久しぶりの現代ミステリです。

女性同士のバディ物、しかも「文体の解析」が謎を解く鍵になる!と来ては手に取らないわけにいきません。

うん、面白かったです。いきなり

彼の言葉の目に余る受動態の濫用は真似しなかった。“野蛮な英語的語法”と言って、受動態を断固敵視する父の影響だ。 (P53-54)

なんて表現が出てきたりして。

謎解きの部分だけでなく、全編通して「言語」や「文学」への深い愛情が感じられて、本好きの心をくすぐってくれます。

それもそのはず作者のリーバスさんは文献学の博士号を持っているそうで、ヒロインの一人ベアトリズも文献学者という設定。

そしてもう一人のヒロイン・アナは若き新聞記者。これまで社交欄しか担当させてもらえていなかった彼女が、上流階級の未亡人が扼殺された事件を担当することになり……。

舞台は1952年のスペイン・バルセロナ。独裁政権下で新聞記事には検閲が入り、警察も必ずしも正義を遂行しない。その捜査方針は「上」の意向に大きく左右されるのです。同じ新聞記者だったアナの父は反体制的な記事を書いたとかで職を逐われ、アナの兄にいたっては処刑されてしまっています。

文献学者ベアトリズも反体制派のレッテルを貼られて学界から締め出され、現在は無職。蔵書を少しずつ売りに出したりして糊口を凌いでいます。

そんなベアトリズとアナは実は「はとこ」の間柄。親戚だけどこれまでお互いの顔もよく知りませんでした。殺人事件の被害者が持っていた手紙の分析を頼むためにアナは「ほとんど知らない」ベアトリズのところに押しかけるのですね。そして二人は協力して事件の真相に迫ることになる。

かたや24歳のおきゃんな(死語?)新聞記者、かたや40過ぎの「書斎の静寂を愛する」几帳面な学者。

かなり性格が違って、アナの行き当たりばったりさにベアトリズは何度も呆れさせられます。

“プランがある”と言うとき、ベアトリズとアナとではその内容がまったく違うらしい。 (P247)

年齢的にも性格的にもベアトリズ寄りのわたくし、苦笑しながら読んでました。

ここ数年で意味の変わった言葉がたくさんある。たとえば“赤”は共産主義者や反政府主義者を叩く言葉になった。(中略)消えた言葉もあれば、意味の変化した言葉、やたらと目につくようになった言葉もある。たとえば“スペイン”“運命”“男らしさ”“聖なる”など。 (P214)

独裁政権下の息苦しさも「言語」の観点から表現されて心憎い。

でもなんというか、この「お上の機嫌を損ねないような記事しか書けない」っていう状況がもはやあまり他人事と思えなくて、うすら寒いような感じがするんですよね。アナとベアトリズは事件の真相にほぼたどり着くものの、その「解決」は後味のいいものではないし。

下手すれば二人とも「当局に消される」ところで……。

あと、アナが「若い女性」ということで同僚からも警察からも軽んじられたりするんだけど、

「彼女、この一族では“頭脳派”よ」
 女性に対して使うときは侮蔑の意味が含まれる言葉。小学校のときに本を読むのが好きだとアナが言ったときでさえ、その言葉でからかわれた。
 (P196)

なんていうのも、今もそんなに変わっていないような気がして。

舞台は60年前だけど、“現代のミステリ”なのだと感じます。

すでに続編も刊行されているそう。解説では『El gran frio』というタイトルで紹介されていますがAmazonさんで検索しても出てこない(^^;)



このドイツ語版は1作目? 2作目???

ちなみに『偽りの書簡』の原題は「DON DE LENGUAS」で、Excite翻訳さんにかけると「言語のドン」と出ます。

「LENGUAS」は「LANGUAGE」なのね。