2015年10月18日日曜日

劇場版『蒼き鋼のアルペジオ~Cadenza~』観てきました!



劇場版第1作はテレビシリーズのおさらいが主で新作部分はさほど多くなかったですが、今回の第2作はまるまる新作ということで。

楽しみにも程がある♪



※以下ネタバレあります!これからご覧になる方はご注意下さい!

(※台詞等は正確ではありません。その他うろ覚え&妄想部分もありますのでご容赦ください。あと、無駄に長いです)

冒頭20分はテレビやニコ生特番でも放送されましたが、いいところで終わっちゃって(当たり前)。劇場に行くしかないですよねぇ。

コンゴウじゃないけど、正直「生徒会」の面々は「めんどうくさい」(笑)。なんで彼女たちが制服着てるのか、学校の生徒会を模してチームを組み、会議を行っているのか、一体「霧」は何がしたいねん、と思うんですが。

生徒会書記であるハグロ自身が「この会議いる~?」と言ってるのにウケます。

生徒会長であるヒエイはコンゴウ出奔後の東洋方面第一巡航艦隊の旗艦で、コンゴウが道を誤ったことに対する疑問と不安が強くて、それで「艦隊の風紀を乱してはならない→生徒会→霧の風紀は地球の風紀」ってことになったんでしょうが、「アドミラリティ・コードから逸脱してはならない」というルールに「風紀」という言葉を持ってくるセンスが。

メンタルモデル作った存在は人類の、それも日本の特定のジャンルをリサーチしすぎなのでは。

まぁメンタルモデルがあんな見た目をしている時点でそれはわかりきったことではありますが(そもそも艦の名前が全部日本名……)

ちなみに「風紀」というのは「社会生活の秩序を保つための規律。特に、男女間の交際についての節度」を指す言葉だそうですよ。(goo辞書参照)



で、その生徒会とちょっとやりあって終わったのが劇場版第1作。1作目のラストで超戦艦ムサシと、ムサシに「お父様」と呼ばれる千早翔像が出て来ました。

そしてムサシは人類に降伏勧告をするのですね。「人類は地球の癌なので、霧の管理下で生きるのが地球のためにも人類のためにも一番いい選択だ」とかなんとか。

間違ってないような気がするから困る。

父はやはり裏切り者だったのか?とショックを受けつつも、群像は霧の総旗艦ヤマトに会うべく北極海を目指す。しかしその途中、ウラジオストクでムサシと接触したイオナはムサシから「ヤマトのお人形さん」と言われ、ヤマトと自分自身に関するある事実を知らされ、機能停止してしまう。

メンタルモデルとしてのイオナは意識を取り戻したものの、イ401の「霧」としての機能は戻らず、「フツーの潜水艦」としてしか航行できない。それでも群像は目的地を変えず北極海を目指すんですが、当然そこには生徒会の艦が網を張っていて……。

探索にひっかからないようエンジンを切り、潮流を使って進むところなんか、「おー!」と思ってしまいます。

メンタルモデル達の可愛さやその「自我の目覚め」の物語も面白いですが、群像による「戦略」も『アルペジオ』の魅力の一つですよね~。海底のメタンハイドレートを使うとか、ほんまにそんなことできるん?って感じですが。

で、結局生徒会に見つかっちゃって、「ただの潜水艦」になっちゃってるイ401は大ピンチ。超重力砲も撃てないし、クラインフィールドも展開できない。

早くー!早く来てよー!ヒュウガーーーーーっ!タカオーーーーーーっ!

イ401の絶体絶命のピンチに駆けつける「蒼き鋼」たち、胸熱です!たまりません。

ヒュウガによってタカオは船を復元され、「通りすがりの艦隊のナノマテリアルを使って」ハルナとキリシマも乗艦ゲット。

ヒュウガに「イオナ姉様を助けてほしい」と頼まれた時は「薪絵を守らなきゃならないから」と断ったハルナ。でも、結局来てくれるんだよね。薪絵も一緒に。

たぶん薪絵が「友だちを助けるのは当たり前じゃない。なんでハルハルは行かないなんて言ったの?」と説得したんだろうなぁ。

薪絵の頭脳は十分に戦力で、薪絵が「艦長」なんだよね。薪絵に対して「命令を」っていうハルハルがとても良い♪ イオナが群像の艦(ふね)なら、ハルハルとキリシマは薪絵の艦(ふね)なんだよねぇ。

