先月ご紹介した『魔術師を探せ!』の続編です。こちらは新訳はおろか復刊もされておらず、中古でしか手に入らない状態。私は県立図書館からお取り寄せいたしましたが……昭和52年の刊行ということで、ずいぶん年季が入っております。

茶色く日焼けした紙に昔の小さい活字。「税抜き」とも「税込み」とも書いていない「¥390」。書庫に眠る本を読むの、楽しいです。

もちろん中身も楽しかった!

『魔術師を探せ!』は中編3つの連作集でしたがこちらは長編。ダーシー卿がじっくり事件の謎を解きます。

解説に「魔術師だらけの世界における密室殺人という、いかにも本格推理小説らしい謎と、フェアな解決ぶりで、ニューヨーク・タイムズ・ブックレビュー紙のアントニイ・バウチャーに激賞された」(P344)とある通り、密室もので、しかも理詰めで犯人を特定する本格ミステリーなんですよね。作品が発表されたのは1967年で、「近ごろのアメリカには珍しい、論理によって謎をとく本格推理小説」(P341)とも紹介されています。

日本語訳は昭和52年、つまり1977年で、すでにアメリカでは本格ものが珍しくなっていたんですねぇ。

この作品読んでクイーンの『フランス白粉の秘密』を連想したんですけど(主に最後、関係者を集めて推理を披露するところ、そしてネタバレになりますがその犯人像に)、クイーンは戦前だったりしますもんね。『フランス白粉』は昭和5年……。


『魔術師を探せ!』の感想記事に書いたとおり、舞台は架空の20世紀。プランタジネット朝による「英仏帝国」がヨーロッパに君臨し、科学的魔術が発達しています。

シェルブールで二重スパイとして働いていた男が殺され、その捜査に当たることになったダーシー卿。ロンドンの魔術師大会に出席している相棒の魔術師マスター・ショーンにもすぐ来てくれるよう手紙を送るのですが、なんとそちらでも魔術師サー・ジェームズが殺害されるという事件が起こり、しかも現場に駆けつけたマスター・ショーンが容疑者として逮捕される羽目に。

一見無関係なシェルブールの事件とロンドンの事件、実はポーランドとのスパイ合戦という裏事情で繋がっており、ダーシー卿は国王直々に事件の解明を依頼されます。

ダーシー卿はノルマンディー侯配下の捜査官で、ロンドンにはロンドンの捜査官ボントリオンフィ卿がいるのですが、事が帝国の安全保障に関わることなので、協力して解決するように、とのお達しなのですね。

ロンドン候はダーシー卿のいとこでもあり、同じように推理力に優れていて、ロンドン候の方がちょっとダーシーに対抗意識持ってるっぽいのが面白かったりします。そこを突いてマスター・ショーンをロンドン塔(牢獄)から解放させるダーシーの手腕がまた心憎い。

無事釈放されたマスター・ショーンはその「魔術」でサー・ジェームズ殺害現場の「鑑識」を行います。

その作業を他の魔術師に手伝ってもらいたい、と言うマスター・ショーン。思わず「とんでもない!他の魔術師なんか信用できない!」と返してしまったダーシー卿に、マスター・ショーンは厳粛な声でこう言います。

「わたしたちは長い間、いっしょに仕事をしてきました。その間、わたしは事実を発見するために魔術を使い、あなたはそれらの事実を取上げて、正確な推論を下されました。あなたにはわたしのすることはできません。わたしにはあなたのなさることはできません。きょうまで、わたしはあなたの仕事をしようとせず、また、あなたはわたしの仕事をしようとしないという、暗黙の協定がありました。この協定は破棄されたのでしょうか」 (P149)

ダーシー卿は自身のあやまちを悟り、すぐに謝罪します。

「マスター・ショーン、きみに心からお詫びする。わたしは自分の仕事の分野でエキスパートだし、きみは魔術と魔術師についてエキスパートだ。それでいいのだ。協定は破棄されていない。――今後も破棄しない」 (P150)

二人の関係性を示す、すごくいいシーンだなと思います。捜査官のダーシーと、鑑識担当のマスター・ショーン。その関係は決して「主従」ではなく、あくまで対等な「相棒」なんですよね。

現場の解析はマスター・ショーンに任せ、他の手がかりを追うダーシー卿。「黒魔術の使い手」かと嫌疑をかけられる娘ティアや、事件当夜から行方不明のホテルの支配人。貴族でもあり、また魔術師でもある美貌の未亡人メアリーも魅力的で、長編ならではの「絡み合った人間関係」、そして「もつれた糸を少しずつほぐしていく」謎解きを堪能できます。

うん、何しろ密室殺人なのですよ。

殺された魔術師によって厳重に鍵をかけられた部屋。マスター・ショーンの魔術によっても、「その時部屋には被害者以外の人間はいなかった」ことが明らかになっている。「すわ黒魔術か!?」と思うところを冷静に、論理的に、ダーシー卿は犯人を推理するんですよね。

「科学的魔術」という世界をきっちり構築し、その設定を存分に生かした上で本格ミステリを展開するギャレットさん、お見事です。

ところどころで『魔術師を探せ!』での事件がさらりと言及されているのも楽しいし、

「魔術の領域は簡単に、白と黒というようには分けられません。また、人間の魂も、そう簡単には判断できません。(中略)殺す能力があるということは、人間という動物が生きるために必要なものです。それを禁止すれば、要するに、人類を滅亡させることになります」 (P211-212)

というヨークの大僧正のセリフや、

「あやまちというものは、どうしても起るものです。その場合彼らは、嘘、ごまかし、事実のわい曲などによって国民をたぶらかすか、事実を隠すしかありません。それがやがて、国家の崩壊を招くことになるのです」 (P251-252)

なんていうダーシー卿のセリフもいい。

他の短篇も1冊にまとめて出してくれるといいのになぁ。今さらこんな昔の作品が出版されることはないだろうけど。


櫻井孝宏さん(とハヤカワさん)のおかげで読むことができた「隠れた(?)名作」。まだまだいっぱい隠れているんでしょうね。