「第二次世界大戦で日本が勝利し、日本統治下となったアメリカ西海岸。巨大ロボットが闊歩する“日本合衆国”を舞台にした話題沸騰の歴史改変SF!」

てなことで、刊行前から大注目されていたこの作品。アメリカでの刊行からわずか半年余りで邦訳が出るという異例の事態、しかも単行本と文庫の同時刊行、ハヤカワさんの本気に煽られ、買ってしまいました。

P.K.ディックの『高い城の男』の21世紀版という話だったので、わざわざ先に『高い城の男』を読んで
準備万端、いざ!という感じでページを繰り始めたのですが。

あれ?

思ってたのと違う……。

確かに『高い城の男』の21世紀版ではある。日本が勝った世界。日本とドイツによって分割統治されたアメリカ。戦後数十年が経過し、ひそかに流行る「アメリカが勝った世界」をシミュレートするゲーム。

『高い城の男』では小説だったのがゲームになっていることに時代を感じますが、そんなことより何より「巨大ロボットが闊歩する世界!」っていうのが。

思ってたのと違う(´・ω・`)

アニヲタとしてはついつい「じゃあロボット乗りが主役なのね?ロボット同士でばんばんバトルしちゃうのね?」って思っちゃうじゃないですか。
ガンダムとかボトムズとか連想しちゃう。

確かにロボットは出てくるけど、添え物っていうか背景っていうか……。
いや、ロボット乗りの久地樂(くじら)親子は主人公を助ける重要な役を負ってはいますよ。でも「日本が勝った架空の1988年で巨大ロボットが大暴れ!」みたいな話では全然ない。

うーん。

これはこれでまぁ面白かったけど、期待が大きかっただけに「あてがはずれた」感も大きかった。


主人公は、ロボット乗りではなく凄腕の「電卓使い」である石村紅功(べにこ)。通称ベン。架空の1988年は現実の1988年よりもっとコンピュータ化が進んでるみたいで、おそらくは「タブレット端末」なのであろう「電卓」でネットワークならぬ「機界」に繋がって、色々できることになってる。

ベンは機界に流れる情報を監視する検閲官で陸軍大尉。39歳にしては出世が遅い。

うん、主人公が「39歳」ってのも微妙ですね。おっさんやん、っていう(笑)。

この物語は「戦後40年が経った世界」で、つまりベンは戦争の終わった年(か、その翌年)に生まれた人間。
冒頭、1948年の夏に、ベンの母親はすでに彼を妊娠している。日系人として収容所に入れられていたベンの両親が「皇軍」によって「解放」されるところからお話が始まる。

この時、サンノゼに原爆が落とされてる。もちろん「皇軍」の手で。

架空のお話とはいえ「日本が原爆を落とす方」って嫌ですね……。そんなに長々と描写されてるわけじゃないけど、被害シーンを読むのはつらい。「ジャップが落としたんだ!」っていうのを読むのは。

アメリカの読者はここを読んでどんなふうに感じるんだろう……。

で。

日本の統治のもと40年が経って、ベンは「アメリカが勝った世界」を描くゲーム『USA』の開発者とされる元上司、六浦賀(むつらが)将軍の行方を追うことに。

ベンと行動を共にすることになるのが特高(特別高等警察)の槻野昭子。ガッチガチの「天皇の忠士」で皇国の大義のためなら拷問も殺人も何とも思わない昭子と、昭子からすれば「不真面目」に見えるベンとの奇妙な追跡行(逃避行でもある)は、なかなか面白くはありました。

特に昭子が、「尋問する立場」から「尋問される立場」になって、「相手は自分の話など聞かない」「尋問されているという時点ですでに有罪」ということを身にしみて感じるところ。

自分もそうしてきたのだということを。

絶対的な権力に従わされる世界では、いとも簡単に「反逆罪」が成立する。何の不満も漏らさなくても、誰かに「気に入らない」と思われれば密告され、罪をでっち上げられる。特高に引き立てられれば、あとは罪を認めるか、拷問を受けるしかない。

