今日、昼から宝塚の『赤と黒』を見に行くんですけど、それまでに読み返そうと思って、まだ下巻の途中です(T_T)。

宝塚の『赤と黒』、20年ほど前に涼風真世さん主演のを見ています。私が涼風さんの虜になるきっかけとなった素晴らしい舞台だったのですが、その時に岩波文庫版の『赤と黒』を買って読んで、今回どうしようかと思いつつ光文社古典新訳文庫版を買ってみました。

だってあんまり評判になってるんだもの。

古典新訳文庫では『カラマーゾフの兄弟』がベストセラーになっていて、これもすごーく気になってるんだけど、新潮文庫版持ってるし、『カラマーゾフ』は全5巻もあるし、とりあえず『赤と黒』は上下2冊なので手を出してみました。

私が昔『カラマーゾフの兄弟』を読んだのは、これも宝塚で上演されたからで、『大いなる遺産』や『戦争と平和』、『エデンの東』『華麗なるギャツビー』など、宝塚でやったから読んだ名作というのはいっぱいあります。
「趣味は読書」といってもいたって偏った読書しかしない私にとって、こういった名作を読ませてもらったことは「宝塚の恵み」と言っても過言ではありません。

で、『赤と黒』なんですけど。
涼風さんの舞台があまりにも印象的だったため、小説自体が面白かったかどうかはあんまり覚えていません。
今回野崎歓氏訳の『赤と黒』を読んでみて、正直主人公ジュリヤンの無茶苦茶さに呆れています。
下巻に入って、貴族令嬢マチルドとの「意地の張り合い」「腹の探り合い」の恋になると、もうホントに読むのに疲れる。

うーん、昔読んだ時はこんなに疲れなかったと思うんだけどなぁ。

岩波文庫版もまだ手元にあるので、どういうふうに「新訳」になってるか読み比べるときっと面白いんだろうけど、そんな暇全然ないのが残念。
新訳だからジュリヤンのバカさが際立ってるのか、それともこっちが年を取ってジュリヤンの若い情熱についていけなくなっているのか、あるいは両方なのか。

ジュリヤンって、よく「野心家」というふうに評されるんだけど、「野心家」というより「夢想家」なのよね。
頭はいいんだけど、田舎でろくな教育も受けずに育って、世間知らずで、ただ上流階級に対する反発と自尊心だけがやたらに強くて。
抱く野心のピントがずれてて、感情のぶれがすごーく激しくて、付き合ってると疲れる。

うーん、こういう感じ方、やっぱり私が年を取ったからなのかなぁ。

ただ読んでると、やっぱり涼風さんの鮮烈なジュリヤンがよみがえってきて、「なんてぴったりな配役だったんだろう」と改めて思う。
まだトップになる前の、若くて新鮮な魅力にあふれた美少年の涼風さんは、20歳前の野心家ジュリヤンそのものだった。
白痴美人的なレナール夫人は朝凪鈴ちゃんで、これまたばっちりだったし、高慢ちきな令嬢マチルドは羽根知里ちゃん。なんと完璧なキャスティング!

ジュリヤンの友人フーケが天海祐希(あれ、字合ってる?)だったんだよねぇ。まだまだ新人。

宝塚版の『赤と黒』の主題歌は「恋こそわが命」というんだけど、小説を読んでいると、ジュリヤンは実のところそーゆー人間ではない。
野心と虚栄心のためにレナール夫人やマチルドを誘惑し、「恋」は後になってからやってくる。
最終的に「恋」のために身を滅ぼすのは確かだけど、「恋」のきっかけはまったく「美しい女性への思慕」というようなものではないのよね。

この情熱と野心のピントのずれ方こそが「若さ」というものかと思ったりもするけれど。

今日の星組、安蘭さんは『エル・アルコン』のティリアンのように、同じ野心家でも「超切れ者」というイメージが強いので、どういうジュリヤンを見せてくれるのか。
楽しみです。