(※以下ネタバレあります。これからご覧になる方はご注意ください!)
やっと見ました。
もう見なくてもいいかぁ、ぐらいのテンションでしたが、レンタルショップから半額キャンペーンのお誘いが来た&風邪でビデオ見るぐらいしか活動できなかったので借りてきました。
まぁ半額キャンペーンはしょっちゅうやっているんだけど、PrimeVideoとかネットで見るようになると、借りるのと返すのと、いちいち2回お店に行かなきゃいけないのが面倒くさいですよね。
1作目『ブレイブ&スナイプ』を見たのが4月、3作目『ゲンムvsレーザー』を見たのはそれより前の3月。
1→2→3とちゃんとお話が続いてるのに3作目から見たもんで、「ん?どうなってんの?」というところも多かったのですが、やっと全部わかりました。とはいえ1作目と3作目の内容、もうだいぶ忘れちゃってたけど……。
「することがない~暇だ~」と病院の屋上(たぶん)で大の字になっていたパラド。仮面ライダーになって戦う必要がなくなってしまった今(本編終了3年後の世界です)、確かにパラドにはすることがない。ポッピーは一応看護婦さんだし、キリヤンも人間だった頃と同じ医師として活動してるけど、バグスターであるパラドはこの先どうやって生きていくのか。
これ、すごい深いテーマやなぁ、と思うんですが。
「自分の仕事は自分で探さなきゃ」と簡単に言ってくれちゃうポッピー。そんな二人のところに例のサイコ先生(わからない人は1作目3作目の記事を見よう!)が「仕事ならあるわよ」とやってくる。
ゲームの中に取り込まれて消滅してしまった人たちを救う研究の手助けができるなら……と誘いに乗るものの、もちろんサイコ先生の狙いはそんないいものじゃなかった。
囚われの身になるパラドとポッピー。
一方永夢はサイコ先生とゲンムコーポレーション新社長小星(この人こんなに後々まで出てくるとは思わなかったよね)から新作ゲームのテストプレイを頼まれます。それは「バグスターを人間に育てるゲーム」。ゲームを起動すると、首に「人間ゲージ」を備えたパラドが現れ……。
「人間に育てる」と言いながらその「バグスター・パラド」とゲームの腕を競い合うだけなのが謎。そのパラドは弱くて、永夢に負けるたび「くそっ」と人間ゲージが上がっていく。「悔しさ」が人間になるためのポイントになるっていうのは……深いのか???
かの有名な「ボーズ・オブ・テラ」ゲームを二人が真面目にプレイしたり、ゲームキャラとしてグラファイトが出てきたり。
ポッピーの方も首に「人間ゲージ」をつけられ、サイコ先生に育成されます。こちらは女の子らしく着せ替えごっこ、というわけでポッピーがミニスカアイドル姿でオタ芸的ダンスを踊ったり、「お帰りなさいませご主人様♡」とメイド姿になったり、はたまた浴衣姿で「あの夏の花火」に誘ったり。
「ニチアサのときめきはポッピーにお任せ!」というセリフにサイコ先生が「ニチアサ!?」となるところなど、こちらもお遊び&ポッピー(松田るかさん)ファンへのサービスシーン。
でもサイコ先生の考える「着せ替えごっこ」はそういうものではなく。
ポッピーをウエディングドレスのお店に連れていきます。そこで試着させられる服は……そう、ポッピーの宿主檀櫻子がかつて着たドレス。
ここで回想イメージ入って、正宗パパが「ママの綺麗な姿、お腹の子にも見せてやらなくっちゃな」とカメラ構えてバチバチ写真撮ってたりするんですが。
正宗パパ、3作目見た時も「意外に愛妻家だったんだな」と思ったけど、櫻子さんが亡くなってしまったことで黎斗も狂い、正宗パパも狂っていかざるをえなかったのか。
1作目で大我先生ががんばったおかげでクロノスガシャットが蘇り、それをGetした黎斗神がガシャットのデータから正宗パパを復元。そしてその正宗パパから分離したバグスターが、永夢が育てさせられるパラドなのです。
本物(と言っていいのか?)のパラドは「バグスターの力を封じるケーブル」とやらに縛られて、動けなくされている。
「ウイルス風情が偉そうに!」とサイコ先生に足蹴にされたり、「この病原体がっ!」と罵られたり、可哀想なパラド。
