2017年5月13日土曜日

『量子革命~アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突~』/マンジット・クマール



やぁっと読み終わりました。読み始めたんいつやったんやろ……。
内容が内容だけになかなか頭に入ってこず、手に取ってもすぐ眠くなるしそもそもなかなか手に取る気になれない(笑)。

じゃあなんで買ったんだよ、無理すんなよ、って話ですが、時々無理しないとボケる一方だから。

しかし間に『静寂』を挟んじゃったこともあって、前半の記憶がほとんどありません。何書いてあったんかな。アインシュタインが最初の奥さんにひどかったことぐらいしか覚えてないぞ。

アインシュタインはエルザに、「わたしは妻を、解雇できない雇い人のように扱っています」と語った。 (P222)

エルザというのはアインシュタインの二人目の奥さん。
浮気相手であるエルザの元に走ったアインシュタイン、奥さんミレヴァに対して「家に戻るための条件」として要求リストを突きつけたそうです。
曰く、

「一、わたしに夫婦の関係を期待せず、それについていかなる咎め立てもしないこと。二、求められたら即座に、わたしに話しかけるのをやめること。三、求められたら即座に、文句を言わずに寝室や書斎から出て行くこと」 (P223)

そのリストには「洗濯はきちんとすること」のような項目も入っています。まさに「解雇できない雇い人」。「私に家に戻ってほしければ分を弁えた家政婦に成り下がれ」という項目リスト。

夫婦のことだから、二人の間にどんなことがあって、ミレヴァがどんな女性だったかもわからないので一方的にアインシュタインを責めてはいけないのかもしれませんが、しかし。

アインシュタインひでぇ(´・ω・`)

……って、量子力学の本ちゃうんかい、って感じですが、この本は学術書ではなく量子力学を構築していった科学者達の人生というか共同作業というか、「これだけの紆余曲折を経て量子革命はなされた」みたいな本なので、アインシュタインの離婚話に注目するのもあながち間違いではありません、たぶん。

「量子力学についてざっくり知りたい」だけなら、以前にご紹介した『量子論を楽しむ本』を読んだ方がいいです。うん。あれを読んだ時はなんかちょっとわかったような気がしたのになぁ。(読んだの2014年だったのね。ついこの間のつもりがもう3年も経ってる。どうりで学んだこと忘れてるはずやわ…)



サブタイトルに「アインシュタインとボーア」とついていますが、二人のことだけでなく、この本には量子力学に関わった大勢の科学者が登場します。ボーアとボームとボルンとか同じような名前の人もいて、誰が何をどうした人なのやら途中でさっぱりわからなくなってきたり(^^;)

巻末にはちゃんと人名索引がついているんですけどね。用語集や年表までついてます。親切。

第一部「量子」は本当に眠かったですが、ハイゼンベルクやシュレーディンガーが登場する第二部「若者たちの物理学」あたりからやっと、面白いと感じられるようになりました。

誰かが見つけた手がかりをまた別の誰かが拡張し、定式化していく。一人ではなく複数が、しかも同時多発的に。単線ではなくいくつもの糸が絡み合って新しい理論が出来上がっていくのが面白いです。

しばしば「○○が××に書いた手紙」の内容が引用されていて、第一級の科学者たちが国境を越えて繋がっていて、手紙のやり取りをしていることに驚かされます。あんまり手の内を明かすと研究成果持って行かれちゃうんじゃないの?

実際にポスト争いだったりノーベル賞受賞争いだったりがあって、「○○は焦っていた」みたいな記述も出てくるし。

一流ともなれば、ライバルであると同時に「ともに科学的真理を探究する同志」という感じなんでしょうね。

理論を組み立てるだけでなく、それを実際に実験して検証するプロセスも必要だし、理論が得意な科学者、実験が得意な科学者、誰かと議論する中で見えてくる新しい論点。

(ちなみに理論物理学者と実験物理学者はけっこうスパッと分かれるらしく、
ヴィーンが、理論家としても実験家としても超一流という、物理学者の中では絶滅危惧種というべき種族の一員であることは早くから明らかだった。 (P45)
なんて一文があります)

アインシュタインとボーアはいわゆる「コペンハーゲン解釈」について意見を異にし、そのフィールドでは対立するようになるけれども、そうなる以前、ノーベル賞受賞の際にはボーアは「あなたの仕事が私より先に認められていて良かった」とアインシュタインに書き送っています。そしてその手紙にアインシュタインは

「なんて可愛らしいのでしょう――あなたらしいことです」 (P253)

と返事をしている。
なんか微笑ましいです。

そんな、科学者たちの切磋琢磨とともに、この第二部で印象に残ったのは「良き師の存在」。門下から多くのノーベル賞受賞者を出したラザフォードやゾンマーフェルトのように、若者達の才能を見抜き、適切に導くことのできる「師」が、教育や研究の現場には必要なんですよねぇ。



で、その、アインシュタインとボーアが対立することになった「コペンハーゲン解釈」。

量子力学は、測定装置とは独立して存在するような物理的実在については何も語らず、測定という行為がなされたときにのみ、その電子は「実在物」になる。つまり、観測されない電子は、存在しないということだ。 (P467)

とするボーア側の考え方(解釈)に対して、アインシュタインは、「月は君が見ていない時は存在しないとでも言うのかい?」と考えていました。

アインシュタインにとって科学研究は、観測者とは無関係な実在があると信じることに基礎づけられていた。アインシュタインとボーアとのあいだに起ころうとしている論争には、物理学の魂ともいうべき、実在の本性がかかっていたのである。 (P468)

