なんかSFが読みたいな、と思ってうっかりこんなハードSFを借りてしまいました。
グレッグ・イーガンさん、お名前はかねがね……。

「訳者あとがき」には「ハードSFの極北とされる一冊」とあり、開始早々

サルンペト則はあらゆるグラフについて、それが別のグラフに変化する確率に量子振幅をあたえる。(中略)もしグラフに三つの三価の節点と三つの五価の節点が交互に並んだループが含まれているとしたら(後略) (P10)

てな具合でほとんど意味がわからない。

科学的な部分に関して(科学的じゃない部分なんてあるのか?ってぐらい科学的な作品だけど)解説もついているんだけど、解説の物理学者さん自ら

本文を読んで「わから~~ん」となったら以下を読んで、「なるほどわからん」と納得した上で本文に戻っていただければと思う。 (P485)

と書かれているぐらい、ホントに解説読んでもわからない(笑)。
「状態ベクトル」の説明の中に「生きてる猫」と「死んでる猫」の記号が出てくるのが可愛いけど、「あー、シュレディンガーの猫の話なー」ってことしかわからない。

「きっと解説を読んでもわかるまい」と思ったので、本編終わってから解説読みましたけども。


物語は。
今から2万年ぐらい先の遠い遠い未来
量子グラフ理論の研究者が行った実験により、宇宙に「ミモサ真空」と呼ばれる新しい時空が出現し、既存の宇宙は拡大する「ミモサ真空」にどんどん飲み込まれていっている。

何しろ2万年も未来の話なので人類は宇宙のあちこちに散らばっているのですが、人類が居住していた星々が次々とミモサ真空により消滅していっているのです。

「ミモサ真空」の発生経緯を描くのが「第一部」。そしてそれから605年後、既存の宇宙と新次元との境界面付近に設置された「リンドラー」という実験施設に、チカヤという人物が到着するところから「第二部」が始まります。

チカヤはなんと4009歳です。
なんせ2万年も先の話なので、「人類」の在り方がずいぶん違ってしまっています。解説されてもよくわからない「クァスプ」という「量子力学デバイス」やら「外自己」やら「介在者」やらいうものがあって、この時代の人類は自己をデータ化して、服を着替えるように「肉体」を着替えることができ、星と星の間はデータだけ送信して「送られた先に用意されている肉体に宿る」らしい。

だから、チカヤもリンドラーに到着して、「宿り先の肉体がチカヤ好みのオーダーになるよう処置をする槽」で目覚める。

どうすればそんなことが可能なのかさっぱりわからないけど、肉体はリサイクルされて、チカヤがリンドラーを離れることになればまた別の誰かの肉体として再利用されるそう。

で、チカヤはそういうふうに「肉体」を利用する「実体主義者」なんだけど、「非実体主義者」という人たちもいて、この人たちは肉体を持たずバーチャルなまま存在している。そのこと自体はまぁ、理解できるんだけど、「生まれついての非実体主義者」みたいな言い方が出てきて、最初から意識(データ化した自己)しかないってそれはどういう……。どうやって「生まれて」くるんだ???

生殖の方法も今とは異なっていて、チカヤは男性でも女性でもない。「二つの性」に分かれていないのです。

分かれてないけど、単性生殖というわけではなく、二人の愛情が高まると肉体が変化して、お互いでだけ愛し合えるような形になって、性交ができるらしい。

大半の非特定(ジェネリック)身体がそうであるように、〈リンドラー〉で用意されているそれも性交無制限だった。ジェネリック身体のどのふたつでも、適合性のある性器をほぼ随意に発育させることができる。 (P183)

「えええーっ」と思うけれども、これ、すごくいいよね。性別がないってことは性による差別がないってことだし、同性愛だ異性愛だって区別することもない。何より互いにOKしないと「適合性のある性器が発育しない」なら、「合意のない性交」ってものが存在しなくなる。

つまり「性犯罪」がないのでは!?

