ハヤカワ・ポケット・ミステリ60周年記念作品ということ、また、TLに流れてきた好評が気になって手に取ってみました。

舞台がヴェネツィアというのも惹かれた一因だったのですが、現代のお話で、しかもユーゴ内戦の暗部が絡んでくるというヘヴィな展開なので、私にはちょっと刺激がきつかったかなぁ。

古典ばかり読んでると、現代が舞台の作品はあまりに殺伐というか……。

面白かったんですけどね。どんどんページを喰ってしまいましたし、登場人物も魅力的で。

まずはイタリア憲兵隊の大尉であるカテリーナ。その美貌ゆえモテすぎて同性には嫌われ、異性にも「お高く止まりやがって」などと言われている女性。

イタリアには「警察」に相当する複数の機関があるらしく、憲兵隊は国防省所属の組織。とある教会の石段で女性の死体が発見され、カテリーナは上官ピオーラとともにその事件を担当することに。彼女にとっては初めての殺人事件。

そして米軍の兵士であるホリー。同じく軍人だった父とともにイタリアの基地で育った彼女は、自分を「半分イタリア人」だと感じている。アメリカからエデルレ基地に着任早々、とある女性からユーゴ内戦時の記録公開を求められ、その文書を探し始める。

この二人の追う「事件」がやがて一つに繋がっていくのは想像に難くないですが、もう一人、ダニエーレという男性が絡んできます。

「カルニヴィア」というソーシャル・ネットワーク・サービスの創始者である彼は、当局からのカルニヴィア内情報公開要請を断った罪で審理中。また、「カルニヴィア」そのものが攻撃を受けていて、ダニエーレが裁判にかけられているのもその攻撃と関係があるのではないかと考えている。

ダニエーレの人物紹介が「Wikipedia引用」という体裁になっているのが、いかにも今ドキです。古典ばかり読んでいた人間には新鮮すぎる(笑)。

もちろん「カルニヴィア」への攻撃も、カテリーナとホリーが追う事件と関係があって……。

3人それぞれの視点で語られていたものが徐々に近づき、一堂に会していくのは読んでいてわくわくします。わりと短い周期で視点が切り替わるので、「ちょっ、カテリーナの方はどうなったの?」とページを繰らずにいられませんし。

セクシーで奔放なイタリア娘カテリーナと出会って、自分では「半分イタリア人」だと思っていたホリーが自信をなくしたり、同じように正義感とプロ意識が強くても性格の異なる二人の対比が面白い。

ダニエーレもただの引きこもりのネットオタクではなく、「数学の美しさ」を語ったり、非常に的確に状況を判断したり、いざとなればちゃんと行動力を発揮したり、なかなか興味深い人物です。

原題は「THE ABOMINATION」。「禁忌」というよりは「忌まわしいこと(行為)」という意味だそう。

タイトル通りカテリーナやホリーが暴くのはユーゴ内戦時の「忌まわしい出来事」。特に女性への戦略的&組織的強姦。……なんというか、読んでて気が重くなります。「戦争」というものが人の心を狂わせるのはもちろん、戦争で儲けるために「わざと狂わせる」「扇動する」者達がいる。

物語の冒頭でさんざん「そんな陰謀論に与するのはやめよう」と自分を戒めるホリーが、見事に陰謀に巻き込まれ、命の危険にさらされる。

もちろんこのお話はフィクションだけれども、そのような「陰謀」や「扇動」はやはり皆無ではないのだろうし、その「扇動」に女性への強姦が含まれるっていうのがねぇ…。

最後にカテリーナが言うように、女性達の受難は決して過去のことではなく現在も続いていて、「いい仕事がある」と騙されて国境を越え、売春婦として売られる女性が後を絶たない。

「昔は女たちを殴って言うことを聞かせてたんだが、希望のほうが安上がりで、同じだけの効果がある。もっとも従順なのは、働いて金を稼げば足を洗えると信じてる女だ。資本主義はポン引きの最良の友なんだよ」 (P202)

なんと言っていいやら。

私がこうして無事でいるのなんて、ある意味奇跡みたいなもんだよね。治安のいい現代日本に生まれて、家庭にも恵まれて、紛争に巻き込まれることも、身を売る必要もなく過ごしてきた。生まれる国も民族も家も、人は選べない。

「こういうことになるから、新しい犯罪だけでなく古い犯罪もきちんと解決しておく必要があるのよ。そうでないと繰り返されることになるから」 (P367)

身の危険を顧みず「自分達のなすべき仕事」をまっとうしたカテリーナとホリー。

でも「知りすぎた」彼女達はこれからも安全なのか? 敵か味方か判然としないあの人(ミステリーなので詳しくは書けません)の真意はどこにあるのか。ホリーは彼をまだ信用しているのか……。

この「カルニヴィア」、3部作ということで続編のタイトルがすでに発表されています。

第2部「THE ABDUCTION(=誘拐)」、第3部「THE ATROCITY(暴虐、非道)」。この先まだまだヘヴィな展開になっていくのかしら。怖い…でも気になる……。

ウェブサイト「carnivia.com」も作られているようです。作中に出て来る「カルニヴィア」はヴェネツィアの街をリアルに再現したサイバースペースで、仮面をつけたアバターを用いて完全匿名で行動できるということになっているけど、このサイト、どこまで作り込まれているんだろ(怖いし英語なので試せない)。


ちなみにこの記事、当blog2000本目の記事でした。

ポケミス60周年記念の本作は№1875。1冊目は№101だったそうなので、1875冊目というわけではないけど、どっちにしてもポケミスの冊数よりこのblogの記事の方が多いぞ!だから何!?(笑)