2017年4月6日木曜日

『たとえ世界が終わっても その先の日本を生きる君たちへ』/橋本治



およそ8か月ぶりの橋本さんのご本です。新書で分量も少なく、対談――というかインタビュー形式の本なのでサクサクあっという間に読んじゃったのですがいかんせん感想を書く暇がなく、すでに読み終わってから1か月くらい経ってしまって……。

えーっと、何が書いてあったっけ(^^;)

「いつもの話」ではあるんですよね。橋本さんの本をたくさん読んできた人間にとってはさして目新しくもない。英国のEU離脱やトランプ大統領誕生という世相を扱ってはいても、それを見る橋本さんの視点、解説はこれまでにもさんざん語られてきたことで、「やっぱりそういうことだよね」と確認するにすぎない。

「そういうこと」がどういうことかっていうと、「もう経済は終わってる」とか「昭和が終わった時にそれまでの経済は終わったはずだったのに」とかいう話です。

『まえがき』には、

この『たとえ世界が終わっても』という本は、その『二十世紀』の完結篇みたいなものですが、 (P6)

と書いてあります。

『二十世紀』という本はなんと一年刻みで二十世紀100年を振り返るというすごい本で、昔書いた感想には「日本も大概だけど欧米もなー」みたいなことを書いています。世界はそんなにも美しくないと。

この『たとえ世界が終わっても』の中でも、橋本さんは大航海時代まで遡って、

一九世紀の押し売りっていうのは、後ろに軍艦連れていて、「あなた、買わないとどうなるか分かります?」って言う人たちがやるんだからさ、恐ろしい。 (P75)

なんておっしゃっています。「そんな押し売りをお茶出して迎えたのは日本だけ」とか、「貿易は西洋の陰謀」なんていう発言も。

私を含め、現代日本人はなんとなく「欧米のやり方が正しい」「資本主義以外のやり方はない」みたいに思ってるところがあると思うんですが、最初の「グローバル経済」は「軍艦引き連れての押し売り」だったわけだし、イギリスが中国に阿片売りつけてたのとか、まぁほんま「大概やな」と思うので、「本当にそれ以外の道はないのか?」を考えるのは重要で、資本主義をダメと言ったからって、「じゃあおまえは社会主義者なのか!」という話でもないだろうと。

関税撤廃で安い輸入品が手に入ることがメリットになるのは、その輸入されるものが国内にないか、あるいはすごく足りないって場合だけですよね。国内で同じものを作ってて、そこに安い輸入品がドドッと入って来たら、国内産業は壊滅状態になりますわね。 (P54)

自国を守るって、国家の基本的な役割だと思うのに、その国家が「保護主義」をやって国内の産業を守ることが、どうして悪いのか分かんないんですよ。 (P207)

本来なら「それって一体、なんのための、誰のための経済なのよ」って話にならなきゃ、おかしいと思うんだけどさ。 (P213)

引用しだすとキリがないんですけど、ねぇ、本当に、誰のための経済なんでしょうか。企業でしょうか。投資家でしょうか。企業が儲かればトリクルダウンが……って言って、でもそんな「おこぼれ」は来てないですよね。

物が行き渡ればそこで「新規需要」はストップして「買い替え需要」だけになる。国内の市場が飽和しても「まだ物が溢れていない発展途上国がある、彼らに買わせればいい」でよその国に売りつけに行って、でもやがてはそこも飽和してくる。

だいたいよその国にどんどんこっちのもの売りつけるって――「こんな便利なものがありますよ。欲しいでしょ」って、やっぱり押し売りで。

そのうちその国が発展してその国自身でその商品を作れるようになれば、その国にとってはその方がいい。でも押し売ってる方はそれじゃ困る。

日本は自分たちで色々高性能なものが作れるようになっちゃって、「じゃあその代わりオレンジや牛肉買えよ!売りつけるばっかりじゃなくてこっちのも買えよ!」って言われるわけで。

「貿易の自由」とは、貿易面での「戦争の自由」 (P53)

“売り手よし買い手よし世間よし”の近江商人みたいなこと、グローバル経済でありえるのかな。

書いてあることは橋本治ファンとしては「いつもの話」だけど、今回は「聞き手」のいる対談形式で、聞き手二人のうちの一人がまだ若い方で、「そんな、“終わってる”とか言われても」って反応してるのが面白かったです。

橋本さんは

私はさ、世の中の悪口を言ってるだけで、そこで生きてるあなたのことを、責めてるわけでもないし、けなしてるわけでもないの。自分とは違う「世の中のこと」なんだからさ、「へー」とか、「え、そうなんですか?」って言って、やり過ごせばいいじゃん。 (P198)

