2014年12月17日水曜日

『高慢と偏見』/オースティン(ちくま文庫版)



P.D.ジェイムズ氏の『高慢と偏見、そして殺人』が出た時に気になって、それを読むためにはまず元ネタである『高慢と偏見』を読まなきゃなーと思ったものの読まずに数年間放置してました。

先日P.D.ジェイムズ氏の訃報に触れ、「そういえばエア積ん読のままだなー」と思い出し、図書館に行ってまずこの『高慢と偏見』の方を借りてきました。

悩んだのが「どの訳で読むか」。

「英国恋愛小説の名作中の名作」ということで、岩波文庫や新潮文庫には古くから入ってる上、2011年には古典新訳文庫版が出て、


今年になって新潮文庫でも新訳版が出ました(こちらのタイトルは『自負と偏見』)。


さらに河出文庫版、ちくま文庫版もあり。

訳によってずいぶん雰囲気が違うらしく、Amazonレビューなど読み比べて結局ちくま文庫版を選定。全部借りてきて読み比べると面白いんでしょうが、さすがにそこまでする気力はありません(^^;)

このちくま文庫版も2003年という最近の出版で、裏表紙には「清新な新訳で送る」と書かれています。他の訳書を読んでいないので比較はできませんが、特に引っかかりを感じることもなく、すらすらと読めました。

原著が出版されたのは1813年。200年前ですね。1789年のフランス革命からまだ20数年しか経っていません。ディケンズが1812年生まれだから、ディケンズよりも少し早い作家さん。そんな時期に女性の作家がいて、評判を取ってたんだなと思うとちょっと感心したりもします。

『ジェイン・エア』のシャーロット・ブロンテが1816年生まれ。日本はまだ江戸時代ですが、江戸の読本(よみほん)に女性の作家はいたのかなぁ……。

時代背景を思えば、若い女性にとって「結婚」が死活問題になっていることも、「身分の違い」が恋の妨げになるというのもごく当たり前のこと。

いや、今でもやっぱり「結婚」は大問題だし、貴族はいなくても「玉の輿」とか「不釣り合いな結婚」みたいなことは現代日本にもあるでしょう。

ヒロインのエリザベスは五人姉妹の次女。父親のベネット氏はロングボーン村の地主で年収二千ポンド。1万ポンドで現在の1億円らしいですから、年収2千万? けっこうなお金持ちですよね。でもお話の中では「中流階級」らしく、まだ上には上がいます。

近所のネザーフィールド屋敷に引っ越してきたビングリー氏がまさにそれ、年収四~五千ポンドで独身で美青年。人当たりもよく、たちまち近隣の女達は色めき立ちます。

そんなビングリーが目を留めたのはエリザベスの姉ジェイン。五人姉妹の中でもっとも美人で性格も良く、どんな相手にでもいいところを見つけ、決して悪口など言わない優しい心の持ち主。

ジェインの方もビングリーに好意を抱き、姉妹の母親であるベネット夫人などは早々に二人の結婚を吹聴しますがそうは問屋がおろし大根(古い)。そう簡単に事は進みません。

そしてさらにまっすぐ進まないのがエリザベスのお話。

ネザーフィールド屋敷にビングリーとともにやってきたダーシー。ビングリーの親友である彼はなんと年収1万ポンドの大地主! 見た目も男前、でもその態度を「高慢」と取られ、エリザベスを初め近所の者達から「ヤな奴」というレッテルを貼られてしまいます。

何しろ一番最初に、舞踏会の席でエリザベスのことを

まあまあだけど、あえて踊りたいほどの美人じゃないね。それにぼくはいま、ほかの男から相手にされないお嬢さまのお相手をする気分じゃないんだ。 (上巻P22)

なんて言っちゃうんですよ。しかもそれを当のエリザベスに聞かれちゃってるんだから、「嫌われるな」と言う方が無理。

その後ウィッカムというダーシーと因縁のある男がロングボーンに現れ、その男から「ぼくはダーシー氏にひどい目に遭わされた!」と聞いてますます嫌悪感を強めるエリザベス。しかし……。

まぁAmazonさんのレビューとか背表紙のあらすじとかで最後は大団円でダーシーとエリザベスが結ばれるんだろうとわかるんですが(笑)、わかってても「どういうふうにそこへ落ち着くんだ?」と続きが気になり、どんどんとページを繰ってしまいます。

ロングボーンを去ったダーシーとエリザベスが別の場所で再会するところなど、「都合いいなぁ」と思わないこともないですが、そんなことを言えばウィッカムがロングボーンに現れるのだって「都合よく因縁の相手が」になるわけで、飽きずにページを繰らせる展開はなかなかうまい。

エリザベスはウィッカムにちょこっと恋心を抱くんだけど、彼女がウィッカムに注目したのは彼とダーシーに繋がりがあって、彼からダーシーのことを知りたいということがあったからなんですよね。エリザベス自身はどこまでそれを自覚してたかわからないし、あくまでダーシーのことを「ヤな奴!」って思ってるんだけど、でもダーシーのことが「ずっと気になってた」のも確かで。

もしもウィッカムとダーシーの間に何の関係もなかったらエリザベス、あんたはウィッカムに興味を持ったの?

