『緑の目の令嬢』では、ルパンは34歳。『カリオストロ伯爵夫人』の時と同じ、ラウールと名乗っています。もっともラウール=ダンドレジーではなく、ラウール・ド・リメジー男爵と。

町で偶然見かけた青い目のイギリス人美女に惹かれ、彼女がいけすかないポマード男に尾けられていたこともあって、ラウールもまた彼女の後を追う。

するとそこにもっと魅力的な緑の目の令嬢が現れ、ルパンはさっさとそっちへ鞍替え。おいおい、ルパ~ン!

でも緑の目の令嬢の方は見失ってしまって、「じゃあしょーがねぇな、最初のイギリス人美女で我慢するか」というわけで、彼女と同じ列車に乗り込み、ずうずうしくも同じコンパートメントに入り込む。

しかし敵もさるもの、「あなたずっと私の後つけてたでしょ?緑の目の女の子の方が良かったけど、見失ったからしぶしぶ私の方へ来ただけでしょ」と全部見透かされている(笑)。

しかも彼女ミス・ベークフィールドはラウールの帽子に縫い付けられた「H・V」というイニシャルを見て、「オラース・ベルモン、アルセーヌ・ルパンの偽名の一つね」なんてこともしゃらっと言ってのけてしまう。

おおお、この女なかなかやるじゃないの!と思ったら。

彼女の出番はここでおしまい。

その夜、列車に3人の暴漢が現れ、彼女は殺されてしまうのです。ラウールも縛り上げられ、別のコンパートメントで2人の男が殺され、そして逃げていく犯人の顔をちらっと見ることのできたラウールはびっくり仰天。

「あれは緑の目の令嬢じゃないか!」

冒頭部でぐいぐい読者を引っ張っていくこの展開、ルブランさんはホントにうまいです。

緑の目の令嬢オーレリーはあえなく警察に捕まってしまうんだけども、そこはもちろんルパンが救い出し、抱っこして逃げてる時に「可愛いなぁ」と思わずその唇にチュッとしてしまう。

「なんていやらしいことをするんです!なんてはずかしいことを!」

ばちん!と殴られはしなかったものの、オーレリーはルパンの腕をすりぬけ、一人でどこへともなく逃げていってしまうのでした。

あーあ。

アホや、ルパン(笑)。

「キスの思い出に賭けて彼女を守る!」と誓ったルパン(こんなこと平気で言ってのけられるのあんただけよねー)は二度三度とオーレリーをピンチから救い出し、最後には彼女の愛を得る。

というか、最初からオーレリーはルパンに惹かれていたのだ。惹かれるがゆえに怖れ、離れようとしていた。これって『虎の牙』のフロランスと同じパターンじゃ(^^;)

惚れっぽいだけでなく、「惚れられっぽく」もある色男。いやはや。

何度も助けられ、「この恩は一生かかっても返せそうにない」と言うオーレリーに「ほほえんでみたまえ、そしてぼくを見つめてみたまえ」というルパン。

「これで君は借りを返した」 (P304)

とか、

(まるであなたの唯一の使命であるかのように、いつのときでもわたしを救ってくれるラウール、あなたはだれなの? あなたはだれなのかしら?)
「青い鳥だよ。おとなしく人を信頼する娘たちに幸福を与え、人食い鬼やわるい妖精から彼女たちを守ってやり、彼女たちを自分の王国へつれていく仕事をしている、青い鳥なんだ」
 (P352)

よい子は決して真似しないでね!(笑)

こんな台詞を言ってもいいのは世界中でただ一人、「未亡人とみなしごの守り神」ルパンだけだから!

でも結局オーレリーはルパンのもとを去っていく。

「いいえ、ラウール、あなたは永久に愛するようなかたじゃないわ。残念なことだけど、ながいあいだ愛することさえしないはずよ」 (P369)

ですよね(爆)。

賢明な選択だと思います、オーレリー。

とまぁ、ルパンの「たらし」っぷりが堪能できるお話なわけですが、最初の列車内の殺人の真相は「あ、そうか!」と思わせるものだし、事件の根っこをなしているオーレリーに遺された秘密の財宝も、壮大で素敵。

そしてイギリス人美女を追いかけていたいけすかないポマード男(実は国際捜査部の警視)マレスカルの存在。オーレリーにまとわりつき(彼も彼女に惚れていた)、彼女が自分になびかないからといって「復讐してやる!絶対牢獄送りにしてやる!」などと公私混同、ホントにうっとうし男なのだけど。

このマレスカルを徹底的におちょくるルパンの一言、「火を貸してくれないか、マレスカル」。

変装していても、まさかそんな場所に登場するわけがなくても、「火を貸してくれないか、マレスカル」という一言が「相手はルパンだ!」とマレスカルの心胆を寒からしめる。

特に最後の「後日譚」のところ、うぷぷ、となります。ルパンみたいな男に目を付けられたら最後だねぇ、ホント。

それにしても。

美人で頭も良く魅力的なミス・ベークフィールド。「緑の目の令嬢」の前座にしておくにはあまりにももったいなかった。ご冥福をお祈りいたします。



続いては『バーネット探偵社』。

ルパンがジム=バーネットという名前で探偵社を開業。調査費は無料! ただし……。

『八点鐘』と同じく8つの連作短編集になっていて、今回のルパンの相棒はベシュ刑事。手に負えない難事件が起こるとバーネットのところへ駆け込んでくるんだけど、バーネットが「調査費」ではない別の「実費」を頂戴していることを知るにつれ、「もうおまえには頼まないぞ!」という気分になってくる。

でも頼まなくても登場してしまうのがルパン。

ベシュ刑事をおちょくりながら軽やかに事件を解決し、その代償として最後にはベシュの元奥さんまでちゃっかり頂戴してしまう。

それぞれの事件の「仕掛け」もミステリーとしてよくできてるし、エスプリの効いた肩の凝らない短編集になっています。

でもやっぱり相棒が美女の『八点鐘』の方が楽しいか(笑)。

事件の謎を解く肝心要の時はもちろんルパンのかっこよさが出てくるけど、普段の「バーネット」は見た目も性格もそんなに「いい男」には描かれてないしね。

最後にベシュ刑事がため息をついて思う言葉。

「たいせつなのは無実の人が勝って、わざわいがとりのぞかれ、犯罪がなんらかの形で罰せられるということではないだろうか。だから、いつも事件の最後に、悪事を働いた連中や罪を犯した人たちに損害を与える、バーネット流のやり方に、目くじらたてる必要がはたしてあるだろうか。」 (P263)

このままバーネットと一緒に仕事をしていたら自分の「職業的良心」があやしくなってきそうで心配だ、とベシュは金輪際バーネットとは会わないと決める。

さんざんおちょくられっぱなしでいいところのない可哀想なベシュだけど、彼は良心的で実直な、十分に「いい警察官」で、ルパンのやり方に諸手を挙げて賛成するわけにはいかないんだよね。

そしてたぶん、それでいい。

「必殺仕事人」が悪者を懲らしめるのに「お金を取る」のも、「俺たちは正義じゃない」ってことを肝に銘じるため。

「みなしごと未亡人の守り神」ルパンは正義感に溢れているけど、でもやっぱり表舞台には立てない「裏稼業」。だからこそ日常の枷にあえぐ平凡な一般人にはたまらなく魅力的なんだよね。

「もうおまえとは会わない」と言うベシュに、「きみの心配(職業的良心があやしくなりそうだ、という心配のこと)はよくわかるよ。りっぱな心がけだ」と返す。

粋だね、ルパン。