に都合のいい読み方というか、まったく当事者感がなかったというか。

このお話はもちろんフィクションではあるけど、同じような境遇にあった人はたくさんいるわけで、改めて「戦争」というものについて考えさせられました。「戦争」が奪ういくつもの幸せについて。

亡くなった人、奪われたもの、戦争によって深く刻まれた傷は、決して消えることがない。日本の兵士達だって大勢死んだし、兵士じゃない一般国民も原爆や空襲でいっぱい亡くなって、シベリア抑留なんかもあって、フレーヴィアの父親やドガーが受けた仕打ちは「戦争だったから仕方ない」「お互い様」なのかもしれない。

でも。

だからこそ。

やっぱり戦争なんて、しちゃいけない。

勝った国も負けた国も関係なく、人々の生活が壊され、奪われ、傷つけられる。

その後国家同士がどんな取り決めをしようと、死んだ人は生き返らないし、奪われ傷つけられた事実は消えない。

トラウマに苦しむドガー。戦争によって両親と引き離されたフレーヴィア達幼い姉妹(捕虜収容所でハヴィランドとハリエットが思いがけず再会していた……ってことなんだから、その時ド・ルース家には「親」はいなくて、使用人とか家庭教師とかしかいなかったってことよね。フレーヴィアまだ1歳ぐらい……)。

ハリエットの死は国家機密絡みだったから、娘達にはその真相が伝えられていない。フレーヴィアの姉ダフィ(13歳くらい)が葬儀で

「いつの日か、信用して真相を教えていただけるのを望むばかりです。わたしたち遺族は、こんな目に遭わされるいわれはありません」 (P302)

と述べるシーン、胸が詰まります。このくだりの前に、幼い頃なぜ母がいなくなったのかその理由がわからなかったと語るのですが。

「わたしたち姉妹が何かいけないことをしたから母が出ていったに違いないと信じるようになったのですが、何がいけなかったのかはどんなに考えてもわかりませんでした」 (P301)

そうだよね、子どもってそういうふうに考えるよね。

戦争が終わり、遺体が見つかってさえ、子どもたちは何も教えてもらえない。国家って……。



葬儀が終わって、フレーヴィアは母が通ったカナダの女子校へ入学することになります。次作からはドガーが出てこないのかと思うとちょっと(かなり)寂しいですが、賢く行動的で一癖も二癖もあるフレーヴィアが女子校という窮屈そうな世界でどんな騒動を起こすのか(騒動を起こすと決めてかかってごめんなさい(笑))、邦訳が待ち遠しいです。

英語が読める方は最新7作目をKindle版でどうぞ↓