2014年3月6日木曜日

修道士カドフェル12『門前通りのカラス』/エリス・ピーターズ



カドフェルシリーズ12作目。

いつもこのシリーズでは「真実を公にすることだけが正義ではない」と思わされますが、今回はさらに「聖職者として人を救うとはどういうことか」、「人間として大事なものはそもそも何か」ということを考えさせられます。

タイトルの「門前通りのカラス」というのは、シュルーズベリ修道院のすぐ前の「門前通り」の新しい教区司祭としてやってきたエイルノス神父の仇名です。

修道院のラドルファス院長が司教ヘンリーから推薦され連れ帰ったエイルノスは学識は高いけれど厳格・無慈悲で、教区の人間達からあっという間に嫌われます。そして黒い僧衣の裾を翻して歩く姿から「門前通りのカラス」と呼ばれるのです。

当時のイングランドでカラスがどういう象徴だったか知りませんが、今の私たちにとっては「不吉なもの」というイメージがありますよね。

原題は「THE RAVEN IN THE FOREGATE」で、「RAVEN」を英和辞書で引くと「ワタリガラス、大がらす。不吉な鳥とされる」と書いてあります。

聖職者に対して「不吉な鳥」という仇名をつけるんですから、エイルノスがどれだけ教区民から嫌われていたかわかるというもの。

しかもものすごい短時日のうちに嫌われてるんですよね、この人。シュルーズベリにやってきたのが12月の10日頃で、キリスト降誕祭(つまりクリスマス)前夜には死んでしまうんですが、つまりたったの2週間ほどで総スカンを食って、「あの神父を殺す動機のある人間はたくさんいる」という状況になっている。

たった2週間の間にパン屋のプライドを傷つけ、未熟児で生まれた子どもの洗礼をしてやらず、畑の境界をいじって隣人を怒らせ、私生児を産んだ娘を破門扱いして自殺させる……。

文書や証文や報告書だけを相手にしておればよいのなら、彼は完璧な司祭だったかもしれぬ。しかし、罪を犯しやすい凡人をなだめすかし、相談にのってやり、慰めを与えてやろうという意図がまったくなかったのだ。それこそが教区司祭の役割りだというのに。 (P122)

とカドフェルも言っています。

どんなに学識が高くても、ラテン語ができても、聖務をきちんと行っていても、「教区司祭」は教区民と向き合い、彼らの悩みや日々の暮らしに寄り添わなければ意味がない。

未熟児で生まれた赤ちゃんの洗礼と、聖務と、どちらが大事なのか。

そして洗礼を受けられないまま亡くなった赤ちゃんを「キリスト教徒でないから」と教会墓地に葬らせないんですよね、エイルノス。いや、それあんたが駆けつけてやらなかったからやん。「長くはもたないだろうから早く洗礼を」と呼びに来た父親に「聖なる祈りを中断することはできない」ってあんたが断ったんやんか。

そういうことをラドルファス院長に質されても、エイルノスは悪びれることもない。「だって聖なる祈りをおろそかにすることなんてできませんよ」と、自分の「正しさ」を微塵も疑わない。

なんというか、一番タチの悪い人種ですよね。

ラドルファス院長も「さて、これから彼をどうしたらよいか」と嘆息するのですが、幸か不幸かエイルノス神父はほどなく死体で発見されることになるのでした。

さて神父を殺したのは誰か?

一方、スティーブン王から正式に執行長官に任命されて戻ってきたヒューは、女帝モードのために働いている若者の追跡を命じられています。

なんとその若者は2巻目『死体が多すぎる』に出て来たトロルドと行動をともにしていたらしく。

ゴディスとめでたく結婚した、などと言及されるのです。もう2巻目の詳しい話なんて忘れてしまってますが、12巻目にさりげなくそんな消息を書き入れるなんてピーターズさん心憎い。

お話の最後の方では1巻目『聖女の遺骨求む』でカドフェルの助手を務めていた修道士ジョンの名前まで出て来ます。聖女ウィニフレッドの遺骨を求めて出かけたウェールズのグウィセリンで鍛冶屋の娘と恋に落ち、そのままグウィセリンに留まったジョン。

懐かしい……と言いたいけど、「そういやそんなこともあったっけ」的な(笑)。

いや、でも、こうしてちょこちょこ懐かしい名前が出て来るのもシリーズ物を読む楽しさ。

そしてカドフェルシリーズではほぼ毎作、カドフェルのお眼鏡にかなう前途有望で心根の良い若者と、その若者と結ばれることになる聡明で勇敢な少女が出てきます。

今回も、カドフェルをして

この手の少女には従わぬわけにはゆかなかった。 (P185)

と言わしめる少女サナンが出て来ます。「この手の少女」って「どの手」だよ、と思ってしまいますが(笑)、女帝モードとスティーブン王の争いの中で実の親を亡くし、争いから身を引こうとする継父とはたもとをわかって自分の運命を切り開こうとする。ホントにまぁ、勇敢というか大胆というか、ピーターズさんの描く女の子たちは魅力的です。

サナンと恋に落ちるのはもちろんヒューが追跡を命じられた女帝方の若者で。

最後、間一髪で若者が危機を脱する時の文章がすごくいいんですよね。

「ああ、助かった!」の四連発。若者と追跡者、そしてその「危うい一瞬」を見ていたカドフェルとサナン、それぞれの視点での「ああ、助かった!」。

すごく楽しいし、その「助かり方」もくすっと微笑まずにはいられない演出で。

ホント、毎作毎作「巧いなぁ」と唸らされます。

そして、スティーブン王に仕えているヒューでさえ「勇敢な若者がその使命を果たすのを妨げたくはない」と思っているところ。「自分の管轄地にはいないでくれよ」と、できれば見逃したいと思っている。

王位争いで内乱状態になっていて、自分の身を守るためにどちらかの味方につかなくてはならなかったとしても、それぞれの配下の者に個人的な恨みがあるわけではない。別に相手方を全滅させたいと思っているわけでもない。

いいですよねぇ、なんか。

血の通った人間たちの物語。

最後に、エイルノス神父の葬儀の際に行われたラドルファス院長の説教を引用しておきましょう。

なぜなら完全無欠の追究さえも、それが他人の権利や必要を侵害する場合には、罪となりうるからだ。脇道にそれて他人に手を貸したがために少々の不足が生じようとも、脇目もふらずにみずからの報いを追い求め、人を孤独と絶望に陥れるよりはるかによいのである。 (P257)


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