無印『あぶない刑事』第5話「襲撃」の冒頭でやくざが読んでいるのを見て、手に取ってみました。
やくざが『おれはやくざだ!』って本を読んでるの、面白いですよね~。小道具担当のスタッフさんの遊び心が楽しい。
著者のミッキー・スピレインは「私立探偵マイク・ハマー」シリーズで有名な作家さん。
有名だけれど今スピレインの著作はすべて絶版、電書化もされていないようで、ちょっと意外でした。同じハードボイルド系のハメットやチャンドラーは新訳も出ているのにね。
ともあれ初めてのスピレイン、なかなか面白かったです。
この『おれはやくざだ!』には、マイク・ハマー物ではない中編3篇が収録されています。
まず表題作の『おれはやくざだ!』。原題は「Me, Hood!」となっていて、「hood」という単語は「hoodlum」の短縮形。「不良少年、暴力団員、ギャング、やくざ」を表す言葉のようです。「Me, Hood!」は「俺か?やくざだ」って感じでしょうか。
主人公ライアンは逮捕歴16回、暴行傷害で前科一犯、数件の殺人及び窃盗でも容疑を受けている、まさに「やくざ者」。でも日本で言う「やくざ」とは違い、どこかの組織に所属しているわけではなく、一人であぶない橋を渡る一匹狼。
お話の途中で出逢った女性からは「あんたはチンピラやくざじゃないわ、大人で、大物よ」などと評されています。
ある日ライアンは警察から仕事を依頼されます。「蛇の道は蛇」――警察官では探れない「裏世界」を「大物やくざ」のライアンなら探れるだろう、大金を約束するから警察の手先となって働け、と。
ライアンは引き受けますが、その際与えられた情報はビリングスという男のことと、「ロド」という名前だけ。それ以外に何の事情説明もなく、ただ「ロド」という人物を探せという指令。
「その人間を探すんだ。それから、必要とあれば何でも……お前がやってのける」
「ちえ、筋のとおった説明ができないのかい?」
(中略)
「筋をとおすのがきみの仕事だ。事情はひとりでにわかってくるよ。どうすればいいかも、わかってくるだろう」 (P18)
そんなんで捜査できる!?と思うんですが、さすが大物やくざのライアン君はきっちり「ロド」に近づいていくんですよ。そしてその過程で彼が接触した相手がことごとく殺されていく。のみならず、ライアン自身も賞金をかけられ、命を狙われる。
そうやって誰かが殺され、命を狙われれば狙われるほど、「ライアンは真実に近づいていっている」ということでもあるわけで、彼は見事「ロド」の正体を突きとめるのですが――。
ライアンの一人称語りでスピーディーにお話が進み、さくさく読めます。固有人名がどんどん出てきて誰が誰だっけ?となったりしますが、だいたいすぐ殺されちゃうので大丈夫()。ライアンのタフさ、美女とのやりとり、そしてせつない幕切れ。「そんな都合良く美女が出てくるかい」とは思いますが、そうであってこそのパルプフィクション、B級好きにはこのノリが心地良い。
続く『蹴らずんば殺せ』(原題:Kick It or Kill!)は『おれはやくざだ!』よりは短く、短編と言ってもいいぐらいの分量。
これも主人公ケリー・スミスの一人称。脇腹に怪我を負い、保養を勧められたケリーはとある田舎町にやってくるのですが、その町にはとある秘密があって……。
もちろん美女とも遭遇します。しかし美女はケリーを「麻薬中毒者」だと断じて、痛み止めの薬を窓から投げ捨ててしまう。いやいや、確かに麻薬(モルヒネ)ではあるんだけど、医者に処方された正当な痛み止めなんだってば!
――ということをちゃんと説明しない&登場と同時に男2人をあっさりのしてしまったから「その筋の人」と疑われる羽目になったんですが。
一人称ということもあり、ケリーが自分の素性を終盤まで明かさないことがこのお話の「肝」なんですよね。
脇腹の痛みにしばしば気を失いながらも、かかる火の粉を振り払い、町に巣くう悪党どもを見事一掃するケリー。最後は屋根の上から飛び降りて、同じく飛び降りた美女を下で受け止めていますが、脇腹大丈夫なの!?
最後の『ドラゴン・レディとの情事』(原題:The Affair with the Dragon Lady)はさらに短く、そして前2作とはかなり趣きの違う一篇。
タイトルの「ドラゴン・レディ」は美女のことではなく、B-17戦闘機のこと。第二次大戦中、その戦闘機に乗り込んで生死を共にしていた10人の男たちは、戦後も連絡を取り続けていた。所帯を持ち、じわじわと老いていくだけの日々――。そんなある日、株で一山当てたメンバーの一人が「ドラゴン・レディを買った」と言う。
再び「自分たちのもの」になった戦闘機を彼らは辺鄙な飛行場の格納庫に隠し、「秘密クラブ」の集会場として使うようになる。10人の仲間たちだけでなく、かつて空軍に所属した男たちが嬉々として集うように。
そこに入ると、男は男らしく、昔のままの姿でふるまい、好きなように戦争の空想に耽り、外のつまらない狂った社会なんぞ忘れることが出来た。 (P174)
最後は人助けのため、「秘密」を明かすことになってしまうのだけど、全編に流れるおセンチな気分、女房たちとの駆け引き、最後のオチも気が利いていて、「ふふっ」となります。スピレインさん、こんなお話も書けるんだなぁ。
タフでマッチョな主人公、血と硝煙の匂いの中、絡むのはいつも美女。最後の『ドラゴン・レディ』にしても「戦争を美化し、懐かしむ男たち」という側面もありますが、原著の出版は1963年ですからね。60年も前!
邦訳は1967年(昭和42年)の刊行のようですが、私が借りたものは昭和56年の第3刷でした。定価は560円! もちろん消費税なんてなし。
黄ばんだページの手触り。巻末の、今は絶版揃いなのであろう図書紹介。古い本を手に取るの、楽しいですよね。書庫の片隅で、誰かが借りてくれるのを何年も待っている本たち。
せっかくなのでマイク・ハマーシリーズも読んでみたいと思っています。
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