2018年4月27日金曜日

『レディ・プレイヤー1』観てきました

(※以下ネタバレあります!これからご覧になる方はご注意ください)



せっかく原作を読んだので、映画館まで足を運んできました。観たのは3D吹き替え版。3D料金高いので別に2Dでも良かったんだけど、上映時間的に都合のいいのが3Dだったので仕方なく追加料金を払いました。

結果的に三ツ矢雄二さんと日高のり子さんが実にゼータクな使われ方をされていることを確認できて良かったですけども。

うん、公式サイトの吹き替えキャスト一覧に「短髪シクサー研究員」「女性シクサー研究員」とあるのを見て、「ん?名前もないただのシクサーズ?」って思ったんだけど、本当にただのシクサー研究員で、それほどセリフが多いわけでもなく、「こんなところに御大お二人を持ってくるとは!」と。

これ、日本版的「80年代」オマージュなのかしらね。80年代に青春を過ごしたアラフィフオタクにとっては「え?これ三ツ矢さん!?」っていうだけで楽しいもんね。

本編140分という上映時間の長さに、観る前は「大丈夫かな?」と心配だったんですが、長さはまったく気になりませんでした。2時間超も座っていればそれだけで腰に来てツラい今日この頃なのに、どこか痛くなるどころか見終わった後はなんか調子が良かったくらいです。

それくらい面白かったということなんだけど、原作とは変わってる部分もかなりあったので、「ここが違う」「あ、こんな風にするのか」「原作ではここどうだったっけ」とつい「間違い探し」のように見てしまい。

小説と映画では「見せ方」が変わるのは当たり前で、「映像で見るならこの方が面白い」みたいなところが興味深かったですね。この作品の場合は著作権的に原作通りに作れない部分も多かったろうから、それを踏まえて、「だったらこうしちゃう方が面白いだろ?」みたいな。

でも映画と小説と、どっちがより好きかと言われたら私は小説の方が好きだなぁ。

それはもちろん私が普段アニメと特撮以外の映像作品はほとんど見ない人間で、圧倒的に文章の方が好きだからなんだろうけど、ハリデーの残したイースター・エッグを「ヒント」をもとに探し出す部分が、映画ではさほど重要視されてなくて、そこがちょっと残念だったんですよね。

映画ではもう「第一の試練」はシクサーズがさっさと探し当てちゃってて、「誰が一番にクリアするか」だけだったから。

ハリデーの遺した言葉がクリアするためのヒントになっていたし、第二の試練では原作っぽい「ヒントとなる詩文」みたいなのが出てくるけど、そのヒントはハリデーが好きだった「80年代作品」ではなく「ハリデーの生涯そのもの」にある感じで、原作よりギーク感が薄い。

いや、のっけからヴァン・ヘイレンの「Jump」だし、「AKIRA」の金田のバイクにデロリアンとか、十分ギークではあるんですけどね。「このカメラワークは○○のオマージュ」みたいなのも色々あったのかもしれないし。

映画に疎い私には言葉で作品名やアーティスト名を羅列してくれる方が「ギーク」に感じるというだけで(^^;)

小説の謎解き部分は「ウンチク語り」っぽくもあったから、映像で同じことをやってもきっと面白くない。それに「ハリデーの生涯」をヒントにすることで、最後のハリデーのメッセージがより強くなってた。ハリデーの想い人キーラと、共同経営者で親友だったのに袂を分かつことになったオグデン・モロー。二人に焦点を当てることは、若いプレイヤー達に「恋」と「友情」を大切にしてほしいっていう、それ自体メッセージになってるよね。

主人公パーシヴァルとアルテミスとの恋。そして「トップ5」の仲間たち。

原作ではかなりパーシヴァル無双で、それぞれに「チームは組まない」と言っていたのが、映画では早い段階で協力して、一緒に関門をクリアしていく。

映像で見る分には、一人でゲームしたり頭の中でハリデーの好きな作品を列挙してああでもないこうでもないしたりするより、仲間がいてすったもんだの方がずっと楽しいもんね。

だから(なのかどうか知らないけど)宿敵ソレントの方にも手足となって動く部下がいたり、金で雇われた殺し屋(?)がいたり。

この殺し屋(?)アイロックがなかなかいいキャラで楽しかったです。「腱鞘炎?首に腱鞘炎ってあったっけ?」とかいちいちすっとぼけた感じで、主人公達にとっては敵なのに出てくると和まされてしまう。

行列してゲームに挑戦してはドボンしたり、ゴーグルを付けて一斉にプレイさせられてる現実世界のシクサーズの姿は、小説読んでる時にはあまりイメージしていなかった“絵”で面白かった。

現実世界とVR世界を交互に見せて、VRで撫でられると現実世界でもウェアを通して感じちゃう、みたいなの、映像ならではの楽しさでした。VRで股間蹴りやられるとウェアを通して実際に「ぎゃーっ!」ってなっちゃうのとか。

終盤、現実世界でシクサーズに追われて体が揺れるたびVR世界でもアバターが揺れて、せっかくの鍵をなかなか手に取れなかったり、危うく「ボタン」を押しそうになったり。

ボタンのシーンは思わず「あっぶね!」って声出ちゃった(笑)。

現実世界でみんながゴーグル付けて変な動きしてるのとか、〈OASIS〉がいくら素晴らしい世界でも「うーん」と思っちゃうし、最後のハリデーのメッセージは映画の方がより実感できます。

若者たちに対するオグデン・モローの手助けの仕方も映画の方がお洒落。

で、ガンダムは。

登場までの気の持たせた方がなんとも。もったいぶってないで早く出せよ、ダイトウ!(爆)

こんなふうに洋画でガンダムが大暴れしちゃうの感慨深かったけど(中学生の自分に教えてやりたい)、でもこのシーン、レオパルドンやらミネルバXやらも活躍するはずで。

レオパルドン見たかったー。見てもわかんないけど見たかった(笑)。

著作権の問題があるので何でもかんでも出せるわけじゃなく、ガンダム出てるだけで凄いんだけど、でもウルトラマン出せないからってガンダムが「3分しかダメ」っていうのは。

「ウルトラマンも出したかった!でも出せないんだ!察して!!!」ってことなのかな。



アバターがそのままガンダムになっちゃうんだから、「俺はガンダムで行く」というよりまさに「俺がガンダムだ!」だよね。

巨神兵……じゃなくてアイアン・ジャイアントが橋代わりになるの良かったし、「チャッキーかよ!」もチャッキー知らないのに面白かった。

うん、こうして振り返るとほんと面白かったな(笑)。どちらかと言えば小説の方が好きだけど、映画は映画で楽しかった。

VR世界に80年代てんこもりという「オタク映画」に見せかけて最後はきっちり「リア充かよ!」だし、この王道ジュブナイルなところももしかしたら「ザ・80年代」なのかも?

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