手持ちの未読本がなくなってしまったので、噂の『アストロモモンガ』を本棚から引っ張り出しました。
(何がどう“噂”かわからない人は『ぼくたちの近代史』感想記事を読もう!)

表紙を開いたとたん、いきなり飛び込んでくる
草刈正雄様へ
の文字。

フキました。
何このタイムリーさ。
このタイミングで――朝ドラで泰樹おんじこと草刈正雄様を毎日見ているこのタイミングで「草刈正雄」持ってくるって、橋本治さんまじパねぇ。

いや、まぁ、よもや橋本さんは私がこのタイミングでこの本を手に取るなんて当時はおろか今だって知りゃあしないんだけども、ってことはこのタイミングでこの本を引っ張り出した私がすごいってことで何回「タイミング」って言葉使ってるのよあんた。

この本が書かれた(というか出版された)のは1987年の12月
私が持ってるのは1992年2月刊の文庫版なんだけれども、1987年の草刈正雄様はまだ35歳でいらして、元祖日本人離れした美青年(いや、元祖は美輪様?)、今ももちろん男前でいらっしゃいますけど当時はさらに……でありましょう。

「文庫版のための前書き」には

草刈正雄様のお心に励まされ、加勢大周もちょっといいかなと思って。女心は不思議ですが、読者の皆様のご不運ばかりは、私つくづくお祈り致しますわ。 (P9)

とも書いてあります。
加勢大周をATOKが変換してくれないったらありゃしない。

この「前書き」によると、単行本売れなかったらしいです。売れないどころか「返品の山」だったって。どこまでホントかはわかりませんが、まぁ「占いの本」、しかも「口から出まかせ」、誰が買うんだってとこはあります。
買ってるけど。

どれくらいデタラメかっていうと、前書きに「女心は」と書いてあるように、これ、橋本さんが書いてるんじゃないんですよね。「フランソワーズ・ハヤサカ」っていう女の人が書いてる。
カバー見返しの著者紹介のところもマダム・フランソワーズの紹介で、裏表紙はこんな感じ。


もちろん背表紙にはしっかり「橋本治」って書いてあって、誰もフランソワーズ・ハヤサカを実在の人物とは思わないだろうけど、でもあくまで著者は「マダム・フランソワーズ」だから、橋本治さんによる「フランソワーズさんのこと」という小文が最後についてるんですよ。

マダム・ハヤサカはデビ・スカルノ未亡人と嵯峨美智子さんを足して三で割った余りに無理矢理野上弥生子さんを押しこんだような、国際性とインテリジェンスを端々にだけ漂わせている方ですが(後略) (P362)

どうぞ日本の皆様もフランソワーズさんの鋭いロジックに触れて、人生というものを別の角度から見直していただけたらなと思い、拙い筆を執った次第です。 (P363)

で、これは占いの本なわけです。
1988年から1999年までの12年間の運勢の本。
12年間×12か月×12星座=1728個もの運勢が書いてあるんですよ! しかも全部デタラメ!!! むしろデタラメをそれだけ書く方が大変ですよね。よくもそれだけ脈絡のない話を書ける。

一つ一つの運勢は86文字程度、Twitterのツイート制限140字にも満たないですけど、それを1728個。しかも「’88この一年」という毎年の総括と星座ごとの「この年の運勢」もあって、12+12×12が追加

間には各星座にまつわる「星の神話」「たそがれのテラスより」と題したコラム(?)まで挟まってます。

もちろん星座もオリジナル。12なのは同じだけど、黄道十二宮とはちょっと違う。アストロモモンガ12星座は

雄鼠座、雄牛座、双虎座、卯座、龍座、蛇処女座、天馬座、羊座、射猿座、灼鳥座、水犬座、魚猪座

と、黄道十二宮と十二支を組みあわせたものになっています。「3月21日~4月20日」までの雄鼠座を皮切りに、以後ずっと「21日~20日」までの区切りで、このままずっと行くとズレてくるのでたまに「閏」として13番目の「狸座」が発生するそうな。

それではちょっと運勢を見てみましょう。まず1990年6月の龍座の運勢。
“ドサ回りのボクサーに落ちた矢吹丈はこの時期、羅漢様のご縁日でもぐら叩きをします。ジャッキー・チェンが演出をしますが、どうしてもさんさ時雨です。鰯が豊漁のきざしあり。” (P97)

矢吹丈と龍座にどんな関係があるのかわかりません。もしかして龍座生まれなのでしょうか(ちなみに龍座は7月21日~8月20日生まれの人)。

1994年の12月の羊座の運勢。
“この一年をかえりみて、羊座にはなにも大きな変化はありませんでした。あったら大変化です。私が許しません。しかし今月はあの雪之丞変化です。どういう変化があるかが楽しみ。” (P211)

とまぁ、一事が万事この調子。さすがに1,728個全部に目を通すのは苦行です(笑)。

ちなみに私は射猿座なんですが、1989年射猿座の運勢として
“射猿座の最大ネックは羞恥心にあります。(中略)ですから自制心が異常に強いのです。(中略)射猿座が自己矛盾の星座なのはこういうわけですが(後略)” (P78)
なんて書いてあるのを見るとちょっと当たっている気がしてドキリとしてしまうところがさすが橋本さんというか占いの本って結局なんかこううまい具合に「自分のことか」と思ってしまうような当たり障りのない誰にも当てはまるようなことが書いてあるよな、ってところを見事に突いておられます。

「天帝アボガドロの正室サツキミドリ」とか「原始、女性はサイコロを振った」とかホントに最初から最後まですごくて、「この口からでまかせだけの540枚の原稿が一番好きだ」(『ぼくたちの近代史』)と言ってらっしゃるのもむべなるかな。

それぞれの年ごとにテーマを統一した星座イラストがまた秀逸でね。これは塚原一郎さんというイラストレイターの方が担当してらっしゃるんだけど、12×12で144個の星座(しかも水犬とか蛇処女とかいうよくわからない生きもの(?))、アイデアひねり出すのなかなか大変だったのじゃないのかしら。プロならこれぐらい当然なのか……。
パラパラと144個のイラスト眺めるだけでも楽しいですからね、ほんと。

巻末には「星の巡行表」もあります。
“表の中の0を塗りつぶして下さい”
塗りつぶすと「バカ」とか出てくるのかな(やってみてない)。


Amazonさんで中古2,000円とかになってますけど、やはり手放すには惜しい奇書ではあります。
橋本さん、まじパねぇ!