……と読者に思わせてしまうところもうまいなぁと思う。ジェイン・オースティン。

しかしそれにしても。

ベネット夫人のウザいこと!

気立ての良い優しいジェインと才気煥発なエリザベスがなんであの母親から生まれてきたのか不思議でしょうがない。途中でエリザベスが母親の言動にめちゃめちゃ恥じ入ってるんだけど、ホントによくあの母親に目をつぶってビングリーもダーシーも結婚してくれたと思うよ。

父親のベネット氏はそこそこ紳士で頭も悪くないようで、長女と次女は頑張って可愛がったけど、3人目以降はもう疲れてしまって母親任せで育ててしまったのかもしれない。特に末娘のリディアは母親に甘やかされ放題で15歳で将校さん達にのぼせあがって挙げ句は駆け落ち騒ぎを起こし、家族にめちゃくちゃ迷惑をかけたのにまったく自覚がありません。反省の必要を感じてないからその後も一向に心を入れ替えない。

ヒロインの妹だからって容赦せず「バカ娘」のまんまってとこがすごいし、リディアやウィッカムの人物描写にはある種の「人間性の真実」を感じます。なんというか、こっちが気を遣ったり「もしかしたら向こうだって少しは悪いと思ってるかも」とか考えるだけ無駄な人っているよね、っていう……。

5人姉妹の真ん中、メアリーの描写もひどくて、

ベネット家でひとりだけ器量が悪いため、教養と芸事を身につけることに人一倍努力し、努力の成果を人に見せたい気持ちも人一倍強かった。だが残念ながら、メアリーには音楽の才能もセンスもなかった。人にほめられたい一心で人一倍練習するが、そのために気取りとうぬぼれが身についてしまい(後略)(上巻P45)

うわぁ可哀想。一人だけブスってだけでも生きていくの大変なのに、それを補うための努力が全部裏目とか……。なんかグサグサ来る……。

メアリー無事結婚できたんやろか。心配やわ。

何しろこの時代、良い相手と結婚できないと本当に飢え死にしてしまうかもしれないのです。ベネット氏は年収二千ポンドの地主ですが、その財産は「限定相続」ということになっていて、男子しか相続できない。もしもベネット氏が急死すると財産は親戚のコリンズ氏という男に持っていかれて、ベネット夫人も娘達も家を追い出されてしまう可能性が大きいのです。

長女ジェインはもう22歳。エリザベスは20歳。ベネット夫人が「近所に越してきた金持ちの独身男性」にキャーキャー言うのも無理はありません。

エリザベスの親友シャーロットは27歳で、さらに焦っています。なので相手がバカだとわかっていても、「食いっぱぐれのない安定した生活」のために某氏(これから読む方のために一応名前は伏せます)のプロポーズを二つ返事で受けるのです。

その時のシャーロットの胸の内をオースティンはこう書きます。

○○氏はたしかに頭も悪いし、感じのいい男でもないし、一緒にいても退屈だし、彼の愛情もきっと口だけのものだ。(中略)教育はあっても財産のない若い女性にとって、結婚は、人並みに生きるための唯一の生活手段であり、かりに幸福になれないとしても、飢えだけは免れるからだ。 (上巻P215)

生きるために「バカで退屈な男」とのこの先何十年も続くであろう生活を受け入れるのかぁ……と思うけど、シャーロットの下にはまだ妹や弟がいて、いつまでも「娘」として実家にいるわけにもいかないのですよねぇ。

エリザベスはそんなシャーロットの「打算的な結婚」を「絶対に幸せになれるわけない」と断じるのですが、結婚後のシャーロットはそれなりにうまくやってるのですよね。「ちょっと困った男」である某氏をちゃんとコントロールして自分の居場所を作り、家の中を管理することに生きがいと喜びを感じている。

それも一つの「幸せの形」だよなぁ、と思うわけです。

むしろ当時はそういう結婚の方が一般的で、「とにかくあの人が好きだから結婚する」みたいなことの方が珍しかったのでは。

ベネット夫人の弟であるガーディナー氏とその奥方はベネット夫人とは似ても似つかぬ(笑)良識あるいい人で、奥方はエリザベスの良き相談相手なんだけど、そのガーディナー夫人は

お金のない者同士が好きになっても不幸になるだけ。そういう無分別な恋に落ちてはいけないし、相手をそういう気持ちにさせてもいけないわ。 (上巻P249)

と言っています。

ビングリーもダーシーもお金持ちで良かったよね……。


さて。では『高慢と偏見、そして殺人』を借りてくるとしましょう。

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