(※以下、ネタバレあります。これからご覧になる方はご注意ください)



というわけで、観てまいりました、望海さんのサヨナラ公演。

いや、なんか、すごく良かったです。
望海さんが素晴らしいのはもちろんなんだけど、作品自体がとても面白かった

最初「ベートーヴェンをやる」って聞いた時は、「えー」って思ったし、配役で「ベートーヴェン、謎の女、ナポレオン、ゲーテ」って見た時も、「んー?」 って感じで、どんなお話になるんだろと。

望海さんのあの素晴らしい歌唱力を生かすのに「音楽」をテーマにした作品を持ってくるのはよくわかるとして、でも主役が「ベートーヴェン」っていうの、なんか地味っていうか、音楽の教科書でよく見るあのベートーヴェンの肖像画と、宝塚のトップ男役のイメージ、合わないじゃないですか。

でも。
それを合うように作っちゃう、宝塚の先生方ほんとすごい
脚本・演出は上田久美子先生ですが、上田先生の大劇場デビュー作『星逢一夜』、めっちゃ良かったもんなぁ。

冒頭は、天上界。
死んでからだいぶ経つのに、まだ天国行きか地獄行きか決めてもらえないモーツァルト、テレマン、ヘンデル。
「バッハはさっさと天国に行ったのに」という3人に、天使達は答える。「バッハは神のために音楽を作った」。
なるほど。
そしてモーツァルトやヘンデル達は人間のために――否、“貴族”のために音楽を作った。神以外のために音楽を作ることが果たして善いことだったのか、モーツァルト達の運命は、彼らの後継者が音楽をどういうのものにしていくかにかかっている。

彼らの後継者――そう、ベートーヴェン。

そうして地上に舞台が転じ、のっけから交響曲第3番なんですけど、オケピットに黄色い衣裳の楽団員が入って、望海さん扮するベートーヴェンが指揮をして。
この演出でもう「おおっ!」となってしまいました。
コロナ禍の宝塚大劇場、音楽は録音でオケピットは無人。だからそこにジェンヌ扮する楽団員が入れてしまう、「オーケストラ」として演技できてしまう。
もしも普通にオケ有りで上演できていたら、本物のオケを望海ベートーヴェンが指揮したのかもしれないけど、「コロナで生演奏ができない」ことを逆手にとった見事な演出だなぁと。

それにモーツァルト達、折に触れ出てくるんですよね。壁の肖像画になってたり、舞台袖の彫像になってたり。彫像としてじっとしてるの、役者は大変だと思うけど、「後継者ベートーヴェンがどんな音楽を作るか」ちゃんと見守ってるの、面白い。

当初ナポレオンに捧げられていた交響曲第3番「英雄」、その後のナポレオンの変節に失望したベートーヴェンが捧げるのやめた、っていう逸話、有名ですが、ナポレオンの戴冠式の場面、あの有名な絵画が衣裳込みで再現されていて、またまた「おおっ!」ってなります。

ナポレオン役は彩風さん。戴冠式の衣裳よく似合って美しいし、終盤のベートーヴェンとの対峙シーンもとても良かったです。

なんか、ベートーヴェンのお話なんだけど、むしろ「ナポレオンのことがよくわかった」気がしました(笑)。
バッハは神のために音楽を作り、モーツァルト達は貴族のために音楽を作った。そしてベートーヴェンは人間のために――民衆のために音楽を作ろうとするわけです。音楽だけでなく、社会そのものが民衆のものになるよう、ベートーヴェンは願っていた。
だから当初、フランス革命を引き継ぐ英雄としてナポレオンを崇拝し、彼が“皇帝”を自称し、戦争で民衆を疲弊させるに及んで大いに失望した。

けれどゲーテは諭す。「君がそんな自由主義的なふるまいをしていられるのはナポレオンのおかげだ」と。(“自由主義”という言葉ではなかったかもしれない、記憶曖昧です、すいません)
ナポレオンがヨーロッパ中に革命の嵐を吹かせるのではないか、とフランス以外の国の貴族達は戦々恐々としていて、ナポレオンが戦い続けているから――勝っているから、ベートーヴェンも「貴族なんて!」という態度を続けていられる。

ロシアまで遠征したナポレオンは冬将軍に敗れ、掴まって島流しになるわけですが、お芝居の終盤、ベートーヴェンの“夢”の中でナポレオンが自身の信念を語り、「ナポレオンってそんなこと考えてたんだ、へぇー」と思わされます。
ナポレオンはEUを夢見てたのか?と。

細かいところは忘れてしまったけど、貴族達が支配する“平和”か、それとも戦い続ける“自由”か。「支配されない自由な平和」がいいに決まってるけど、「支配されない」という状態を作り出すためにはまず戦わなければならなくて、そして物や人が自由に行き来できなければ……。

ちょっと、もう観劇から1週間以上経って、記憶が曖昧になってますけど、望海ベートーヴェンと彩風ナポレオンの丁々発止の対話、良かったです。
「どんな本を読んでる!」「カント!」「同じだ!」「ほんとに読んだのか!」とか言ってた。ふふふ。

