『エラリー・クイーンの冒険』に続く短編集。

名作と名高い中編『神の灯』を含む9篇が収められています。

『神の灯』の評判は知っていたので大いに期待していたのですが……あれ、このトリックというかアイディア、映画版『ケイゾク』で使われてなかったっけ???

テレビ放映された時に見るともなしに見ていただけなので詳しいことは覚えていないけど、トリックの要となるアイディアが同じだったような。『神の灯』を参考にしたのでしょうかね。Wikipediaを見てもわかりませんが。

江戸川乱歩も絶賛したという『神の灯』、そのトリックはもちろん、のっけから「何か起こる感」がすごくて、文章の醸し出す雰囲気がすごくいいんですよね。

知り合いの弁護士ソーンに呼び出され、わけもわからず港へ赴くエラリー。ソーンと一緒に港にいたのは医者のライナッハ。このライナッハという男がいかにも怪しい。とても胡散臭いのだけど、胡散臭いがゆえに彼の前ではソーンはエラリーに「頼みたいこと」を話せない。

それでエラリーは一体ソーンがどんな事件を抱えているのか、自分に何を頼みたいのか、さっぱりわからないまま一緒にライナッハの家に赴くことになる。

ライナッハの兄で金持ちのメイヒュウが死んだこと、港でソーンとライナッハがその到着を待っていたのはメイヒュウの生き別れの娘アリスだったこと。

金持ちの男が死んで、長く消息不明だった娘が登場……となればもちろん問題は遺産相続。ソーンはライナッハが兄の遺産を狙って何事か企んでいると考えていた。そして読者から見てもライナッハは最初からすごく怪しい。

ライナッハとその兄が住んでいた家(「白い家」と「黒い家」と呼ばれ、並んで建っている)があるところは電話も電灯もガスもない。水道もない。陸の孤島のような場所に雪が降り込め、車も動かなくてエラリー達は閉じこめられてしまうのだけど、朝目覚めるとなんと隣に建っていたはずの「黒い家」がなくなっている――!

うん、ほんと語り口がいいんですよ。「何か起こる」という怪しい雰囲気をずーっと湛えつつ、なかなか肝心のことを話してくれない。「今か今か」とページを繰らされ、ついに話が動いたと思ったら「家が消える」。

いやー、さすがです。

導入部の、

エラリー・クイーン君は、習慣の上では、でたらめだったかもしれないが、精神的にはきちんとした人物である。ネクタイや靴は、寝室に乱雑にほうり出してあったかもしれないが、頭蓋骨のなかでは、よく油をさした機械が軽快な音を立てて、まるで惑星系のように整然と、冷厳に動いている。 (P8-P9)

なんて描写も粋。

おどろおどろしい雰囲気のある『神の灯』の次はうって変わって軽快な『宝捜しの冒険』。消えた首飾りを見つけるのに、エラリーが「宝捜し」を仕組んで犯人を罠にはめる趣向が面白い。

遊園地の中の真っ暗な「おばけ屋敷」(というか単にひたすら真っ暗な迷路ぽい)が舞台の『暗黒の家の冒険』ではクイーン家の新世代執事ジューナ君が登場。短編でもジューナ君に出会えて嬉しいです。そもそもエラリーが遊園地に行く羽目になったのはジューナとの約束のせいだったし、園内の不審な男に気がついたのもジューナ、「暗黒の家」に入りたがったのもジューナ。

ジューナのお守り、大変だ(笑)。

「暗黒の家」に入る時、「先に行かせて」と言うジューナに、

「おまえはぼくの死体を乗り越えて行くんだ。ぼくはね、クイーンのおやじさんに約束したんだよ、おまえを――そのう――生かして連れてかえるってね」 (P219)

と答えるエラリー。「死体を越えていけ」って、遊園地のアトラクションに入るだけなんですけど。

でもそれだけ「保護者」なんだよね。エラリー父子にとってジューナは家の中を取り仕切ってくれる優秀な執事であるだけでなく大切な家族で、「こんな怪しげな施設でジューナに何かあったら俺が親爺に怒られる」なんです。

そしてジューナはエラリーならぬ謎の男の死体を乗り越えることになるのですが……。

あ、これは翻訳の問題ですがジューナが頬張るポップコーンが「パプコーン」と表記されているのに時代を感じます。『エラリー・クイーンの冒険』と同じく初版は1961年。昭和36年の訳が今でも現役バリバリなんですよねぇ。『冒険』は2014年で68版。こちらは1999年11月で57版でした。

後半4本はスポーツをモチーフにした連作で、それぞれ野球、競馬、ボクシング、フットボールが扱われています。

ニューヨーク・ジャイアンツとニューヨーク・ヤンキースの試合に夢中になるエラリー。うーん、エラリーってなんかそういう俗事には冷ややかというか、熱狂する人々を少し離れて見ていそうなイメージだったのですが。

やはりアメリカ人……というかニューヨックっ子ということなんでしょうね。「ニューヨーク・シリーズは一度ものがしたことはない」と言っています。ディマジオやムア、グーフィー・ゴメツといった実在の選手の名前が出て来て、当時の読者にとっては楽しかったでしょうね。

人気の競技が扱われている他にもこの4作には共通点があって、エラリーの相棒としてミス・ポーラ・パリスという女性が出てきます。ハリウッドでゴシップ欄担当の記者をしているらしい彼女、エラリーと初めて会った時(『ハートの4』という作品らしい)には「人込み嫌悪病」だったそう。

ゴシップ記者が人込みを嫌っていたんじゃ仕事にならないと思うのですが、ストーカーとかパパラッチとかに遭ってたんでしょうか。そこは『ハートの4』を読んでみないとわかりませんが、ともあれエラリーは彼女の人込み恐怖症を「恋をしかける」という治療法で治してしまったんですって。そして患者はその治療法に中毒してしまったと……。

なんじゃそりゃぁぁぁ~!

「わたし、なんだか」と、この愛らしい患者は、ささやくようにいった。「もっと手厚い療治が必要のようだわ、クイーン先生」
そこで、気の毒な男は、うわのそらで手厚い療治をほどこし、あとで口から口紅をぬぐいとった。
 (P330-P331)

エラリー、おまえってやつは……。

事件自体がどうこうよりもミス・パリスとのやりとりが気になってしかたがない連作4篇でした(笑)。

でもエラリー・クイーン(登場人物ではなく著者の方の)ってこういう描写がとてもうまいな、と感じます。翻訳で読んでるだけなので、原文のニュアンスはまた違うのかもしれませんけど、単にトリックや推理が優れているだけでなく、文章もうまいんですよね、やっぱり。

短編でのエラリーの活躍を楽しんだ後は、4か月ぶりに国名シリーズを楽しみたいと思います♪ 『アメリカ銃の秘密』、どんなお話かな~。