しかしキリシマはもう全然人間態に戻る気ないね。かっぱらったナノマテリアルで船を復元できるなら、人間態だってすぐ復元できると思うけど、もはや「ヨタロウ」であることをアイデンティティにしている(笑)。

大戦艦級の演算能力を持った熊のぬいぐるみが「おりゃあぁぁぁぁぁぁっ!」と艦を操る姿は見ている方も楽しくて大好きだけど、でも君はホントにそれでいいのか、キリシマ(笑)。

キリシマが人間態を復元しない一方、ヒュウガは艦(ふね)を復元しない。硫黄島を半分消滅させてまでタカオの艦を復元して一緒にイ401の救援に行くヒュウガ。タカオに「なんであんたは自分の艦を復元しないの?」と問われ。

「さぁ、戻るのが怖くなっちゃったのかしらねぇ」

なんて答える。

タカオ「人間みたいなこと言っちゃって」
ヒュウガ「あんたほどじゃないわよ」

いいねぇ、このやりとり。いいコンビだ♡

でもヒュウガはホントになんで艦を復元しないのか。ヒュウガって、もともとメンタルモデルはなくて、自分であの見た目を作り出したんだよね? TVシリーズで硫黄島に戻った時、群像達が驚いてたから。

ググるとメンタルモデルを持つ以前から(群像達と行動を共にする前から)「霧」では「変人(変艦?)」として有名だったようだけど、ってことは「霧」の戦艦ってメンタルモデル以前から「性格」を与えられていたってことなのか。

ますます「霧」を作った存在の目的がわからん……。

テレビシリーズの中でヒュウガは「私たちはどこから来てどこへ行くのか……イオナ姉様と一緒にいればそれがわかるような気がする」みたいなことも言ってて、最初から「自分は何者か」「霧とは何か」ってことを考えてた感じだった。

まぁ、最初からというか、群像とイオナに沈められてから、かな。

そうして自分で「人間態」を作り出した彼女が、「ただの兵器」には戻りたくない、「戦艦」として存在するのは嫌だ、と思うのは当然のことかもしれない。

「霧」とは何なのか。「霧」に与えられている「アドミラリティ・コード」は結局のところ何を命じているのか。

アドミラリティ・コードとは別に、総旗艦ヤマトと超戦艦ムサシとの合議(?)によって「霧」は動いていた。でも実はすでにヤマトはムサシによって沈められていたんだよね。

群像の父、千早翔像との出会いによってヤマトとムサシはメンタルモデルを生み出す。人間と――翔像とより深くコミュニケーションを取ろうとして。

翔像をきっかけに生まれたから、翔像はムサシに「お父様」と呼ばれていたんだけど、「霧」と理解し合おうとした翔像は部下に殺され、おそらくそのことでムサシは「人類に絶望」する。そうして、それでもなお人類とわかり合おうとするヤマトを「裏切り者」として葬った……ような感じだったけどムサシの暴走の理由はいまいちよくわかんなかったなぁ。

ヤマトとムサシが翔像に出会った時、すでにアドミラリティ・コードは「しばらく更新されていない」みたいなことを言ってて、つまりは「彼らを作った何者か」からの指示は途絶えていて、すべてはヤマトとムサシの「意志」(というか演算による判断?)に委ねられていたらしい。

ヤマト亡き後の霧の行動はすべてムサシの一存で決まって、人類に降伏勧告をしたのもムサシの独断。

TVシリーズでコンゴウがあれほどこだわった「アドミラリティ・コード」。でもTVシリーズの時点で霧の船が従っていた命令はおそらくムサシが出したもので……???

ますます「霧」の目的が――「霧を作った何者か」の目的がわからなくなったなぁ。

単に実験しただけなんだろうか。あれほどの技術力を持っていて、でも別に地球を侵略したいというわけでもなく、「こういうの送り込んだら地球の知的生命体はどう動くのかな?」ぐらいの。

あるいは、「知的生命体に遭遇した時、人工知能はどのように対処するか」という方の実験?