なんておっしゃってるけど、今の世の中を生きていかなきゃならない若者にしてみたら「否定されても困る」「でもこんないいところもある」みたいに反発したくなるのはよくわかる。世の中と自分はもちろんイコールじゃないけど、よその人に自分の住んでるところの悪口言われたらむっとするのとおんなじで。

「経済はもう終わってる」と言う橋本さんは、「だからこうしたらいい」と教えてくれるわけでもない。それどころか

私は個人的には、「世界が終わってもかまわない」と思ってはいます。なにしろ、私の残りの人生は「どうでもいい消化試合」ですから。 (P7)

と最初に言明してくれちゃってます。

「そりゃ年寄りは“終わってる”でいいかしんないけどさー」って思いますよね。「あとは君たち若いものが自分の頭で考えて住みよい世の中を作ってくれ」とか言われても、「こんな世の中にしたの誰だよ、あんた方世代じゃないの」とも思うし。

もはや私も“あんた方世代”なので、橋本さんに「どうしたらいいか教えて」って甘えるわけにもいきませんが……。

 

どうしたらいいか、橋本さんは言ってくれてるんですよ。

考えなさい、って。

個人の欲望から離れた、「損得に左右されない」論理で、世界や歴史を見つめ直すところからスタートし直すしかない。 (P220)

2 件のコメント:

  1. はいこんばんは、本書の感想来ましたね。ゲルマン民族国家群な西洋の外圧侵略癖がヨーロッパ的に一つなEU共同体の枠組みから合法的に抜け出すためで、そのきっかけは東洋アッチラ民族への侵略不安から始まった感情だった。とか、色々と新鮮な語り口に読み応えありました。橋本さんがヨーロッパ史の参考にした文献は確か鯖田豊之氏の「ヨーロッパ中世」だったので買って読んでみたらホントそうでして。どちらも牧畜肉食民族だということを鑑みるとやりきれませんね。
    >飽和してくる
    自活産業経済への嫌悪感は、やっぱり支配階級の労働から離れていられることへの気楽さからきてんでしょうかねえ。日本に限らず立身出世譚(桃太郎とか浦島太郎、戦国武将の天下統一ものとか)は農業を代表とする自分がやっててキツくて嫌な3K生産労働を「いかに他人にやらせていられる立場」になり得るか、らしいので。

    本書の白眉に明治で初めて日本に生まれた政治理念としての思想がまず第一に「列強対策としての近代化→右傾化思考」だった、にありました。あんだけ史書読んでても気づきませんでした、というか気づきたくなかったですわ(迂闊)。だからこそ手段としての近代国家性が次第に目的化して他国に対する侵略癖がついたわけですか。
    やっぱ明治以降がスカいのは、国民に付随する「日本人」て概念を過剰に「スゴクスゴイボクたち」人種・民族性だけで持ち上げつつ、「抵抗権」とかも含めた権利を有する「人民としての個人」とは決した気づかせなかった弊害が強いんですよねえ。今もさ。

    >http://www.gentosha.jp/articles/-/6587
    こちらのインタビューで「ヤンキーに本を読ませれば」と言われているので、僕も本書の講談の説明や浄瑠璃性を今仮面ライダー(そろそろアマゾンズ)のファンやってる人に理解してもらえればあるいは、と思ってるんですがね。
    とりあえず仮面ライダーは講談で、あぶない刑事とかは浪曲かなあ。

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    1. ひゅうが霄2017年4月7日 16:16

      創さんこんにちは。いつもコメントありがとうございます( ´▽`)
      3月初旬に読み終わっていたのになかなか感想を書く時間が取れず、遅くなってしまいました。

      “日本に限らず立身出世譚(桃太郎とか浦島太郎、戦国武将の天下統一ものとか)は農業を代表とする自分がやっててキツくて嫌な3K生産労働を「いかに他人にやらせていられる立場」になり得るか”

      権力者って結局自分では汗水垂らして働かないですもんねぇ。昔の王様や領主様も農民からの「上がり」で生活してたわけで。
      農民が飢えて働かなくなったら「上がり」も少なくなるけど、今は実体経済より金融経済の方が大きかったり、自国の農民が飢えててもよその国の「上がり」をかすめ取ってくれば……ってなるのかも。
      そもそも「飢えてる」が理解できなくて「なんで君たちもっと働かないの?」って思ってるのかもしれませんが……。

      ご紹介していただいた幻冬舎さんのインタビューも読み応えがありました。
      「仮面ライダーは講談」って面白いですね。戦隊やライダーは今、子ども達に「物語の骨組み」を刷り込むものになっているかもしれませんね。橋本さんにとってのカバヤ文庫みたいな。

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