最初はナポレオンに熱狂してた民衆たちが掌返して「陛下万歳~!」みたいにやってるとことか、「民衆のための国」って一体何なんだろうな、と考えさせられます。

とはいえこのお話の主人公はベートーヴェンでありまして、第3番を演奏したすぐ後ぐらいから耳が聞こえなくなって、「謎の女」の声だけが聞こえる状態に。

真彩さん演じる「謎の女」、淡々としてミステリアスで、でも「あなたの想像の存在なんですから、服も無料です」って言うチャーミングなところもあって、素敵でした。トップコンビ最後の公演なんだからもっとがっつりヒロインでお芝居見たい気持ちもあったけど、真彩さんならではの「美しい声」とたたずまい

役回りとしては「女版トート」ですよね。ベートーヴェンが幼い頃からそばにいた。見守ってきた。幼いベートーヴェンが貧しさの中、苦しみもがいていた頃から。
ベートーヴェンの生い立ち、よく知らなかったので、「へぇぇ」と思いました。お世話になった家のお嬢さんに告って振られたり、伯爵令嬢には身分違いで振られたり、ナポレオンを最初は崇拝したとことか、ベートーヴェンって惚れっぽかったんだなぁ。

耳が聞こえなくなって、それでも作曲し続けて。
惚れっぽさが――内なる情熱が激しくなかったら、できないことではある。

失意の中、「謎の女」の正体に気づき、彼女の存在を受け容れ、愛することで生まれる「歓喜の歌」。「慈しまれた不幸が歌う喜びの歌」

第九の誕生。

真彩さんと望海さんが口ずさむメロディーからお馴染みの第九の合唱に繋がっていくの、なんとも胸が熱くなります。これ、コロナで延期されなかったら12月に東京公演だったんだっけ? いや、違うか、10月公演。ちょうど12月だったらさらに胸熱だったなぁ。

神のためではなく、貴族だけのためでもなく、人間のための音楽。
それは、ただ「喜び」を歌うものではなくて、生きていれば誰しもが抱えなければならない苦しみ、哀しみ、いくつもの不幸を飲み込み、それでも人を、世界を、生まれてきたことを愛おしもうという音楽なんだ。

望海さんが割とずっと難しい顔をしていて、お世辞にもハッピーなお話ではないのだけど、モーツァルト達が出てきたり、ナポレオンにゲーテ、そして“謎の女”の絶妙な配置、もちろんベートーヴェンの音楽もふんだんに使われていて、すごくよくできた作品だなぁと思いました。

宝塚の枠に収まらないというのかな。世界で上演できるのでは?って。

関心が「作品そのもの」に向いちゃって個々のジェンヌさんがどう、ってとこ、あんまり記憶に残ってないんですけど、ゲーテの彩凪さんも良かったし、ベートーヴェンの故郷の親友ゲルハルトの朝美さんも良かったし。メッテルニヒ煌羽レオさんも格好良く。

「会議は踊る」のシーンもあったし、ヨーロッパ史の勉強になる。

そういえば望海さん、大劇場お披露目も『ロベスピエール』でフランス革命絡みでしたよね。あのお話も好きだったなぁ。(感想記事に「ロベスピエール主役ってどんな話にするの?」と同じことが書いてあって苦笑)

生で観られてほんとに良かったです。1時間近くF5を押し続けた甲斐があった。(手元に残ってる確認メールによるとチケット買えたのは10時43分だったらしい。本当によく買えたな…)


ショー『シルクロード~盗賊と宝石~』も私好みの中近東風音楽に衣裳。こんなにがっつりアラブっぽい音楽が使われるショーって、珍しいですよね?
いつもとは衣裳のデザインも色目も違って、とても素敵でした。

でもジャズとタンゴを基調にした上海のシーンがやっぱり一番ワクワクしてしまったので、宝塚のショーと合うのは「いつもの感じ」なのかも(^^;)
上海のシーンの真彩さんの歌、ほんとに素晴らしかった。

彩凪さんもキャラバンの男でたくさん歌ってて、メイクも素敵だったなぁ。退団されてしまうのほんとに寂しい。

フィナーレの男役燕尾のところでは望海さんから彩風さんに青い薔薇(たぶん)が手渡され……。サヨナラ公演ならではの演出、「はぁぁぁぁぁ」ってなります。

菅野よう子さんが楽曲提供されてることも話題でしたが、事前にプログラムをチェックしておかなかったので、どれが菅野さんの曲かわからず聞いていて――特にいつもと違うとか、宝塚っぽくないとかいうこともなく、馴染んでいたような……うーん、上海の場面の曲以外あんまり印象に残ってない(^^;)
(ちなみにあの場面の音楽は太田健さん)

ちゃんと音楽を確かめるためにも、何よりもう一度ベートーヴェンやナポレオンに会うために、千秋楽ライブ配信、観るしかないのでは!?