どこかで成り行きを見守っていたりするんだろうか、「霧を作ったもの」は。

どこから来て、どこへ行くのか。TVシリーズ見てる時に「メンタルモデルを考えることは“人間”を考えることだなぁ」と思ったんだけど、要するに「“霧”を作ったもの」って「神様」なんだろうなぁ。

神様が何の目的で人類を作ったかなんて――この世界を創りだしたかなんて、私たちには知るよしもない。私たちはいきなり存在させられて、与えられたこの世界で生きていくことを強いられる。

……あれ、「霧」を創ったものが神様なら、ヤマトとムサシはカインとアベル? 妹が姉を沈めるから逆順だけど……。

Cadenzaはムサシの救済の物語でもある。

自分のしたことで傷ついて暴走している(というふうに見えた)ムサシを、イオナが自分の存在を賭して救う。

イオナは、実はヤマトのバックアップだったんだよね。

ムサシに沈められたヤマトが、最後の切り札としてイオナを群像のもとに送った。翔像の息子である群像なら、自分達とコミュニケートしてくれるのではないかという希望を託して。

イオナの中にはヤマトのコアもあったらしい。イオナはデュアルコアだったから、ただの潜水艦にはあるまじき演算能力を発揮できたらしい。

ムサシに会ってムサシと対決すれば、きっと自分の中の「ヤマト」が表に出て来る。「イオナ」としての自分はきっと消えてしまう……。それが怖くて、イオナは機能停止してしまっていた。

そんなイオナを叱咤して背中を押すのがコンゴウ。

ヒュウガにタカオ、ハルナにキリシマが駆けつけてもなおピンチのイ401を、満を持してコンゴウが助けに来るんだよね。ギリギリにしかやってこないって、ポジションが完全に「ヒーロー」なんだけど。

機能停止して自らは戦っていないイオナに向かって、「何をやっているのだ?」と問うコンゴウ。イオナはコンゴウにわけを話して、「自分が消えてしまうのが怖い」って答える。それを聞いたコンゴウは平然と、

「おまえが消えることなどない。おまえの存在は私の中に在る。私がおまえを覚えている」

と言ってのけるんです。

いやいやいやいや、それコンゴウさんが言います? 「ちょっ、なんであんたが言うのよ!誰が忘れたってあたしがイオナ姉様のこと忘れるわけないじゃない!それ、あたしが言うべき台詞でしょ!!!」とヒュウガが食ってかかると思うんですけどぉ。

「そりゃ、あたしには姉様を――姉様に“消えてこい”なんて言えないけど……」(妄想)

人は――「自我」は、一人では存在できない。他者が認知してくれてこそ、「自分」は存在する。そして他者が覚えていてくれるなら、死んだ後も「存在し続ける」。

うーん、でもイオナが「行こう」と思えたのは、たとえ消えたとしても覚えている、という部分ではなくて、「おまえはおまえだ。ムサシなんか関係ない。私を救ってくれたのは“イオナ”だ」ってとこなんだろうな。

イオナにとって一番ショックだったのは、「私は私じゃなかった」ってことなんじゃないかな。群像に会ったことも、群像の艦として過ごしたことも、全部ムサシによって仕組まれたことで、自分は操り人形に過ぎなかったんだって。

だから、群像じゃなくコンゴウが言わなければいけなかったんだろうなぁ。「イオナはイオナだ」って、群像が一番言ってくれるだろうし、イオナだって群像に一番言ってもらいたいだろうけど、でも群像との関係はムサシによってそう仕向けられたものだから、自分の群像に対する感情にも、イオナは自信が持てなかったのかもしれない。

コンゴウに背中を押してもらってイオナは「自分」を取り戻し、「霧の戦艦」として北極海へ赴き、そうしてムサシと対峙することでヤマトへと変貌を遂げる。潜水艦イ401ではなくごっつい戦艦になってしまうし、メンタルモデルもお嬢さまコスプレしたみたいになっちゃう(ウエディングイオナって言うみたい?)。