それを正しいとして遂行している連中も、ほんの些細なきっかけで立場が反転してしまう。

日本が――戦時中のあの軍国主義の日本が勝利してその体制がずっと続いているとしたら。
確かにこんな嫌な世界になっていたんだろうなぁ……。
正直日本人として、あまり読みたい世界ではありません(^^;)

『高い城の男』のどこか静謐な感じと違って、グロい描写とかいっぱいあるし。
ベンも昭子も、かなりひどい目に遭うんだよねぇ。よく途中で死なないな、って思うぐらいの。

住みにくい世の中で、しかも軍隊の中にいて、どこか飄々とした「いいヤツ」のベンの造型はとてもいいと思うし、水と油だと思えたベンと昭子が次第に信頼関係を築き、最後には「槻野石村合衆国」なんて言っちゃうのにはじーんと来る。

自分たちの故郷であるはずの「皇軍」からも、アメリカ人からも攻撃される二人。
「あたしたちはどちらにも属していない」と言う昭子。

二人を待っていた運命も、なぜベンがあんな人間だったのかの種明かしでもあるような最後の部分も、とてもつらい。

うん。

これはこれで、読み応えのある物語だったんだけど、中二病的せつなさ全開のウールリッチに浸っていた身には刺激が強すぎて。

借りて読むので良かったかな、と(^^;)

あと、久地樂親子の「えせ関西弁」みたいなのすごく気になった。原著ではどういう訛りで表現されてるんだろう。「関西の言葉で喋っている」って説明があるのかしら。
「特高」は「Tokko」って書いてあるらしいけど(「解説」参照)。

「伊勢うどん」も「Ise-Udon」って書いてあるのかなぁ。「讃岐うどん」じゃなく「伊勢うどん」が出てくるのにはびっくりしました。


【2016/11/20 追記】

昨日この記事をアップして30分も経たないうちに、なんと著者のトライアスさんからTwitterでリプをいただきました。
うわぁぁぁぁぁぁぁ、ご本人、マジですかっ!?
「久地樂の祖父(あるいは祖母?)は大阪出身」って、ほんとにこのblog記事読んでくださってますよね。
Google翻訳さんとかで読んでくださったのかしら。

「こ、こ、こ、光栄です!」とお返しするとさらにお返事をくださって。


「続編ではもっとロボット出ますよ」と。

ふぉぉぉぉ、こんなことがあるんですねぇ。
微々たるアクセスしかないblogだというのに、著者ご本人が読んでくださるとは。しかも海の向こうから。

ネットすごい。


「ルーツが大阪」という設定あっての、あの久地樂親子の関西弁だったのですね。
文字におこされた関西弁というのは「音」がない分どうしても嘘っぽく感じてしまうんですが、舞台は「日本が勝った架空の世界」。しかも久地樂はアメリカ育ちと考えれば、一種独特の関西弁になっていておかしくない。

「えせ関西弁」とか言ってすいませんでした(^^;)

凄腕のロボット乗りが女性と少年というの、考えてみればいかにも日本のロボットアニメ。
続編ではもっとロボットが活躍するということですが、今度はどんなパイロットが登場するのでしょう。久地樂少年が「実は生きていた」だと面白いのにな。

再び昭子が話を引っ張っていくのでしょうかね? それともまったく別の人物が主人公になるのかしら。

最後、昭子が生き延びてしまったの、むしろ可哀想な気がしたんですよね。あの世界で、まだ生きていかなきゃならない。「自分は日本にもアメリカにも、どちらにも属していない」と自覚した上で。

あと、今作は「1988年」という設定ですが、現実の「1989年」にはベルリンの壁が崩壊しています。もしも続編が1989年なら、「USJの崩壊」「戦後秩序の崩壊」が描かれるのかも……?


ちなみに今作、発売ひと月で早くも累計9万部以上の売れ行きとか。

 ・【売れてます】『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』続々重版決定! (2016/11/18)(早川書房のお知らせ)

上記リンクでは冒頭部分の試し読みもできるようになっています。興味のある方はぜひ。