やたらに他人の体を撫でまわしたがる痴漢とかは存在するかもしれないけど……。

こういう「この世界での人々の在り方」は、説明のための説明ではなくエピソードを通してうまく語られていきます。こんな「未来世界」を想像できるだけでも「この人の頭の中どうなってるんだろ?」なんですが、それをスムーズにお話の中に落とし込んで読者にさらりと設定を提示できるのがまたすごい。

リンドラーでチカヤは幼なじみのマリアマと再会。ミモサ真空に対する態度の違いからリンドラーでは譲渡派と防御派の対立が激しくなっていましたが、譲渡派のチカヤに対して、マリアマは防御派でした。

防御派というのはつまり、「私たちの既存の宇宙を守ろう→どうにかしてミモサ真空を消滅させよう」とする人々。一方譲渡派は「私たちの宇宙はもちろん大事だけれども、ミモサ真空を研究することも大事だ。そんな簡単に潰してしまうなんて」という考え。

「そんな簡単に」は言葉の綾で、どうすればミモサ真空の拡張を止められるのか、この600年間科学者たちはあらゆる実験を繰り返してきたわけなんですけれども。

あ、「防御派」も消滅とまでは思ってないのかな。後半、もっと過激な人たちが出てくるから……。

ともあれリンドラーにいる人たちは「ミモサ真空をどうにかするために境界面に研究に来ている人」なので、もう全然何言ってるかわからない。

「量子ゼノン効果は、継続的な観測によって系を安定化します。すべてが埋め込まれた全体グラフの一部は、わたしたちが真空と見る部分を“観測”し、さらに真空中を動く物質を支配する動力学法則を決定します」 (P177)

議論の具体的なことは全然わからないんだけど、防御派と譲渡派が丁々発止で色々やって、その間にチカヤとマリアマの過去の因縁エピソードとか、非実体主義者のヤンが性交を試してみる話とかが差し挟まれ、わからないなりに読み進められてしまう。

なんか、とにかくこの世界設定がすごくて、「データとして自己を送信することで他の星へ行く」という話一つとっても、「1世紀近く送信され」たりしてるし(100光年離れた場所に送信するには光の速さで100年かかるわけだもんね)、終盤で描かれてる冒険譚はマイクロスケールの話っぽいし(そもそもリンドラーで提供されている“肉体”もすごい小さいのかもしれない)、ミモサ真空を生み出した実験の際には「原子核化」とかフェムトマシンとか出てくるし……。

ナノマシンより小さいのがフェムトマシン。

そこに意識を――自己を乗せられるってどういう状況なの!? 自己意識のデータ量どうなってるの???

こんなの日本語訳できる訳者さんもほんとすごい。

なんとか最後まで読んだ私もすごい。

って、「すごい」しか言ってないな。



「シルトの梯子」というタイトルは、チカヤが子どもの頃父親に聞かされた話から取られています。9歳の誕生日を控えたチカヤは「年を取るのが怖い」と父親に訴え、

「でも、もしぼくが……ぼくがぼくのままだと、どうしたらわかるの?」 (P345)
「自分が別の誰かになったんじゃないことが、どうやったらわかるの?」 (P346)

と尋ねるんですね。

この時代の人は、めったに死にません。肉体が死んでも「自己データ」のバックアップがあるので、別の場所でそれがまた目覚めるのです。最後の数分か数日か数週間かの記憶はないかもしれませんが、ともあれそれは「彼(彼女)」なのです。

たった80年ほどの寿命しかなくても、5歳の自分と50歳の自分が「同じ自分」であるのは非常に奇妙な気がします。中身はアニヲタな中学生のまま、と言っても、中学生だった私の“意識”とすっかりおばちゃんな私の“意識”が同じはずはないのです。

1世紀も送信されっぱなしだったり、何度も別の星でバックアップから目覚めたり、この先何千年も生きることを想像した子どものチカヤが、「それってどういうことなんだ?」「それでもぼくがぼくであるってことは」と思うのは実にもっともで。

で、父親は「シルトのはしご」を持ち出してチカヤに説明するのです。Wikiによると「シルトのはしご」というのは“一般相対性理論や微分幾何学における、ベクトルの曲線に沿った平行移動を(1次の近似的に)構成する手法”

「変わらない方法」を教えてもらったのかと思ったらそうではなく、「変わっていくけれど大丈夫」という話になる。

お父さん、賢くて、しかもいい人だなぁと思うけど、ううむ。何千年の記憶と経験を積み重ねてもやはり「自分」であるということ、バックアップも「自分」であるということ……。その説明では、あまり納得できないような……。


科学的な議論が理解できなくても読めたし、たまにはこういう歯ごたえのあるものを読んで頭を刺激するのもいいな、と思ったけど、イーガンさんの別の本をすぐ手に取る勇気はちょっと、ないです。ははは。