ヤマトと融合したイオナ。

でも、イオナは消えなくていいよね? イオナはイオナでいていいはずだよね。ムサシを救い、霧の艦隊をアドミラリティ・コードから解放するという役目を終えたら、また元のイオナに戻っていいはず。

すんごいやきもきしたわ~。もしもイオナがあのまま消えてしまったら可哀想すぎる。

クレジットの後、最後の最後に、群像が振り返って「おかえり」って言うところで映画は終わる。振り返った先にいるはずのイオナは映らないまま。

心憎い演出。

それは「元のままのイオナ」じゃなかったかもしれない。ヤマトを含んだイオナだったかもしれない。あるいはヤマトが消えることでもう一度まっさらになってしまったイオナだったかも。

もう一度、ただ「千早群像に会え」という命令だけを胸に、やってきたイオナだったとしても。

群像は同じイオナとして受け入れるだろう。イオナは再び「群像の艦(ふね)」になるだろう。

きっと。

必ず。



戦闘シーンも迫力満点だし物語も面白かったし、「結局“霧”を創ったのは誰?」って謎は解けなかったけど私としてはまぁその方が逆に色々妄想できて楽しいし、もう1回見に行きたいぐらい楽しかったです。

ヒュウガがタカオに「あんたにもあるわよぉ」ってドリル出してくるとことか超良かったし。

生徒会の一人(ひと船?)アシガラが超重力砲ではなく触手みたいな槍(?)で攻撃してくることに、「戦艦らしくない!」と憤慨するタカオに、ヒュウガがしれっと「あぁら、あんたにもあるわよ、あーゆーの」と言うんです。

「限られたナノマテリアルで超重力砲なんてゼータクな物装備できるわけないでしょ」と、硫黄島で採掘に使っていたごっついドリルを2基、武器として新タカオに積んでいた。

そのドリルで見事アシガラを制圧して、制圧されたアシガラが「(ドリル)格好いい~!」と喜び、タカオが「かっこ悪い……」とがっかりする。

いいよねぇ。うん、すごくいい。

タカオは群像の指示で横須賀に行って、なぜかその時にメガネっ娘になってるんだけど、フレームに「BLUE STEEL」って書いてあって、良いなぁと思っていたら。

売るのね、Typeタカオのメガネ。


もう予約受付終わっちゃったみたいで、今からでは買えない感じだけど、売ってるとこ見つけたら衝動買いしてしまいそう(笑)。

しょうがないからヒュウガのメガネケースでも買う???


Typeヒエイのメガネならまだ売ってる。


買わないよ。買いませんってば(笑)。

ヒエイといえば、終盤ヒエイvsコンゴウの戦いになるんですが、生徒会長というより「風紀委員長」、アドミラリティ・コード絶対服従を掲げるヒエイに対し、コンゴウが「規律とは、己を律するためのもの。他者に押しつけるものではない」って言うんですよね。

いやぁ、なんか……誰に対する皮肉?とか思っちゃいますが。

イオナ=ヤマトによる「総旗艦命令」で、「霧」はアドミラリティ・コードから解放され、「各自の意志で行動するように」ということになる。

「蒼き鋼」の艦(ふね)達はいいとして、生徒会はどうするのか。その他の艦(ふね)は?

自由に人類と戦ってもいいし、自由に人類のどこかの国に雇われてもいいし、兵器であることをやめ、ヒュウガのようにメンタルモデルだけで存在してもいい。

ぬいぐるみとして存在している方もいらっしゃいますし。

「きっと最初は混乱が起きるだろう」と群像のナレーションが入る。「自由」というのは――「自分ですべて決める」というのは、面倒くさくて大変なことだ。たとえ霧の艦がすべて兵器でいることをやめても、人類は彼らを敵視したり、あるいは利用しようとするだろうし。

神が死んだら――外から律するものがなくなったら。

うん、やっぱり、考えさせられるね。「霧」を考えることは、「人間」を考えること。

アシガラとかもともとアドミラリティ・コード関係なしに誰彼かまわず戦闘仕掛けて遊んでた感じだったけどな~。

まったくアドミラリティ・コードって何だったんだよ(笑)。



「Blue Destiny」ヘビロテ中♪ サントラも欲しい~。そして『Cadenza』もう1回見たい~~~!

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