こないだ読んだ『叛逆航路』が今ひとつ好みでなく、「もっとアクションを!」という消化不良の気持ちになったのでこちらを手に取ってみました。

作者のフォンダ・リーさんは空手とカンフーの有段者、「21世紀版ゴッドファーザー×魔術」「スタイリッシュでアクション満載!」といううたい文句に惹かれたのですが。

うーん、「ゴッドファーザー×魔術」は確かにその通りなんだけど、アクション満載かというとそうでもない感じだったなぁ。『マーダーボット・ダイアリー』がどれほどアクション的にも優れていたかを改めて思い知る。

いや、アクションもあるんだけどね。
私が読みたかったのとはちょっと違うというか、「一口にアクションと言っても」ってことなんだろうな。

「翡翠城市」というタイトル通り、お話の舞台は「翡翠」の産地ケコン島。単に美しい宝石というだけでなく、この世界の翡翠には「魔力」があり、グリーンボーンと呼ばれる限られた者だけが、厳しい鍛錬の末にその魔力を自在に操ることができる。

かつてその力で大国の支配からケコン島を開放したグリーンボーン達は今、「無峰会」と「山岳会」という二つの組織に別れ、危ういバランスの上に島の政治と経済を動かしていた。<柱>と呼ばれる絶対的リーダーを戴き、その下に<角><拳><指>という戦士が列なる。経済を一手に担う組織のナンバー2は<日和見>と呼ばれ、組織に忠実な商店主たちは<灯籠持ち>として売り上げを貢ぐ。

そう、まさにこれはSFの形式を借りたマフィアの抗争、アジアン・ノワール

てかこれ、「SF」なの?

架空の島、架空の大国、架空の宗教に格言、何より「翡翠」に与えられた強力な力。その世界の構築は見事で、キャラクターの造型、配置、抗争の構成も素晴らしくて、「世界幻想文学大賞」を受賞したのもうなずける。ネビュラ賞やローカス賞にノミネートされたというのも。

ローカス賞のノミネートはファンタジー長編部門だったそうだけど、うん、「SF」というよりは「ファンタジー」だよね。剣と魔法、竜や怪物が登場するだけがファンタジーではない。それを言えば宇宙だの未来世界だのだけがSFではないので、現実とは違う異世界を見事に構築したこの作品はやはりSFなんだろう。(でもやっぱりScience要素は薄いような)

全605頁、2段組で読み応えたっぷり。
『男たちの挽歌』も大好きだし、血で血を洗うヤクザの抗争、嫌いじゃないはずなんだけど、コロナ疲れの頭にはなかなか物語が頭に入ってこず、読み進むのが難しかった。

半分過ぎたくらいから面白くなってきたし、もっと違う精神状態の時に読んだらもっと楽しめたのかな、と思う。
うん、全体としてはほんとによくできててすごいし、好きな人はめちゃくちゃ好きなアジアン・ノワールだろう。

お話は無峰会側の<柱>の一族、コール家の視点で描かれる。
かつてケコン島独立に大きな働きをした伝説の英雄<ケコンの炎>だった祖父コール・セン。現在の<柱>、コール・ラン。その弟で<角>を務めるコール・ヒロ。一族とグリーンボーンの宿命を嫌って一度はケコン島を出た妹のコール・シェイ。

ランがねぇ、可哀想だったなぁ。
自分が長女(というか第一子)なのでつい「上の子の悲哀」に入れ込んじゃうせいもあるけど、長男ゆえに一族を継がねばならない、その宿命に追い詰められていくランの姿がなんとも哀しくつらい
ラン自身、決して能力が劣っているわけではなく、「平時にはすこぶる優れたリーダー」と周囲からも認められているんだけど、抗争時のリーダーとしてはいい人すぎてカリスマ性に欠け、敵の山岳会も「潰すなら長兄ではなく次男のヒロ」と思っている。

戦闘能力が高く、直情径行気味ながらもその裏表のない陽気な性格で部下たちからの信望も厚いヒロ。

でも彼は彼で自分は兄あっての<角>、リーダーたる<柱>の器ではない、と自覚しているから――そしてそんな責任の重いめんどくさい地位につきたくはないと思っているから、後半やっぱり追い詰められていくことになる。

ヒロと年齢の近い末っ子のシェイは頭が良く、常にヒロと能力を競って育ってきた。一旦は故郷を離れ、戻ってきたものの「もう組織とは関わらない」という決意でいたのだけれど、山岳会と無峰会の対立が激しくなる中、そうも言っていられなくなる。

あんなに嫌がっていたのに、いざ組織でしかるべき地位に就くと水を得た魚、生来の有能さを見事に発揮してバリバリ動けちゃうのがなんとも皮肉。

シェイが実力を発揮し始めたところから俄然面白くなってきたもんね。

そして3兄弟にはいとこにあたり、コール家の養子にもなっている少年アンデン。
グリーンボーンには翡翠を操る能力があるといっても、ちゃんと制御できるようになるためには厳しい鍛錬がいる。そのための学校が無峰会山岳会双方にあって、アンデンは卒業を控えた8年生。

優秀な生徒である彼にはしかし、「呪われた魔女の息子」という烙印がついて回っている。翡翠はグリーンボーンに様々な“超能力”を与えてくれるけれど、翡翠に対する感受性が強すぎると正気を失い、自他を傷つけることになる。

アンデンの母親もそうで、狂気に陥り自死してしまった。
だからアンデンも怖れている。自分もまた、コントロールを失ってしまうのではないかと。
この子も終盤可哀想なんだよなぁ。
ほんと、強すぎる力は両刃の剣だよね……。

キャラクター設定とその配置、ほんとによくできてるし、グリーンボーンの血統にも時々翡翠に対する感受性をまったく持たない「ストーンアイ」という属性の人間が生まれること、外国人にも翡翠の魔力を使えるようにする薬剤「SN1(シャイン)」がすでに存在していること、など環境設定もぬかりがない

生粋のグリーンボーンでなくても翡翠を扱える。そうなれば当然外国は翡翠と薬を欲しがり、その両方を商う者は巨額の利益を手にすることになる。
でも誰もが翡翠で超能力を得られるなら、その力で再び大国がケコン島を支配しようとする可能性も強くなるわけで、そこのさじ加減をどうするのか、考えの違いが組織間の対立の芽ともなる。

外国人だけでなく、ケコン島にもグリーンボーンではない、「翡翠を扱えない」普通の人間も多くいて、「その辺のガキ」でしかないチンピラ、ベロの「いつか俺も翡翠を」という野心はケコンの抗争を大きく動かしていく。

いやー、ほんまなー、ベロなー。「おまえか!」って感じだよなー。
すでに続編が刊行されてるらしいけど、きっとそっちでもベロは暗躍してるんだろうなぁ。それとも表舞台に出てきてるんだろうか。



「めっちゃ好み!」というわけではなかったけど、続編の邦訳が出たらやっぱり読んでしまう気はします。
苦境に立たされている主人公側がどう事態をひっくり返すのか……まさか負けるってことはないよね、最後には勝つんだよね!?と気にはなる。
アンデンもきっとあれでは終わらないだろうし。幸せになってほしいなぁ、アンデン。

あと、「翡翠都市」じゃなく「翡翠城市」ってタイトルにしたのすごく良いし、表紙のデザインも格好良くて素敵。次、「WAR」はなんて訳すのかな。