タイトルに惹かれて読んでみたのですが。

うーん、なんか思ってたのと違いました。

「宇宙が始まる前の世界」ってどんなだったんだろう、というの、ずっと気になってて、ビッグバンやインフレーション宇宙論が正しかったとして、「その前」ってどういう状態だったのか。「宇宙が膨張している」なら、「膨張できるだけの空間」があらかじめ存在するということなのか?

そういう疑問に答えてもらえるのかな、と思っていたんだけど、これ、日本語訳に騙されました。

原題は『A UNIVERSE FROM NOTHING~Why There is something rather than nothing~』です。

日本語訳にすると、「無から生まれた宇宙~なぜ何もないのではなく何かがあるのか~」という感じでしょうか。

「騙された」と言っては語弊があるかな。「宇宙が始まる前は“無”です。何もなかったんです」っていう答えがもう原題に入ってる。

それに「膨張するならその周囲に膨張できるだけの空間が」っていう発想、超素人だもんねぇ。そもそも「空間」という概念が私たちの宇宙の「内部」でしか通じないものなんだろうし、ビッグバンだかインフレーションだかの「宇宙の開始」によって「時間と空間が生まれた」なら、「その前に“空間”があるわけがない」。

「時間が生まれる“前”」っていう表現もへんてこなことになる。「時間」がないなら、「前」も「後」もないよね。

「宇宙が始まる前」というか、宇宙が存在しない世界に何か別のものがあったとしても、それって私たちの手持ちの概念ではとうてい記述できない、理解はおろか想像すらできないものじゃないのかしら。

このクラウスさんの本は、同じタイトルで行われた講演がもとになっているそうで、その講演会の動画はYouTubeで150万pv超えの大反響。この本も全米ベストセラーとなり、一大センセーションを巻き起こしたそうです。

「無から有が生まれる」という話は確かに俄に信じられないし、「宇宙の前には何もなかった」と言われたら「えー、そんなー」と言いたくなるけれども、「まえがき」や最後の「著者への一問一答」を読むと、「宇宙が“無”から生じる」ことよりも、「神(創造主)など必要ない」という著者の反神論的スタンスが物議を醸したのかなぁ、という気がします。

「神を持ち出さなくても説明できる」ってことを繰り返し言ってるような、そんな印象。

冒頭の、「ペーパーバック版のまえがき」では、副題についている「why」が引き起こした混乱について触れられていて、

科学者がwhy(なぜ)という疑問を発するとき、それはじっさいには、how(いかにして)という問いなのである。 (P9)

という弁明がなされています。

「なぜ」というのは「原因」を問う質問なのですね。そして「なぜ」という問いには、「どんな目的で」「何のために」という意味も含まれている。

「なぜ○○が生じたのか」「それは△△があったから」「ではその△△はなぜ生じたのか」「それは…」というふうに、「なぜ」型の質問には往々にしてきりがない。

しかし、究極の原因があると仮定したところで、「では、すべてを創造したというその者を、いったい誰が作ったのか」という問題は未解決のまま残される。 (P20)

まぁいわゆる“神さま”というのは始まりもなく終わりもなく、「存在するんだから存在する!」みたいな存在にされているのでしょう。

ギリシャ神話や日本の神さまの中には後から「生まれてくる」神さまもいるわけですけれど。

「why」ではなく「how」ということの重要性は、神さま云々というよりも、

「なぜ」という問いかけは、暗黙のうちに、原因と目的の存在をほのめかす。しかし太陽系を科学的に理解しようとするときには、太陽系が存在するのには目的がある、という話にはならないのが普通なのだ。 (P207)

という側面でしょう。

私たちは自分たち人類を特別視したいし、宇宙のような壮大なものがいわば「勝手に」「何かの偶然で」生まれた、というふうには考えたくない気持ちがあるけれども、「何か大いなる意志が働いてこの宇宙が」という発想は科学的ではない。

まぁそんなわけで。

全知全能の神さまがいなくても宇宙は誕生しちゃうし、「無」から「有」も誕生しちゃうということです。

この場合の「無」というのは「空っぽの空間」ということで……。あれ、でも「空間」自体がビッグバン(か、その前段階)で生まれたものなんじゃ???