白衣の美人女医にヒールで踏みつけられたいって、誰かスタッフの願望なんでしょうかね。ポッピーに無理矢理さくらんぼ食べさせる(口にぐりぐり突っ込む)シーンも「どの層向けだよ」と思ったけど、そう思う私の心が汚れているのか。
正宗パパの遺伝子を持つ「偽パラド」と、櫻子の遺伝子を持つポッピー。この二人の遺伝子から子どもである黎斗神の実体を蘇生させる。そう乗せられて黎斗神に協力していたサイコ先生ですが、黎斗神はもちろん実体なんかにはこだわっていなくて、永夢によって最強ゲーマーに育てられた偽パラドのデータを取り込み、「最強神」になりたいだけだった。
「ウイルス」としての自分にパラドが葛藤したり、それでも永夢との絆を信じてピンチを脱したり、「バグスターはこの先どう生きていくのか」がテーマのように見えて、最後全裸黎斗神が全部持っていきます。
最初のカットもグラサン黎斗神のアップだし、結局このトリロジー、「黎斗神の黎斗神による黎斗神のためのVシネ」だよね。
ポッピー「(黎斗神に向かって)あなたはどこへ向かってるの?」
視聴者「(まったくやで)」
黎斗神「私は私、ただの神だ!」
視聴者「(ですよねー)」
日本には祟り神とか付喪神とか八百万色んな神様がいるわけで、全裸でベルト巻いてガシャット入れる神様がいてもね……うん……なんで全裸なんだろうね…神だからかな……。
テレビ本編を見ている時も、「命の尊さ云々」をパラドに説くのは酷だよなぁ、と思ってたんだけど、彼がそのように“ウイルス”として存在するのは別に彼のせいじゃないわけで、「この病原体がっ!」とサイコ先生に罵られて傷つく(ように見える)パラドは可哀想だったし、「バグスターと人間の関係性」を考えるのは面白かった。
偽パラドは本物パラドに倒されて、「バグスターが人と争う時代は終わったんだ、だからおまえは消えろ」って本物パラドに消されちゃうけど、これも偽パラド側から見ればひどい話だよね。偽パラドがああいう存在なのは(以下略)。
あげく「消された」偽パラドはまんまと黎斗神が吸収しちゃうわけでな……。
サイコ先生の父親もバグスターウイルスのせいで消滅していて、そのことについてパラドは謝るし、パラドとポッピーは自分たちを足蹴にしたサイコ先生に「これからも手を貸してください」ってお願いする。
バグスターの方がよっぽど「いい人」じゃないですかー、やだーもう。
そんでサイコ先生は「信じられない、バグスターに心があるなんて」って言うんだけど。
パラドもポッピーも、「心」というか、「人格」は割と最初からちゃんとあったよね? だから今さら「心を持ったバグスター」云々言われてもなんか、「えー?」という感じが。思いやりとか優しさ、特に「人間に対する思いやり」を「心」と表現しているのなら、いっそう「えー」だと思うし。
偽パラドの人間ゲージが「負けた悔しさ」で上がっていってたみたいに、悔しさや怒り、憎しみだって「心」で、人間に駆除される存在が人間を「恨み」、人間を「意識的に」攻撃したとしても、それもまた「心」のなせるわざだよね。
バグスターでもアマゾンズでもグリードでも、人間にとって「敵」として生まれたものがなぜ「人間の味方(あるいは人間そのもの)」にならなきゃいけないかって言ったら、そんなのただの人間の都合に過ぎないんだもんなぁ。
ほんとうに人間はいいものかしら……。(by新美南吉『手袋を買いに』)
パラドと永夢は一心同体みたいになって、ウイルスではなく善玉菌みたいに共存共栄していく感じになってるけど、この先パラドは「自分の仕事」を見つけるのかしら。もしも永夢がさっさと死んじゃったらパラドはどうするんだろ。
ポッピーの宿主櫻子さんはとっくに死んでるわけで、別にパラドも永夢の生死に関わらず存在できるんだろうけど。
なんだかんだ楽しめてしまったエグゼイドトリロジー1作目と2作目。これを踏まえて3作目を見たら映画館で見た時よりいっそう面白い……はず?
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