読みました。
全198ページとコンパクトながら小さな活字で思ったより読み応えがあり、楽しめました。

映画『DEAD APPLE』の感想記事にも書いたとおり、原作は未読、アニメしか見ておらず、そのアニメ(テレビシリーズ)の記憶も薄れがち(^^;)

熱心なファンの方々にとっては「は?」という的外れな感想かもしれませんが平にご容赦を。


『白の芥川、黒の敦』というタイトル通り、このお話の中では芥川が武装探偵社側(どっちかというと善人)、敦がポートマフィア側(どっちかというと悪人)になってます。

まだ少年だった芥川の妹を奪い、「君は愚かだ」という冷たい言葉で強烈な印象を与えた「黒衣の男」。芥川はその男と、妹の行方を捜して四年半の月日を過ごす。

「これ太宰さんだよね?」は、まぁ読者にはすぐピンと来るわけですが。

ともあれ四年半後、芥川は織田作に拾われて武装探偵社の入社試験を受ける。え?織田作?

ことここに至って「ああ、これはパラレルワールドなのか」と思うわけですが、入社試験を受ける芥川がなかなか楽しい。敦くんが受けていたのを思い出しますねぇ。
その後の「いいよカード」に社員みんなのハンコを押してもらうところで、国木田さんや賢治といった面々の個性が発揮されるのも面白いし。

意外にも賢治と芥川の気が合うところが特に良い。

一方、敦はマフィア側で『ポートマフィアの白い死神』と怖れられる存在になっていて。

彼が“首領”と崇める男こそ芥川の探す「黒衣の男」、太宰です。
太宰の計略によって激突させられる芥川と敦。終盤の二人の闘いはすさまじく、「いや、これ、芥川死んでるよね?いくら異能で防御してもこれで生きてるとかありえないよね?」って思ってしまいます。最終的には与謝野先生に治してもらえばいいんだろうけど……虎にボコボコに殴られ壁に叩きつけられ……。

敦が「死神」になってしまっているのには理由があり、パラレルワールドでもやっぱりこの子は面倒くさいな~と思ったりしました。でもなるほど孤児院には孤児院の考えがあったのかもな~。

パラレルワールドだから、元の世界の孤児院はやっぱりただひどいだけのところだったのかもしれないけど。

ともあれ芥川が探偵社側、敦がマフィア側、っていうのは面白いですね。何が善で何が悪か。ちょっとしたきっかけで、人は善の側にも立てば悪の側にも立つ。同じように不幸な境遇で育ち、同じように強力な異能を持って、でも誰に拾われるかでその後が変わってくる。

手を差し伸べてくれる誰か。

居場所を与えてくれる誰か。

それが“悪い人たち”だったがゆえに悪道に落ちてしまうっていうのは、現実にありすぎる話で。

「お前は悪ではない」芥川の内心を見透かしたように、国木田は云った。「まだ何物でもないだけだ。善き側に立て。――お前を正式に合格とする。今この瞬間から、お前は探偵社員だ」 (P186)

こんなふうに言ってくれる誰かがいるかいないか。(これってもともと敦くんにかけられた言葉なんだっけ?アニメ前半の記憶が……)

で。

この世界で、織田作と太宰は友人ではないんですけど。二人は会ったことさえないんですけど。

そこはそれ、太宰さんは特別な人なので、太宰さん側には「織田作の記憶」がある。他の世界の自分の記憶を持ってる(『家庭教師ヒットマンREBORN!』の白蘭さん思い出します)。

たった一度、さよならを言うために織田作と顔を合わせる太宰さんがツラい。

「大変だったんだ」青年はぽつりと云った。「本当に大変だったのだよ。君のいない組織でミミックと戦い、殺された森さんの後を継ぎ、すべてを敵に回して組織を拡大した。すべてはこの世界の――」 (P169)

すべてはこの世界を守るため。あまたある可能世界の中でただひとつ、織田作が生きて、小説を書いている世界を。

やだぁ、もう……せつない………。

世界でただ一人、他の可能世界の記憶を持って――つまりは他の世界での芥川や敦との関わりも知ったうえで――、二人を焚きつけ、ポートマフィアとして“悪”を成す。誰にも理解されない、守りたい当の相手(織田作)は自分のことを知りもしないと承知の上で。

なんという孤独。

芥川が主役かと見せかけて最後全部太宰さんが持ってくんだからホントに。

「つまり『世界』とは、本の外に一つだけ存在する物理現実――『本の外の世界』と、そして本の中に折り畳まれた無数の可能世界、即ち『本の中の世界』。この無限個と一個のことを指す」 (P192)

最後に言及される『本』。書いた内容が現実になるとされる代物。あー、そういえばアニメの方でもなんかそういうの出てきた気がしますね。敦くんが賞金首になっていたのももともとは敦くんが『本』の手がかりだから、という設定があったようななかったような。

異能による超能力バトルが主で、作家の名を持つ登場人物たちは織田作以外「小説を書く」わけではないけど、「本の中に書かれた世界」と物理現実の関係がお話の“背景”にあるの、“文豪”っぽくて良かったです。


頭の中の物語世界。それを言葉に紡いで“本”にすれば、それは一人の人間の“頭の中”を飛び出して、“現実”に存在するものになる。本の中で、その世界を“現実”として生きる登場人物たち。

このお話の中の芥川も敦も、そして太宰さんだって、苦しみながら必死になすべきことをなしてる。物理世界の住人と、「本の中の世界」の住人と、どっちが“本体”か。お話の中で太宰さんは“本来の自分”という言葉を使っているけど、なぜこっちは“本来”じゃないのかな。太宰さん以外の人間にとっては、自分を――今いる世界を“本来”とするしかない……。


探偵社側の芥川、そして織田作が生きている世界のその後、もうちょっと見たい気がしました。

(※2019/04/01に加筆修正された完全版が出版されたようです。244ページって書いてあるから、単純計算だと50ページほど加筆されてるのかな?)