有名な「シュレーディンガーの猫」は、量子力学(コペンハーゲン解釈)のヘンテコさを表すために考え出された比喩(思考実験)で、「猫が生きているか死んでいるか、箱を開けてみなければわからない。箱を開けるまで(観測が行われるまで)は、猫は死んでもいなければ生きてもいないという重ね合わせの状態にある」というお話です。

シュレーディンガーは「そんな馬鹿な話があるか?」という意味でこんな猫の比喩を使ったんですね。シュレーディンガーが反対派だってこと、『量子論を楽しむ本』を読んだ時には理解してなかった気が(^^;)

「観測者が観測するまでは実在しない」というのは日常的な感覚からは「そんな馬鹿な!」ですけど、ボーアにしても「客観的実在は存在しない」と言っているわけではなく、「量子力学はそこには感知しない」と言っているのです。

ボーアはこう断言した。「量子の世界というものはない。あるのは抽象的な量子力学の記述だけである。物理学の仕事を、自然を見出すことだと考えるのは間違いである。物理学は、自然について何が言えるかに関するものである」 (P565)

で、ボーア達の「コペンハーゲン解釈」を認めなかったために晩年は「老害」呼ばわりされていたらしいアインシュタインなのですが、アインシュタインも「認めない」のではなくて、「あれは完全ではない」と言っていただけなのです。

アインシュタインは「観測者とは無関係な客観的な実在がある」と信じていて、それを記述することのできる理論がきっとある、と思っていたんですね。だからアインシュタインは死ぬまで「統一場理論」を追い求めていた。量子力学をも含み、客観的実在としてすべてを記述できるような「完全な理論」を。

このアインシュタインの「量子力学を認めないわけではなく……」という立場は物理学者の間でも誤解されがちだったらしく、アインシュタインと長い付き合いだったボルンでさえ、

アインシュタインが真に問題視しているのは神がサイコロを振るかどうかではなく、コペンハーゲン解釈が「観測者としては独立した実在を説明することを断念した」ことだという点を、ついに十分に理解することはなかった。 (P621)

のだとか。

その点ヴォルフガング・パウリは

「アインシュタインの意見がわれわれと異なるのは、“決定論”かどうかではなく、“実在論”かどうかという点なのです」 (P621)

と述べていて、「すごいなぁ、さすがパウリ、賢いなぁ」と感心します。19歳になるやならずで早くも「相対性理論の専門家」と見なされていたパウリ。自分自身の仕事にもあまりに厳しく批判しすぎて、

もしも想像力と直観をもう少し自由に羽ばたかせていたならパウリが成し遂げていたであろう発見が、彼ほどには才能のない、しかし自由な発想をもつ仲間たちの手柄になったことも、一度や二度ではなかった。 (P290)

と書かれているのですが、パウリのような人がいないと、「新しい発見をした人がいてもその価値が評価されない」ことが起こるんですよね、きっと。新しい発見や理論が正しいか間違っているかを判断するのはとても難しいことで、パウリのような賢さと批評眼を持った人が研究の内容をしっかり理解し検証して人に伝えてくれなければ、せっかくの発見が見捨てられたり埋もれてしまったりする。

後になってすごく注目される理論でも、発表した当時は話題にならず、発表者の死後に理論が評価されるということは多々あるわけで。

金科玉条のようになっていたコペンハーゲン解釈に異を唱えたエヴェレットの多世界解釈も、エヴェレットが死んでからメジャーになった。アインシュタインも「老害」呼ばわりされたまま亡くなってしまったけど、今では「アインシュタインはそんなに間違ってなかったんじゃ?」という話になっているそうで。

今「正しい」とされていることが、今後も「正しい」かどうかはわからない。

なんか、そういうところが面白かったですねぇ。素人にとっては天才科学者以外の何物でもないアインシュタインが「老害」扱いされていたり、一流の物理学者の間でも量子力学の解釈問題に関しては未だ「わからない」が多勢だったり、かのハイゼンベルクも行列演算については全然わかってなかったり。



あと、量子力学の確立の歴史には第一次世界大戦と第二次世界大戦が挟まっていて、1916年頃のドイツの経済状況とか、ナチス台頭の話とか、勉強になりました。

栄養不良による死者が12万人にも上ったという1916年頃のドイツ。

そうした代用食品は徐々に増えていった。穀物の殻と獣皮を混ぜたものを肉に見立てたり、野菜のかぶらを乾燥させて「コーヒー」にしたりした。 (P233)

猫やネズミや馬は、食欲をそそる代用食品に見えた。馬が道端で死ねば、すぐに解体された。「一番良いところを取ろうと人びとは争い、顔も服も血だらけになった」と、そんな出来事のひとつを目撃した人物は書き記した。 (P233)

つらい……。

よくある極右過激派の一つにすぎないと思われていたナチスはたった2年で得票数を8倍にし、ドイツ第二の政党にのし上がったのですが、アインシュタインはそれを「若者の怒りの噴出」だと考えていました。

しかしじっさいには、ナチスに票を投じた者のうち、選挙権を得たばかりの若者はわずか四分の一にすぎなかった。ナチスを支持したのは、むしろホワイトカラーの労働者や、商店経営者や、小規模事業主、北部のプロテスタント農家、職人、産業の中心から外れた非熟練労働者という層だったのだ。(中略)原因は、一九二九年十月、アメリカのウォールストリートの証券市場崩壊に端を発する大恐慌だった。 (P510)

なんか……現在とものすごくかぶるような……。



学術書じゃないとはいえやっぱり理論の説明部分は難しかったし、読むのに時間かかって疲れたけど、たまには頭使わないとね(^^;)

はぁ(疲れた)。

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