空っぽの空間は、物質や放射がまったく存在しなくても、ゼロではないエネルギーを持つことができる。そして一般相対性理論の教えるところによれば、エネルギーをもつ空間は指数関数的に膨張する。 (P215)

そうなるのは、空っぽの空間のエネルギーに伴う重力的な「圧力」が、負の値を持つからである。「負の圧力」であるため、宇宙が膨張するにつれてエネルギーはどんどん空間の中に移行し、空間のエネルギーは減少することがない。 (P216)

量子力学の法則から生じた、空っぽの空間の中のわずかな密度ゆらぎが、今日の宇宙で観測されるあらゆる構造の種となったのである。われわれ自身も、そしてわれわれが目にするすべてのものも、時間が始まってまもないインフレーション期に、本質的には何もないものの中で起こった量子ゆらぎから生じたのである。 (P216)

この辺の説明はなんとなくわかる気がするんだけど。

「時間が始まってまもない頃」ということは、すでに「宇宙は生まれていた」んじゃないの?「時間」が始まる前は???

クラウスさん自身も最後の方になって、

宇宙創成にまつわる最大の問題は、宇宙が生まれるための条件を作るには、宇宙の外側にあらかじめ何かが存在している必要がありそうなことだ。 (P244)

宇宙があるとき生まれたとして、その前には何かが存在していたのだろうか?その宇宙創成は、どんな法則に支配されていたのだろうか? (P247)

とか言い出すし(笑)。

そこがー、知りたかったんですけどーーーーーっ。

で、その問いからまた神さまの話になっちゃうのよね。結局「宇宙が始まる前」についてはまだ何もわかっていないし、この先わかることがあるのかどうかもわからない、ってことだろう。

「推測」はできても、実際に「その前」を見に行くことはできないわけだし。

ただ、クラウスさんは、「宇宙の最初期」に「無」から「有」が生まれたことから拡張して、

今や、「何かある」という状態と、「何もない」という状態とが、互いに移りかわるのは当たり前だと考えられているのである。 (P258)

とおっしゃっている。

つまり、宇宙が「始まる前」が完全な「無」であってもおかしくないし、その完全な「無」の前にはまた別の「宇宙」があったとしてもおかしくはない――ということなんだろう。

なんかこう、すっきりしなかったけど(笑)、「仮想粒子」の話や「相対性理論のおかげで空間と時間を一体的に扱えるようになった」みたいな話は面白かった。

「二兆年後には銀河系以外は見えなくなる」という話も。

宇宙がこのまま膨張を続けたら、他の天体は遠ざかりすぎて、その星からの光をキャッチできなくなってしまうらしい。

銀河の後退速度が光の速度に近づくにつれ、その銀河から届く光の赤方偏位は大きくなる。かつて可視光線だったものは、波長が伸びて赤外線やマイクロ波や電波になり、いずれその波長は、宇宙のサイズよりも長くなる。そうなった時点で、その銀河は名実ともに姿を消すのである。 (P163)

宇宙のサイズよりも波長が長くなるってぇぇぇぇぇ。

想像の域を超えるにもほどがある。

今、私たちが遠くの星々から来る光や宇宙マイクロ波背景放射とかを観測できているのは、「まだ観測可能な時代」にたまたま私たちが存在できたからだ、というのはなんか、ホントに壮大でファンタジーな、それこそ奇跡なんだなぁ、と思わされる。

意図や目的のない宇宙に生きているほうが、むしろ驚異的なことなのではないだろうか。なぜならその場合、われわれがたまたま存在して、こうして意識を持っているという偶然が、かけがえのない出来事になるからだ。われわれは短い生涯のあいだに、自分の存在に自分で意味を与えるべきなのである。 (P272)

というクラウスさんの意見にも賛成。

読む前に期待した内容とは違ったけど、これはこれで勉強になりました。