あはははは。
『白痴』を放り出して、ついつい『黒蜥蜴』の方を読んでしまいました。こーゆーものはやっぱり、舞台の余韻が残っている間に読まないとね。

さて。学研M文庫版の『黒蜥蜴』、昨年の6月に刊行されています。
三島の戯曲『黒蜥蜴』本編の他に、平成17年の舞台のカラー写真、昭和43年の舞台写真(残念ながらとても小さい。明智役の天知茂は映っていないし)、そして三島本人による『黒蜥蜴』についてのいくつかの短い文章、三島や江戸川乱歩による対談、三島と美輪明宏さんとの対談、最後に美輪さんによる解説――と、「これでもか!」という至れり尽くせりの内容。

舞台を見て「ああ、もっともっとこの美酒に酔いしれていたい」と思った方(私も含め)には本当にもってこいの、ありがたーい本です。

読んでみて、当たり前だけど、「わ〜、舞台とおんなじだぁ」(笑)。
そのまんまなのよねぇ。
本当に三島が書いた通りのセリフで上演してるんだなって……だから当たり前なんだけど(爆)。
(いや、もちろん私だって、舞台のセリフを一言一句記憶に留めたわけじゃないんだけど、映画も見ているから、主立ったところはけっこう覚えてるんです)
あまりにも美輪さんの印象が強いものだから、美輪さんが作った部分もあるんじゃないの?と思ってしまって。

黒蜥蜴のセリフ、美輪さんの声で聞こえてくるもん。
それ以外の人がこのセリフをしゃべっているところが、まったく想像つかない。

「三島の書いた通り」と言っても、時代が変わってしまったことで、多少の改変はある。
黒蜥蜴からの脅迫状、もともとは岩瀬邸に届いたものを電話で読んでもらって、それを明智の部下が「速記」で記録するようになってるのね。
「速記」――なんか、ものすごく懐かしい響きだわ。
今の舞台では、「じゃあファックスで送ってください」だもの。

それから、「女でさえブルー・ジンズを穿く世の中に、彼女は犯罪だけはきらびやかな裳裾を5mも引きずっているべきだと信じている」という個所は、「女でさえサッカーをする世の中に」となっていた。

黒蜥蜴の部下の甥が「たこ焼きレストランを開きたがっている」というところは、戯曲では「南千住にお煎餅屋を開きたがっている」だった。
ここは公演ごとに、その土地の名物を入れることで楽しむようになっているのでしょう。
大阪公演の「たこ焼きレストラン」では、黒蜥蜴の「それ、どういうレストランなの?」という突っ込みが入ってました。

もともと、三島がこの戯曲を書いた時は別に「美輪さんが演じる」を前提にしていたわけではないのに、それでこんなセリフを書いてるって、逆にすごいなぁ、みたいな(笑)。
昭和40年くらいの演劇の状況なんか知らないし、当時の役者がどんな台詞回しをしていたのか、どういうセリフが「当たり前」だったのかもわからないけど、やっぱりこう、「独特の」言葉遣いだと思うのよね。黒蜥蜴だけでなく、明智のセリフにしても。

小説のセリフと普通に私たちが日常しゃべってるセリフってかなり違って、小説では変じゃなくても生身の人間がそれで会話したら「そんな奴おらへんで!」になる。
演劇の言葉も、日常会話とはずいぶん違うけど、でも「生身の人間がそれを発声する」というところでは紙の上に印刷された文字よりは普通の会話に近くて、でも言葉遣いが「三島由紀夫」だから、他の人が演じるとどうしても何か、「気どって歯が浮いたもの」になってしまう。

これ、三島自身が言ったんだよね。「どうしてオレの芝居になるとみんな気どるんだ」って。
だから、あんたのセリフが普通じゃないからだよ(笑)。

美輪さんは、「私が演じるとうまくいくのは、解釈の違いなのよ」とおっしゃってる。
美輪さんの「解説」はほんとに面白いです。おおっ!と思ってしまう。
特に江戸川乱歩とのやりとりで、乱歩が「明智は腕を切ったら青い血が出るような人」と言った、というところ。そうそう、明智ってそういう人よね。「冷血漢」というよりも、理知に生きる、世の中的な感情からはひどく遠いところにいる人間。
で、「明智の青い血」に対して美輪さんは、「私は切ったら七色の血が出るわよ」と返したんだって。16歳で!

栴檀は双葉より芳し。
まったくねぇ。
こんな16歳の絶世の美少年にじかに会ってみたかったものだわ。

あと。
三島の「自作解題」の中にある、「嘘八百の裏側にきらめく真実もあるという、そういう舞台の具現」という言葉。
まぁ、三島さん、あなた、あたくしと同じこと考えていらっしゃったのね! さぁ、何か他に書いたものがあるなら持っていらっしゃい。これから贔屓にしてあげるわ(「黒蜥蜴」風(爆))。

いや、でも、ちょっと読んでみようかな、って気になった、三島の作品。

それから、黒蜥蜴演じてみたいなって(笑)。
言ってみたくない? 「わかって? 私の唇が、口から出るのは冷たい言葉ばかりでも、こんなに熱いのがあなたにわかって?」なんてセリフ。
「クロロフォルムのハンカチ。あんなロマンチックなハンカチはないわ」とか。

日常では絶対言えないきらびやかな言葉。
そうそう、三島の解題の中に、「隣近所のリアリズムがもてはやされているので、絶対に隣近所に発生しないリアリズムを出したい」っていう言葉もあった。
うぷぷ。
それでこそ「物語」なのですわ。

物語だけは、きらびやかな裳裾を5mも引きずっていなくちゃね。


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