2か月ぶりくらいでクイーン作品です。地道に長編制覇をもくろんでおります。

『悪魔の報酬』『ハートの4』というハリウッドもの2作の後に書かれたこの作品、エラリーはニューヨークに戻り、ボー・ラムメルという若者と探偵事務所を立ち上げることになります。

エラリーの父親クイーン警視と懇意にしていた、同じく警察官のボーの父親が亡くなり、警視はなんとかボーの面倒を見てやりたいと思っていたんですね。「警察官にするには落ち着きがない。本人は私立探偵をやりたがっている」ということで、エラリーは渋々共同経営することになるのです。

「なぜぼくがお付合いするのかな?」とクイーン氏は困った顔をした。
「それはあんたが有名だからさ」 (P15)

というわけで、エラリーの名声に惹かれ、大富豪キャドマス・コールが仕事の依頼をしに現れます。

しかしその依頼がちょっと奇妙。「今すぐ」ではなく、「将来の事件のために今契約しておきたい」と言うのです。不審に思いながらも小切手を受け取ったボーとエラリー。しばらくしてキャドマス・コールが亡くなり、その莫大な遺産を相続すべき姪2人を探すように、というのがその「将来の事件」だった、ということになるのですが。

虫垂炎にかかってしまったエラリー。現場に赴くことができず、ボーがエラリー・クイーンを名乗って姪を探しにかかります。

無事探し出した姪の一人、ケリイに一目惚れしてしまったボー。ケリイの方も彼に恋をして、なんとボーは「エラリー・クイーン」を名乗ったまま彼女と結婚。その新婚の夜に殺人事件が起こって、駆けつけたクイーン警視は容疑者が「クイーン夫人」だと知って唖然。

「あなたが最後にエラリイ君に会ったのはいつですか?」
「今朝だ。そのときは結婚の話など全然出なかった。それにしても不可解な行動だ」警視は口ひげを噛んだ。「わしの顔に泥をぬりおった。おい、急いでくれ!」 (P187)

そんなわけで、事件に首を突っこんで色々調べたり“当事者”になってしまうのはボーの役目。最後の謎解きではもちろんエラリーが大いに手腕を発揮しますが、途中まではボーから報告を受け、指示を出すだけ、という感じ。

「私はエラリーの活躍が見たいのよ!!!」という人には少々物足りないお話かもしれませんが、エラリーではなくボーを中心に据えたことで、エラリーならしないようなこと(結婚とか)をしたり、理屈より感情で動いてしまったり、いつもの「エラリー・クイーンもの」とはひと味違った雰囲気になっています。

(あー、でも『ハートの4』ではエラリーもポーラに一目惚れしちゃってましたよね。さすがに結婚までは行かなかったけど。今回ポーラは影も形も出てこなくて安心(^^;) やはり女性読者のウケが良くなかったのじゃないかしら。それでエラリーではなく別の人間がエラリーを名乗って結婚するなんてアイディアを思いついたのでは……)

うん、なかなか事件も手が込んでいて、「こうかな?ああかな?あれ、違った?」と楽しめます。知らない間に「クイーン夫人」なんてものが存在していてパニクる警視、可愛いし、

「もしお前がこの犯罪のいきさつを明確に説明しつくせたら(中略)わしはマジソン・スクエア・ガーデンのまん中で、お前の帽子にケチャップとマヨネーズをつけて食ってみせる」 (P271)

とか言っちゃう警視ほんと可愛い。

エラリー、ちゃんと謎解きしちゃったけど、警視は帽子にケチャップとマヨネーズつけて食べたのかな?

この作品の次はいよいよ『災厄の町』
クイーンの最高傑作とも言われ、現在開催中の「櫻井孝宏×早川書房ミステリフェア」で声優櫻井さんイチオシミステリーの一冊ともなっています。
おお、そうと知ってたら買わずに待って櫻井帯の方を購入しましたのに……。

謎解き中心の国名シリーズから人間模様を描くライツヴィルシリーズへ。エラリーを遠景に置いて別の青年を中心に据えるという今作は、その変遷の過程でのクイーンの模索なのかもしれません。


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